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第4話 この世界のパン屋にはハンバーガーがなかった

 冒険者ギルドで依頼の報告を終えた俺は、リーゼに教えてもらったパン屋へ向かっていた。


 隣にはミリアがいる。


「リーゼさん、本当にこの近くに美味しいパン屋があるの?」


「うん。俺も気になる」


「はい。焼きたてのパンが評判のお店です」


 リーゼが教えてくれたのは、ギルドから歩いて十分ほどの場所にある小さな店だった。


 木製の看板。


 その上には、焼きたてのパンを描いた絵がある。


「ここ」


 店の扉を開ける。


 カラン、と鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 店内には、たくさんのパンが並んでいた。


 丸いパン。


 細長いパン。


 硬そうなパン。


 甘そうなパン。


 どれも美味しそうだ。


 焼きたてらしい香りも漂っている。


「……いい匂い」


 ミリアが小さく呟く。


「うん」


 俺も頷く。


 正直、期待していた。


 この街のパン屋なら、どんなパンを作っているのか。


 食玩で出てくるパンと比べてみたい。


「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」


 店員のおばさんが声をかけてくる。


「おすすめは何ですか?」


「そうねえ。今日は焼きたての丸パンがあるよ。それと、甘いものなら蜂蜜パンがおすすめだね」


「じゃあ、蜂蜜パンを二つ」


「はいよ」


 俺たちはパンを買った。


 店の外に出て、さっそく食べる。


 ミリアが蜂蜜パンを一口かじった。


「……美味しい」


「本当?」


「うん。甘い」


 俺も食べてみる。


 柔らかなパン。


 蜂蜜の優しい甘さ。


 確かに美味しい。


 普通に美味しい。


 だけど。


 俺は昨日のクリームパンを思い出した。


 ふわふわの生地。


 滑らかなカスタード。


 濃厚なのにくどくない甘さ。


「……」


 俺は蜂蜜パンをもう一口食べる。


 美味しい。


 でも、食玩のパンとは違う。


 比べると、やっぱり食玩の方が美味い。


 ミリアも同じことを考えているらしい。


「アレン」


「ん?」


「昨日のパンの方が好き」


「俺も」


「どうしてこんなに違うのかな」


「分からない」


 これは考えても仕方がない。


 俺のスキルだから。


 そういうものなのだろう。


 この世界には、この世界のパン。


 俺のスキルには、俺のスキルのパン。


 それでいい。


 そして俺は、もう一つ気になったことがあった。


「なあ、ミリア」


「何?」


「この店にハンバーガーってある?」


「……ハンバーガー?」


「うん」


「知らない」


 店員のおばさんにも聞いてみる。


「ハンバーガー?」


「はい。こういう感じの……」


 俺は手で丸い形を作る。


「パンに肉とか野菜を挟んだもの」


「それならサンドイッチじゃないのかい?」


「似てるけど、ちょっと違う」


「そんなものは聞いたことないねえ」


「そうですか」


 なるほど。


 つまり、この世界には少なくともハンバーガーは一般的ではないらしい。


 なら。


「試してみるか」


 俺は食玩を開いた。


 空中に画面が出る。


【食玩】


 パン一覧。


 そして、その中に。


【ハンバーガー】


 しっかり存在している。


「……あった」


「本当に?」


「うん」


 ミリアが画面を覗き込む。


「これがハンバーガー?」


「そう」


「パンに肉を挟んでる」


「そういう食べ物」


「……美味しそう」


 商品画像が表示されている。


 丸いパン。


 その間に肉。


 野菜。


 チーズ。


 見ているだけで腹が減ってくる。


【ハンバーガー】


【価格:銀貨1枚】


「銀貨一枚か」


 普通のパンより高い。


 けれど、冒険者の依頼報酬を考えれば買えない金額ではない。


 俺は購入した。


 ポンッ。


 紙袋が出てくる。


「本当に出た……」


 ミリアが目を輝かせる。


「食べてみよう」


「うん」


 俺は袋を開けた。


 ふわっと香りが広がる。


 パンの香ばしい匂い。


 焼いた肉の匂い。


 チーズの濃厚な香り。


 さらに、野菜の爽やかな香り。


「……これは」


 俺は思わず唾を飲み込んだ。


 パンはふっくらと丸い。


 表面には焼き色。


