第10式
今日はなんとなく2話分更新……
底の冷えるような夜に、1つ目立つ様な洋燈を持って伯爵家の門を叩いた。
「ごめんください」
深夜の訪問に、使用人達は警戒しながら商人を見る。訪問した時間が時間なだけに彼らも迷惑そうな顔を隠さない。
「何用だ」
「街での商売の許可を得に参りました。呪い屋でございます」
深々と頭を下げていた商人が顔を上げる。すると先程まで迷惑そうに睨みつけていた使用人達は惚ける。上がった面は、どこぞの姫と言われても納得できるほどの美しいものだったからだ。使用人はその美しさに先程までの怒りも忘れ、惚けたまま屋敷の主人からの言葉を述べる。
「……占い屋は既に四方に存在している。主人も必要としないだろう」
「まあまあそう仰らず。呪い屋といっても、星を詠む程度。昼は薬と噂を売っておりますれば……。いえ、失礼しました。私はこれにて失敬」
「待て。薬と噂だと?」
商人は顔に出さずに嗤う。食い付いた、と。
「旅をしていれば、不思議と流れてくるものです。惜しまれるべき美女が死んだやら、騎士団ですら年をかける迷宮を一晩で得た童やら、化物を喚んで化物になった女やら、それらを治す方法やらねぇ。
私は時にそれを治し、時には売り、時には得て生きる流れ者でございますので」
そこまで言われてやっと使用人は気付く。顔に気を取られて黙り込んだと思ったが違う。驚くべきはその魔力だ。一見して圧倒されるほどの魔力の持ち主など、この世にそうそういるまい。しかもその女商人はまだ成人前。なのにその仕草や言葉の選び方が、彼らの知る子供からはかけ離れていて、童子と言い表すことは出来なかった。
「しかし……必要ないところで売っても意味はなさないものですから。私はこれにて」
「待て」
扉の奥の見えないところから声がかかった。使用人たちではない。もっと静かで威厳のある声だ。
「……化物の退治の仕方を知っているか」
「種類にもよりましょう。
憑かれたというなら退魔師を、
転じたというなら……」
「もういい。それで、お前自身の腕は確かだというんだな?」
「おや……。"見て分からない"お客さんでしたかな?」
「…分かった。入れ」
因みに見て分からないというのは、一般的に魔力を持たないか、魔法を使えない人間を示す。帝国の貴族は基本的には使える人間であるが、それでも魔力は弱まってきているし、使える人間というのも早々多くはない。(だからこそ、魔力を持っている事はある種のステータスなのである。しかもその力の大きさが大きければ大きいほど、祖に近い血を持っている事と同義とされ、敬われる対象でもある。)
そうして屋敷の主人は、商人を招き入れた。屋敷の扉がゆっくりと閉じていく。商人は、この世の物と思えないほど美しく微笑むと……仮面を付けて屋敷の中を我が物顔で進み始めた。使用人を無視し、先にいる屋敷の主人を通り越してその部屋に向かう。通り際に恐ろしい程静かに怒りを溜めた瞳がその主人には向けられたが。
使用人や主人は何も言わない。否、言えない。何処からともなく現れた騎士達によって、身体は拘束、並びに口を塞がれたからだ。屋敷の主人は酷く暴れたが、騎士達はビクともしない。それはそうだ。何せ彼らは彼女に喚び出された、黒と白の騎士である。その辺の貴族程度に遅れを取るはずもない。
そして彼らは、とあるAランク冒険者がとある占い屋と領内にいる帝都所属の騎士を連れて来るまでその場を任せられたのだ。敬愛する彼らの主人に。
一方その頃、屋敷を進んでいた女商人……仮面の童女は、屋敷の奥の奥に隠される様にあった部屋の前に来ていた。ここからでは玄関先での喧騒など聞こえまい。童女はノックすらせずに、その扉を開け放った。
