※校閲:『絶対の法』という名の、ただの落書き
まばゆい光を放つ黄金のゲート。
一歩足を踏み出すやいなや、凍てつく突風が容赦なく肌を叩く。
神聖ヴォルガ帝国の国境。
視界が開けた先、巨大な黒い石碑が立ち塞がっていた。刻まれているのは、帝国が周辺諸国に強いてきた「絶対の法」――。
『帝国に従わぬ不浄の者は、家畜として地を這い、言葉を奪われ、その命を帝国に捧げるべし』
「不浄? あら、私の目には、その汚らしい石碑こそが、この世で一番の『ゴミ』に見えますけれど」
しばらくすると、帝国兵たちが、下劣な笑みを浮かべて取り囲んできた。その手には、家畜用の首輪が握られている。
「……おい、聞こえなかったか? ここは帝国の地だ。この碑文は絶対。王族だろうが公爵令嬢だろうが、この門をくぐるなら四足歩行で……」
「うるさいですわね。三流作家の書いた台詞をそのまま喋るなんて、ボキャブラリーが貧困すぎますわ」
私は扇子で口元を隠し、精霊様を呼び出す。空中に、黄金のインクで書かれた『※注釈』が浮かび上がった。
【※注釈:論理破綻。来客を家畜と呼ぶ野蛮な設定は、帝国の『格式高さ』という初期設定と矛盾しています。この一節は、物語の品位を著しく下げるため、全削除および上書きを推奨します】
「カイル様、『致命的なミス』を修正いたしますわね」
「……リリアーヌ。君の美学に反する『汚れ』だ。好きにするといい」
私が黄金の万年筆を振るうと、石碑に刻まれた『家畜』という醜い文字が、まるで熱した鉄に焼かれるように激しくのたうち回った。シュッ、と引かれた一本の赤線。その上に、流麗な筆致で新たな文字が躍る。
『――帝国を訪れし者に、跪き、最大級の敬意をもってこれを迎えるべし』
「なっ、文字が……勝手に書き換わって……!? う、うわあああああッ!?」
叫んだのは帝国兵たちだった。彼らの意志とは無関係に、ガクガクと膝が震え始める。書き換えられた「世界のルール」が、彼らの肉体を強制的に支配し始めたのだ。
「な、なんだ、俺の足が……勝手に……!? やめろ、俺はこいつらを捕らえ……はっ!?」
ドサリ、ドサリと、重厚な鎧の音が響く。先ほどまで嘲笑っていた兵士たちが、まるで神を拝む信者のように、冷たい地面に深く額づいた。それは恐怖による屈服ではない。この世界の物語が「そうあるべき」と書き換えられたことによる強制命令。
「……ようこそ、帝国の国境へ。……偉大なる……客人……リリアーヌ様……」
屈辱に顔を歪めながらも、兵士たちの口からは、歓迎の言葉が溢れ出す。
「あら、先ほどより随分と『読みやすい』態度になりましたわね」
私は震える兵士の背中を、汚れ物でも見るように扇子で軽く叩いた。
「私、無礼な登場人物は物語に必要ないと思っていますの。……さあ、自ら首輪を付けて案内してくださる? 私のペン先が、帝都を真っ赤に染め上げる前に」
ご愛読いただき、誠にありがとうございます!
リリアーヌ様の「赤入れ」によって、意志に反して丁寧な案内係へと変えられてしまった兵士たち。絶対的な法が書き換えられる恐怖を、彼らは身をもって知ることになりました。
帝国を真っ赤に染め上げる、リリアーヌ様の新たな添削劇。新章も、どうぞお楽しみに!




