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第2話 パンを買うために、冒険者になる

 翌朝。


 俺は目を覚ますと、昨日のことを思い出した。


「……【食玩】」


 名前を口にしただけで、目の前に半透明の画面が浮かび上がる。


 昨日と同じ。


 ずらりと並んだパンの一覧。


【食パン】


【ロールパン】


【あんパン】


【クリームパン】


【メロンパン】


【チョココロネ】


【クロワッサン】


【カレーパン】


【焼きそばパン】


【サンドイッチ】


【ハンバーガー】


【ホットドッグ】


【ラスク】


 朝から見るものじゃないな、これ。


 腹が減る。


 特に昨日食べたメロンパンを思い出してしまった。


 表面のサクサクした甘い生地。


 その下のふわふわしたパン。


 口に入れた瞬間に広がった、焼きたての小麦とバターのような香り。


「……食べたい」


 俺は昨日もらった銅貨を数えた。


 まだ余裕はある。


 朝食代くらいなら問題ない。


 というわけで。


【メロンパン】


【購入しますか?】


【はい】


 ポンッ。


 紙袋が出てくる。


「よし」


 昨日と同じように袋を開ける。


 途端に、甘い香りが部屋いっぱいに広がった。


「朝からこれは反則だろ……」


 俺はメロンパンを手に取る。


 表面には細かな砂糖の粒。


 指で触ると、薄いクッキー生地がサクリと沈む。


 一口。


 サクッ。


 そして中はふわっ。


「……うまい」


 昨日食べたばかりなのに、やっぱり美味しい。


 甘い。


 香ばしい。


 パン生地は柔らかくて、噛むたびに小麦の風味が広がる。


 砂糖の甘さも、ただ甘いだけじゃない。


 焼けた香ばしさがあるから、もう一口、もう一口と手が伸びてしまう。


 あっという間に半分。


 そして最後の一口。


「……朝から幸せだな」


 俺は満足して、袋の中を見る。


 もちろんカードが一枚。


【SKILL CARD】


【気配察知Ⅰ】


「おお」


 昨日の身体強化や火魔法とは違う。


 でも、冒険者になるなら役立ちそうだ。


 カードを持つ。


「使う」


 カードが光って消える。


『【気配察知Ⅰ】を習得しました』


 すぐにステータスを開く。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【アレン】


種族:人族

年齢:15歳

レベル:1


【体力】42

【魔力】18

【攻撃力】12

【防御力】11

【素早さ】13

【魔法力】15

【精神力】12


【習得スキル】


・言語理解

・初級剣術

・食玩

・身体強化Ⅰ

・火魔法Ⅰ

・鑑定Ⅰ

・気配察知Ⅰ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「順調だな」


 カードを使えば使うほど、スキルが増えていく。


 ただし。


「これだけで冒険者になれるか?」


 俺は少し考えた。


 身体強化。


 火魔法。


 気配察知。


 この三つがあるなら、普通の新人よりは強いかもしれない。


 でも実戦経験はない。


 魔物と戦ったこともない。


 いくらスキルがあっても、俺自身が戦えなければ意味がない。


 だから。


「まずは冒険者ギルドに行こう」


 パンを買うにも金がいる。


 金を稼ぐには仕事がいる。


 そして、この世界で手っ取り早く金を稼ぐなら冒険者だ。


     ◇


 冒険者ギルドは町の中央にあった。


 大きな木造の建物。


 扉を開けると、朝だというのにたくさんの人がいる。


 剣を腰に下げた男。


 大きな斧を背負った女。


 杖を持った魔法使い。


