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第3話 美少女にパンをあげたら、仲間になった

「じゃあ、一緒に食べよう」


 そう言ったものの。


 俺は少し困っていた。


 手元にあるのは、さっき食べ終わったカレーパンの空袋。


 中身はもうない。


 つまり――。


「……ちょっと待ってて」


「え?」


 俺は【食玩】を開いた。


 空中に半透明の画面が浮かび上がる。


【食玩】


【パンを選択してください】


 ずらりと並ぶパン。


 その中から、俺は【クリームパン】を選んだ。


【クリームパン】


【価格:銅貨6枚】


【購入しますか?】


【はい】


 押す。


 ポンッ。


 いつものように、紙袋が出現した。


「はい」


 俺はそのまま少女に差し出した。


「え?」


「クリームパン」


「……?」


 少女は不思議そうに紙袋を受け取った。


「開けてみて」


「うん」


 少女が袋を開く。


 瞬間。


 甘い香りが、ふわりと漂った。


「……!」


 少女の目が大きくなる。


「何、この匂い……」


「食べてみて」


「でも……」


「美味しいから」


 俺がそう言うと、少女は少しだけ迷った。


 それから、クリームパンを両手で持ち上げる。


 白くて柔らかなパン。


 表面には、焼き色がついている。


 指で軽く押すと、ふわっと沈んで、ゆっくり元に戻る。


「……柔らかい」


「うん」


「本当にパンなの?」


「パンだよ」


「そう……」


 少女は少しだけ首を傾げた。


 そして。


 小さく口を開けて、かじった。


「…………」


 少女の動きが止まった。


「どう?」


「…………」


「?」


 少女は何も答えない。


 ただ、口の中でゆっくり噛んでいる。


 やがて。


「……美味しい」


 ぽつりと呟いた。


「でしょ?」


「……うん」


 もう一口。


 今度はさっきより大きくかじった。


 ふわっ。


 柔らかなパンが歯を包む。


 そして、その中から濃厚なカスタードクリームが現れる。


 とろりと滑らかなクリーム。


 卵のコク。


 ミルクの優しい甘さ。


 それが柔らかなパンと混ざり合う。


「……!」


 少女の目がさらに大きくなる。


「何これ……」


「クリームパン」


「クリームって……こんなに美味しいの?」


「俺も昨日初めて食べたけど、かなり美味い」


 少女は無言になった。


 そして。


 ぱくっ。


 もう一口。


 ぱくっ。


 さらに一口。


 食べる速度がどんどん速くなっていく。


「…………」


 俺は黙って見ていた。


 少女は夢中だった。


 クリームパンを持つ手も止まらない。


 口いっぱいに頬張り、幸せそうに目を細める。


 最後の一口を食べ終わると、少女はしばらくその場で固まっていた。


「……なくなっちゃった」


「うん」


「…………」


「もう一個買おうか?」


「いいの!?」


 初めて見るくらい、勢いのある返事だった。


「う、うん」


 俺は思わず笑った。


「じゃあ買おう」


 ポンッ。


 紙袋が出現する。


「どうぞ」


「ありがとう」


 少女は今度こそ嬉しそうに受け取った。


 そして袋を開ける。


「……やっぱり、いい匂い」


 また食べ始める。


 その様子を見ていると、俺まで腹が減ってきた。


「俺も買おうかな」


「……一緒に食べる?」


「そうだな」


 俺も一つ買った。


 袋からクリームパンを取り出す。


 少女と並んで座る。


 そして。


「いただきます」


「いただきます」


 同時にかじった。


 ふわっ。


 やっぱり美味しい。


 柔らかなパン生地の中から、甘いカスタードが溢れてくる。


 濃厚なのに重すぎない。


 卵の風味がしっかりしていて、そこにミルクのまろやかさが重なる。


 パンのほのかな塩気が甘さを引き立てる。


「……美味い」


「……うん」


 隣を見る。


 少女は幸せそうに食べていた。


 さっきまでゴブリンに囲まれていたとは思えない。


「そういえば」


 俺は気になっていたことを聞いた。


「名前、聞いてもいい?」


「……あ」


 少女がこちらを見る。


「そうだったね」


 口元に少しクリームが付いている。


 本人は気づいていない。


「私、ミリア」


「ミリア」


「うん。ミリア・アルフェン」


「俺はアレン」


「知ってる」


「なんで?」


「さっき冒険者カードを見せていたから」


「ああ、そういうことか」


 ミリアは残ったクリームパンを見つめた。


 そして少し迷った後、


「アレン」


「ん?」


「このパン……どこで買ったの?」


「ああ」


 俺は答えようとして。


 少しだけ考えた。


「俺のスキル」


「スキル?」


「【食玩】っていうスキルで買えるんだ」


「【食玩】……?」


「うん」


 俺は空中に画面を出した。


 ミリアが驚いたように画面を見る。


「これが……?」


「そう」


「本当にパンしかない」


「そうなんだよ」


 俺は苦笑した。


「だから、最初はハズレスキルだと思ってた」


「……でも」


 ミリアが画面を見る。


「このパン、美味しい」


「だろ?」


「それに……」


 ミリアは俺を見る。


「さっき、あなたは私を助けてくれた」


「たまたまだよ」


「たまたまでも、助けてくれた」


 ミリアは少しだけ微笑んだ。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 それから二人でしばらくパンを食べた。


