第22陣
メアリー親子は馬には乗れないそうなので、確実に今日中に次の街に着くためにリットンデールの街で食料と馬車を調達して、昼前に街を出た。この街に来た時と同じ配置である。
(つまり、クロイツさんと皇子が御者台、ミラさんとアウストさんがそれぞれ単騎、メアリーとメアリー母が馬車の中で、私が馬車後方に座ってほぼ全方位警戒というなんとも配分がおかしい配置)
「さっさと着きたいなら、来た時みたいに飛ばすけど?」
「シエル様の負担が大きいですし、早く着き過ぎてもどうかと思いまして」
道中の休憩で、メアリーにミラさんが授業をしているのを私、クロイツさん、皇子が並んで座って眺める。メアリー母にはアウストさんがついてその辺の薬草を取りに行っている。
「それに、道中の厳しさを知ることも魔法使いには大事なことです。並大抵の魔法使いや宮廷魔術師と呼ばれる人間であっても、シエル様のように魔法を使い続けることなど不可能。魔法で道中を快適に過ごせるなど本来はあり得ないことなのですから」
「……無力を知れって?」
「…まあ、端的には。出来ることと、出来ないことを理解しましょう、というだけのことですよ」
「ミラさんが色々力説してるけど、通じてませんよ?大丈夫?」
「……ハァ、まったく。少し様子を見ていようと思ったんですがね…。基礎知識だけ解説をして来ます」
クロイツさんは器用に足元に図形などを書きつつわかりやすく説明しているようだ。流石魔法専門の教授。メアリーの後ろからそれを覗き込んであー、なるほど。と声をあげてるミラさん、頑張れ。
やること無いなぁ。と木の幹に背を預ける。皇子も暇らしくて既に根を枕にリラックスしてる。
「……皇子殿下はさぁー」
「…何だ。というか、もうその呼び方やめろ。クラウスでいい」
「えー?………………まあ、仕方ないか。じゃあクラウス様はさあー?」
「…令嬢たちに呼ばれる時と差がありすぎて戸惑いを隠せないんだが」
「…………クラウスはさぁ」
「何だ?」
ご満足らしい。いいのか。呼び捨てだぞ。
まあ本人がいいって言うならいいんだろうけどさ。
「何でA級の冒険者なんてやってるの?」
「何でって……。まあ、1番は剣の才能なんて物があると認められたからだな。それから、後継争いから外れる為だ。騎士団に入れば自動的に皇位から遠のくからな。皇座には興味がないし、兄たちのどちらかが継いだならそれを手伝う。それだけだ」
「力試しと鍛錬を兼ねて冒険者になったわけか」
よくある話だな。ジークフリートもそうだったし。他のお兄様たちも。私もそうだもんなぁ。
「……じゃあさぁ、夢ってある?」
「夢?あー……。知っているとは思うが、俺は皇族だ。そして皇族には、その責務がある。だから」
「夢は見るだけ無駄?」
「……ああ。そうだな。そういうお前は…」
「「夢があるなら旅人なんてやってない」」
おや。まさか、言い当てられるとは思わなかった。一緒にいたから思考が移っちゃったかなぁ?
「……って、お前は軽口叩くんだろうが、それは本音じゃないんだろうな」
「……なんか、むかつく」
「は?」
「私のことを理解してるみたいー。いやだぁー」
「嫌がること無いだろ!?俺は純粋に、お前の魔法が凄いと思って、認めてるから、その…」
「はぁ……お兄様達といい、なんでこう私の事を理解しようとするかな。……むかつくのは、自分にだよ。
感慨深くてさ。
初対面であれだけ喧嘩売って来た皇子が、私の魔法に興味を持って、歩み寄り精神を見せてくれてるなんてさ。
クラウスの方が大人みたいぃー。適当にのらりくらりしてる私が子供っぽいー。むかつく……」
むかつくのに、心地いいから、余計むかつく。あーあ。私の方が精神的にはお姉さんなのになー!お兄様達は幼少の時のあのやんちゃっぷりはどこへやら、日に日にお兄さんらしくなっていくしさぁ!お姉さん、自分の幼稚さを感じ始めて悲しい事このうえないんだけどなぁ!……とか心の中で嘆いてみるけど、自分でやっててむなしいから、良いお姉さんは真似しないでください。私?私はいいの。自分に正直に生きることにしたの。
「子供っぽいって…いや、お前は子供だろう。少なくとも、俺より年下だ。それに確かメアリーと同い年だろう?」
「そうだよー!でも本当は皇子の四倍生きてるババアかもよー!?」
「何でそんな見え透いた嘘をいうんだ。そして投げやり感満載なんだが。
…それに、例えお前が俺の四倍生きていたとしても、俺がお前を年下の守るべき存在として見ているんだ。実年齢は関係ない」
言い切ったよ、この人。不覚にも良い印象を受けてしまったよ。
「……まあそんな皇子は、その守るべき存在として見ている私という子供に護衛されてるわけなんだけどね」
「……なにも今言わなくてもいいと思うんだ」
いや、そんな事はない。私の中で上がった皇子の好感メーターを全力で下げるには必要な事だった。そう!必要な事だったんだ!