 様々な冒険者が集まっていた。


「……ここが冒険者ギルドか」


 俺は受付へ向かった。


 カウンターには何人かの受付嬢が並んでいる。


 その中で、俺が目を止めたのは一人の少女だった。


 栗色の髪。


 柔らかな笑顔。


 年齢は俺と同じくらいか、少し上に見える。


 胸元にはギルド職員を示す名札。


 そして――。


「こんにちは。冒険者登録ですか?」


 声まで可愛い。


「はい」


「では、こちらの用紙に必要事項を記入してください」


 俺は名前や年齢を書いていく。


「アレンさんですね」


「はい」


「十五歳……今日から成人ですか?」


「そうです」


「では、今日から冒険者ですね」


 少女はにこっと笑った。


「私はリーゼと申します。これからよろしくお願いしますね」


「あ、はい。よろしく」


 リーゼ。


 名前を覚えておこう。


 そんなことを考えていると、登録が終わった。


「それでは、冒険者カードを発行します」


 カードを受け取る。


 これで俺も冒険者だ。


「最初は無理をしないでくださいね」


「はい」


「近くの草原なら、スライムやゴブリンが出ます。新人の方には、その辺りの討伐依頼がおすすめです」


「分かりました」


「……あ」


 リーゼが何かを思い出したように言った。


「そういえば、アレンさんはどんなスキルを?」


「【食玩】です」


「…………」


 リーゼが固まった。


 やっぱりこの反応か。


「えっと……」


 彼女は困ったように笑った。


「初めて聞きました」


「ですよね」


「どんなスキルなんですか?」


「パンが買えます」


「…………パン?」


「はい」


「パンを?」


「買えます」


 沈黙。


 リーゼは俺を見る。


 俺もリーゼを見る。


 そして彼女は、


「……ふふっ」


 笑った。


「すみません」


「いえ」


「でも、ちょっと面白いスキルですね」


「昨日はハズレだと思いました」


「私も……」


 リーゼが口元を押さえる。


「いえ、なんでもありません」


「今、ハズレって言おうとしましたよね?」


「言ってません」


「言いましたよね?」


「言ってません」


 リーゼは笑った。


 なんだか、いい人だ。


「それでは、依頼を選びますね」


 彼女が依頼書を並べる。


「おすすめはこちらです」


【薬草採取】


【スライム討伐】


【ゴブリン討伐】


 報酬はそれほど高くない。


 でも新人なら十分だ。


「じゃあ、スライム討伐で」


「はい」


 依頼を受ける。


「気をつけてくださいね」


「ありがとうございます」


「帰ってきたら、ちゃんと報告してください」


「分かりました」


 俺はギルドを出た。


 その直後。


「……さて」


 俺は一人になった。


「本当に戦えるのか?」


 昨日覚えた【身体強化Ⅰ】。


 【火魔法Ⅰ】。


 そして今日覚えた【気配察知Ⅰ】。


 スキルだけなら悪くない。


 でも、やっぱり不安だ。


 俺は草原へ向かった。


     ◇


 草原を歩く。


 しばらくすると、気配を感じた。


「……?」


 昨日までなら気づかなかったはずの何か。


 右側。


 草むらの中。


 俺は足を止めた。


「いるな」


 これが【気配察知Ⅰ】か。


 草が揺れる。


 青い液体のような身体をした魔物が飛び出してきた。


「スライム……」


 俺は剣を抜いた。


 スライムが飛びかかってくる。


「うおっ!」


 反射的に身体をひねる。


 スライムが地面に落ちた。


「危なっ……」


 心臓が跳ねる。


 でも。


 身体は動いた。


 俺は剣を振り下ろす。


「せいっ!」


 ザンッ!


