第7式
その日の私は珍しく分かりやすく気分がよろしかった。お前は大抵気分がよろしいだろと思ったそこの君。そうだね、わたしは基本的にストレスはすぐ発散。やられたらやり返す。気分が悪い時の方が少ないよ?けどね?今日はちょっと違うんだなぁ。
朝起きたらなんとびっくり。おじいちゃんから、わたしの護衛に付いている3名に丁度用事が入ってしまい、丸一日付いていることが出来ないと聞かされた。つまり、だよ?
今日一日、私は自由を手に入れた!!
素晴らしい!!
気分が良すぎて今日は転移魔法じゃなくて、徒歩で登校しつつ、途中絡んできたチンピラ・ゴロツキ・奴隷商人・誘拐犯などを魔法で拘束・騎士団に連行、道端で転んで怪我してた迷子を手当て(治癒)して家に送り、昨日の豪雨で壊れた橋を直して馬車が通れるようにした。仕事したなぁ。
自由って素晴らしい……!
「おはようシエル。気分が良さそうだな?」
「おはようクラウス。自由っていいよね」
「早速だが、何で俺らが朝数時間付いていなかっただけで、既にこれだけの騒ぎになるんだ?」
あれ?クラウスが若干おこだよ?魔力が苛立ってる。どうしたんだろ。クラウスは不思議そうにしている私に対して、教室から問答無用で引きずり出して、そのまま私がもらった研究室に入った。……護衛役のうち1人、誰でもいいから鍵渡しておけって言われてしゃーないから渡したんだけど、クロイツさんにすべきだったかな。鍵まで閉めてから大きな溜息をつくと、小脇に抱えていた紙の束をどさっと机の上に置いた。
「感謝状、嘆願書、要請書、小切手、お礼の手紙だ。何故登校するだけの小一時間でこんなに沢山の書類が、お前宛に沸いて届く!?」
「えー?請求書の山が来るよりマシだと思うんだけど……。まあいいか。
何で届くかというと、私の身元が判明しちゃってるからだよ。私は今までいつも通りの行動をしてるだけ。旅人として動き回ると、基本的にもう会えない・探しても意味のない人間だから動く人もあまりいないけど、私は今生徒で、猫の面を付けているっていう特徴がある。大きい利益を上げてくれて、その人がどこの誰かわかっているなら、何かを返したい。それが人間だよ。形式上の場合もあるけどね」
「お前はいつも通りすら規格外か」
「人として恥じない行動をしてるだけだよ。
誘拐されそうになったなら抵抗する。
攫われそうな人がいたら助ける。
落ちた橋があるなら新たに架ける。
全部、そうする事ができる力を持ちながら、何もしなかったと後から指を指されない為の自己防衛だよ。
誰かのためじゃなくて、自分の為。徹頭徹尾、私は自分の為にしか動かない人間だもん」
「……力あるものはその力を皆の為に使え。
その言葉を道徳的に教え込むのが学校というものだが、お前にその言葉を解説させれば、善悪良心の問題ではいんだろうな」
「うん。だってその言葉って、
力あるものはその力が強大であればあるほど、恐れられ疎まれる故に、その力を皆の為に使うことで貢献しなければ、処分されるって意味でしょ?」
まるで、私の為にあるような言葉。私の回避したい未来を示唆するような言葉。
「そんな言葉、大っ嫌い。だから私は、私の為に、力を使うの。それで恩恵を受ける人間がいるならそれはそれ」
「(……大嫌いと言う割に、結局は皆の為に力を使っているという事実に変わりはないんだけどな)」
「まあそれはどうでもいいよ。で、この紙の束どうしろって?嘆願書と要請書は無条件で見なかったことにするけど」
「これらについてはすでに処分をつけたからいい。ただ、大人しくしててほしい。人助けをするなと言わないが、使えるものは使え。俺たちが付いていない分、余計に碌でもない輩は動きやすい。お前の利用価値が高いと分かるほど、身の危険度も増す」
「はーい」
……ってな感じで、注意を受けたのが今朝のこと。ミティに絡まれつつ、無事に午後の部の専門科の講義の時間が来るのをご飯を食べながら待ってた。今日は特に何か受ける予定無いから、研究室にこもって前にミティが使った禁術集の陣を調べる予定だ。ミティは専門科(召喚術)が終わり次第わたしの世話を焼きに来るって言ってた。
