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2-2 拭えない違和感

旅人たちが村に滞在して三日目。


今ではほとんどの村人が彼らを受け入れていた。


一緒に食事をし。


一緒に酒を飲み。


一緒に働く。


広場には以前にも増して笑い声が溢れている。


特に子供たちは旅人たちのことが大好きだった。


生まれてから一度も村の外へ出たことのない彼らにとって。


外の世界は憧れそのものだ。


そして旅人たちは、その憧れを形にしたような存在だった。


広場の片隅。


ミアは今日も旅人たちに囲まれていた。


いや。


正確には、自分から輪の中心へ飛び込んでいる。


「本当にそんな大きな城があるの?」


目を輝かせながら尋ねる。


旅人の一人は笑って頷いた。


「ああ、あるとも」


「村長の家より大きい?」


「何十倍も大きいぞ」


周囲の子供たちから感嘆の声が上がった。


「すごーい!」


「見てみたい!」


旅人たちは楽しそうに笑う。


子供たちも笑う。


その光景はとても自然だった。


少し離れた場所では、エレナが木箱を運んでいた。


ふと足を止める。


広場の様子を眺めた。


楽しそうな笑顔。


弾むような会話。


誰が見ても平和な風景だった。


少なくとも今までは。


そう思っていた。


「そういえば」


ふいに旅人の一人が口を開く。


近くにいた村人へ視線を向けた。


「この村って夜番はどうしてるんだ?」


村人は少し首を傾げる。


「夜番?」


「ああ。俺たちが前にいた村は野獣が多くてさ」


旅人は気軽な調子で笑った。


「ちょっと気になっただけだよ」


「ああ、そういうことか」


村人は納得したように頷く。


「特に決まった人はいないよ」


「みんなで交代しながら見回るくらいだな」


「なるほど」


旅人は笑顔のまま頷いた。


それだけだった。


ごく普通の会話。


何も不自然ではない。


エレナもその場では気にしなかった。


だが。


なぜだろう。


胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が残った。


説明はできない。


けれど。


何かが引っ掛かる。


午後。


エレナは母と一緒に倉庫へ向かっていた。


収穫祭の後片付けと物資の整理を手伝うためだ。


その途中。


倉庫の前で旅人の一人が管理人と話しているのが見えた。


「今年は豊作だったんですね」


旅人が感心したように言う。


管理人の老人は嬉しそうに笑った。


「去年よりはな」


「この量なら冬も安心でしょう」


「ははは」


老人は誇らしげに頷く。


「村のみんなが数か月は困らんくらいあるぞ」


旅人も笑った。


和やかな会話だった。


だが。


エレナは再び足を止める。


旅人たちは村のことをよく聞く。


それ自体は不思議ではない。


外から来た人間なら当然の興味だろう。


そう思う。


そう思うのだが――


どこか違和感が消えない。


それからも似たような場面を何度か見かけた。


村で一番裕福な家はどこか。


村長はどこに住んでいるのか。


若い娘はどれくらいいるのか。


それぞれ単独なら何でもない質問だ。


けれど。


それらが一つに繋がった時。


なぜか胸騒ぎがした。


夕暮れ。


空が茜色に染まり始める。


エレナは広場を見渡した。


旅人たちは今日も笑っている。


村人たちも笑っている。


何も変わらない。


何も起きていない。


それなのに。


胸の奥の違和感だけが少しずつ大きくなっていた。


その夜。


エレナは一人で村長の家を訪ねた。


木の扉を軽く叩く。


「入りなさい」


聞き慣れた声が返ってくる。


部屋へ入ると、村長は机に向かって帳簿を整理していた。


油灯の灯りが揺れている。


老人は顔を上げた。


「どうしたんじゃ」


エレナは向かいの椅子へ腰を下ろす。


少しだけ迷う。


だが。


結局、そのまま口を開いた。


「村長さん」


「うむ」


「旅人たちのこと、どう思う?」


老人の手が止まった。


静寂が落ちる。


数秒後。


村長はゆっくりと視線を上げた。


「どうしてそう思った?」


「分からない」


エレナは首を振る。


「ただ……何か変な気がするの」


老人はすぐには答えなかった。


油灯の火が小さく揺れる。


部屋の中には静かな沈黙だけが流れていた。


やがて。


村長は苦笑した。


「そうか」


そして小さく頷く。


「お前もか」


エレナは目を見開いた。


「やっぱり?」


「ああ」


老人は窓の外へ目を向ける。


遠くには旅人たちが泊まっている家の灯りが見えていた。


「実を言うと」


村長は低い声で言った。


「わしも最初から少し気になっておった」


エレナは息を呑む。


「なら、どうして……」


「追い返せなかった」


老人は苦く笑った。


「理由がなかったからじゃ」


その言葉にエレナは黙り込む。


確かにそうだ。


彼らは礼儀正しい。


よく働く。


子供にも優しい。


村人たちからの評判も良い。


疑う理由などどこにもない。


だからこそ厄介だった。


見えない。


掴めない。


証明できない。


なのに。


何かがそこにある気がする。


村長は夜空を見上げた。


窓の外には静かな闇が広がっている。


「考えすぎならいいんじゃがな」


その呟きは誰に向けたものでもなかった。


エレナも返事をしない。


できなかった。


胸の奥に広がる不安は。


言葉にしたところで消えそうになかったからだ。


夜風が窓を揺らす。


油灯の火がかすかに揺れる。


そして誰にも気づかれないまま。


闇の中では。


何かが静かに動き始めていた。



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