 スライムが真っ二つになった。


 そのまま消えていく。


「…………」


 俺は剣を見た。


「倒した?」


 地面には魔石が一つ残っている。


「俺でも倒せた……」


 身体強化のおかげだろう。


 剣を握る手にも、昨日までとは違う力がある。


 少し自信が湧いてきた。


 だが。


 それ以上に。


「腹減ったな」


 戦ったからだろうか。


 朝にメロンパン一個しか食べていない。


 俺は食玩を開いた。


 パン一覧。


「何にするかな……」


 朝は甘かった。


 昼はしょっぱいものがいい。


 目に入ったのは、


【カレーパン】


 昨日食べたばかりだが。


 まあいい。


 美味かったし。


【購入】


 ポンッ。


 紙袋が出現する。


 俺は草原の適当な場所に腰を下ろした。


 袋を開く。


 ――ふわっ。


 今度は、スパイスの香りが鼻をくすぐった。


「……これだよ」


 揚げたパンの香ばしい匂い。


 その奥から、カレーの濃厚な香り。


 昨日食べたときと同じ。


 いや。


 空腹だから、昨日より美味しそうに感じる。


 俺はカレーパンを二つに割った。


 中から、湯気が立ち上る。


 黄色から茶色へと深みのあるカレー。


 細かく煮込まれた肉と野菜が見える。


「いただきます」


 一口。


 ザクッ。


 揚げた衣が気持ちいい音を立てた。


 続いて、熱々のカレーが舌に触れる。


「……っ!」


 辛い。


 でも、それ以上に旨い。


 玉ねぎの甘さ。


 肉の旨味。


 スパイスの香り。


 そして、揚げたパンの香ばしさ。


 口の中で全部が一つになる。


「……うまい」


 思わず目を閉じる。


 これは駄目だ。


 美味すぎる。


 もう一口。


 ザクッ。


 今度は少しだけ冷めたカレーがパンと馴染んで、さっきとは違う美味しさになっている。


 パンの表面には細かな衣。


 その衣がカレーを受け止める。


 噛むたびに香ばしさと辛味が広がる。


 気づけば一個目がなくなっていた。


「……もう一個」


 二個目を手に取る。


 俺は食べながら思った。


 このスキル。


 やっぱりハズレじゃない。


 戦える。


 金も稼げる。


 そして――。


 パンが美味い。


 しかも、カードまで付いてくる。


「最高じゃないか」


 俺は二個目を食べ終えた。


 袋の中には、もちろんカード。


【SKILL CARD】


【火耐性Ⅰ】


「おお……」


 またスキルだ。


 俺はカードを手に取る。


「使う」


 カードが光る。


『【火耐性Ⅰ】を習得しました』


「よし」


 これでまた一つ強くなった。


 そのとき。


 遠くから声が聞こえた。


「誰かいるの!?」


 女の子の声だった。


 俺は立ち上がる。


 気配察知が反応する。


 前方。


 複数。


 それと――。


「魔物もいる」


 俺は剣を抜いた。


 そして走り出す。


 草原の向こう。


 一人の少女が、複数のゴブリンに囲まれていた。


 白銀の髪。


 細身の身体。


 杖を握っている。


 明らかに魔法使いだ。


 そして。


 ものすごく可愛い。


「助けないと!」


 俺は走った。


「そこの人!」


 少女がこちらを見る。


 大きな青い瞳。


 驚いたように見開かれる。


「逃げて!」


「いや!」


 俺は剣を構えた。


「俺が助ける!」


 身体強化Ⅰを発動。


 身体が軽くなる。


 地面を蹴る。


 ゴブリンの一体がこちらを向いた。


「遅い!」


 剣を振る。


 ゴブリンが吹き飛ぶ。


「……え?」


 少女が呆然としている。


 俺自身も驚いた。


 身体強化。


 思った以上に強い。


 残りのゴブリンがこちらへ向かってくる。


「まとめて来い!」


 俺は剣を握り直した。


 そのとき。


 背後から声が聞こえた。


「……火よ」


 少女が杖を掲げていた。


「燃えろ!」


 炎が走った。


 ゴブリンたちが悲鳴を上げる。


 そして――。


 戦闘が終わった。


「…………」


 俺と少女は、お互いを見る。


「助けてくれて……ありがとう」


「いや、こっちこそ」


「どうして?」


「え?」


「どうして、私を助けてくれたの?」


 そんなの決まっている。


「困ってたから」


 俺が答えると、少女は少しだけ目を伏せた。


「……そう」


 そして。


 小さく笑った。


「優しいんだね」


 俺はなぜか、少しだけ恥ずかしくなった。


 その少女との出会いが――。


 俺の冒険者生活を大きく変えることになるとは。


 このときの俺は、まだ知らなかった。


 ただ。


「……あの」


「ん?」


「さっき食べていたもの……」


 少女が、俺の手元を見る。


 空になったカレーパンの袋。


「それ、何?」


「ああ、これ?」


「すごく……いい匂いがしていたから」


 少女の視線が、紙袋へ吸い寄せられている。


 俺は少し考えた。


 そして。


「食べる?」


「……いいの?」


 少女の顔が、ほんの少し明るくなった。


「うん」


 俺は笑った。


「じゃあ、一緒に食べよう」


 こうして俺は。


 初めての仲間候補と。


 初めての冒険と。


 そして――。


 初めてパンを誰かと分け合うことになった。

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