第29式
「……取り調べ」
「人聞きの悪いなあ。そんな小さな頃から覚えちゃいけないよ。誰かな、そんな事を教えたの。クラウス?それともグラーティアス卿?」
「こどもはいがいとものしり、なのです」
「わざわざ拙く話す技術までちゃんと持ってるんだね。円滑に旅を進めるときに使っていたのかな?」
「……」
「はい。別に虐めたりしないから、黙らない」
うーん、どうしようかな。クラウス相手なら不敬罪とかそこまで気にしなくていいから何か言われる前に気をそらして主導権は私が握るし、おじいちゃんとかクロイツさんは私と会話の間の取り方が似てたりするから主導権は宙に浮いてる状態だから気にならない。けど、この皇子は違う。
私は身分を気にしなきゃいけないし、喋りすぎることもできない。主導権……会話のペースはどうしてもあっちにある。こっちが言い辛い質問の答えも、問われたら全く答えないってことは出来ないし。
……というか、今、ナチュラルに弟とおじいちゃんに容疑をかけたな。
「ん?別にクラウス達と、仲は悪くないよ?」
……私はそんなに胡乱な目を向けていただろうか。あまりに不服そうだったのがそんなに面白かったのか、また笑い始めた。
「ごめん、ごめん。でも本当にいじめるつもりもないし、クラウスと仲良くしてる事を怒る気もないよ?……あー、それと、もっと楽に話して。
君は複数迷宮攻略者な上に、人工迷宮を創り出すという前代未聞の魔術……いや、魔導師。皇帝はともかく、私のような第二皇子程度に対しては殺害か傷害を起こさない限り不敬罪になんて問われないよ。
私も気にしないからね」
多分、いい友人になれると思うんだけどな。と言う皇子の言葉と表情、……魔力にも嘘だという反応はない。
「……わたし、魔導師じゃない。……です」
「警戒心、強いなぁ……。そんなに私は信用ならなそう?」
「気を抜いたら寝首を掻かれそう」
やべ。思わず即答しちゃった。
「……まあ、本当にこればかりは関わってみないと分からないだろうし、いいや。慣れたら勝手に敬語とかも外れそうだし。
でも呼び方はさっきの。いいね?」
ね?と笑う皇子。背筋が凍る私。……笑顔で人が脅せるあたり、やっぱりクラウスより上の皇子なだけあるわー。
「……女性や子供は特に私のことを警戒しないんだけどなぁ」
おかしいなあ、と、本当に純粋に疑問に思っているらしい。まじか……。
「……そりゃ、騎士団率いて魔物退治してくれる皇子さまを避ける民衆なんていないでしょ」
「……私が騎士団の団長って、知ってたの?」
「有名ですよ。騎士・剣士クラスの人が何人も憧れてるみたいだし」
「へえ……光栄だな。シエルちゃんは憧れてくれないの?」
「今のところ騎士とか剣士になる予定は無いので」
「そうじゃなくて、令嬢や平民のお嬢さんたちみたいに、私のことをかっこいいと思って惚れてくれたりしないのかなって」
「美人と美形は見慣れてるので、私が興味を持つような容姿になってから出直してくれます?」
つい言ってからまずいと気付いた。流石に不敬罪……。とか思ってたらまた笑いだした。こわいこわいこわい!
「クラウスとかレイヴィスで見慣れてるって言われるならまだしもっ……!で、っ……出直せって……!出直せなんて言う子、は、初めてだよ……!」
何がドツボに嵌ったのか、息も絶え絶えに笑い転げている皇子。なんだこれ。とりあえず自分の世界に入ってしまってるので、私は大人しく出されたお茶を飲んで待つことにした。
「はぁ……。こんなに笑ったのは久しぶりだよ。楽しい話題をありがとう」
「……どういたしまして?」
勝手に皇子が笑い転げてただけなんだけどね。落ち着いたかなーって思うと思い出し笑いし始めるから、まだまだかかると判断して、私は用意されてた手記の続きを読み進めてました。時間の無駄だよね。皇子がひたすら笑い転げてるのを見てるのって。そりゃ流石皇子と言わんばかりの美形だけど、よく言うでしょ。美人は3日で飽きるんだよ。飽きないのは私の顔くらい。最近見てないけどね。
「ものすごく時間を取ってしまったけど、本題に入ろうか。君があげたクッキーの話だよ」
「私には覚えのない話です。作る過程で魔力を込めたわけでもないし、材料も普通でつくりかたも普通です」
そうですとも。使ったのは、いたって普通のアペルの実。
「小麦粉とバターと砂糖と卵とアペルの実を混ぜ込んで焼いただけです」
「ふぅん……。それだけであんな回復力、あり得ないよね」
「ですよね」
「でも、彼らが嘘をつく理由も無いよね」
「……ですね」
「……それ、また作れる?」
「材料があれば。砂糖とバター用意するのたいへんだったので」
「まあ高いけど、用意できないものじゃ無い。ここは城だしね。すぐに用意させるから、作ってもらえるかな」
「ここで?」
「そう。城の厨房で」
……実はあのクッキー、キッチンで作ってないって言ったら怒られるかな?
