一方、人里ではというと
いやどうも。前回の投稿から二ヶ月以上経っていて腰を抜かしました。お気に入り登録をして下さっていた方には申し訳ない限りです。僕をウルトラ可愛いチルノちゃんだと思って大目に見てやってください。あたいってば本当にドジっ娘ね!! ――余談ですけど、「おてんば娘」って漢字で書くと「御転婆娘」ってなるみたいです。なにこれ怖い。
【4】
無邪気に駆け去る生徒らに手を振り返し、梓は佐兵衛老に向き直った。庭に面した寺子屋の一室である。部屋の縁から這って和室に引き返す。午前の授業を終え、帰路に着く子供達は律儀に教職員室――という呼び名で浸透している――この部屋まで顔を見せに来た。結果、息抜きの最中だろうと事務職中だろうと、半端に作業を潰されてしまうのだった。
「すみません、話の途中で。――帰りの挨拶を、欠かさない子達なもんですから」
言いながら、梓は居住まいを正す。それは結構、と佐兵衛は白髪頭を掻き毟り、笑った。人外である上白沢慧音が教師陣の最年長者といって差し支えないのであれば、佐兵衛は、下位を大きく突き放して二番手に位置する老教師だ。梓が生徒として寺子屋に通っていた頃から、佐兵衛は教師として壇上で熱弁を振るっていた。現在こそ、全盛期の頃のように熱血的指導をすることはなくなったが、目を閉じれば当時の若かりし頃の残影がまざまざと浮かんでくる。
「先生の教育が行き届いている証拠ですな。いや実にすこやかで、良い子達だ」
佐兵衛は破顔した。梓は教え子を褒められ、身体がむず痒くなる思いで自重気味に笑った。
「まあ、最低限のモラルは守るよう、しつこく何度も言い聞かせてますから」
「ははあ、それはそれは。ぼくもね、挨拶は必ずするよう口を酸っぱくしてるんですけど、あまり効果がなくてねえ。威厳がないのかなあ、全然、言うことを聞いてくれないんだ」
照れ臭そうな佐兵衛を見て、梓はそうだろうなとひそかに得心した。三回りも目上の者に対して、可愛いは褒め言葉になるのか疑問だが、しかし佐兵衛の笑顔は生まれたての赤子のような愛嬌があった。威厳の有無でいえば確かに無いのかもしれない。当然、そのことを正直に指摘できるはずもなく、梓は笑みを取り繕う。
「教育者の立場として、私が言うのもなんですけど、一口に教育といっても幅が広いし、瑕瑾なく教養を与えようとしても、これがまたなかなかどうして上手くはいかない。反抗されるときがあれば、聞き入れてくれないときもある。教えているつもりでも、いつのまにか子供たちのふとしたことに、逆に学ばされていることもある。――教育は奥が深い、ですね」
「ええ。そして、言わずもがな責任重大である。途中で投げ出すことは出来ないし、放棄することは許されない。決して生半可な覚悟でやってはいけない」
と、佐兵衛は鹿爪らしい表情で顎をなぞる。佐兵衛当人が冗談っぽく言っているために、その髭をなぞる仕草もどこか愛嬌に満ちていて、そこから梓は微かな癒しを感じとった。
老人特有の、ひん曲がった悟りの境地に停泊している様子がなければ、身近の環境、常識こそが正解であると思い上がっている様子もなく、むしろ若者と同位の目線から慎重に物事を読み解こうとしている感じがする。そんな佐兵衛に、梓が憧憬の念を催していることは言うまでもない。
今日における教育の理想とする体制、とでも題名がつきそうな論議をひとくさり展開してから、梓ははたと思い出して、ところでと切り出した。
「さっきの話の続きを、聞かせてもらいたいのですが。――私が中座してから、そのままお流れになってた話です」
「ええっとぉ」
佐兵衛は目をぱちくりとする。
「なんの話をしていたんだっけ」
梓は声を低めて告げた。
「吉蔵さんの件ですよ。なんでも、診療所に怒鳴り込んだとかで」
言いながら、梓は吉蔵に疼痛のようなむかつきを覚えていた。度数の高い酒を呷ったような、胸焼けにも似た怒り、それがふつふつと音を立てる。ああ、と佐兵衛は手をぽんと打った。そうだったね、と呟いて頭を掻き回す。
