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傑物の一族の傑物ですが、なにか?  作者: 猫側縁
第3章 学生 シエル
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第30式



小麦粉を一応篩にかけて、

バターを練りにねる。

私はクリーム寸前まで混ぜるのが好き。

そこに砂糖を混ぜ込み、色が変わるまでまた練る。

卵を入れて混ぜ混ぜ。

すりおろしたアペルの実をいれてよくまぜて、

最後に角切りアペルの実を入れてさっくり混ぜて、天板に並べて焼く。


……ひたすら練って混ぜて、結構疲れるよね。魔法を使わずに作るから、私の手はちょっと疲労を訴えてくる。非力なのよ。だって子供だもの。


「……随分お疲れだね?作り慣れてる訳じゃないんだ?」

「……そーですねー。何せあのクッキー、作ったのは前回と今回だけですし……。……明日筋肉痛かな」

「それだけで筋肉痛になるの?」

「筋肉痛は普段使わない筋肉を使うからなるんですよ。薬草の調合だろうが何だろうがあんなに物体を練る事なんてないでしょう」


だとしても非力というか、体力なさすぎと言われた。うるせえ。こちとら(ちょっと規格外かもしれないが)生粋の公爵令嬢だぞ。ついでに現在は平民のフリしてるけど、おじいちゃんの家で高位貴族並みの生活してるんだからな。普通はクッキー作らないぞ!……と思いつつもまあ、心に留めておくしか出来ないので、心の中で叫んでおく。


「焼き終えたら持ってきてくれるらしいから、それまでまた読書でもどうぞ?」


厨房から、先程までいた図書室の小部屋に移動して、長椅子に腰掛けるどころかお行儀悪く寝そべり全力で疲労を訴えた私とは対照的に、第二皇子は上機嫌だった。ものすごく腹立つ。主に私が疲労していることに対してこの皇子が少々愉悦を感じているらしいところに。

しかし書籍に罪はない。そして私がこうして目の前で行儀悪くしてみても顔色も魔力も変わりないところから本当に殺傷以外で不敬罪に問う気は無いようなので遠慮なく本を受け取ってそのまま読み進める。皇子は何も言わずにこやかに紅茶を飲んでる。

……暇なのかこの人。クラウスなんて最近は武闘会の開催のために奔走してるのに。奔走というか、目的は宣伝で方法は社交なんだけどね。


「ねえシエルちゃん。暇だから耳と口だけ貸してよ」

「……最初から話し相手になれっていってくれればよかったんですよ」


やっぱり暇だったらしい。


「ところで何で……ウィル様はなんでここで暇を持て余してるんですか。皇子なのに。公務は?」

「シエルちゃんがぜんぜん来てくれないから、クラウスにお友達なら連れておいでって今朝ちょっとお話ししてね?シエルちゃんにはクッキーの事で聞きたいこともあったし、絶対に連れてくるって言わせたから、こうして時間が取れるように、朝からかなり頑張ったんだよ」

「えええ。なんて無駄な労働……。せっかく暇になったんだから、私になんて構わずに読書でもすればいいのに。あ。皇子だし、お茶会開いて令嬢達にちやほやされたらどうです?水面下で超努力してる白鳥の如く、皇子の婚約者の座を狙って麗しい装いで全力で足の引っ張り合い腹の探り合いをしてるところが見られますよ。

わあ楽しい」

「……そこは、ちょっとくらい、喜んで欲しいんだけどな」

「ウィル様が私の為にお時間を作ってくださったなんて、私は幸せ者ですね」

「……酷い棒読み具合」

「自分の気持ちに素直なんです。ごめんなさい」


手記を閉じると同時に扉が軽くノックされた。侍女の人たちとおじいちゃんが入ってきた。……仕事終わったの?お迎え?


「シエル嬢〜!大丈夫かい?そこの腹黒に虐められてないかい?」

「はらぐろ……」

「あっ。なんて事をしてくれたんだグラーティアス卿。せっかくちょっとずつ慣れてもらってたのに。一気に警戒心が……」

「腹黒だろう?事実を言っただけじゃないかぁ」


おじいちゃんは軽くわたしを持ち上げて、いつも通りに膝の上に座らせた。慣れてきたわ〜。


「みんなして腹黒、腹黒って……。私はそんなに酷い人間じゃないと思うんだけどなぁ。……で?卿は何しにきたの?まさかもうシエルちゃんを迎えにきたの?」

「途中で面白い話を聞いて、迎えついでに私もシエル嬢の作ったクッキー食べようと思って」

「仕事は?」

「そう言われると思ってちゃんと終わらせたよぉ〜。なぜかいつもより量が多かったけどねぇ。シエル嬢を連れて帰ろうにも仕事が終わってなければまた連れてかれちゃうし」

「……せっかく気付かれないように仕事回したのに……」

「何か言ったかい?」

「いや何も?」


頭の上で飛び交う言葉達は聞かないふりをして、侍女が持ってきてくれたクッキーを齧る。うん。普通。

私のクッキーを食べて怪我が治ったって言ってた衛兵さん達にも食べさせる。味は同じで美味しいって。けど怪我の回復とか体力が回復した感じはないそうです。だよね!