 その中に、厚みのある肉が挟まっている。


 肉汁がわずかに表面へ染み出している。


 その上にはチーズ。


 さらにレタスとトマト。


「いただきます」


 両手で持つ。


 そして、思い切りかじった。


「……!」


 最初にパンの柔らかさ。


 ふわっとした生地が歯で潰れる。


 その直後。


 肉の旨味が一気に広がった。


 肉汁。


 香ばしい焼き目。


 噛みしめるたびに肉の濃厚な味が出てくる。


 そこへチーズのコク。


 シャキッとしたレタス。


 みずみずしいトマト。


 そして、少し甘みのあるソース。


「……うまっ」


 これは反則だ。


 パンなのに。


 肉料理としても美味しい。


 野菜の食感が入ることで、重たくなりすぎない。


 もう一口。


 今度は肉とチーズが一緒に口へ入る。


「うまい……」


 思わず呟いてしまう。


 ミリアを見る。


「……」


 ミリアは無言だった。


「どう?」


「……美味しい」


 目が完全にハンバーガーに釘付けになっている。


「これ、好き」


「俺も」


「毎日食べたい」


「それは分かる」


 俺たちは夢中で食べた。


 最後の一口を食べ終える。


「……なくなった」


 ミリアが寂しそうに紙袋を見る。


「また買えばいいだろ」


「そうだけど」


 そのとき。


 袋の中にカードがあることに気づいた。


【SKILL CARD】


【料理Ⅰ】


「料理?」


 カードを手に取る。


 ミリアが興味深そうに見る。


「それもスキル?」


「うん」


「使ってみて」


 俺はカードを持つ。


「使う」


 カードが光る。


『【料理Ⅰ】を習得しました』


 ステータスを開く。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【アレン】


種族:人族

年齢:15歳

レベル:1


【体力】42

【魔力】18

【攻撃力】12

【防御力】11

【素早さ】13

【魔法力】15

【精神力】12


【習得スキル】


・言語理解

・初級剣術

・食玩

・身体強化Ⅰ

・火魔法Ⅰ

・鑑定Ⅰ

・気配察知Ⅰ

・火耐性Ⅰ

・料理Ⅰ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「料理か」


「料理ができるようになったの?」


「たぶん」


「じゃあ、パンも作れる?」


「……どうだろう」


 俺は少し考える。


 【料理Ⅰ】を使ってみる。


 頭の中に、料理に関する基本的な知識が浮かんできた。


 火の扱い。


 包丁の使い方。


 肉の焼き方。


 野菜の切り方。


 味付け。


「……なるほど」


 料理が上手くなるというより、料理に必要な知識と技術が身につく感じだ。


「でも、パンを作れるわけじゃないな」


「そうなの?」


「パン作りは専門的な技術が必要みたいだ」


「残念」


 ミリアが少しだけ肩を落とした。


「そんなにパンが好きなのか?」


「好き」


 即答だった。


「……アレンのパン」


「俺の?」


「うん」


「どういう意味?」


「アレンが買ってくれるパン」


「ああ」


 そういう意味か。


「じゃあ、いっぱい食べよう」


「うん」


 ミリアが嬉しそうに笑った。


     ◇


 その日の午後。


 俺たちは冒険者ギルドへ戻った。


「おかえりなさい」


 リーゼが笑顔で迎えてくれる。


「依頼の報告ですね?」


「はい」


 俺は討伐したゴブリンの数と、採取した薬草を報告した。


「確認しますね」


 リーゼが書類を確認する。


「問題ありません」


 報酬を受け取る。


 銀貨数枚。


「これが今回の報酬です」


「ありがとうございます」


 俺は財布へしまった。


 初めて自分で稼いだ金。


 少し嬉しい。


「これなら、しばらくパンを買えるな」


「……パン」


 ミリアが呟く。


 リーゼが聞き逃さなかった。


「お二人とも、パンがお好きなんですか?」


「うん」


「はい」


 二人同時に答える。


「ふふっ」


 リーゼが笑った。


「では、今日も美味しいパンを食べたんですね」


「食べました」


「どんなパンですか?」


「ハンバーガー」


「…………」


 リーゼが固まった。


「ハンバーガー?」


「はい」


「それは……パンの名前ですか?」


「パンを使った食べ物です」


「そんなものがあるんですか?」


「俺のスキルで買えます」


「……また新しいものを」