いや、材料も作り方も一般的なクッキーなんだけれども、メイさん達が断固としてキッチンに入れてくれなかったから、錬金術で麦砕いたり牛乳シェイクしまくったりとうきびから出た汁を抽出しまくって結晶をつくったりアペルの実を刻んだりして、真空の球体の中で混ぜ込んで成形して焼いて作っちゃったクッキーなんだよね。だから大変だったの。目の前の王子は気付いてないみたいだけど、用意するのが大変なのは高価だからじゃない。
とくにバターと砂糖。原材料から作った完全ハンドメイドだったから大変だったのだ。金に物言わせるなら私が準備できないはずないでしょ。魔法で貿易港に飛んで商人捕まえて仕入れればいいもの。
いや、キッチンと材料使わせてくれるなら普通に手で作るのだけれども。メイさん達が入れてくれなかったからそうやっただけで、作り方も材料も間違ってないから、嘘は言ってないのだけれども。
「楽しみ」
「……得体の知れない人間の作ったクッキー食べるつもりですか?」
「知ってる。グラーティアス卿が孫みたいに可愛がってて、クラウスの護衛対象で、レイヴィスに求婚されてる、複数迷宮攻略者の旅人……現在は帝国の学生のシエルちゃんでしょ?」
「第二皇子でん……ウィル様とは関わりないですし、これで会うのは2度目で、ほぼ見知らぬ人間だと思うんですけど」
「2度目?3度目の間違いじゃないかな」
「……どっかで会いました?知ってます?一方的に街で見かけたーとか、編入式みてたからーとかは、会ったに入らないんですよ?」
「……へぇ、そっか〜」
ちょっとドキッとした。何せ、シエルとして会うのは2回目だけど、その前に1回会っちゃってるもの。シェリティアとしてだけど。……うん、あの時思いっきりこの人の事蹴り飛ばしたわ。治したけど目撃者多数だから、不敬罪で罰則くらっても文句言えない。そんな事される前に逃げるけどね!
「……準備してるから、暫くその手記を読んでいていいよ」
「……その間皇子……ウィル様は?」
「そこは気にしなくていいよ?」
キラッキラの笑顔です。眩しい。もういい。気にしなくていいと言うなら何も言うまい。
手記の続きは、70階まで来て一度途切れ、走り書きの地図を挟んでから、急に80階になっている。……途中特筆するべき魔物や鉱石とかが無かったのか、それとも記録することが出来なかったのか、どちらかは分からない。
前者だといいけど、多分後者だろうな。一般的に、10階層間全く同じ種類の魔物しか出てこないなんて有り得ない。……いや。まあ100階層以上あると言われる星降の迷宮程大きいならありえるのかも知れないけど。
……それにしても、こんな大迷宮というか大魔境をよく攻略出来たものだよね。……まあ私がその当時生きていたら間違いなく好奇心で攻略とかはさておき珍しい素材探しに乗り込んできてたとは思うけど。この迷宮の攻略者って、そもそも誰なんだろ。今まで考えたことなかったよ。クラウス達王族はどうやら保持者の一族的なものはちゃんと把握してるらしいけど、そこは教えてくれなかったし。
「……ウィル様は、星降りの迷宮の保持者を知ってる?」
「うーん。それは難しい質問だね?でも……そうだな。……知ってるけど、全然知らないかな」
一方的には知ってるが、関わり合いが無い……ってところか。
「どんな人?」
「さあ?」
まあ答えるわけないよね。別にいいけど。今現在の私に必要な情報じゃないし。扉がノックされる。準備ができたみたい。
「じゃあ、シエルちゃん。美味しいクッキーを作ってね」
うん。皇子殿下にはあげないけどね。
はたしてクッキーは上手く焼けるのか(焼けます)。
読了ありがとうございます。




