お兄さま
「お嬢さま、素晴らしいです!素晴らしすぎます!!」
「はは、どーもぉ……」
「これはもう芸術品ですッ!!」
刺繍の先生が私が刺したハンカチを抱きしめて泣いている。そこには二羽の兎が寄り添う姿が色とりどりの花と共に描かれていた。刺繍ながら、まるで写真と見紛うほどの出来である。
私は前世の死に際、もっと器用に生きたかったとは確かに願った。だが、これは違う。私は世渡り上手になりたかったわけで、手先の器用さを求めたわけではなかったのだ。
ちらりと隣を見る。
「これで勝ったと思うなよ……!」
そこには敵意全開で私を睨む金髪の男の子がいた。つり目がちなせいでますます目つきが悪い。
手にはデフォルメされた可愛い猫のワンポイトがついたハンカチを持っていた。
彼の名前はジオン。お母さまの連れ子で、私の五つ年上の十二歳。攻略対象の一人であり、原作開始時にはグレイシス公爵家を継いでいた。
しかし、母親を人質に取られた彼はオリビアのいいなりになっていて、ヒロインと出会ったことでオリビアに反旗を翻すことになる。
ジオンとオリビアは表面上は仲のいい兄妹を装っていたが、実際は酷いものだった。でも、それはオリビアの行動が原因からくるもの。……そう、ゲームをやっている時は思っていたのだけど、実際に体験してみるとジオンにも非はあったのでは?という気がしてくる。
思い返せば、彼とは出会った当初から険悪だった。
「俺がこの公爵家を継ぐ。女は引っ込んでろ!」
これは初めて出会った日にジオンに言われた言葉だ。
お父さまとお母さまの前ではにこにこしていたくせに、二人っきりになったらいきなり豹変した。
前世を思い出す前の私は『なんだコイツ失礼な』と腹を立てたし、こんな明確な敵意を向けられたことがなかったから少し怯えた。思えば、お母さまへの当たりがきつくなってしまったのもジオンの事があったせいもある。
さて、このジオン。出会い頭の宣戦布告を皮切りに、あらゆることで自分の方が優れていると見せつけてきた。
五つも年下の女の子と張り合っても証明できるのなんて器の小ささくらいだと思うのだけど、なんだかもう彼はとにかく必死だった。以前はひたすらに鬱陶しいと思っていたけれど、前世を思い出した今となっては哀れにも見える。
最近和解したお母さまにも謝られたのだが、彼はやはり生家を追われたことを酷く恨んでいて、公爵になって伯爵家の人間に仕返しをするつもりらしい。
しかし、その事実は今の私にとって好都合でしかなかった。
ハンカチを握りしめていまだなおこちらを睨むジオン……、いやお兄さまに向かって私は微笑む。
「もちろんです。他のことはお兄さまの方がずっと優れているんですもの。そもそも、刺繍は公爵家を継ぐために必要ありませんでしょう?」
「……なら、いい」
「ええ。より優れた方が公爵家を継ぐ方が、領民の為になりますわ」
そして私の為にもな。
こうやって『お兄さまが正しい』『お兄さまこそ正義』の全力よいしょプレイをして、いつか私なしでは生きられなくしてやるつもり。
本当のことを言えば、伯爵家を追い出されたりお母さまの実家に戻ったりでドタバタだったお兄さまの教育はいまいち進んでおらず、勉強面は私の方が先を行っているし、上の成績を取ることも容易い。
それでも勝ちを譲るのはわざとで、今回の刺繍も自分では手を抜いて作ったつもりだったのだが、どうにも器用すぎてしまった。
もう少しちゃんと調整しないといけないな。
自分のことを全て受け入れてくれるけど、守ってあげないといけない妹に思われるようにならなっくちゃ。




