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1-4 最後の祭り

夕焼けが空を赤く染め始める頃。


村はさらに賑わいを増していた。


年に一度の収穫祭が始まったのだ。


広場には長い木製テーブルが並び。


焼きたてのパンの香りが漂う。


炭火の上では肉が香ばしい音を立て。


大鍋で煮込まれたスープからは湯気が立ち上っていた。


匂いを嗅ぐだけでお腹が空いてくる。


子供たちは広場を駆け回り。


大人たちは忙しそうに料理や酒を運ぶ。


普段は静かな村も、この日ばかりは別だった。


笑い声が絶えない。


誰もが楽しそうだった。


エレナもまた、大きな籠を抱えて広場を歩いていた。


中には焼きたてのパンがぎっしり詰まっている。


ようやくテーブルへ運び終えた時だった。


「エレナ」


聞き慣れた声に振り返る。


そこには母が立っていた。


腕を組み。


少し呆れた顔をしている。


嫌な予感がした。


「またつまみ食いしたわね?」


エレナの身体が固まる。


「してないよ?」


「じゃあ、その口元のパンくずは何かしら」


反射的に口元へ手を伸ばす。


指先に小さな欠片が付いた。


しまった。


周囲から笑い声が上がる。


エレナは顔を真っ赤にした。


「味見だもん!」


「毎年それ言ってるわね」


母の容赦ない一言に、さらに笑い声が広がった。


「昔から変わらないなあ」


「祭りのケーキを盗み食いした時もあったよな」


「それ何年前の話!?」


慌てて抗議する。


しかし誰も助けてはくれない。


むしろ笑いが大きくなった。


その時だった。


人混みをかき分けながら、一人の男がやって来る。


ロンだった。


ただし。


手には大きなジョッキが握られている。


しかも顔が少し赤い。


エレナは半目になった。


「お父さん」


「ん?」


「もう飲んでるよね?」


ロンは真剣な顔で答える。


「これは一杯目だ」


その瞬間。


近くの村人が即座に突っ込んだ。


「五杯目だろ」


広場が爆笑に包まれる。


ロンは咳払いをした。


何も聞こえなかったふりである。


エレナは呆れたようにため息をついた。


「お母さんに見つかったら終わりだよ」


「だから内緒にしてくれ」


「無理」


即答だった。


そしてエレナは黙って後ろを指差す。


ロンが振り返る。


そこには。


無表情の妻がいた。


数秒の沈黙。


次の瞬間。


広場が再び大爆笑に包まれた。


「ロン、今夜は工房行きだな!」


「ベッド使わせてもらえないぞ!」


「ははははは!」


ロンは苦笑するしかなかった。


エレナも思わず笑ってしまう。


毎年のように繰り返される光景だった。


少し離れた場所では、村長が村人たちに囲まれていた。


目の前には酒杯が並んでいる。


「もう十分じゃ」


村長が困った顔で言う。


「何言ってるんですか!」


「今日は収穫祭ですよ!」


「村長が飲まなくてどうするんです!」


村人たちは引き下がらない。


そして。


なぜかエレナまで巻き込まれた。


「エレナ、助けてくれ」


村長が助けを求める。


だが。


少女は満面の笑みを浮かべた。


「みんなの言う通りだと思います」


村長は固まった。


周囲は大歓声である。


「よく言った!」


「さすがエレナ!」


「裏切ったな!」


村長は諦めたように酒杯を持ち上げた。


広場は笑い声で満ちる。


夜が深まっていく。


松明の灯りが次々と灯され。


暖かな光が人々を照らした。


やがて音楽が流れ始める。


若者たちが楽器を奏で。


子供たちは火を囲んで踊り始めた。


その中にはミアの姿もある。


「エレナお姉ちゃん!」


小さな手が彼女の腕を掴む。


「一緒に踊ろ!」


「え、ちょっと――」


拒否権はなかった。


そのまま人の輪へ引きずり込まれる。


歓声が上がる。


笑顔が溢れる。


エレナも最後には笑っていた。


父がいる。


母がいる。


村長がいる。


ミアがいる。


大切な人たちが皆ここにいる。


争いもない。


悲しみもない。


ただ幸せな時間だけが流れていた。


この村は決して裕福ではない。


有名な場所でもない。


英雄譚が残る土地でもない。


けれど。


エレナにとっては世界で一番大切な場所だった。


夜風が優しく吹く。


揺れる火の光が銀色の瞳に映った。


エレナは目の前の光景を見つめる。


そして自然と微笑んだ。


――こんな日が、ずっと続けばいいのに。


その願いは。


あまりにもありふれていて。


あまりにも小さかった。


だからこそ。


後になって思い知ることになる。


それがどれほど贅沢な願いだったのかを。

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