第33陣
人間というものは、言葉を持つものと持たざるものの中間にある。
知性ありしものたちは、そもそも同族殺しを行わない。
理性を持つものたちは、言葉を持つゆえに争わない。
人間は、言葉を持ちながら言葉を持たない。
まるで言葉を持たざるものが言葉という辞書を背負わせられたようだ。
ゆえに人間は、生物の中で最も未完成で、哀れで、醜い。どちらにもなれない事も知らぬ、誠に愚かな生き物。
数百年の時を経ても、我らは未だに人間から愚かさを学ぶ。
繰り返される悲劇を数えながら、その度に巻き込まれ失われていく、我らの中で最も未完成で哀れな同胞を悼む。
嗚呼、これが何度目の悲劇だろうか。
状況を覆せるだけの知識を、力を、精神を持っていながら、我らが小さな同胞は何故いつも…いつも、最期は黙って死の刃を受け入れたのだろうか。
生に縋るでも、目の前の生き物を哀れむでもなく、ただ黙って瞳を閉じて、少しだけ、安心したように笑むのだろうか。
嗚呼、我らが憐れな同胞よ。
お前は何を望んでいたのか。
その問いに答える言葉は、ない。
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山ひとつを切り開いてそこに作られた城から見下ろされる街、それが皇帝陛下が治める帝都。城と帝都の間に魔法学校が存在し、魔法学校と城の間には魔法学校で魔術を極め、認められた実力者のみが働く事を許される研究施設や騎士達の修練場が存在する。
つまり、城に近づいて行くほど立ち入りを許される人間は減り、厳重な守りが行く手を阻む。王宮自体も高い塀で囲われており、更には結界魔法が常に張られているそうだ。
だが、なによりもここ帝都で知名度があるものといえば、大迷宮である。
古い文献によれば、その迷宮は最も古く、深く、大きい。……別の世界へ繋がっている、なんて噂が立つくらいだ。誰かの戯言かもしれないが、それが死であれ行方不明であれ、実力者達が何人も消えて行き戻らなかった迷宮だからこその噂でもあった。
「皇子とクロイツさんは学校まで送ればいいよね。おじいちゃん、いい宿教えてー」
「ダメです。王宮まで行きます。もちろん師も。シエル様には学校入学まで2日ほどですが、王宮に留まっていただき、魔力の測定やその他の書類作成をしますよ」
「……おじいちゃん」
「測定と書類作成はワシがするから問題ないよぉ。だからシエル嬢はワシの屋敷で預かるよぉ〜」
……チッ!宿が消えたが、まあ王宮に行くよりはマシか。
「残念ですが、師匠。シエル様は複数迷宮攻略者です。目通りは皇帝陛下の勅命ですから諦めてください」
「えー?」
「それから師匠も、帝都に入る際は必ず皇帝の所に挨拶に行くように言われていますし、そもそもシエル様と師匠の事は報告済みですから、首を長くして重役と共にお待ちです。部屋も使用人も揃っていますから、
……お と な し く、……行きましょうね?」
にこり、と笑うクロイツさんに寒気。わー……こわぃいい。
「……シエル嬢、こいつはこんな風に外から埋めて行くタイプだから、気をつけなきゃダメだよ。お陰で宮廷魔術師を辞めることやら帝都を出る段取りやらを必要以上に頭と魔力と気力を使ってこいつの20手先を読む羽目になったんだよ……!」
「お疲れ様、おじいちゃん。帰って来ちゃって大丈夫なの?」
「いざとなったらまた逃げるよぉ」
ケロッと言うおじいちゃん。まあそりゃそうか。おじいちゃんも転移魔法使えるもんね。
面倒事からは逃げるに限るよね。わかるわかる。
「王宮に着きましたら、そのまま皇帝の元へ行きます。格好はそのままで構いません」
「おや」「あら」
クロイツさんの言葉に私とおじいちゃんが素直に声を上げた。そんな私たちに対してクラウスは首を傾げた。
「仮面を取れ、とか言われると思ったよ」
「見る人間が見れば、その仮面が何なのか分かりますよ。なぜ仮面にしたのかは聞きませんが、用途の問題で取れというのは外道のすることです」
「……皇子殿下ぁ、そんな怖い顔しないでおくれよぉ。仲間外れにする気は無いさ」
魔法に長けている2人に関してはよくよく見れば分かる話だが、皇子は魔法に関してだけはサボり気味だからね。見て分からないのも無理はない。
