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第1話 俺のスキルは【食玩】らしい

 十五歳になった。


 この世界では、十五歳になると成人として扱われる。


 そして成人を迎えた者には、一つの大切な儀式がある。


 ――スキルの発現だ。


 剣士に向いたスキル。


 魔法使いに向いたスキル。


 商人に向いたスキル。


 中には、一生遊んで暮らせるほど便利なスキルを授かる者もいるらしい。


 だから俺も、少しくらいは期待していた。


 別に勇者になりたいとか、世界を救いたいとか、そんな大それたことを考えていたわけじゃない。


 ただ。


 せっかく十五歳になるんだから、ちょっとくらい格好いいスキルが欲しかった。


 例えば――。


 【剣術】


 とか。


 【身体強化】


 とか。


 【火魔法】


 とか。


 そういう、いかにも冒険者らしいやつ。


「では、アレン。水晶に手を置いてください」


「はい」


 神殿の中央。


 台座に置かれた透明な水晶へ、俺は右手を乗せた。


 ひんやりとしている。


 神官様が水晶へ手をかざすと、淡い光が中を走った。


 水晶の内部で光がぐるぐると回り――。


 やがて、空中に文字が浮かび上がった。


【スキル】


【食玩】


「…………」


 俺は黙った。


 神官様も黙った。


 周囲も黙った。


 数秒ほど、誰も何も言わない。


 最初に声を出したのは、後ろにいた同年代の男だった。


「……食玩?」


「何それ」


「聞いたことないぞ」


「珍しいスキルじゃないのか?」


「でも、神官様も困ってない?」


 俺は神官様を見る。


 神官様は困っていた。


 それはもう、ものすごく困っていた。


「ええと……」


 神官様はスキルについて書かれた本を開いた。


 ページをめくる。


 めくる。


 さらにめくる。


 そしてようやく手を止めた。


「ああ……ありました」


「どんなスキルですか?」


 俺が聞くと、神官様は微妙な顔をした。


「【食玩】は、その……パンを購入できるスキルです」


「…………」


「…………」


「パン?」


「はい」


「それだけですか?」


「確認できる限りでは……」


 神官様が言葉を濁した。


 俺はもう一度、水晶に浮かんだ文字を見る。


【食玩】


 パンを買える。


 それだけ。


 俺は剣を振れるようになるわけでもない。


 魔法を使えるようになるわけでもない。


 身体能力が上がるわけでもない。


 金を稼げるわけでもない。


 ……パンを買える。


 それなら別に、パン屋に行けばいいんじゃないだろうか。


 後ろから笑い声が聞こえてきた。


「パンを買うだけって……」


「それスキルなのかよ」


「俺ならそんなスキル嫌だな」


 まあ、そうなるよな。


 俺だってそう思う。


「アレン……」


 母さんが心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫だよ」


 俺は笑ってみせた。


「俺、パン好きだし」


 これは本当だ。


 パンは好きだ。


 焼きたてのパンの匂いなんて、嗅いでいるだけで幸せになれる。


 だから。


 まあ、いいか。


 ハズレスキルならハズレスキルで。


 俺はそう思って、成人の儀式を終えた。


     ◇


 家に帰ってからも、母さんは心配そうだった。


「本当に大丈夫?」


「大丈夫だって」


「でも、【食玩】なんて……」


「使ってみればいいんだろ?」


 神官様によれば、【食玩】は念じれば発動するらしい。


 俺は自分の部屋で目を閉じた。


「【食玩】」


 その瞬間だった。


 目の前に光が浮かんだ。


「うおっ!?」


 思わず一歩下がる。


 空中に、半透明の画面が浮かんでいた。


 まるで魔法で作られた窓のようだ。


 そこにはいくつもの商品が並んでいる。


【食玩】


【パンを選択してください】


【食パン】


【ロールパン】


【あんパン】


【クリームパン】


【メロンパン】


【チョココロネ】


【クロワッサン】


【カレーパン】


【焼きそばパン】


【サンドイッチ】


【ハンバーガー】


【ホットドッグ】


【ラスク】


「……すごいな」


 パンがずらりと並んでいる。


 しかも、俺が知らない名前のものまである。


 画面を指で触ってみる。


 ちゃんと反応した。


 どうやら、普通に操作できるらしい。


 メロンパンを押してみる。


 画面が切り替わった。


【メロンパン】


【価格:銅貨6枚】


【購入しますか?】


【はい】 【いいえ】


「銅貨六枚か」


 普通のパン屋で買うパンと、そう変わらない。


 これなら気軽に買える。


 俺は【はい】を押した。


 ポンッ。


「……え?」


 目の前に、紙袋が出現した。


 落ちることもなく、空中にふわりと浮いている。


