0-3 竜の墜落
処刑が始まった。
もはや最後の戦いではない。
咆哮もなければ。
反撃もない。
戦争は、すでに終わっていた。
これは決戦ではない。
ただ一体の竜王に下される、最後の裁きだった。
無数の魔術式が空に展開される。
まばゆい光が燃え続ける雲を照らし出した。
次の瞬間。
数百もの光柱が四方八方から降り注ぐ。
まるで神々の審判そのものだった。
そのすべてが、戦場の中央に立つ闇竜王へ向けられる。
だが。
闇竜王は動かなかった。
避けない。
翼を広げない。
咆哮もしない。
ただ静かに立っていた。
まるで黄昏を待つ王のように。
最初の光が胸を貫いた。
続く光が左翼を引き裂く。
さらに放たれた一撃が黒き角を砕いた。
鮮血が天へ舞う。
巨大な鱗が一枚、地に落ちた。
その瞬間。
大地がわずかに震えた。
一滴の竜血が荒野へ落ちる。
それだけで焦土が低く唸り声を上げる。
闇竜王の巨躯に亀裂が走った。
胸から始まった裂け目は全身へ広がり、暗赤色の光がその隙間から漏れ出していく。
まるで消えゆく星の残光だった。
それでも。
闇竜王は最後まで頭を垂れなかった。
黄金の竜瞳はなお世界を見下ろしている。
誇り高く。
静かに。
そして、どこまでも孤独に。
降り注ぐ光の中で。
彼は再び、あの声を聞いた。
――みっともなく死ぬんじゃねえぞ。
炎竜王だった。
いつも通り乱暴で。
いつも通り不器用な言葉だった。
闇竜王は思わず笑いそうになる。
――必ず帰ってきてください。
今度は水竜王。
どこまでも真面目な声だった。
――待っている。
地竜王は短く告げた。
それだけだった。
だが、それで十分だった。
風竜王は珍しく笑わなかった。
――あんまり待たせるなよ。
その言葉には、どこか寂しさが滲んでいた。
そして最後に。
最も静かな声が響く。
――私たちは生き続ける。
光竜王だった。
闇竜王はゆっくりと目を閉じる。
張り詰めていたものが、ほんの少しだけ緩んだ。
口元に微かな笑みが浮かぶ。
本当に――
愚かな連中だ。
そう呟く声は誰にも届かない。
けれど。
その声には安堵があった。
だから彼は最後に言う。
まるで兄弟たちへ言い聞かせるように。
静かに。
優しく。
――見つかるなよ。
次の瞬間。
世界が白く染まった。
轟音が天地を揺るがす。
光がすべてを呑み込んだ。
闇竜王の巨躯が崩れていく。
黄金の瞳が砕ける。
漆黒の鱗が砕け散る。
巨大な翼が光の中へ消えていく。
そして。
最後の竜王は滅びた。
竜血は紅い雨となって世界へ降り注ぐ。
竜骨は砕けた大地へ沈み。
竜鱗は暴風に巻かれ、遥か彼方へ散っていった。
黒き角は折れ。
鋭き牙は飛び散る。
かつて竜族の時代を統べた最後の王。
その存在は、数十万の人々が見守る中で終焉を迎えた。
誰もが確かに見た。
最後の竜王が死んだ瞬間を。
だから誰も疑わなかった。
これで全てが終わったのだと。
誰もが、そう信じていた。




