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傑物の一族の傑物ですが、なにか?  作者: 猫側縁
第3章 学生 シエル
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第9式



昼から営業している酒屋の一角で私たちは今談笑している。店内には私たち以外人はいない。


「へー!じゃー、シエルちゃんはその猫くんとずいぶん長く契約してるわけだ?」

「うん。一番最初のお友だち。お姉さんも、そのフクロウさんが一番最初?」

「ん?一番最初、ではないけど、一番長くいるのはこの子だね。いやあ、それにしても、シエルちゃんって賢いだけじゃなくて、ちゃんと召喚も出来るんだね!私、シエルちゃん位の頃はまだまだ失敗ばっかだったよ〜」


恥ずかしそうに笑っているお姉さんは底抜けに明るいけど、さっき少しだけ、顔…というか、魔力が陰った。魔力は心を映すようなものだから、何かしらあったと見るべきだろう。問題は何があったのか、だけど。


「……話を戻すが、その匂い袋の魔除けとは何のことだ?こう見えてシエルは天才的な魔術師だ。よほど気にならない限り、わざわざその効果を聞いたりしない」

「!魔術師……。そっか。なら、もしかしてここの領地に、…あの伯爵家に向かう理由は」

「クラウスが私を天才的だと思ってた所はびっくり驚き話し合いだけど……はい。なんか一人で色々納得したみたいだから、そろそろ教えてほしいな。お姉さん、これ使って何する気?」


お姉さんに逃げられるつもりはない。というか、知ってる事話すまで逃す気は無いので、この酒場全体に、私は結界を張っている。クラウスは初めてくる酒場だから、人の出入りは普段こんなものだと思っているだろうが、実は違う。私が人避けの結界を展開しているからである。多分今ここにたどり着きたい人がいたら、知ってるはずの道を迷子になってる状態だろう。そうだった場合はゴメンねって思う。……思うだけでどうもしないけどね。まあ見えない網に引っかかってもらうのは、逃げられてからでいいから、分かりやすく逃げられない事を教える為に、私はシーフキャット達を召喚してお姉さんの周りを固めてもらった。


「シエル。今この女性が素直に情報をくれたらどうする?」

「ありがとーって感謝して、お礼に飲み物奢っちゃうよ!」

「だよな。で?どうする?」


お姉さんは、困ったように笑うと、逃げる気も隠す気も無いよ、と両手を上げて言ったのだった。


********************


なに、ちょっとしたよくある話だ。問題はちょっとよくある話が重なった出来事が事実だったってだけ。


ある所に女がいた。女は貴族の元で奉公していたが、お手付きになり、貴族の妻はそれを良しとせず、女は逃げた。

いくつも街を抜けて良き商人に保護された女はまもなくその貴族の子を産んだ。全く似ていない双子だった。片方は母親である女に姿もよく似ていたが、もう片方は父親似だったのか、母親に捨てられた。女一人で子供を育てるなど、至難である。ましてや二人となれば、苦労は目に見えている。それゆえの行動であったことは想像に難く無い。

双子のうち、貴族側の容姿を受け継いだと思われる子には魔力がなかった。だが産まれる前、確かに魔力の胎動を母親の主治医は感じ取っていたので、自覚はないが、母親に似た方が魔力を持ったのだろうと仮定した。それが母親に片方を捨てるという選択をさせた要因の1つでもあっただろう。

魔力を持つ子供が欲しいのは貴族とて同じ。母親はすぐに別の貴族と再婚、子爵夫人の地位を手に入れた。その娘も問題なく育ち、しかるべき頃に貴族子息に見初められ、結婚し、子供も出来て幸せに暮らしていた。


「……それのどこが問題だと?母親や手を付けた貴族は倫理的にはともかく、他に問題はなさそうだが」

「まあまあ、クラウス。最後まで聞こうよ。話はきっとまだ序盤だよ」


私はそれでね、と話を続ける。


捨てられた子供は教会の孤児院で引き取られた。魔力などない子達ばかりだったが、召喚術であれば魔力が無くても一応召喚可能ということもあり、教育が行われていた……が、暫くして魔力があることが発覚する。そこから生活は一変する。母親が手付きにされた貴族が迎えに来たのだ。だが勿論、彼女は妾の子と言わざるを得ない。継母や姉達には散々な虐めをうける。それでも魔力を持っているものとして、正当な貴族の一員とされ、パーティーなどにも何度か連れ出された。彼女がその貴族の子の中で最も魔力が強かった事も関係しているが。

そこで彼女は見た。血の繋がった双子の片割れが沢山の人に慈しまれ、幸せそうに笑っているのを。それだけならまだよかった。双子の片割れは、初めましてと言ったのだ。その言葉を、無意識いや、悪気もなく。本当に双子の片割れを忘れていたのだ。そう気付けたのは、真っ直ぐで迷いなく無垢な目で見つめられたときのことだった。怒りを通り越して、憎悪の感情しか浮かばなかった。

その時何かが彼女の中から、目の前の幸せそうな双子の片割れに入り込んだ。目に見えるのではなく、何となくそんな感じだ。事実、彼女から何かが抜けた後、一瞬のうちに嫌悪などは消えてしまった。彼女は怖くなって、二度と片割れに近づくことはなかったが、ある日を境に片割れは社交界に全く顔を見せなくなった。


