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2-3 燃える夜

夜は更けていた。


村は静かな眠りに包まれている。


昼間の賑わいはすでに消え去り。


広場の焚き火も小さな残り火を残すだけだった。


虫の鳴き声が聞こえる。


穏やかな夜だった。


エレナはベッドの上で目を閉じていた。


窓の隙間から月明かりが差し込み、木造の天井を淡く照らしている。


けれど。


なかなか眠れない。


昼間の出来事が頭から離れなかった。


旅人たちの笑顔。


村長の曇った表情。


胸の奥に残る違和感。


何も起きていない。


何も証拠はない。


それでも不安だった。


理由の分からない不安が。


ずっと消えなかった。


やがて。


疲れが思考を上回る。


エレナの意識は少しずつ沈んでいった。


その時だった。


「――ああああああっ!!」


悲鳴が夜を切り裂いた。


エレナは飛び起きた。


心臓が激しく脈打つ。


今のは。


聞き間違いではない。


次の瞬間。


再び悲鳴が響く。


一人。


二人。


三人。


まるで連鎖するように。


静寂だった夜が一瞬で崩壊した。


外から足音が聞こえる。


誰かが叫んでいる。


何かが倒れる音もした。


「何があったの!?」


隣の部屋から母の声が聞こえる。


父はすでに立ち上がっていた。


作業用の工具を手に取る。


そして扉へ向かった。


「家から出るな」


それだけ言い残し。


ロンは外へ飛び出した。


エレナも慌てて後を追う。


家の扉を開いた瞬間。


少女は息を呑んだ。


炎だった。


村の向こう側が燃えている。


赤い炎が夜空を染め上げていた。


黒煙が立ち昇る。


火の粉が風に舞う。


誰かが泣いていた。


誰かが叫んでいた。


誰かが逃げていた。


混乱。


混乱。


混乱。


目の前に広がっていたのは、それだけだった。


「逃げろ!」


「火事だ!」


「助けてくれ!」


「来るなぁっ!」


悲鳴が飛び交う。


怒号が飛び交う。


恐怖が広がる。


エレナは立ち尽くした。


数日前まで。


ここには祭りの歌声が響いていた。


笑い声があった。


温かな灯りがあった。


それなのに。


今は炎しかない。


轟音が響く。


一軒の家が崩れ落ちた。


燃え盛る木材が四方へ飛び散る。


人々が悲鳴を上げた。


恐怖がさらに広がる。


エレナは我に返る。


走り出した。


だが。


どこへ向かえばいいのか分からない。


助けを求める声はあちこちから聞こえる。


逃げ惑う人々が目の前を横切る。


どこもかしこも混乱していた。


転倒する老人。


親を探して泣く子供。


名前を叫び続ける母親。


すべてが同時に起きている。


何から手をつければいいのか分からない。


「エレナ!」


誰かが叫んだ。


振り返る。


顔見知りの村人だった。


怪我をした妻を支えている。


助けを求める目だった。


エレナは駆け寄ろうとする。


だが。


別の方向から子供の泣き声が聞こえた。


「お母さん!」


「どこぉ!」


足が止まる。


視線が揺れる。


助けたい。


けれど。


誰を。


どこから。


どうやって。


分からない。


その時だった。


混乱する人波の中から、一人の老人が現れる。


村長だった。


「広場へ行くな!」


老人は声を張り上げる。


「川の方へ逃げろ!」


「子供を優先しろ!」


村人たちへ指示を飛ばしていた。


必死だった。


混乱を抑えようとしていた。


だが。


恐怖はすでに広がりすぎている。


人々は叫びながら走る。


誰もが生き延びることに必死だった。


エレナはその場に立ち尽くした。


耳に届くのは悲鳴。


泣き声。


怒号。


そして炎の音。


ゴウゴウと燃え続ける音だけだった。


何もできない。


助けたいのに。


身体が動かない。


頭が追いつかない。


少女は初めて知った。


平和が壊れる瞬間を。


幸福が失われる瞬間を。


燃え盛る炎が夜空を赤く染める。


黒煙が星々を覆い隠す。


大好きだった村が。


大切だった日常が。


目の前で崩れていく。


そして。


黒夜はまだ始まったばかりだった。

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