※査読:アールグレイの香りと、世界地図に引かれた「ボツ」の線
カイル様の即位式から、数日。
王宮を埋め尽くしていた醜悪な「誤字」たちは、新王の鮮やかな采配と、私の父――アストレイド公爵による迅速な軍掌握によって、ほぼ無力化された。
国民が新王の誕生というハッピーエンドに沸き、街に平穏なインクが馴染み始めた頃。私たちは一度、懐かしい我が家へと戻っていた。
「お帰りなさいませ、リリアーヌお嬢様。……そして、カイル陛下」
老執事が淹れてくれたアールグレイの香りに、ようやく一息つく。けれど、父の書斎に広げられた巨大な大陸地図が、まだ物語の終着点ではないことを告げていた。
「陛下、即位からここ数日の見事な政務、感服いたしました。おかげで国内の憂いは消えましたが……問題はこの『北の獅子』です」
父の指先が、地図の北端――神聖ヴォルガ帝国を指す。そこには、触手のように不気味な赤い侵攻ルートが幾重にも書き込まれていた。
だが、私の目には、父が見ているものとは別の「真実」が見えていた。
父が広げた帝国の侵攻計画書。そのタイトルに、私の精霊様が無慈悲な黄金の『※注釈』を書き込んでいく。
【※注釈:設定矛盾。全大陸の支配という壮大なプロットの割に、補給路の確保(裏付け)が杜撰です。これを名作と呼ぶのは、読者を馬鹿にしています】
私は思わず、扇子で口元を覆って冷ややかな笑みを漏らした。
「……お父様、一刻を争うとおっしゃるけれど、この計画書、あまりに『読みづらい』ですわ。設定が盛り込みすぎで、後半で必ずパンクする三流小説のようですもの」
「リ、リリアーヌ! これは軍事機密なのだぞ」
「軍事だろうと何だろうと、筋の通らないプロットはただの『落書き』です。神の名を借りて他国の文化を奪い、自分の色に染める。それは執筆ではなく、ただの『パクリ』ですわ。私、オリジナリティのない盗作作家が一番嫌いですの」
カイル様がフッと口角を上げた。彼は迷うことなく私の手を取り、力強く立ち上がった。
「ああ。内政と防衛は、信頼するアストレイド公爵に託したい。私はリリアーヌと共に帝国へ向かい、元凶であるアルフォンスの喉元を叩く。……それが、この国の新しいページを二度と汚させない、唯一の方法だと信じている」
カイル様の瞳には、私を共に戦うパートナーとして認める強い光が宿っている。私はその手にそっと指を重ねた。
「ええ、カイル様。極上のインクの準備はいいかしら? ――あんな『ボツ原稿』、真っ赤に添削して差し上げましょう」
本日もご愛読いただきありがとうございます!
カイル様がしっかりと王としての公務をこなしつつ、リリアーヌ様と共に実家のアストレイド公爵家へと戻る「束の間の帰郷回」でした。
軍務大臣であるお父様が提示した帝国の「壮大な侵攻計画」。どれほど恐ろしい軍事機密であっても、リリアーヌ様の目にかかれば「設定の杜撰な三流小説」でしかない……。彼女のぶれない校閲者魂(と辛口評価)に、カイル様も全幅の信頼を寄せているようです。
いよいよ本格的に始まる帝国添削編、どうぞお楽しみに!