その瞬間、おおよそ病室には似合わぬ業火が彼女を襲うが、この童女にとっては何のその。まるで虫でも払うかの様に掌を返すだけで、禍々しいほどの炎は消え去った。童女は呆れた様に、寝台のすぐそばに居る壮年の侍女に目を向けた。
その侍女は息を乱し、可哀想になるほど顔色を青くして、今にも倒れそうになりながら、化け物でも見るかの様に童女を見た。先程の攻撃魔法にかなり魔力を割かれたのであろう。童女から見て、魔力の残量は10%もない。
「……随分なご挨拶だ。私を呼んだのは貴女だろう?」
「なぜ、私だと……?」
「とても優秀な友人がいるものでね。
……さて」
壮年の侍女を風魔法などを駆使して椅子に座らせる。ただでさえ短い寿命を、魔法を使うことで縮めてしまっているのだ。休ませてやって少しでも体力を戻さなければ。それだけの気持ちだった。
そうして漸く、童女……シエルはベッドの上を見た。そして顔を歪ませた。
人ではない。もはや異形と化した皮膚。落ち窪み虚ろになり、ただ空洞だけがそこにある目や口、こちらの声が届いているのか、いないのか、そもそも生きているのかも分からない冷たい身体。それを異形と呼ばず、なんと呼ぶというのか。
「こんな姿にはなりたくなかったろうに」
苛立ち故に歪めた顔を、溜息をついて戻した。目の前の彼女に向けていたわけではない。この家の主人と、そいつが行使したであろう術に対しての怒りと憎しみに似た嫌悪だ。
「……世の中には、どれだけ望んでも得られない人間と、望まずとも得られた人間と、得たくはなかったのに、得てしまった人間がいる。
三者三様に思うところはあるだろう。
しかしそれは生まれ持ったか否かの違い。努力でどうにかなるものでは決してない。
……貴女は多分、母親やそこの侍女に守られすぎた」
シエルは壊れ物に触れるかの様に、彼女に触れ、魔法を発動させる。
「貴女自身もまた、被害者だが、自業自得な面もあるのだろう。これはそれに見合うだけの罰だった。……そう思いなさい」
一瞬目も眩むほどの光がシエルと彼女から発せられた。光が落ち着いていくと同時に、シエルの右手に集約されていく様だ。しかもその過程で、驚くべきことに、光が消えていく場所からゆっくりと、彼女の異形の身体が元に戻って行く。枯れ木の肌から人の肌へと。異形が、人へと。シエルは右手に集まった光の中を一瞥して、嫌悪も露わに握りしめた。パリン、と薄氷が割れるような音とともに光が散っていった。
「お、奥さま……!ありがとうございます!やはりあなた様をお呼びしてよか「治ってよかったね、なんて言うと思ったか。この無能どもが。奥方も侍女も、伯爵も、全員まとめて一先ず聴取だ。その為に元に戻してやったに過ぎない。少しでもごまかしてみろ。直ぐさま元の木偶に、今度は一族郎党転じさせてやるからな」
「シエル!……そこまでだ」
元の姿に戻った奥方に寄った侍女を見下ろしてシエルは冷徹な声で応えた。侍女は先ほど攻撃を防がれた時よりも青い顔をしている。少し前に帝都の騎士達を連れて入ってきていたクラウスが慌ててシエルを止めた。それ以上脅したりしないように、軽々と彼女を抱き上げて侍女達から距離をとった。尚且つ空いた手で目を塞ぐ徹底ぶりである。
「……クラウス、この屋敷の人間は、許されざる事をしたんだよ。私にこうさせたんだよ」
「だからって、同じ事をして良いわけでも、それで気が晴れるわけでもないんだろ?」
その言葉に、シエルは降参とばかりに、侍女にぶつけていた殺気を収めた。
「気分が悪いならもう帰ろう。取り調べは帝都で行う。同行したいなら俺が許可を取ってやるから、今日はもうおとなしくしていよう。
……疲れただろ?」
「………………うん」
そうだね、とシエルは呟いて、暫く何も言うことはなかった。