「このところ、物忘れが激しくてね。今朝、なに食ったかも満足に思い出せやしない。――ええと、ああそうだ。そう、吉蔵さんの話だったね。初めは、待合室の列に割り込もうとしたんだってさ。で、そこを看護師さんに注意されて、お酒が回っていたこともあり、怒気をあらわにして逆上したと。悪酔いの典型だね。しかも、そのまま難癖をつけ始めるわ、あたりかまわず怒声を浴びせるわで、酷いもんだったらしい。――ここまではもう、話したよね」
「はい。その後、騒ぎを腹に据えかねた院長が駆けつけて、吉蔵さんを成敗したってくだりまでは、一応」
「あぁ、そうだった……」
佐兵衛は目をすっと細める。記憶を探るように畳の一点を凝視した。
「それで、だ。事態を重く見た稗田の当主が、公義んとこの爺さんらに、急遽、集合をかけたんだ。このまま彼をのさばらせておくと、更なる問題を引き起こしかねないからね。そこで、吉蔵さんの処遇が決定した。といっても、まだ公の場で発表されたわけじゃあないから、所詮は噂話と思って聞いてくれていいんだけど」
「はい」
「念のため、詳しいことは後日、上の方から通告があるだろうけど、と前置きをさせてもらうよ。――で、今のところ言われているのは、吉蔵さんはやりたい放題やっちまった、いや、やり過ぎちまったってことで、しばらくは自宅謹慎。家を離れるな、仕事場にも来るなってことらしくて。稗田の敷地外に出ることも禁止。要は、隔離してしまったんだな。頭が冷えて反省するまでは、外出の許可は下りないと思う」
「診療所側に対しては」
「無論、お咎めなし」
ですよね、と梓は息を吐いた。
「こんなことで、罰則が発動し、休院に追い込まれたりでもしたら不当ですもの。安心しました」
「先生なら、そうおっしゃられると思ってましたよ」
「初めてじゃなかったんですよね。彼が、診療所にちょっかい出してたのって」
「ああ、短期間のうちに、幾度となく営業妨害に相当する迷惑行為に励んでいたようで。――最初のうちは、若先生の器量でそれも大目に見られていたんだけど、いよいよ堪忍袋の緒が切れたんだろう。最後はその若先生自らが出動して、こてんぱんにしたわけだから」
「結果、吉蔵さんは醜態を晒したすえ、自宅に縛られ、行動を制限されることに。まさしく自業自得ですこと。同情の余地もありません」
「まったくその通り」
佐兵衛の笑いに梓も釣られて笑ったが、すぐに口を引き締めた。一笑に付すには、吉蔵の行いは大変不愉快で不道徳なことに思われたのだ。自分と直接的な接点のない出来事だったにしても、己の生き様というか信念に泥を塗られた心地だった。
佐兵衛の言によれば、吉蔵が執念深く食い下がっていた訳とはこの上なく単純明快なもので、単に妖怪という種が気に食わなかったからなのだとか。人間ではない種族が、里に常住していることが許せなかったらしい。つまりは、妖怪が嫌いだから妖怪に噛みついていたのだと、そういうことだ。
どうしてそんな、と梓は悲しくなる。頑迷なる老耄が往々にしてそうであるように、妖怪を紛う方ない悪と決めてかかってしまっている。しかしその思想は誤りであり、一刻も早く然るべき正しき見解に改めるべきなのだと思う。悪人がいれば善人がいるように、もしかすると悪虐な妖怪も探せば存在するのかもしれなかったが、逆に慧音のような心根優しい妖怪も確実に存在するのだという真実を流布する必要性がある。ただひとに非ずというだけで毛嫌いすることの愚かさ、浅はかさに対する理解と共感を得たいと、このとき梓は痛く感じた。
また、吉蔵の理念は梓の恩師までもを誹謗しているに等しい。妖怪は絶対の悪役、ならば慧音も言わずもがな悪。悪者。――そんなことがあってたまるものか。慧音先生も診療所のスタッフも、血を異種とする人間のコミュニティに馴染んで里の存続に貢献しているではないか。それをどうして否定できよう。感謝こそすれ、侮蔑する謂れはどこにもないはずだ。
何故、と梓は呟く。