「暫くして、双子の片割れは重篤な病気にかかり、部屋から出られなくなったと聞いた。そしてそれから既に半年、その後彼女の情報は無い」

「……双子の片割れが幸せになったもう片方を恨んで呪ったという可能性が高いが、そうじゃ無いんだろうな」

「……ああ。お気付きの通り、私がその捨てられた片割れだよ。……私が何かしたせいで、彼女がそうなったなら、私は償わなくてはならない」

「……恨んでいたのでは?」

「……不思議とね、恨んでは居ないんだよ。母親の事も、片割れの事も。召喚術を学んだ時にね、基礎の基礎をしっかり叩き込まれたからかな?私は怒ったわけでも恨んだわけでも無い。羨んでいないかと言われたらまた別だけど、そうだね……私は、多分……」

「悲しかった、それだけだよね」


ひたすら、出会った時から気楽で軽いお姉さんを見せていたはずなのだけれど、どうやら見破られてしまったみたい。

少女……シエルちゃんが真っ直ぐに私を見ていた。猫を象ったような不思議な仮面の奥から覗く瞳が、私を静かに見つめている。


「悲しみは、過ぎれば涙もでないもの」


あまりに静かで、優しい。こんなに小さな少女は、一体何を背負っているのだろう。何を知っているのだろう。何に悲しみ、何を知ったのだろう。


「……そうだね。今はもう悲しく思うだけで、特に他には罪悪感だけかな。私が何かして奪ってしまったなら、返さなきゃ」

「今回の件、お姉さんは多分何も悪いことしてないよ?それでも?」

「それでも。だから、何かあればその匂い袋に入ってる魔除けが役に立つと思って」

「お姉さんの中から出た何かが原因だと思うから?」

「うん」


シエルちゃんはしげしげと、私が渡した匂い袋を見る。その中には香り花弁と、子供騙しかもしれないが、私の知識で作れる限りの強力な浄化魔法の陣を忍ばせてある。

クラウスと名乗った中々顔の整った少年は、そんなシエルちゃんを見ている。さっきの対応からして、かなり大切にしているのがわかる。


「……ねえ、お姉さん。もしこれが効かなかったらどうするの?」

「え?それは……」

「物凄くよく作られてて、いい御守りだと思うんだけど、多分役に立たないと思うんだよね」

「……どういうこと?」


陣を直接見てはいないはずだ。匂い袋を何度か揺らしたりしてはいたけど、中身を確認した様子はなかった。なのに彼女は何故そんな事を言うのだろう。かの魔法大国の王都の宮廷最上級魔術師は、陣を見ずに魔力を感じるだけでそれがどのくらいの魔力を持っているかや、種類が分かると風の噂で聞いたが、こんな少女が、そんな事を出来るわけがないのに。

シエルちゃんは私に、匂い袋を開けていいかと聞いた。陣、それもオリジナルを見ると言うことは、相手の手の内を知る事と相成っている。それ故の配慮だろう。だが、子供らしくない。なのに、違和感がない。私が許可を出すと、丁寧に優しく袋を開いて、陣の描かれた紙をそっと拾う。


「ああ、やっぱり。珍しい四角の囲いに"清め"の水、"懺悔"の雫、"救い"の羽と"願い"の光。綺麗に丁寧に書き込んであるね。

……その裏に感知魔法、成る程。

占い屋に化けてるのは、これを売る店を出すと領主に許可をもらう為に屋敷に行ったという自然な訳を作る為だね。

匂い袋にしたのは、鎮静効果があるから病人に良いと宣伝してお近づきの印にと置いて行き、伯爵の奥方に届く確率を高めたかった。

感知魔法は奥方が手に取った時に、それをお姉さん側から発動できるように、かな」


全くもってその通りである。なんで陣を読み解けるのかと聞けば、趣味と返って来る。なんて子だ。


「占い屋なら、いざとなればこの間の御守りの効果を見たいから病人に合わせてくれとか、召喚にも多少心得があるからと言えるしね」


どこまで分かっているのだろう。彼女は、一聞いて十を知るようだ。余りに聡い。彼女の様子を見守る彼が、必死になっているのは、彼女自身のことを可愛がっているからだけでは無いのかもしれない。


「今の話聞いちゃったから、暫く様子見しても楽しいかなーって思ったりしてたんだけど、そうすると今日中に帰れなさそうだからやめるね」

「……ところでシエルはどうしようとしてたんだ」

「伯爵家の目と鼻の先で目立つ召喚でも魔法でも使って、私に手紙を送ってきた人間をおびき寄せて、秘密裏にその奥方のところに潜り込んで原因探って解決して帰るつもりだったよ」

「具体的な方法は?」

「私がいれば大抵のことは何とでもなるよ」

「自意識過剰だし危機意識に欠けてる」

「自信がなければ行動してない」

「それはそうだがこっちの身にもなってみろ。心臓がいくつあっても足りない。お前に何かあったら最悪お前の保護者が暴れまわってこの国はめちゃくちゃだ」

「えええ。幾ら何でもそんな事しないよ、多分」


話してる内容的に、彼女たちは国のお偉いさんの子か孫のようだ。私は見たことがないから、少年の方は成人前なのだろうか。いや、でもあの顔どこかで見たような。片割れの事に集中し過ぎて社交界の事に関してとんでもない見落としをしてる気がする。

何か重大事項を思い出しかけたところで、シエルちゃんからお声がかかった。


「お姉さん、お芝居は得意?」


仮面を付けていても分かる、何か企んだような笑顔。猫の仮面と妙にあっていて、不思議の国の猫のようだった。



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