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シエルの様子がおかしいことに気付いたのは、占い屋の話を聞いた後、屋敷の様子を見にいかせていたらしい猫たちが帰ってきてからだった。
「お姉さん、お芝居は得意?」
「え?」
一体何する気だこいつは、と思った矢先、猫たちが帰ってきた。一体どこからと思ったが、何せシエルと契約している猫たちだ。どこに忍び込んできていてもおかしくはない。
「胡散臭い伯爵のところの見取り図ですにゃ」
「ご苦労さま!ありがと」
「いや不法侵入だろ、それは」
「え〜?クラウスは猫が家の庭に入ってきたことを不法侵入だっていうの?仕方なくない?入れたくないなら猫避けでもしておくべきでしょ?」
普通に考えれば、野良猫が庭に入り込むのは一般にあり得ることだし、不可抗力だし、責められるようなことではない。……ない、のだが、猫は猫でもシエルの猫なうえに、こいつらは喋るからかどうにも人間と同じような感じに思えてしまうのだ。
だがやってしまったものをどうすることも出来ないし、シエルの指示も無かったように思うので、ここは俺が目をつぶってしまうのが一番かと思って口を噤んだ。
……いや、それが最善だと思って口を噤んだのか、それともシエルの様子が変わったから噤んだのか、今では分からない。
一匹ずつよくやったと撫でて褒めているシエルだったが、最後の二匹に近づいた時に、呆然としたように思う。本当に一瞬のことだったが。一瞬だけ何かとんでもないものを見つけてしまったかのように、息を飲んで、その後不自然なほど自然に動揺を消し去って残りの猫を撫でてから還していた。
猫たちがいなくなった後、シエルは自身の服の胸元に添えていた手を強く強く握りしめていた。僅かな間だったのに、シワが寄ってしまうほど強く。まるで胸の中の激情を抑え込んでいるかのように。
「シエル?」
様子がおかしいから、声をかけた。シエルは深く息をついてから、何事もなかったかのように、"作戦"を言い渡した。
決行は夜。先ず占い屋が命辛々俺に助けられて何とか帝都から派遣された騎士の駐屯地に、俺の助けを借りながら向かい、
《ここの領主の手の者に襲われた。奴らは私を化物の餌にするつもりだった》と、怯えながらの迫真の演技を見せる。
俺は俺で、顔を知っているであろう騎士たちに、《彼女がもう少しで攫われそうになっていた。今、私の友人が犯人を追っている》と、真面目な顔で騎士たちを騙して、そこにケットシーが主人からの使いだと犯人の居場所の書かれた紙を持ってくる。
そして俺たちは騎士を連れて直ぐさま伯爵邸へ向かい、乗り込み、シエルが予め拘束しているであろう使用人やら伯爵を捕らえる。
……という指示だった。
勿論、証拠も何もないのにどうする気だといったが、シエルは止まらなかった。確信を持って、それで行くと言って引かなかった。仕方がないので俺が折れた。今思うと、もう少しちゃんと理由を聞くべきだったが、あの時はあれ以上シエルを見ていたくなかった。あんなにも、怒りを露わにしていた彼女を見ていたくはなかった。作戦上、俺が離れなくてはならない為、影を二手に別れさせた。俺について行く方とシエルについて行く方に。
後から聞いた報告では、えげつない数の召喚を一瞬で行ったり、不意打ちで行えば家1つ消し炭に出来る攻撃魔法を鼻で笑って消し去ったり、人から化物に転じた女を人に戻したりしたそうだ。最後については俺も見た。駆けつけた騎士達もだ。あんな魔法は見たことが無い。素晴らしいだとか、凄いだとか、そういうのを通り越して最早……脅威、かもしれない。それで俺がシエルをどうこうする気は無いが、そのまま報告が行けばもしかしたら騒ぎ立てる輩がいるかもしれない。