「その仮面は魔力封じの仮面ですね?しかもかなりの強さだ。宮廷魔術師程度の魔力ならば完全に封じてしまえる。
シエル様はそれをつけていてもなお余りある魔力をお持ちだ。封じるのではなく、抑える程度の効力しか無いのでしょう。ですがそれは無理矢理魔力を押さえつけているのと同じであり、かかる負担は相当なもののはず。それでも抑えなければならないのなら……。
推測されるに、シエル様の力は強すぎて命を蝕みかねない。
だからこその魔力封じの仮面で、……生命維持に大きな役割を持っている。
……残念ながら、帝国内に今、シエル様の仮面の代用をできるだけの魔力封じの装飾品は存在しません。
ですから、仮面を取れなどとは言わせません」
大変いい心がけだ。そうねー、大変なんだよ。取ると。一発でシェリティアってバレちゃうから。
魔封じは魔封じだけど、魔力を誤魔化して顔を隠すって理由しかないけど。
クラウスも納得したらしく、この前は気軽に取れなんて言ってごめんなと言われた。……どうしよう、あまりに真面目に謝ってこられると罪悪感で少し心がヒリヒリするよ。
ああ、因みに王都で私がふっつーに生活できていたのは、月の加護ってやつね。月自体がステラリュートにとっては魔封じみたいなものだったらしい。私の魔力を抑えるのにはぴったりだったみたいで、制御アイテムとか要らなかったの。
王都では月から魔力を得られない家系だけど、月の加護のお陰で魔力コントロールが楽っていう、ある意味月に護られていたようなものなんだよね。
私たちの馬車は街を抜け、まだ長期休みが明けないので人のいない学校の側を通り、宮廷魔術師やら騎士団やらの施設を抜け、皇城に辿り着いた。……おお、ノイシュバンシュタイン城みたい。
王都のお城はプラハ城みたいだったよ。トンガリお屋根が好きなんだね、皆。まあ私も好きですけど。異国!お城!って感じで。
流石皇子様のご帰還。使用人達が列をなして道を作ってるよ。……こわい。人間、いっぱい。
「あはは。流石のシエル嬢もこういうのは初めてだろぅ?」
「あまり派手にしないようにとは、言っておいたのですが……」
「貴族達を呼んできていなかっただけマシだろう……。それに、父上ではなく、義母上の采配だろうな」
「……嫌われてるの?」
「いや逆だ。俺の母とは親友の間柄だったから、なにかと気にかけてくれてな。今回の俺の処分にも1番心配してくれた」
うん、その心配は正解だよクラウスの義理のママン。私が本当に素材の採取を優先して丁寧に迷宮を進んでたら、たぶん皇子達は死んでいた。
「それで帰還に大喜び、ね?」
……何故だろう。物凄く寒気がしたけど。気のせいか。そうだよね?(この時の気のせいだと思った事がまさか当たるとは思ってもみなかった)
「なので、救出してくれたシエル様にとても感謝しておいでです。多少の国家予算は動かしてもらえますよ?」
「……国家予算動かしといて多少っていえるかね?」
「大丈夫だよぉ。攻略済みの迷宮はそれ以上の恩恵を運んでくれるからねぇ……。将来への投資みたいなモンさぁ」
「えっ、うわっ。賄賂じゃんよ……」
「褒賞だよぉ」
これだから、政為者は。油断も隙もありゃしねえ。大人って汚い……。
馬車から降りる際にちゃんとフードを深くかぶっておじいちゃん達に続いて王宮へと足を進めた。
クロイツさんが言っていた通り、私たちは真っ直ぐ謁見の間に通され、空の皇座から十数メートル先で膝をついて頭を下げた。
そうして漸く皇帝が皇座に座り、皇子とクロイツさんに少し安心したようにご苦労と声をかけて、おじいちゃんにはよく戻ったと機嫌よく述べた。声のトーンは一定で機械的にただ相応しい言葉をかけているだけ。なんで隠された付属感情が分かるかといえば分かりきってるだろうけど魔力を感じ取ってるから。本当に、魔力を感じ取れるって凄いよねぇ。
「旅人、シエル。此度の深淵と毒霧の各迷宮内での活躍は、家臣達から聞き及んでいる。
その歳で複数の迷宮を攻略した者は他にいない。こうして会えて光栄だ。
皇子の救出の礼もさせてもらう。
2日ほどではあるが、ゆるりと過ごしてくれ」
