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U.N.オーエンの正体は彼女なのか  作者: 貞晴
【第二章】 失跡の交錯
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霖之助の行方





   【6】




「こんな夜更けに、お出かけかい」


 出し抜けに頭上で声がした。姫海棠(ひめかいどう)はたてはぎょっとしてそちらを振り仰ぐ。黄ばんだ眼球がふたつ、枝葉に隠れるはたてを見つめていた。


「すまないね、脅かすつもりはなかったんだ」


 声の主は漆黒と同化している。どんな体勢で話しかけているのかも、はたてには分からない。しかし不気味に透き通る声質は木菟のそれだ。木菟は山の妖怪である。


「君は天狗だね。それも黒く美麗な翼をもっている。鴉天狗だ」

「何か用」

「君こそ、こんなところで何をしているんだい」


 はたては内心舌を打つ。光る眼球を睨みつけた。


「どっかいって」

「ああ、すぐに消えるよ。しかし私は気立てが良くてね。君にひとつ、忠告をと思って呼び止めた次第さ」

「なによ」

「私は夢を見た。君が厄に見舞われる夢だ。どこへ赴こうと自由だが、くれぐれも早まるんじゃないよ」

「あそう」はたては虫を追い払うように手を振る。「いますぐ消えて」


 闇が蠢き目玉が遠ざかる。やがて光が消えると、辺りは真の暗闇に戻った。夜目が利くはたての視界に夜の山は藍色に写った。


 他種の妖怪と絡まないことから、木菟は山でも謎めいていた。夜行性らしく、昼間に活動することはほとんどない。どこで眠るのか、なにを食べているのかも謎。その姿を実際に見たという妖怪も、夜目が利く天狗一族に限られていた。はたては思う。木菟は醜い。蓑虫から目が生えたような妖怪だ。身体は不完全で腕も脚もない。そいつに話しかけられたと思うと、今更ながら不快になる。


 木菟は夢を見たといった。はたてが厄に見舞われる夢だと。そういえば木菟は予知夢を見、先の不幸を回避していると聞いたことがある。それが真実ならば、はたてへの忠告もまた真実だ。はたての身に、何かが起きる。


 はたては一抹の不安を感じずにはいられなかった。どうする、引き返すか。思わず及び腰になる。特種はもうすぐ手の届くところにあるが。しかしそれをたったあれだけの脅し文句で諦めきれるのか。


 否、とはたては活を入れた。ここで臆病風に吹かれれば、二度と射命丸を見返す機会は得られない。木菟の見る夢は、決まって見た本人が回避できる内容のものばかりだ。注意を怠らなければはたてにだって避けられる。それにきっと、予知夢といっても的中率が高いだけで、夢が必然となるわけではない。たかだか夢だ、外れることもある。


 はたては羽音を殺して飛ぶ。深夜の下山が禁止なのは当然として、寝床から離れすぎるのも掟は固く禁じていた。山の妖怪は樹や岩肌、ときには地中に寝床を設けている。大きな音を出せばどこから現れるか分かったもんじゃない。そこに顔見知りがいでもすれば、はたては留置場行きだ。掟破りは罰を受け、最悪、山を追放される。従って誰にも気取られてはならないし、はたては誰にも行き先を告げずにここまで来た。そろそろはたては山の南端に到達しようとしている。土地は急な下り坂を呈していた。


 額の汗が頬を伝う。しっかり給水してから出てくるんだったと思った矢先、はたては濁流が水面を叩きつける音を聞いた。はたては用心して地に降り立つ。前方を睨みすえ下生えを掻き分け、音が鳴る方を目指す。


 幾度となく泥に足をとられた。はたてが踏み入ったのは湿原地帯で、そこは濡れた背の高い草が熱気を閉じ込めている。植物は壁のように聳えてはたての進路を遮り、汗と草の水滴で服は水浸しになった。回り道などせず整備された山道に出ようかと何度も考えたが、はたては全て瀬戸際で思いとどまり、意地になって草を掻き分けた。はたてを馬鹿にする奴ら全員を見返す。ただそれだけの執念で。


 特種を追う。あの日の晩、男は酔ったように山奥へ飛行し、この先にある滝へと消えた。滝の裏側は洞窟になっており、洞窟は「玄武の沢」に繋がっている。沢は河童の住処である。そこに部外者の彼が、あろうことか忍んで訪れるとは異常な事態だ。何か疚しいことでもしていない限り、傍目を気にする必要がない。河童一族と男が企てるもの、それを暴いてやれば大きな記事になる。するとどうなるか。売れた新聞はそのままはたての実績となり、はたての力量が一族に認められる。ときには罵られ、ときには哀れみを受け不当な評価ばかりをされてきたはたてだが、やっと日の目を見ることが出来るのだ。


 昇進した暁には、まず射命丸に清光、それから妙鬼暗を山から追放してやろうと思う。さんざんはたてを馬鹿にしてきた連中だ、情けは無用。泣こうが詫びようが絶対に許してやるものか。山を追われ、寄る辺を失った連中は心からはたてを恨むだろう。しかしその呪咀すらも泣き言に聞こえ、はたての耳には心地良い。ざまあみろという気分になる。


(これは報復だ)


 はたてを虐げた者に対する報復。道理に適った逆襲。反撃なのだ。


 眼前に滝が出現した。水草に身を潜めて様子を窺う。昨晩、はたてはこの期に及んで何の成果も上げられていなかった。夜通し監視はしていたが、怪しい動きは見られなかったし、河童の住処に出入りする妖怪もいなかった。男が下山したという話も聞かないし、すると男はまだ河童の住処に逗留していることになる。男は河童の協力者なのだろうか。だとすれば、どんな経緯で協力することに。