 俺はクリームパン。


 ミリアもクリームパン。


 たったそれだけなのに、不思議と楽しかった。


     ◇


「ところで」


 俺はミリアに聞いた。


「なんであんなところにいたんだ?」


「依頼」


「依頼?」


「薬草採取」


「ああ」


 冒険者だったのか。


「私も今日が初めて」


「俺も今日が初めてだよ」


「そうなの?」


「うん」


 ミリアが少し驚いた顔をした。


「それなのに、ゴブリンを倒したの?」


「スキルのおかげ」


「どんなスキル?」


「身体強化Ⅰ」


「……身体強化?」


「あと、火魔法Ⅰと気配察知Ⅰ」


 ミリアが目を丸くする。


「三つも?」


「昨日と今日でカードから覚えた」


「カード?」


「うん」


 俺はポケットから、まだ使っていないカードを一枚取り出した。


【SKILL CARD】


【火耐性Ⅰ】


「これ」


 ミリアがカードを見つめる。


「何?」


「パンを買うと、こういうカードが付いてくる」


「パンに?」


「そう」


「……不思議」


「俺もそう思う」


 ミリアはカードをじっと見ている。


 すると。


「これ、使えるの?」


「たぶん」


「たぶん?」


「俺はカードを持って念じたら使えた」


「私もできるかな」


「やってみる?」


 ミリアはカードを受け取った。


 両手で大切そうに持つ。


「使う」


 カードが光った。


 次の瞬間、カードが消える。


『【火耐性Ⅰ】を習得しました』


「……!」


 ミリアが目を見開く。


「使えた」


「本当に?」


「うん」


 ミリアは自分の手を見る。


「私にもスキルが増えた」


 俺も驚いた。


「やっぱり誰でも使えるんだ」


「……アレン」


「ん?」


「これ」


 ミリアが俺を見る。


「ものすごく便利じゃない?」


「うん」


「パンを買えばカードが付いてきて、そのカードでスキルを覚えられる」


「うん」


「なら……」


 ミリアが真剣な顔をした。


「たくさんパンを買えば、たくさんスキルが手に入る?」


「そのはず」


「……すごい」


 俺たちは顔を見合わせた。


 昨日の俺なら、そんな発想すらしなかった。


 パンを買えるだけのスキル。


 でも。


 そのパンには、カードが付いている。


 カードは誰でも使える。


 そして、カードの中身はランダム。


 なら。


「カードを集めれば、俺たちはもっと強くなれる」


「うん」


「ただし金が必要だけどな」


「それなら冒険者として稼げばいい」


「……そうだな」


 ミリアが立ち上がった。


「私も冒険者を続ける」


「じゃあ、一緒にやる?」


 何気なく言った。


 本当に、何気なく。


 すると。


「……いいの?」


 ミリアが少し驚いたような顔をした。


「もちろん」


「私、足手まといになるかもしれない」


「でも火魔法が使えるんだろ?」


「うん」


「なら十分だよ」


「……本当に?」


「うん」


 ミリアは少し俯いた。


 そして。


「じゃあ……」


 顔を上げる。


「私も、アレンと一緒に冒険したい」


「決まりだな」


 こうして。


 俺には初めての仲間ができた。


     ◇


 俺たちは草原を歩いた。


 目的は薬草採取。


 それから、魔物の討伐。


「……いた」


 ミリアが小声で言う。


 少し先にゴブリンが三匹いる。


 俺は【気配察知Ⅰ】を使う。


 確かに三匹。


 それぞれ武器を持っている。


「俺が前に出る」


「分かった」


「ミリアは魔法で援護してくれ」


「任せて」


 俺は剣を抜いた。


 ゴブリンがこちらに気づく。


「ギャッ!」


 三匹が走ってくる。


 俺も走る。


 身体強化Ⅰを発動。


 身体が軽くなる。


 一気に距離を詰める。


「一匹!」


 剣を振る。


 ゴブリンが倒れる。


 二匹目が横から棍棒を振り下ろしてくる。


 俺は身体をひねって避ける。


「危なっ!」


 その瞬間。


「――火よ!」


 後ろから炎が飛んできた。


 ゴブリンの足元で爆ぜる。


「ギャアアッ!」


 よろめいたところを、俺が斬る。


 残り一匹。


 こちらへ向かってくる。


「任せて!」


