『強制休載』の終わり――父王が託した『清書』のバトン
広場に静寂が戻る中、リリアーヌとカイルは正門を越え、王宮の最奥にある国王の寝室へと足を踏み入れた。そこは、不自然なほど濃厚な薔薇の香料で満たされている。だが、リリアーヌはその奥に潜む、淀んだ「死の臭い」を見逃さなかった。
「……父上」
カイルの悲痛な声が、豪華すぎる天蓋付きのベッドに向けられる。そこに横たわっていたのは、かつての威厳を失い、土気色の肌で浅い呼吸を繰り返す国王の姿だった。
リリアーヌは無言のまま、黄金の万年筆を国王の胸元へかざす。刹那、昏睡する王の頭上に、残酷なまでの真実が綴られた。
【※状態異常:『強制休載』。慢性的な毒摂取により、思考回路が論理削除されています。執筆(犯人)は――王妃イザベラ。己の贅沢を邪魔させぬよう、王の命を削り、物語(統治)を強引に中断させました】
「やはり……。母上、あなたはそこまで……!」
カイルが拳を固く握りしめる。一国の主を毒に沈め、その間に国を食い潰す。それは「浪費」などという言葉で片付けられる罪ではない。
「あら。物語の途中で勝手に主要人物を退場させるなど、プロット構成が落第点ですわ。……私の辞書に、こんな『不自然な中断』は必要ありません」
リリアーヌは冷ややかに言い放つと、万年筆の先から黄金のインクを滴らせた。インクが国王の胸に触れた瞬間、毒によって書き換えられていた「体調設定」へ、鮮やかな赤字が入れられていく。
「この『バッドエンドの設定』、一時的に差し止めいたしますわ。――お起きなさい、一国の主ならば、最後の一行くらいは自ら書き記すべきですわね」
黄金の光が国王の身体を包み込む。すると、意識を閉ざしていた国王が、大きく息を吸い込み、ゆっくりとその目を見開いた。
「……カイル、か。私は……長い夢を……」
毒の霧が晴れた国王の瞳に、成長した息子の姿と、その隣に立つ凛々しき公爵令嬢が映る。
「父上! お体の具合は……」
「……不思議だ。身体が軽い。カイルよ、お前の隣にいるその賢婦人は、何者だ? 彼女の瞳には、かつての賢王たちさえ持たなかった『真理を射抜く光』がある」
カイルはリリアーヌを誇らしげに見つめ、力強く答えた。
「俺の……いえ、この国の未来を正しく導く『校閲者』です」
国王は弱々しく、しかし確かな意志を込めて笑みを浮かべた。彼はリリアーヌの力によって、自分が既に「終わった章」の人間であることを悟ったのだ。
「……そうか。ならば、毒に汚れた私の頁はここで閉じよう。カイル……この国の印章を、お前に託す」
震える手で、国王は枕元に隠されていた王印をカイルの手へと重ねた。
「お前が、この腐りきった物語を『清書』してくれ。……頼んだぞ、カイル・ヴァン・レガリア」
その言葉を最後に、国王は再び深い眠りについた。だが、その表情は先ほどまでの苦悶とは無縁の、穏やかなものだった。
正式な王位継承の証(決定稿)を握りしめたカイルが、静かに立ち上がる。その背中を見届け、リリアーヌは優雅に扇子を広げた。
「さて。王位の正当性は、これで完璧に確定いたしましたわ。……次は、王宮の隅で震えている女性たちに、赤字を入れに行きましょうか?」
本日もご愛読いただき、ありがとうございます!
王妃イザベラの罪は、もはや「浪費」の域を超えた、物語の致命的な欠陥でした。
正当な王位継承という「決定稿」を手にした今、反撃の準備は整いました。
次回もどうぞお楽しみに!