 手を伸ばして掴む。


 ずっしりとした感触。


「本当に出てきた……」


 袋を開ける。


 その瞬間――。


 甘い香りが、ふわっと広がった。


「…………」


 思わず息を止める。


 なんだ、この匂い。


 甘い。


 でも、ただ甘いだけじゃない。


 焼きたての小麦の香ばしさ。


 バターのような濃厚な香り。


 砂糖を焦がしたような、ほんのり香ばしい匂い。


 鼻を近づける。


 香りだけで腹が減ってくる。


「これ……本当にパンか?」


 袋から取り出す。


 丸いパンだった。


 表面には特徴的な格子模様が入っている。


 表面を指で軽く押してみる。


 サクッ。


 薄い皮が小さな音を立てた。


「……うまそう」


 俺は一口かじった。


 ――サクッ。


 最初に感じたのは、表面の心地よい歯触りだった。


 薄いクッキー生地が、気持ちいいくらいに砕ける。


 その直後。


 中のパン生地が、ふわっと口の中でほどけた。


「……!」


 甘い。


 けれど、くどくない。


 砂糖の優しい甘さに、バターのようなコクが重なっている。


 噛むほどに小麦の香りが広がる。


 外側はサクサク。


 内側はふわふわ。


 その二つの食感が一緒になると、とんでもなく美味い。


「…………うまっ」


 思わず声が漏れた。


 俺はもう一口かじった。


 サクッ。


 ふわっ。


 甘い。


 美味い。


 もう一口。


 また一口。


 気がつけば、半分以上なくなっていた。


「……これ、すごいな」


 俺は残ったメロンパンを見る。


 さっきまでハズレスキルだと思っていた。


 でも。


 このパンが買えるなら、ちょっとくらいハズレでもいいんじゃないか。


 そんなことを考えながら、最後の一口を食べる。


「……美味かった」


 満足感がすごい。


 たった一個なのに、妙に幸せな気分になった。


 ところが。


 袋の中を見ると、何かが残っている。


「ん?」


 小さな厚紙。


 カードだった。


 表面には、


【SKILL CARD】


と書かれている。


「……なんだ、これ?」


 裏返してみる。


 何も書かれていない。


 もう一度表を見る。


 そこにはスキル名が記されていた。


【身体強化Ⅰ】


「身体強化?」


 俺はカードを持ったまま首を傾げた。


 すると、頭の中に何となく理解が浮かんだ。


 ――使える。


「……使ってみるか」


 カードを持つ。


 そして、


「使う」


 と念じた。


 カードが光った。


 次の瞬間、手の中から消える。


『【身体強化Ⅰ】を習得しました』


「…………」


 何かが身体の中に入ってきたような感覚があった。


 力が湧いてくる。


 ほんの少し。


 でも、明らかに今までとは違う。


「まさか……」


 俺は思わず口にした。


「ステータスオープン」


 すると、目の前に新しい画面が現れた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【アレン】


種族:人族

年齢:15歳

レベル:1


【体力】42

【魔力】18

【攻撃力】12

【防御力】11

【素早さ】13

【魔法力】15

【精神力】12


【習得スキル】


・言語理解

・初級剣術

・食玩

・身体強化Ⅰ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「…………」


 俺は画面を見つめる。


 この表示なら分かる。


 俺の体力は42。


 攻撃力は12。


 身体強化Ⅰというスキルも、ちゃんと習得されている。


「身体強化……」


 俺は右手を握った。


 ぐっと力を込める。


「……やっぱり、違う」


 明らかに力が増している。


 大きな変化じゃない。


 だけど、確実に変わっている。


 俺はもう一度、紙袋の中を見る。


 すると――。


「……もう一枚?」


 カードがあった。


 そうだ。


 パンを一つ買ったんだから。


 パンと一緒にカードが一枚付いてきた。


 ……いや。


 今、俺が食べたのは一個目のメロンパンだ。


 俺は最初に買った袋とは別に、もう一袋購入していた。


 つまり。


「これにもカードが付いてるのか」


 取り出してみる。


【SKILL CARD】


【火魔法Ⅰ】


「…………」


 俺はカードを見つめた。


 火魔法。


 魔法使いが覚えるようなスキル。


 それが。


 パンのおまけで付いてきた。


「ちょっと待て」


 俺は急いで画面を確認する。


 もう一度、メロンパンを選択。


【メロンパン】


【価格:銅貨6枚】


【購入しますか?】


【はい】 【いいえ】


 その下を見る。


 購入制限に関する表示はない。


 一日一個。


 週に何個。


 そういう制限もない。