 ミリアが杖を掲げる。


「火よ、燃えろ!」


 炎が飛ぶ。


 ゴブリンに直撃。


 そのまま倒れた。


「……終わった」


 俺は剣を下ろす。


「やったね」


 ミリアが駆け寄ってくる。


「うん」


「初めてのパーティー戦闘」


「悪くなかったな」


「アレンが前で戦ってくれたから」


「ミリアの魔法も助かった」


「……ふふ」


 ミリアが嬉しそうに笑った。


「これなら、ちゃんと冒険者になれそう」


「そうだな」


 俺たちは倒したゴブリンから魔石を回収する。


 薬草も採取する。


 初めての依頼としては、十分な成果だった。


 そして。


 帰る前に。


 俺は食玩を開いた。


「……何してるの?」


「昼飯」


「今?」


「今」


 画面を操作する。


 せっかく冒険者になったんだ。


 稼いだ金で、パンを買う。


 それが俺の冒険者生活の楽しみになりそうだった。


「ミリア、何が食べたい?」


「……選んでいいの?」


「もちろん」


 ミリアは画面を覗き込む。


 そして。


 しばらく悩んだ。


「……クリームパン」


「気に入ったんだな」


「うん」


 即答だった。


 俺は笑って、クリームパンを二つ購入した。


 ポンッ。


 紙袋が出現する。


 ミリアが嬉しそうに受け取った。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 俺たちは草原に並んで座る。


 袋を開ける。


 甘い香りが広がる。


 ミリアが目を細める。


「やっぱり、この匂い好き」


「俺も」


 クリームパンを手に取る。


 そして二人で同時にかじった。


 ふわっ。


 柔らかなパンが口の中でほどける。


 続いて、濃厚なカスタードクリーム。


 甘くて、まろやかで、優しい。


 ミリアは目を閉じて、幸せそうに噛みしめている。


「……美味しい」


「うん」


 俺も頷く。


 昨日まで、俺は自分のスキルをハズレだと思っていた。


 今は違う。


 美味しいパンが買える。


 カードでスキルを覚えられる。


 そして。


 隣には、一緒に冒険してくれる仲間がいる。


「……悪くないな」


「何が?」


「いや」


 俺はクリームパンをもう一口食べた。


「冒険者生活」


 ミリアは少し笑って。


「私も、そう思う」


 そう言った。


     ◇


 冒険者ギルドへ戻ると、受付には朝と同じ少女――リーゼがいた。


「おかえりなさい、アレンさん」


「ただいま」


「初依頼はどうでした?」


「無事に終わりました」


「それはよかったです」


 リーゼは俺の隣を見る。


「……あら?」


 ミリアを見る。


 ミリアもリーゼを見る。


「新しいお仲間ですか?」


「うん。ミリア」


「よろしく」


 ミリアが頭を下げる。


「こちらこそ。私はリーゼです」


 リーゼは笑顔で答えた。


 けれど。


 ほんの少しだけ。


 俺には分からないくらいの何かが、リーゼの笑顔に混ざった気がした。


「アレンさん」


「ん?」


「今日、何か美味しいもの食べました?」


「え?」


「なんとなく、そんな顔をしています」


「……分かる?」


「分かりますよ」


 リーゼが笑う。


「受付嬢ですから」


「関係あるのか、それ」


「あります」


 そう言って、リーゼは笑った。


 俺はまだ知らなかった。


 この日を境に。


 俺の周りには、少しずつ女の子が増えていくことを。


 そして。


 【食玩】から出てくるパンとスキルカードが。


 俺たちの冒険を、とんでもない速度で変えていくことを。


 ただ今の俺にとって重要なのは――。


「リーゼ」


「はい?」


「この町で一番美味しいパンって、どこで買える?」


「パン屋さんですか?」


「うん」


 リーゼは少し考えてから答えた。


「……アレンさん」


「何?」


「もしかして、パンが好きなんですか?」


「大好き」


 即答した。


 リーゼは笑った。


「ふふっ。それなら、いいお店を教えてあげますね」


 こうして。


 俺の冒険者生活は、少しずつ賑やかになっていった。


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