そんな感じで遊んでいると、クロイツさんも戻ってきた。ミラさんたちは実技に移ったらしい。危険度の低さから、簡単な水魔法から試すようだ。
「皇子とはだいぶ打ち解けたようですね。安心しました」
「気のせいだよー。おーじさまと仲良しなんて不敬極まりないよー」
「感情が篭ってないぞ」
「文字列だけ見ればわからないよー」
ミラさん達の方に意識を向けながら、会話をする。つまり適当に相槌を打つだけ。何でわざわざあちらを気にする必要があるかといえば、ほら、メアリーってあれじゃん?…ヒロインじゃん?…………なのでー、ヒロインオプションがあったりしないのかなあーって思って。ついでにそれが私に良く無いものなら使えなくしてやろうと思って。今のところ魔力の動きとか、魔法の発動とか、普通だけど。
物語ではメアリーに最初反感を持っていたお兄様方だが、徐々に打ち解けていく。ロイはメアリーが魔法を使う姿を好きになった。ジークフリートはメアリーとの模擬戦で、魔法の腕を認めた。グレルは自分と張り合えるだけの頭脳を持ち、魔力回路の研究成果を挙げたその努力を認めて、セドリックは自分と同じで扱いきれないほどの魔力を抱えながらも、しかしながらそれを使えるように制御できるように頑張る姿に心を打たれた。
……ぜーんぶ、魔力とか魔法絡みなんだよね。もしかして魔法の方に魅了の効果が出るのかもと思ってさ。だとしたら、先んじて魅了の魔力を殺してしまわないと、いつか私と彼女が対立した時が面倒だ。
あの状態が、メアリーそのものの魅力か、それとも魔法による魅了か、儀式によって集約された魔力の効果か、どれかわからない以上、油断しない。え?何で頑張るヒロインに心を打たれたヒーロー達というクリーンなイメージが出来ないって?じゃあ聞くけどさ、何で関係がそこまで悪く無いはずのよく知る幼馴染に対して、殺す以外の解決案を探さなかった?彼らは、その気になれば解決策を見つけることだって出来たはずだ。地位も、知識も、実力もあるのだから。なのにそうしなかったのは、何故?魅了に負けた可能性は、本当に無いのかな?
……うん。今は仲のいい幼馴染達を疑い続ける私は結構酷いと思う。あんなに妹としておもちゃにされてても(可愛がってもらっていても)、その状況になったら、きっと彼らはメアリーと共に私を殺すと思ってる。信用しているし、信頼もしてる。けど、どこかで気は許せていないのが現状だ。本当に酷い人間だ。でもそれは、死にたく無いというたった1つの願いの為だ。
その為に、可能性は潰すんだ。決められているはずの他人の人生を歪ませて、私は生きる。
だから観察は大事なのでーす。
そんな私の珍しく真面目な様子が不思議に思えるらしい。そのまま昼寝でもしていればいいものを。
「…………何かあれ、気になるのか?」
「んー?何か面白いこと無いかなぁーって。…ところでクラウスは、一緒にお勉強しなくていいのー?」
「?どういう意味だ?理論は頭に入っているし、基本的な魔法なら俺は使えるぞ?」
「えっ、嘘ぉ!?」
意外すぎる事実に思わず皇子をガン見した。不敬と言われてもいい。事実確認が大事だ。たじろぐ相手も気にせずに魔力の流れを見る。……うん、確かに魔法を全く使ってこなかったど素人よりはちゃんと魔力が身体を流れてる。歪だし細いけど、魔力路だ。
(魔力は使えば使うほど身体の中を血液のように循環するようになる。その流れのことを魔力路又は魔力回路という。使えば使うほど魔力回路は整っていく(『魔法基礎知識学』p.6より参照))
魔法関係全部クロイツさんに丸投げだと思っていた私的には衝撃的な事実。皇子は実は魔法が使えた!という大見出し記事が頭の中を巡った。
「そこまで驚くことでは無いだろう。俺は皇族だし、母親も魔法大国と名高い王国の王女だ。帝都に来てから何故か魔法は使えなくなったらしいが在学中の成績はそれなりによかったらしいし、使えない道理はないだろ?」
その言葉に引っかかるものがあった。魔法大国、王女、帝国の王に嫁いだ。どっかで聞いた話だなぁ。具体的にはお母様が手紙のやり取りをしていた相手の1人なんだけど。定期的にその友人とその子供の姿絵送られてきてたよなぁー。私は見なかったけど。でも聞いた話だと深い藍色の長い髪が夜の闇のように美しい友人だったらしいんだよねぇ。
「俺の髪は母親譲りでな、魔力特性も髪に出てるだろ」
「……クラウスのお母さんって、ソフィーナ・デ・ル・スターリェン第二王妃殿下?」
「ああ。よく知ってたな」
「……各国の王と王妃の名前くらい、知ってるでしょーよ。旅人だもの。でも、そっか。成る程。月に魅入られた国の人間か」
つい先程まで興味のかけらも無かったけど、気が変わった。研究するに値する存在がこんな側にいたとは。
月から魔力を受ける血族と、月に魔力を阻まれる人間の間に生まれた皇子。その魔法。それはどちらの魔法に近くて、私の魔法とどれだけ違うのだろうか。
興味が湧いた。
王国で学び尽くし、研究し尽くし、魔法大国の英智を得て、ゲームが終わってしまったような満足感と絶望感が入り混じった気だるさを抱えて、旅の刺激で誤魔化していたその知識欲が、久しぶりに、芽を出した気がする。
私の使う魔法に関する手がかりが無いせいで煮詰まっていた研究(娯楽)に、丁度いいガス抜きになりそうだ。
「まさかこんな所で、面白いものを見つけるとは思わなかったなぁー」
「シエル?どうした。随分楽しそう、だな?」
「楽しい?…うん、楽しいよ。やっぱり魔法は楽しいものだよ。ねえクラウス」
「いや、別に俺は魔法を楽しいとは思っていないが…お前のつかう魔法に興味が湧いただけで」
「うん、それは、それでいい。興味が湧くっていうのはいい事だよ。知りたいと思うことは不思議じゃ無い。だって魔法なんだから!
