※打ち切り:子爵の人生(プロット)は、真っ赤に染まって。
演説台の上で、ヴィクトール子爵は「なぜ笑われているのか」分からぬまま、真っ赤な顔で震えていた。
「な、なんだ! 何がおかしい! 私はこの国の正義を……!」
必死に声を張り上げれば上げるほど、民衆の爆笑は激しさを増していく。彼は本能的に気づき始めていた。自分の知らないところで、何かが決定的に「破綻」していることに。
私はバルコニーで、その様子を静かに見守る。原稿の精霊様が指先を小さく動かすたび、ヴィクトールの頭上の『※注釈』は、その濃度と鋭さを増していった。
清廉潔白を謳いながら、裏でカジノの借金を積み上げ、聖職者と利権を貪り合う――暴かれる事実の重みに比例して、民衆の笑いから温度が消え、どろりとした殺意が混じり始める。
「……子爵。いえ……ヴィクトール様。もう、書けるスペース(言い訳)は残っていませんよ」
背後からかけられた冷ややかな声に、ヴィクトールは縋るように振り返った。そこにいたのは、彼の右腕として泥を被り続けてきた筆頭側近のハンスだ。ハンスは、リリアーヌの精霊が放つ目も眩むような真っ赤な注釈の群れを、絶望の目で見つめていた。
「ハンス……! ああ、お前か! こいつら、私の話を聞かずに笑いおるんだ。早く、次の演説原稿を……!」
「……いいえ、もう書けません」
ハンスは、ヴィクトールが「自分の名前だけを消せ」と命じたはずの、改ざん前の裏帳簿を舞台上へ投げ捨てた。
「私はあなたの野心を、いつかはこの国を変える『大作』になると信じて支えてきました。ですが、この赤字を見て理解しましたよ。あなたの物語には、最初から一文字の真心も籠もっていなかった。……あなたはリーダーなどではない。ただの、無責任な『改ざん犯』だ」
パキリ、と乾いた音が響く。ハンスがその手で、愛用の万年筆を自ら折った。それは、彼がヴィクトールの人生という物語から完全に「降板」した合図だった。
「待て! ハンス! お前がいなければ、私は……!」
「……校了です、ヴィクトール様。あなたの物語に、続きはありません」
ハンスは冷淡に一瞥をくれると、呆然とするヴィクトールを残して舞台を去った。有能な作家ほど、救いようのないクソ原稿からは早く手を引くものだ。
一人残されたヴィクトールの頭上で、精霊様が最後の仕上げに入る。これまで浮遊していた数多の赤字が、一箇所に収束し、巨大な楔となってヴィクトールの背中へと打ち込まれた。
【※注釈:完。――これ以上の加筆は不要です。物語を破綻させた作者には、相応の『打ち切り(デリート)』を】
「な……背中が、重い……。何だ、この赤い光は! 離せ、離してくれ!」
自分を照らす「完」の赤い光から逃れようと、ヴィクトールが舞台を転げ回る。だが、その光は無慈悲に彼の居場所を照らし続け、怒り狂った民衆への道標となった。
「……ふぅ。一丁上がりですわね」
私はバルコニーで、冷めきった紅茶を置き、満足げに微笑んだ。
「ですが精霊様、これがまだ『プロローグ』に過ぎないなんて、溜息が出てしまいますわ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ヴィクトール子爵、ついに「打ち切り」です。
一番近くで彼の嘘を「清書」し続けてきたハンスが、最後に万年筆を折り、敬称を変えて立ち去るシーンは、書いていて私も胸に迫るものがありました。
逃げ場を失った彼にはどんな末路が待っているのでしょうか……。
次回も、どうぞお楽しみに!