「……おかしいなぁ。君のクッキーだと思ったのに。材料も作り方も一般的だったし……。本当に前に作った時と全部同じなの?」

「前に作った時?……あれ?シエル嬢、メイ達にキッチンは使わせて貰えなかったよねぇ?」


おじいちゃん。それを今言わなくても良かったと思うの。

案の定、皇子がじっとこっちを見てる。


「……たしかにキッチンで道具を使って作ってないけど、作り方は同じだもん。材料混ぜて焼いただけだもん」


私は嘘はついてない。訝しげにこちらを見ていた皇子が、少し考え込むように俯いて、顔を上げた。そういえば、君は錬金術も使えるんだったね。……と。随分前にクロイツさんからの報告書で確認してたらしい。


「これはこれで美味しいからいただくね。さ、材料あげるから、今すぐここで作って」

「……今、ここで……」


皇子の言葉ですぐに材料の乗った皿が私の前に来てしまった。勿論砂糖とバターはちゃんとそのまま使える状態でだ。流石に原材料から作ったとは思っていないらしい。

……これはもう、作らないと帰してもらえないかんじかね?


そんな訳で、錬金術の応用で中が真空状態の球体を作り出し、その中にバターを入れて練り、砂糖を入れて練り、卵を入れて練り、小麦粉入れて練り合わせ、少しだけ冷やして、球体の中で分割、形を作って、そのまま球体内の温度を上げて焼き上げる。球体がボウルとオーブンの役割を兼ねてると思って。楽でしょ?洗い物する必要もなくて。焼き上げながらもクッキーそのものの変化を進めていき、完成。

厨房で作るのにかかった時間はおよそ一時間。しかし、今錬金術で作ると、なんとびっくり。半分以下の時間で完成。回復ポーション作るのとあんまり時間は変わらない。


「……シエル嬢は錬金術も呼吸みたいに扱うねぇ」

「見事だね、シエルちゃん」


そりゃドーモ。

控えていた近衛騎士の1人がクッキーを保存容器に入れて部屋を出て行く。どうやら解析をするそうだよ。そんなことせんでもただのクッキーだというのに。

それを見送ると、案内してくれた衛兵さんに皇子の近衛におじいちゃんが既にクッキーを食べていた。


「……シエル嬢」


おじいちゃんに呼ばれたので仕方なしに見上げると、目の前に人差し指の腹を出された。紙で切ったのだろう地味に痛い傷だ。先ほど切ったばかりなのか、若干赤いものが滲んでる。……いや、滲んでいた。先程までは。

目に見える早さで傷が消えた。跡形もなく。

……あっれれ〜ぇ?治っちゃった?……え?何?錬金術で作ると、ポーションとかと同じような効果を持つの?ねぇ?そんなこと聞いた事ないよ?


「……間違いないね。彼らの傷が治ったのは、君の作ったクッキーのおかげだ」

「錬金術で作ったから、治癒ポーションのような力がクッキーに付与されたってところかなぁ?ねえ皇子、これ君のところの部隊の、重傷者に食わせてみてよぉ」

「そうだね。骨折までは治ったのを確認済みだから、同じくらいの患者に食わせよう。2人みたいに直ぐになおればよし、そうじゃなければ、まだ何か違うことがあるかもしれないし、ね。……ところで、シエルちゃん」

「嫌です。錬金術使える人にやらせてください」

「……まだ、何をして欲しいかも言ってないのに……。でもいいね、私が言葉にする前に分かっちゃってる推察力。近くにいて飽きない女の子はなかなかいないんだよね」


後半は聞き流す。私にゃどうでもええ話ですよ。というか、何して欲しいって……この流れで言えば量産してくれって話しでしょ。面倒だよ。そもそもポーションを数多く持ってる上に、作れる人間もいっぱいいるだろ。


「そうだよねぇ。回復薬ならこの国に腐るほどあるし、惜しまなくてはならない程ではないよ。それにそんなに量が欲しいなら、錬金術クラスの課題にでもすればいいじゃないかぁ。いたずらにシエル嬢の仕事を増やさないでおくれよぉ」

「回復ポーションや薬より遥かに即効性が高い。場合によっては非常食にも出来そう。最近、魔物の出現が増えてきてる。

遠征になる事も少なくない。ポーションは容れ物がガラスだから、いつ壊れるかと正直不安だし、使い終わってもそんなに重さが変わらないから、少し不便だったんだ。けど、1人に1つ魔法袋を持たせるには経費がね……。それに比べればこのクッキーで補えるなら食べれば無くなって軽くなるし、割れても効果は変わらないだろう?」

「ならなおさら、魔法騎士団とか学校の錬金術クラスに課題として作らせればいいじゃないかぁ」

「私はどこの誰が作ったのか分からないものより、シエルちゃんが作ってくれたお菓子が食べたい」

「それクッキー食べて皇子が体調くずしたら、たとえすり替えられた物だとしても私が犯人にされますよね。却下」


残念、と言いながら皇子は錬金術で作られた方に手をだした。食べるのか……。まあ、周りの兵とおじいちゃんで毒味は終わったもんね。


「解析結果が出たら協力してもらうね。またおいで」


おじいちゃんに抱き上げられながらその言葉を聞いた。おじいちゃんは魔法公爵の倅だけでも厄介なのに、これ以上曲者はシエル嬢の側には要らん(意訳)と言い捨てて、私たちは帰路についた。


「おじいちゃん、あれは流石に不敬……」

「それで国外追放してくれるなら最高だよねぇ」


……ソウデスネ。

夜、陣、式、次は何を使いましょうね。

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