だから、私だって興味がある事を調べてもいいよね?」
「え?」
「帝国に着いたら、皇子の在学中は皇子と一緒に学生をやるよ!」
正直学ぶものなど多分無いけど、まあ学校の図書館には何か楽しい本とかあるかもしれないし。おそらく費用その他諸々は私の今の所持金でお釣りが来るし。
「え、あ、あのっ?ちょ、どんな心境の変化ですか!?」
「クラウスに興味が出た!」
「クラウス様に?……一体私が目を離した隙にどうやってシエル様を懐柔したんです!」
「知らん!そもそもお前少し前まで物凄い冷めた目で俺を見てなかったか!?」
「それはそれ、これはこれ。興味がなかったのは本当。女性関係にだらしないってところとかたまにする複数の香水の香りとかには興味のある無し関係なく今まで通り冷たい目を向けるよ?」
「あ、ちょっと安心しました!」
「おいっ?!」
クロイツさん、そんなに訝しげに皇子を見なくて大丈夫だよ!私は正常だ!やりたいようにやってるだけだから!
「まあ、皇子が何かしたならそれは追い追い口を割らせるとして…。
皇子が在籍中は、ということは、1年間だけですよね?飛び級をするとして、…魔法適性の発現条件的に、シエル様はどこぞの貴族ですよね?正体を隠して旅をしているということですが、流石に身分を隠したまま通うのは……」
「お前が身元保証人になればいいだろう」
「私は一応教授ですから、シエル様が余計な勘繰りを受ける可能性があります。皇子も同様ですね。後ろ盾としては申し分ありませんけど。となれば、ギルデロイの所がいいでしょうが、……彼の所には、メアリーを任せる事にしてますから」
クロイツさん達が何か話してるなーと思いつつ、あやとりをするように両手の内側で魔法陣を組む。綺麗に描けたのを確認してから、要件を書いた書類を二枚、丸めてリボンで結んで、魔法陣に埋めるように沈める。実はこれ、簡易の小型転移魔法である。小さな手紙や小包を任意の人間の目の前に出現させられるのだ。もちろん、私の転移魔法の応用である。
端から端まで埋まったのを確認して、待つ事十数秒。私が発動したままにしている魔法陣から、書類が現れた。それを引き抜いて、リットンデールで買った飴にありがとうとメモを添えてから魔法陣に投げ込んで閉じた。
届いた書類を広げる。手紙が1通同封になっていて、そちらをクロイツさんに渡せという事らしい。少し重いから、多分推薦状が入っているはずである。
クロイツさんに渡せば首を傾げながら受け取って中身を読む。手紙、同封の推薦状、そして私を交互に見て、驚きを隠せないらしい。
うん。まあそりゃそうだよね。
「クロイツ、どうした。誰からだったんだ?」
「…師から、ですね。新学期が始まる前に自分も帝都に戻る。それから、…シエル様の保護者になると。詳しくは戻ってから話を直接進めるから、その推薦状をもって、シエル様の編入作業を進めるようにと」
「……シエル、まさか」
「うん。今おじいちゃんに一筆書いてもらったー。即答だったから問題ないと思う」
「……クロイツ」
「ええ。インクも乾きたてのようなので、間違いないです。どうやら、リットンデールまでの護衛の報告もしてくれたようですね。私がリットンデールに着いてから送った報告書よりも詳細にここまでの道中の事も書いてあり、返事が届いている。
……シエル様、転移魔法を使えますね?」
「うん。便利だよー?」
「「それはそうでしょうね(だろうな)」」
まあこれで、入学問題はクリア!たーのしみだなあー!あ。でも。
「入学までに興味がなくなったら、勝手に消えるから」
「え?」
「…つまり、まじめに勉強しろということですよね?」
「うんっ!頑張ってね、クラウス」
クラウス曰く、この時の私は仮面をしていても分かるくらいいい笑顔だったそうな。




