和解
シャロンとお父さまは、元々婚約していた恋人同士だった。そこに私を産んだ母が横恋慕して、権力に物を言わせて略奪婚に至ったのだ。
シャロンは伯爵家のお嬢さま。公爵家のお父さまとそれほど身分も離れておらず、家同士の仲も悪くなかった。なにより当人同士が相思相愛で、許しさえでればすぐにでも結婚できる状態だった。
そこまでいってどうして母はこの円満すぎる縁談をご破断に追い込めたのか。
人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえ、ということわざがある。だが母の場合、馬どころか馬主まで平伏す権力がついていた。
なんと私の母は現女王の年の離れた妹、お父さまとの縁談が結ばれた当時は先代の王の末の娘。ロイヤルファミリー総出で可愛がられていた彼女のおねだりは必ず叶えられ、それはお父さまのことも例外ではなかったというわけだ。
貴族の結婚は家の利益からなされるもの。
王家から王女降嫁の話を持ちかけられた公爵家も喜んで話を進め、慰謝料の支払いと新しい婚約先の紹介を持ってお父さまとシャロンの婚約は破棄された。
母との結婚はお父さまにとって不本意なものだっただろう。でも、お父さまは貴族としても人間としても出来た人だったので、お母さまが出産で命を落としたその時まで妻として大事にしたし、オリビアのことも娘として愛してくれた。
ただ、シャロンのことはずっと胸の中にあったのだと思う。お母さまが亡くなり、オリビアが七歳になったつい最近のこと、お父さまはシャロンと再婚し、我が家に迎え入れた。
婚約破棄後のシャロンは家格が釣り合うとある伯爵家に嫁ぎ、そこで息子に恵まれたのだが、その生まれた息子がシャロンにも夫にも似てない髪色をしていて、しかもそれが金髪ときたもんだから事情を知っていた嫁ぎ先の人間はもしやお父さまとの間にできた子どもなのかと疑ったらしい。
もちろんシャロンは否定したけれど周りは半信半疑なありさまで、唯一味方で庇ってくれていた夫が事故で急逝すると跡継ぎのはずの息子ごとシャロンを追い出してしまったのだ。彼女らは実家に戻ったが、しかしそこにも不貞の疑惑は伝わっているうえ、すでに弟が家督を継いで妻や子どものいるそこではかなり肩身の狭い思いをしたという。
そして、そこに話を聞きつけたお父さまが迎えに走ったわけだ。
もちろん、幼児にこんな込み入った事情の説明がされたわけじゃない。前世を思い出す前のオリビアの耳に入ってきた情報と前世に読んだ原作のゲームの設定資料集の内容からの推測だ。
そんな流れでシャロンとその息子は我が家にやってきたのだが、忘れることなかれ。オリビアは覚悟の決まったファザコンだ。
失った時を取り戻すように仲睦まじく過ごす父親とシャロンを目にして、それはもう妬いた。妬きに妬いた。
さりとて、血を分けた娘だからといって父親とシャロンの間に容易くは割って入れない。それを察したオリビアは、自ら冬の極寒の池に身を投げたのである。
さすが重度のファザコン。幼少の身でありながら命をベットするとは、やはり覚悟が決まりすぎている。しかし、それはもう過去のオリビア。過去の私だ。
「……シャロンさん。いえ、お母さま」
以前のオリビアのようにヒステリックな罵倒が投げつけられると思ったのだろう。私の呼びかけに肩を揺らしたシャロンだったけれど、続けた『お母さま』という言葉に目を見開いてこちらを見ていた。
「今までごめんなさい。具合が悪いとこんなに辛いだなんて知らなかった。それなのに私と仲良くしようとしてくれていたのに酷い態度をとって本当にごめんなさい」
「い、いいの。いいのよ、オリビアさん。急に新しい母親だなんていわれても戸惑うのが当然だわ」
「私のこと、許してくださるの……?」
「ええ、ええ!もちろんよ!」
「ありがとう!お母さま……!」
シャロン……、いや。お母さまの目には涙が浮かび、お父さまも感極まって泣いている。特にお父さまは肩の荷が降りたことでさぞ安心したことだろう。
前世の記憶がない私はまんま子どもだったとはいえ、お母さまに追い打ちをかけるような仕打ちをした。それについては心底申し訳なく思っている。だが、今回の謝罪は打算の気持ちの方が大きい。
前世は過労死するまで働いた。
私はもう働きたくない。できれば一生遊んで暮らしたいし、具体的に言うならお金持ちの奥様になって召使いに傅かれながら優雅に暮らしたい。
だから、お母さまに優しくするし、公爵家はお母さまの連れ子に継いでもらう。
私の計画はお母さまに優しくして、お母さまの息子の私に対する心象を良くし、その息子と結婚する。そうやって、私は公爵家の奥様になるって寸法よ。
そう、完璧すぎる計画だった。




