【推敲】扇動者のプロット、あるいは稚拙な叙述トリック。
アストレイド公爵邸を囲む民衆の熱気は、最高潮に達しようとしていた。その中心にいるのは、急ごしらえの演説台に立つヴィクトール子爵だ。
「皆さん聞け! この国を導くべき王家は、教会の聖職者どもが私腹を肥やすのを黙認し、その不正を闇に葬り去ってきた! 我々の血税は、救済ではなく彼らの贅沢品へと化けていたのだ!」
地鳴りのような怒号が響く。こればかりは「創作」ではない。王家が隠蔽し続けてきた『事実』という名の重いインクが、民衆の怒りを黒く染め上げているのだ。
私はバルコニーで頬杖をつき、その様子を冷ややかに眺めていた。傍らには、透き通るような紙の白さと、インクの香りを纏った『原稿の精霊』様が、私の意を汲むように音もなく寄り添っている。
「……なるほど。『事実』を土台にして、自分の嘘を積み上げる。三流作家にしては、マシな構成を考えましたわね」
私は手元の資料――王家が必死に検閲し、シュレッダーにかけようとした教会の裏帳簿を指先で弾いた。
「けれど、残念ですわ。彼、王家を糾弾しながら、その裏帳簿の『半分』を自分の懐に書き換えようとしていますもの。……精霊様、出番ですわ。あれを」
私のささやきに応じ、原稿の精霊様が、パラパラと真っ白な紙片のような光を散らしながら、演説台の上空へと舞い上がった。
次の瞬間。「王家は嘘つきだ!」と叫ぶヴィクトール子爵の頭上に、まばゆい光と共に巨大な『※注釈』が出現した。
『私は皆さんに真実を届けるために立ち上がった! 汚れた金など一銭も必要ない!』
ヴィクトールが拳を振り上げたその真上で、精霊様の力が「真実」という名の活字を無慈悲に綴りだす。
【※注釈:虚偽発言。発言者は現在、教会の裏金のうち、半分を自分名義の隠し口座へ転記させる作業を終えています。現在の『一銭も必要ない』という台詞は、キャラクター設定と著しく矛盾しています】
「…………は?」
叫ぼうとした民衆の口が、一斉にポカンと開いた。最前列の男が、空中に浮かぶ「活字」とヴィクトールの顔を交互に見て、震える指を差す。
「お、おい……なんか浮いてるぞ……。スライド……? 転記ってなんだ?」
「要するに、不正な金を、こいつが横取りしてるってことだろ!?」
ヴィクトールは、自分の頭上の「赤字」に気づいていない。彼はさらに声を張り上げた。
「王家が隠した真実を、私が全て白日の下にさらそう!」
【※注釈:発言者は、教会の不正リストから『自分に賄賂を贈っていた司祭の名前』だけを不自然に削除しています。情報操作による、悪質な印象操作プロットです】
「ぶっ、はははは!!」
どこかの冒険者が、我慢できずに吹き出した。一度火がつくと、笑いと怒りは表裏一体だ。民衆はもはや演説など聞いていない。次々と更新される「頭上のツッコミ」を読み、腹を抱えて笑い始めた。
「おいヴィクトール! お前、王家の隠蔽を『添削』してるふりして、自分に都合よく『改ざん』してんじゃねえか!」
「消した名前、今すぐ白状しろよ! リストの欠番、バレバレだぞ!」
演説台の上で、ヴィクトールだけが「なぜ笑われているのか」分からず、真っ赤な顔で震えている。
「な、なんだ! 何がおかしい! 私はこの国の正義を……!」
【※注釈:『正義』という言葉の誤用。正しくは『利権の付け替え』です。文脈を無視した美辞麗句の使用は、読者(民衆)の信頼を著しく損ないます。落第ですわ】
「あーあ。赤字だらけで、もはや救いようのないクソシナリオですわね」
私はバルコニーで、新しく淹れ直した紅茶を一口すすり、満足げに微笑んだ。
「さあ、ヴィクトール子爵。王家の企みも、あなたの改ざんも……私がまとめて『一括添削』して差し上げますわ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ヴィクトール子爵の「革命プロット」、リリアーヌ様の手にかかれば「駄作」同然でした。精霊様によるリアルタイム添削、私も思わずニヤリとしてしまいました。
次回、ようやく自分の頭上の『※注釈』に気づいたヴィクトールがどう動くのか。リリアーヌの真っ赤なペンは、まだまだ止まりません!