「……何個でも買えるのか?」


 俺は恐る恐る【はい】を押した。


 ポンッ。


 紙袋が出現する。


「…………」


 さらにもう一つ。


 ポンッ。


 また紙袋。


 もう一つ。


 ポンッ。


「…………」


 俺は笑ってしまった。


「本当に買える」


 財布を見る。


 銅貨なら、まだかなりある。


 なら。


「……一個だけ、試してみるか」


 俺は今度は違うパンを選んだ。


【カレーパン】


【価格:銅貨8枚】


「カレーパン?」


 名前からして気になる。


 購入。


 ポンッ。


 袋が出てくる。


 開けた瞬間――。


「……うわ」


 今度は、食欲を直接刺激するような香りが広がった。


 香ばしい揚げ物の匂い。


 その奥から、スパイスの刺激的な香り。


 肉と野菜を煮込んだような濃厚な香りまで混ざっている。


 さっきまで甘いメロンパンを食べていたのに。


 胃袋が、急に別のものを要求してきた。


「これ……絶対うまいやつだ」


 持ち上げる。


 丸みを帯びたパン。


 表面には細かな衣がついている。


 指で触れると、カリッとした感触。


 俺は我慢できずにかじった。


 ――ザクッ。


「……!」


 衣が砕ける。


 香ばしい油の風味。


 その中から、熱々のカレーが溢れてきた。


「熱っ……!」


 慌てて息を吹きかける。


 でも、止められない。


 もう一口。


 ザクッ。


 パン生地の柔らかさ。


 カレーの濃厚な旨味。


 肉のコク。


 そして後から追いかけてくるスパイスの辛さ。


「……美味い」


 今度はメロンパンとは全然違う。


 甘くない。


 辛い。


 でも、その辛さがたまらない。


 揚げたパンの香ばしさと、濃厚なカレーが恐ろしくよく合っている。


 気づけば、俺は無言で食べ続けていた。


 一口。


 もう一口。


 そして最後の一口。


 口の中に残ったスパイスの余韻まで美味しい。


「…………」


 俺は空になった手を見る。


「パン……すごいな」


 異世界で今まで食べてきたパンとは、別物だった。


 美味い。


 ただ美味い。


 それだけなのに、妙に感動する。


 そして。


 もちろん袋にはカードが入っていた。


 取り出す。


【SKILL CARD】


【鑑定Ⅰ】


「……鑑定か」


 いや。


 今はいらない。


 というか、そもそもカードに書いてあるから必要ない。


 俺はカードを眺めた。


 これを使えば、鑑定が使えるようになる。


 身体強化。


 火魔法。


 鑑定。


 たった数回パンを買っただけで、俺のスキルが増えている。


 俺は再びステータスを開いた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【アレン】


種族:人族

年齢:15歳

レベル:1


【体力】42

【魔力】18

【攻撃力】12

【防御力】11

【素早さ】13

【魔法力】15

【精神力】12


【習得スキル】


・言語理解

・初級剣術

・食玩

・身体強化Ⅰ

・火魔法Ⅰ

・鑑定Ⅰ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「…………」


 俺はしばらく黙っていた。


 そして。


「これ……」


 思わず笑う。


「本当にハズレか?」


 パンが買える。


 しかも、ものすごく美味い。


 好きなパンを選べる。


 そして。


 パンを一つ買うたびに、スキルカードが一枚付いてくる。


 しかも、今のところカードに金はかかっていない。


 パンの値段だけ払えばいい。


「…………」


 俺は空中に浮かぶ【食玩】の画面を見る。


 そこには、まだまだたくさんのパンが並んでいる。


 メロンパン。


 カレーパン。


 クリームパン。


 クロワッサン。


 サンドイッチ。


 ハンバーガー。


 ホットドッグ。


 まだ食べていないパンが、いくらでもある。


 そして。


 パンを買えば、またカードが一枚付いてくる。


「……面白い」


 俺は画面を眺めながら呟いた。


 最初は、パンを買えるだけのハズレスキルだと思った。


 でも。


 どうやら俺は――。


「とんでもないスキルを引いたのかもしれないな」


 そう思った瞬間。


 腹が鳴った。


「…………」


 俺は画面を見る。


 そして。


 【クリームパン】を選択した。


 だって。


 まだ食べたい。


 それに――。


 おまけのカードが、気になる。


 ポンッ。


 新しい紙袋が、目の前に現れた。


 俺は笑いながら、それを手に取った。


 こうして俺の異世界生活は始まった。


 美味しいパンと。


 謎のスキルカードと。


 まだ見ぬ、とんでもない未来と一緒に。

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