ここまではそれなりに気分が良かった。問題が起きたのは、私が昼食を終えて研究室に入ってから起きた。
ドアのところにあるポスト。その中身を確認していた時の事である。いつものように妬み嫉みの手紙やら脅迫状やらを処理しつつ、後に回していたメモ一枚に目を通して、思わず「は…?」と、声を上げていた。
……さて、そして研究室に引きこもっているはずの午後の専門科の講義の時間…私は講義室の1つにいた。しかも召喚術のクラスの、教壇に。
出席してるのは両手で数えられる程度。もちろん2学年含めてね。意外と多い気がする。サボりたい人間からすると、レポートの提出だけでなんとかなりそうな召喚術の講義って穴場なのかも。あの教授、絶対講義の途中から自分の世界に入っちゃって生徒の様子見てなさそうだもん。
ミティがなんかよく分からないけどシエル様頑張って!とエールを送ってきている。どうせ今回特別に一回だけ講義するだけだし、適当でもいいかなーって思ってたんだけど、しっかり私を見てる人間も…ミティみたいにまじめに召喚術習ってる人間もいるにはいるらしい。変な事は言えん。現実逃避したい……。
「……ディクトン・フィリペ教授が、諸事情により本日お休みのため、代理を務めます。シエルです」
生徒たちのほとんど(つまりミティ以外)が怪訝そうな顔を見せる。だよねー。私もできる事ならここに居たくなかった〜。すっ…っと、優等生っぽい青年が手を挙げたので、どうぞと発言を促した。
「フィリペ教授が居ないなら、講義は自習で良いのではないですか?」
だよねぇ!そう思うよねぇ!私もそうしたかった!ただし!!そんな事が出来ればな!
「自習にして首が締まるのと、大人しく私の行うほぼ自習な講義を受けてちゃんと単位を貰えるの、どっちがいいかえらんでいいよ」
「…どういう事ですか?」
クラス内が一気に困惑してしまったけど、わたしは事実をありのまま述べただけ。私は悪くない。
「あの、発言をお許しいただけますか?」
「どうぞ〜」
ミティがおずおずと手を挙げたので、彼女に先を促す。すると彼女は立ち上がり、多少自信無さげにだが自分なりに理解したらしい事を述べて見せた。
「教授の、諸事情とは…恐らくいつもの急な外出と考えて、……そうなれば、私たちはいつも通り自習という事になりますわ。
他の専門科に比べて、この召喚術だけは進み具合がよろしくなく、自習時間の上限に達しかけている事から、准教授であるシエル様が派遣されたと理解してよろしいのでしょうか?」
……ミティ、君結構頭良かったんだね。正解、座っていいよーと笑って見せれば、ミティはきゃっ、と頬を染めてうっとりしてから席に着いた。
「はい。そういうわけで、私の講義をうけておけば君らの専門科の単位は保証されまーす。自習してもいいけど、その場合は後々補習とか試験とかをひたすらやる羽目になりまーす。お好きな方をお選びくださーい」
まあ、もちろん。全員大人しく受講しますとも。……ああ、私の貴重な自由時間が…。
「じゃあ先ず、……中庭に出てくださーい」
突然表に出ろ(喧嘩腰ではない)と言った私に皆首を傾げたけど、素直に移動を開始した。よろしい。そうそう。サクサクと進めようじゃないか。
隣の人と一定以上の距離を取るように言って安全を確保。もしかしたらこの中に規格外の化け物がいるかもしれない。そしたらこれからやる事の安全の保証とかないもんね。
「それでは、各々陣を用いて、召喚を行ってください」
「「「え?」」」
「召喚できたら今日の講義終わりでいいよ」
「「「え!?」」」
彼らは困惑している。
……って感じのモノローグ出てきそう。え?えっ……?って、物凄く動揺してお互い顔を見合わせて戸惑いを隠さない。私が言葉を発してから既に10秒が経過した。色々失格。
けれど、先陣を切って出たのはミティだった。前回の召喚にかかっていた時間からして、恐らく私の言葉が終わった瞬間から召喚を始めていたのだろう。他にも2人ほどだが、ゆっくりとその足元に魔力による陣が描かれていく。それに気付いて次々と陣を書き出すけど、遅い。