 河童の社会は閉鎖的で、余所者が割って入る余地はない。山の妖怪でさえ歓迎されないのだから、男は余程の縁故を持っていたことになる。しかしはたてが調べたところによれば、以前、男が山に足を踏み入れていたことを裏付ける記録は見つからなかった。だから男は河童と面識がなくて然るべきなのだが。あるとすれば人伝に接点をつくったか、一昨日の訪問(おそらくは秘密裏のつもりで)がイコール顔合わせだったのかだが、それではどうにも納得しかねる。


 他にも疑問点はある。男がどうして河童の住処を知っていたのかということだ。河童は山外の住人に住処を公開していない、隠れ家の態をとっている。場所は山の妖怪しか知らないはずなのだ。また、山の掟は山内の構造的、政治的情報を譲渡することを禁じている。従って男が滝にたどり着く術はない。ないはずなのだがしかし、現にはたては男が滝の裏側に入るのを見た。男は知るはずのない情報を知っていた。


 はたては思う。それが示唆するのは、男に情報を提供した妖怪の存在、つまりは内通者の存在だ。はたての掟破りとは重みが違う、いってしまえば裏切り。それをしでかした裏切り者が山内潜んでいることを意味する。


 男に内通している妖怪がいるとなると、男が深夜、白狼天狗の警邏を躱したのにも説明がつく。内通者が手引きしたのだ。警邏の穴を男に教え、男がまんまと入山できるように仕向けた。そうに違いない。


 男の目的、河童の目的、そして内通者の正体。暴くことに成功すれば大スクープになる。しかし暴くにはもう一歩届かない。はたては草の隙間から滝を窺っているのが精一杯の状況だ。滝の中に入りたい。思い切って突入してみようかと思う。そんなに奥まで踏み入らなければ、無茶をしなければ潜入が露見することはないだろうし。それに運が重なれば、男達の目的の尻尾を掴めるかもしれない。これは賭けだが、はたての闘志は自分を信じろと背中を押していた。


 はたては木菟の忠告を思い出した。夢が現実になるならば、それはきっとはたての潜入がばれ、河童に捕まえられてしまうのだろう。


 だがしかし、それがどうしたと自分を慰める。要は発見されなければ良いだけの話ではないか。慎重に慎重を重ね、記事のネタを盗んで逃げる。それで厄を回避することができるのだから、ちょろいものだ。はたては己に言い聞かせた。はたては不出来な天狗だが、特種を目の前にして怖気づくほど臆病ではない。はたてならやれるはずだ。


(――そう、私ならやれる)


 一念発起して立ち上がった、そのときだった。山の変事を知らせる警鐘が鳴り響いた。はたては文字通り飛び上がって驚く。大慌てで樹によじ登り、赤く煌々と輝く山の頂辺付近を見上げた。


 煙が立ち昇っている。はたては一瞬、山火事を疑った。そして気がついた。あれは白狼天狗が撃った信号弾の明かりだ。それも極端に数が多い。あちこちで、山を放火したように尋常じゃない量の煙が夜空に昇っている。


 はたては混乱のなか、大変だと呟いた。山で何か、由々しき事態が起こっている。あんなに膨大な量の弾が使用されたことは、過去に一度も例がない。別の場所から新しい煙が立つたび、はたては悪い想像ばかり掻き立てた。野良妖怪が大群で攻めてきたのか。それとも、山内の妖怪が謀反を起こしたのか。


 いずれにしろ規模だけで見れば、天狗一族が山に移り住んで以来の、未曾有の大事件であることに変わりはなさそうだ。それだけ山は荒れている。燃えているようにも見える。大火災だ。きっと、幻想郷のどこにいても明かりは目立つことだろう。それこそ、他地域の住人に山火事と勘違いされてもおかしくないくらいには。


 しかしこの騒ぎ。内容はどうあれ、はたてには不利益しか与えない。はたては、唇を噛んで身の不運を恨んだ。


(どうして……こんなタイミングで)


 運が悪すぎると思った。あの男――森近霖之助はすぐそこにいる。河童の陰謀に加担している。はたては一昨日の晩以来、特種の真相にもっとも肉薄する妖怪となった。真相を解明するのは自分を置いて他になしという自信まであった。なのにこんな、管轄外の現象に邪魔をされるなんて。


 騒ぎを聞きつけた河童は警戒を強めるだろう。もうしばらくは、滝に近づくことさえ出来ないかもしれない。そういえば、どういうわけか射命丸も霖之助の行方を気にしているふうだった。癪に障るが、射命丸も愚かではない。早晩、沢が怪しいことに気がつくだろう。もたもたしていると先を越されてしまう。


(スクープを、横取りされてしまう……)


 花火のように打ち上がる信号の炸裂と共に、山は赤味を増していく。はたてはそれを、未だ悔やみきれない心地で眺めていた。無駄かもはしれないが、明日、明後日も様子を見に来よう、射命丸の調査が及ぶ前に特種を記事にするんだ、と今後の方向性を調節しながら。気配を殺し、背後から忍び寄る影の存在に気付くこともなく。


 二度、連続して信号弾が打ち上がる。


 それの炸裂音に、はたての悲鳴はかき消された。





     ――第二部・了――










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