静かに頭をさらに深く下げて応えておく。おじいちゃん達も無言で頷くくらいだったから問題ないはずだ。
皇帝はまたすぐにこの部屋から出て行った。ほんとにとりあえずって感じでの謁見だったな。
私達もその後部屋を出て、応接室でくつろぐ。みんな黙ってお茶を飲む中、私は上機嫌にケットシー人形をもふもふする。ああ、今無性にケットシーの擽ったそうな声が聞きたい。……というか、さぁ。
「……何でそんなに空気重め?」
「何故って…。お前、さっきの謁見の時の皇帝を見なかったのか?いや頭は下げていたが、あの声からは刺々しさしか感じなかった」
「ワシも肝が冷えたよぉ。よく戻ってきたってところ、副音声で今度は逃がさねえからなって聞こえた……」
「あんな空気に当てられた後でいつも通りでいられませんよ……」
……ちょっと皇帝が可哀想かもと思った。
無表情で機械的に淡々と感情を切り離して言葉を発していたけど、あの皇帝、心の中はもうお祭り騒ぎだったよ?絶対小躍りしたいの堪えてたよね?あ、それとも既に一通り小躍りした後?皇帝の小躍りとか何それ見たい。
「……皇帝と仲良くないの?」
「お前、旅人のくせに皇帝の噂も知らんのか」
「やだなぁ。世間一般的に出回っている噂は知ってるよ。けれど、現実と噂は同じであるとは限らないし、全く同じであるはずが無いと思ってるからね」
帝国の皇家の歴史は深い。人類の始まりの地とも言われている。土地は迷宮からの恵みを得て豊かに、人々が発展を続けて行った。
その中で何度も戦争をふっかけられることもあり、人々を守るため、皇は常に勝者で、賢く、強くなければならない。
それは、戦乱の世を抜けたからこそ求められるもので、言葉で平和を守れるに越したことはない。むしろそれが望ましい。
平和になって行けば行くだけ、武力が乏しくなるだけ力が必要。
国で最大の権力であり、最大の守りであること。それが皇帝。そこに情など持ち合わせない。あるのは国の益か損か。ただそれだけなのだ。
「……と、言うわけで、皇帝陛下は自分にも他人にも厳しい方で、例えご子息であろうと容赦などなさらないのですよ」
「……ふーん」
「……父上が私を見たとき、口の端が下がっていた。震えていたようだし、私があまりに無事に戻ってきたのが腹立たしかったのだろうな……」
魔力からすると、家族とか友人の無事を確認して大喜びにしか見えなかったけど。大変だな、表情筋。仕事をさせてもらえないなんて。そして可哀想だな。息子にこんなに誤解されて。まあ訂正してやる気はないんだけれど。
「……考えすぎ〜。そもそも毒死しかけたんだから、罰は受けたでしょ。
帰ってこれたこと喜びなよ」
「そうだねぇ。皇子とクロイツは生きてた事に感謝してなきゃだめだよぉ。シエル嬢じゃなかったら死んでる死んでる」
「……コイツは変な方向に不遜だから、そんなに実感が湧かない。助けられた当時は魔術師自体に反感があったし」
「じゃあ、皇子にたいするその不遜な態度を黙認する事をもって私への感謝と思えばいいでしょ」
「……いや、まあ……そうなんだが」
形あるもので感謝を伝えるのは容易い。そちらの方が早いし、やったという実感が目に見える。基本的に貴族というのは、お礼=金、又は価値あるもの。という図式で成り立っている。けれど私には、それは要らないものだ。
「形のないお礼なら、持っていられる」
「……形が無いのにか?」
「形が無いからこそ、何処へでも持って行けるでしょう?私にとってはそっちの方がよっぽど価値があるんだよ」
「……そういうものか?ドレスとか宝石とかをお前が欲しがる気はしないが、希少素材とかは欲しがってるよな?」
「それはそれ、これはこれ」
素材はいざという時、どこにいようが調合して薬にできるけど、ドレスとか宝石とかはそれなりの場所で、少なくとも人間が存在するところでお金に換えるか物と交換する役割しかない。迷宮の中で役に立つのは間違いなく素材の方だろう。
「とーにーかーく!私の役に立たない物なら要らない。それだけだよ」
「シエル嬢ははっきりした子だねぇ。さてと、そろそろ準備出来てるはずだし、行こうか」
どこへ?と首を傾げて見せたら、中庭、とおじいちゃんは答えた。