案の定、シエルは怒っていたらしい。侍女やその主人や伯爵に向けたはずの殺気が俺や隠れている占い屋にも感じ取れるほどのもので、騎士すら何人かは怯えていたように後から思った。
あの屋敷の人間全てを拘束し、話を聞き、伯爵・奥方・その侍女・執事数名のみを詳しく聴取する事になった。他の者は屋敷に戻した。
そして現在、シエルは説明の為とあの占い屋も連れて俺の隣で馬車に揺られてる。途中の街で占い屋は降ろす手筈だ。ケットシーの人形を抱き抱えながら、窓の外を見つつ、独り言でも呟くかのようにシエルは事のあらましを話し始めた。
「間違いは恐らく、彼女らの母親の主治医の診断からだった。魔力があるのは占い屋のお姉さんの方。貴族に嫁いだ方には、魔力が無かった。
伯爵は生まれた子供たちの魔力があまりにも弱すぎて魔法学校に入れるほどでも無いのを見て思ったんだろうね。計算違い。妻は魔力を持っていないと。
……まあ、よくそこまで隠し通せたものだと感心するけど、そこは多分彼女についてきたという侍女が上手くやってたんだろう。
そして、それがバレた時、3人はそれぞれ困ったはずだ。だから、……力を得ようとした。
調べると分かるはず。この街で店や露店を開くには領主に許可を取らないと行けない。そして、半年程前から許可を取りに行った人間たちが姿を消してる。それも、魔力持ちだけ。
恐らく、まだ街に馴染みのない、顔を覚えられていない魔力持ちを攫って、材料にしたんだと思う。……なんの材料って……、クラウスは一度こういう事件に遭遇したでしょ。
魔力を吸い取って、別の人間に移植するんだよ。持ってないなら奪えばいい。……そういう考えからかもね。もちろん、危ない事だから禁術だよ。魔力を奪われるということも奪って自分のものにする事も命の危険を伴う事。その結果があの奥方の異形だよ。
自業自得だ。侍女も、魔力が無いと感じ取った時点で誤魔化さずに言ってしまえばよかったものを。
……ああ、もちろん企画・実行は伯爵、人攫いは部下たちにやらせたと思う。伯爵は杖をついててあんまり俊敏そうじゃなかったし」
だから、お姉さんのせいではないよ。と、シエルは呟くように言った。それと、と続ける。
「お姉さんが何か自分の中から抜け落ちたみたいに思った事だけど、それは多分お姉さん自身の魔力だと思う。今は回復してるみたいだから、お姉さんがあの奥方と再会した時は多分まだ実験段階だったのだと思う。
簡易の魔力を吸い取る陣を持ち歩いてパーティーに出てたんじゃないかな、あの奥方。ただ蓄積の方が上手くいかなかった。だから時間が経つにつれてお姉さんは魔力を取り戻した。……パーティーどころか表舞台に出てこなくなったのは、強奪・蓄積の陣が完成したからだと思う。吸い取っていった結果、見るに絶えない化物になった。
……自業自得だ。……ここまでの見解はあくまで私個人の推測であって、事実とは異なるかもしれないけど、……でも、禁術を使っていたのは紛う事なき事実だよ」
これからどうするかはお姉さん次第だよ。とシエルは占い屋に告げて、占い屋も少し考え込んでいたが、ありがとうといって馬車を降りていった。どうやら迎えをきちんと呼んでいたらしい。
2人きりになった馬車の中、俺はシエルに問いかけた。
「……禁術に対してそんなに感情を露わにするのは、何か理由があるんだな?」
「……そうだね」
言うつもりは無いんだろう。人間誰しも触れられたく無いことはあるから、当然と言えるが。
「……助けが必要な時は、ちゃんと言えよ」
「聞かなくていいのー?」
「前にもいったが、聞かれたく無いことを無理に聞き出すほど、悪趣味ではない」
「……そうだったねー」
シエルがため気をついて顔を上げた。ありがとうと呟いたその様子は、いつもよりもおとなしいものの、先程までの手負いの獣のような印象はもうなかった。