 リーゼは少し考える。


「一度、食べてみたいですね」


「美味しいですよ」


「そうですか……」


 リーゼが少しだけ興味深そうな顔をする。


「では、いつかご一緒しても?」


「もちろん」


「本当ですか?」


「はい」


 リーゼの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます」


 その笑顔を見て。


 俺もなんとなく嬉しくなった。


     ◇


 ギルドを出た。


 空は夕焼けに染まっている。


「今日も疲れたな」


「うん」


「何か食べる?」


「食べる」


「何がいい?」


「……ハンバーガー」


「また?」


「だって美味しかったから」


「じゃあ、今日は違うものにしよう」


「えー」


「せっかくだから、いろいろ食べてみよう」


 食玩を開く。


 パン一覧を見る。


 今日までに食べたもの。


 メロンパン。


 カレーパン。


 クリームパン。


 ハンバーガー。


 まだ食べていないものがたくさんある。


「……これにするか」


 俺が選んだのは。


【チョココロネ】


【価格:銅貨7枚】


「チョココロネ?」


「うん」


 購入。


 ポンッ。


 袋が出る。


 開ける。


 甘いチョコレートの香りが漂った。


「……美味しそう」


 ミリアが目を輝かせる。


 俺はチョココロネを手に取った。


 細長く巻かれたパン。


 中にはたっぷりのチョコクリーム。


 先端から少しだけ覗いている。


 かじる。


 ふわっ。


 パン生地が柔らかくほどける。


 そこへ濃厚なチョコクリーム。


 カカオの香り。


 程よい苦味。


 それを包む砂糖の甘さ。


「……これも美味い」


 ミリアも一口。


「……!」


 また目を丸くする。


「これ好き」


「気に入った?」


「うん」


「じゃあ、次はこれだな」


 俺たちは並んで歩きながらチョココロネを食べた。


 その途中。


 袋の中にカードが入っている。


 俺は取り出した。


【SKILL CARD】


【水魔法Ⅰ】


「水魔法か」


 俺はカードを眺める。


 今度は使う前に、ミリアへ渡した。


「これ、使ってみる?」


「私が?」


「うん」


 ミリアが受け取る。


「いいの?」


「もちろん」


「……ありがとう」


 ミリアがカードを握る。


「使う」


 カードが光る。


『【水魔法Ⅰ】を習得しました』


 ミリアが自分のステータスを開く。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【ミリア】


種族:人族

年齢:16歳

レベル:1


【体力】31

【魔力】48

【攻撃力】7

【防御力】8

【素早さ】11

【魔法力】42

【精神力】35


【習得スキル】


・言語理解

・火魔法Ⅰ

・火耐性Ⅰ

・水魔法Ⅰ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……すごい」


 ミリアが呟く。


「魔法が二種類になった」


「これで攻撃の幅も広がるな」


「うん」


 ミリアがカードの消えた手を見る。


「アレン」


「ん?」


「このスキル、本当にすごいと思う」


「そうかな」


「うん」


 ミリアが俺を見る。


「私、アレンと組んでよかった」


「……」


 不意打ちだった。


「そ、そう?」


「うん」


 ミリアは微笑む。


「これからも一緒に冒険しようね」


「もちろん」


 俺も笑った。


 そして俺たちは、夕暮れの町を歩いていく。


 今日の報酬は銀貨数枚。


 財布の中身は、まだ十分ある。


 そして食玩には、まだ食べていないパンが山ほどある。


「明日は何を食べようかな」


「私はハンバーガー」


「まだ言ってるのか」


「だって美味しかったから」


「じゃあ明日は別のものを食べて、それでも食べたかったらハンバーガーにしよう」


「分かった」


 そんな話をしながら。


 俺はふと思った。


 冒険者になった理由は、金を稼ぐためだった。


 でも今は。


 誰かと一緒に美味しいものを食べながら冒険することも、悪くないと思っている。


 そして俺の【食玩】には。


 まだ、俺が知らないパンがたくさん残っている。


 それを全部食べるだけでも。


 しばらくは退屈しなさそうだった。

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