陣を描き終わり、魔力を注ぎ込み始めて、一番最初に行動していたミティ達が戸惑いの声を上げた。そしてミティが顔を上げて私を見た。
「気付いた?」
召喚が行えない。という事実に。全員が召喚出来ず、各々驚きと、困惑で忙しそう。陣は問題なく描けているか、魔力は十分かなど、内的要因ばかりを気にしている。まあ、普通はその2点疑うよね。行動の早かった数名だけは、どういうことかと私を見ていたけど。
「はい。皆仲良く召喚失敗。
さて、原因はなんでしょーか」
行動の遅かった大多数からは魔力不足と陣の欠損はすぐに上がった。他にいないかな、とミティやその他を見る。
「……陣も魔力も十分だった。けれど発動しないなら、貴様が何かしたんだろう」
「失礼いたしますわ!准教授に向かって貴様だなんて失敬にも程があると思いますの!」
「ミティ、別にいいよ。それとこれとはまた別の話だからね〜」
私に窘められて、ミティはかなり不満そうに黙ってくれた。よしよし、私のために怒ってくれたのは素直に嬉しいので、後で特別に私がお茶を振舞ってしんぜよう。
「言い方はともかくとして、確かに私は何かしたよ。さて、それはなんでしょうと問いたいけど、多分君らは分からないから言っちゃうね。
私も魔方陣を描いたの。そして発動させた。
ただそれだけ」
怪訝そうに彼らは私を見る。足元や手元に視線が集中しているのがわかる。はっはっは。見てわかるような所で私が何かすると思うのか。
「打ち消しの魔方陣があるとして、この人数がバラバラに召喚しているというのに、その全てに対応する陣なんてものがあるはずがない」
そう誰かは嗤って言ったけど、私も笑って応える。
「無い。……なんて事は、ありえない。だって想像を創造する為の道具が魔法であり、魔方陣なのだから。
でも、確かに現時点で、複数に対応できる万能な陣は無い。
だから、召喚陣に対して、逆の作用をする陣を一対一で描き出した」
「そんな、こと……出来る訳が……」
「言ったよね。無いなんて事はありえない」
私は彼らの視線を真上…つまりは空に向けさせる事で答えを提示した。開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だろう。
複数魔方陣、しかもその構造が全て違う陣の群れ。こんなものを同時に作り出せる人間なんて限られている。滅多に見られるものではない。
気が付けば他学科の人たちやら研究者たちの姿も見え出している。……やっぱり、目立つよなぁ。
私が指を鳴らすと、私の描いた陣たちが空から消える。はっとして彼らは私に視線を戻した。彼らの足元の陣はとうに消え去っているので、何かが召喚されたりする事はなかった。
「はい、これで召喚術の欠点が見えてきたと思います。同時に、君ら自身の落ち度も。
魔物も敵も、待った無し。私がやれと言ってすぐに何人が行動できた?意味を考えてから実行する事で失敗を避けるのは確かに大事な事だけど、一瞬の判断を求められる事は少なくない。
魔物は魔方陣を作り出している間に君らを殺す。そして貴族なら、戸惑いを見せるな。悟られればそれだけで情報になる。弱みになる。
素知らぬ顔で腹に隠した牙を研げ。
……はい、講義終わり〜。じゃあね!」
ちょうど終業の鐘が鳴ったので、私は退散退散っと。事情を知らないギャラリーから向けられてる不躾な視線を避けるようにして、感極まってすっ飛んできたミティをつれて、研究室へと戻るのだった。
その後、一時的に召喚術への専門科目の変更希望者や、私個人と関わりを持とうとする人が一定数いて、前よりクラウス達のガードが固くなったので、私は専門科の授業中や前にバカ(教授)が出かけないようにトラップを仕込むようになった。何度か私がやればいい、この間のやつ受けが良かったみたいだしとか言われたので一先ず簀巻きにして天井から吊るしてやった。既に何人召喚術へ科目変更して入ってきてしまったと思っているんだ!私は教えるとか、性に合わないんだよ!




