『予約変更(リザベーション・リライト)』――その選民思想、ボツにつき全削除です
帝都へ続く黄金の街道。中継地点となる宿場町に、目指す場所はあった。帝国御用達の看板を掲げた宿『黒獅子の誇り』。漆黒の石造りの外観は、訪れる者に帝国の権威をこれでもかと見せつけている。
「……予約していたリリアーヌ・アストレイドですわ。こちらのカイル様と共に、今宵の休息を願いに参りました」
リリアーヌが淑女の礼を見せると、カウンターの奥から現れた恰幅の良い男――宿主のバドが、あからさまに鼻を鳴らした。
「はっ! 王の座を横取りした分際で、帝国に媚びを売りに来た『ニセモノ王』か。その隣にいるのは、分不相応な力で調子に乗っている『生意気な女』だな。あいにく、当宿の『設定』では、帝国人以外の立ち入りは厳しく禁じられておる」
バドは汚い手で、古びた羊皮紙の宿泊規定を叩いた。
「どうしても泊まりたいというなら、裏の家畜小屋なら空いている。そこで泥にまみれて『四足歩行』の練習でもするんだな。それがお前らのような『不浄なゴミ』にふさわしい寝床だ」
カイルが不快感に眉をひそめ、腰の剣に手をかけようとした――その時。リリアーヌが、そっとカイルの腕を扇子で制した。
「カイル様、お待ちになって。……この規定、あまりに『読みづらい』ですわ」
リリアーヌは万年筆を抜き、空中に黄金の文字を浮かび上がらせる。
【※注釈:論理破綻】
帝国が掲げる『大陸の頂点』という設定に対し、宿屋の主人の語彙が低俗すぎます。これでは帝国の品位そのものが疑われるため、全削除および一括修正を推奨します。
「……あら、よく見ればこの一節。五十年前、不祥事で取り潰された隣国の『没落貴族の迷言』の丸写し(パクリ)ではありませんの。オリジナリティの欠片もありませんわね」
リリアーヌの瞳が、冷徹な校閲者のそれへと変わる。
「私、使い古された手垢まみれのテンプレートが一番嫌いですの。……今のうちに、真っ赤に添削して差し上げますわ」
黄金の万年筆が一閃し、規定書の文字が激しくのたうち回る。
「な、なんだ!? 文字が、文字が勝手に書き換わって……!?」
バドが叫ぶ中、リリアーヌは優雅に「赤」を入れていく。
【※宿泊規定:リリアーヌによる強制添削】
■宿泊対象 『帝国貴族』 ⇒ 『リリアーヌ・アストレイドおよびその同行者』
■提供サービス 『家畜小屋(四足歩行限定)』 ⇒ 『最高級皇帝の間(最優先・無料招待)』
■特記事項 『不浄な者の立ち入り禁止』 ⇒ 『現宿主は速やかに家畜小屋へ移動し、明朝まで四足歩行の修行に励むべし』
【※査読完了:この変更は世界の理として即座に受理されました】
「さあ、『更新』は完了いたしましたわ」
その瞬間、宿主バドの表情が劇的に変わった。彼は吸い込まれるように膝をつき、神を仰ぐほどの法悦の表情で床に額を擦り付けた。
「い、いらっしゃいませ……! 我が主、リリアーヌ様……! 貴女様をお迎えできること、この上ない光栄にございます……! ぐふっ、う、うわあああああッ!?」
バドの肉体が、書き換えられた「世界のルール」に強制支配される。彼は涙を流しながら、震える手で最高級の鍵を差し出した。そしてそのまま、自分の意志とは無関係に、四足歩行で裏庭の家畜小屋へと全速力で駆けていった。
「あら、随分と『読みやすい』態度になりましたわね」
リリアーヌは汚れ物でも見るようにその背中を見送り、カイルに微笑みかけた。
「カイル様、予定より少し『贅沢なページ』になってしまいましたが……今夜はゆっくりお休みいただけますわ」
「……ああ。君の校閲には、いつも驚かされる」
カイルはリリアーヌの腰を優しく引き寄せ、二人で豪華なエントランスへと足を踏み入れた。
◇
その頃、帝都の玉座。
アルフォンス皇子の手元にある「世界地図」から、宿場町の情報が真っ赤に染まって消えていく。
「な、何だ……!? ……書き換えられただと!」
リリアーヌの「赤字」が、刻一刻と帝都へと近づいている。アルフォンスの顔から余裕が消え、彼は震える手で、懐に隠し持った「白紙の頁」を握りしめた。
「……来い、リリアーヌ。貴様のその傲慢なペンごと、逃げ場のない『終幕』へ招待してやろう」
帝都を目前にした街道に、正体不明のどす黒い霧が、音もなく立ち込め始めていた。
本日もご愛読いただきありがとうございます!
リリアーヌ様の「予約変更」、いかがでしたでしょうか? 無礼な宿屋の主人が吐いた暴言を、そのまま「世界のルール」として本人にお返しする。リリアーヌ様のペン先に、慈悲という文字はございません。
さて、一行はいよいよ帝都の門を目前にします。リリアーヌ様を待ち受けているのは、単なる「歓迎」などではなく……。
次回の添削劇もどうぞお楽しみに!




