【※演出】 零れ落ちた黄金の砂は、風に溶けて
激闘の余波が残る港に、息を呑む静寂が広がっていた。
天を衝くほどの質量でリリアーヌたちに襲いかかった黒いインクの濁流――『文字の海』は、朱マスクの女が放った『全文削除』によって、跡形もなく霧散していた。
ざわめく魔導兵たち。
リリアーヌはドレスの乱れを直すことも忘れ、ただ真っ直ぐに詰め寄る。
「……どうして貴女が『コレット・エピローグ』を持っていますの……!?」
リリアーヌの声が、激しい衝撃に震える。
万年筆を握る指先が白くなるほどに、力がこもっていた。
「リチャード様によって、【禁書指定】として封印されたはず。
――未来の愛娘の物語ですわ!!」
ステラリアの人間でもない異国の女が禁書を、しかも『追記』された状態で持っているのか。
主任校閲官としての疑念が、リリアーヌの剥き出しの感情となって、戦場に響き渡る。
だが、朱マスクの女は、一歩も動かなかった。
(お母様……っ!)
胸が張り裂けそうなほどの歓喜と切なさが突き上げる。
今すぐ仮面を脱ぎ捨てて、世界で一番大好きな母親の胸に飛び込みたかった。
溢れそうになる涙を必死に堪え、冷たく突き放した。
「……ふん。さすがはステラリアの主任校閲官。
ですが、勘違いしないで下さる?」
フイと顔を背け、すがりつこうとするリリアーヌの視線を拒絶する。
「ゲシュタルトの闇市場で、使えそうな魔導デバイスを買い付けただけにすぎませんわ。
貴方の『娘』だなんて、どこの誰のことか存じ上げませんことよ」
ふいに注釈が浮かび上がる。
【※注釈:今は正体が明かせない。でも……】
リリアーヌはすっと扇子を広げ、口元を隠してクスクスと笑う。
瞳には、溢れんばかりの深い慈愛が灯っていた。
「……まあいいでしょう。
今はそういう『設定』ということにしておきますわ」
リリアーヌの懐で、キィンと共鳴している「形見の万年筆」が、朱マスクの女へ向かって飛び出した。
「ですが、覚えておきなさい。【禁書】のプロットに、悲劇を一行でも書き足してみなさい。
……歪んだ原稿ごと、私が赤ペンで叩き切って差し上げますわ!」
「たとえ神が禁書にしようとも、娘の悲劇は絶対に私が修正する」という、母親としての覚悟。
不敵で優雅な微笑みを浮かべ、気高く背を向けて歩き出すリリアーヌ。
朱マスクの女はついに耐えきれず、マスクの隙間にそっと指先を滑らせた。
溢れ出た大粒の涙が、ハラハラと零れ落ちる。
それは眩い黄金の砂となって、ゲシュタルトの風へと溶けていった。
(……本当に、どこまでも理不尽で、最高に格好いい……お母様ですわ……っ)
愛されている嬉しさに唇を震わせ、温かい涙を流すコレット。
二人の素直になれない、けれど決して切り離せない絆が、真っ白に校閲された戦場に、確かな熱を残した。
ご一読ありがとうございました!
ついに再会(?)を果たした母娘ですが、次話からは【コレット外伝】へと突入します!
彼女が何を想い、どう動いていたのか――ぜひお楽しみに!