「人間じゃないからといって、だから人間の社会から追放しようというのは短絡的です。人妖が啀み合い、互いに襲い合う時節があったとは言え、それはもはや過去の遺物。歴史とは常に移ろい変化し続けるもの。両者が対立する時代は終わったんです。もう過ぎたことなんだから、無闇矢鱈に穿り返さなくても良いじゃないですか。手を取り合って協力しても良いじゃないですか。それを何故、どうして否定するんですか。私には分かりません」
膝に置いた梓の拳が戦慄いているのに気づき、佐兵衛はそこから、梓の抑圧しきれていない怒りが漏れでているのを認めた。梓は、特に妖怪絡みのことで持論とすれ違うようなことがあると、親の敵を前にしたような甚だしい嫌悪感を抱く節がある。佐兵衛はそれを、未熟者であるがゆえの傾向であると考えていた。
佐兵衛は思う。教員とはいえ、梓はなんといってもまだ若い。自己主張が鉄錆のように湧いて出る時期ではある。しかし、だからといって出てくるものを片っ端から折っていたら、彼女の自主性を根から費やしかねない。世論に流されやすい人間になってしまう。梓の言は理想論に傾斜していると思ったが、そうならないためにも、佐兵衛はとりあえず話を合わせておくことにした。
「そうさなあ。それもこれも、われわれ教員がどうにかしなくちゃならない課題の、ひとつであるのかもしれないね」
梓は殊勝顔で頷いた。
「ええ。それに先んじては、教え子に正しい知識と、正当な感性を身につけさせることが大切。社会をより良い方向へ改むるには、まず未来を創造する種子である、子供たちを正しい道へと導くこと。そうですよね」
佐兵衛は少し言葉に詰まり、
「ええ、――きっと」
と、曖昧な返し方をする。心の距離が開きつつあることに、梓は気付いていなかった。
「まあ、どんなに環境を変革したところで、理解できないひとには理解できないんでしょうけど。とくに、吉蔵さんみたいな頑固人には。馬に人語を理解させるようなものですから」
それでは決めつけすぎた、と佐兵衛は思う。自尊心が高いといえば聞こえはまあ良いが、要は梓自身が常に正しいと思い込み、ずれていることを考慮しようともしない性格なわけだ。確かに彼女の発言にも一理あるが、それ以上に粗が目立つ。これでは、妖怪を絶対悪と断じる頑固な爺婆と大差ない。
少し躊躇った挙句、佐兵衛は自分の意見を物言うことに決めた。
「あまり、簡単にひとを悪く言うもんじゃないよ」
佐兵衛の窘めるような声に、梓はハッとして佐兵衛を見た。佐兵衛は困ったように固く腕を組んでいる。梓は口が過ぎたことを悟った。
「思うに、みんながみんな、君のように理智を働かせて生きられないって事じゃないのかな。理屈ではそうさな、先生の言う通りさ。でも、こればっかしは理屈詰めでそう軽々しく左右されるような問題じゃない、と僕は思うんだけど」
梓はしゅんとして、佐兵衛の話に耳を傾ける。
「というのもね、もっと動物的な理由、要は野性的な本能面とかが受け入れを拒んでいるんだと思うんだ。吉蔵しかり、妖怪との共存を受け入れられない輩は本能的に、妖怪と人間とを線引きしちまってるんだな」
「それは、争いの歴史を引き摺っているという意味ですか。過去から現在を剥離するのは困難であると」
「まあ、それもあるだろうけど。ちょいと違う」
喩えるなら、と佐兵衛は続けた。
「小さい頃、野良犬に吠え回された経験があって、未だに犬は苦手だとか、餅を喉に詰まらせてからは、どんなに小さく刻んだ餅でも食べるのに躊躇するようになったとか、そういった、ある種のトラウマを抱え込んでいて克服されないでいる。そんな感じなのかもしれない」
「そんな。妖怪は現代の私たち人間に危害を加えたりはしていません。であれば、トラウマにはなり得ないんじゃないんですか」
「そう。だけど、やっぱり理屈じゃないんですよ。どうしても駄目、身体が竦む。箸が恣意的な動作で自分の目玉を突いてくる、そんな非現実的で馬鹿げた妄想をしてしまうのが先端恐怖症患者。近付けば、その鋭い犬牙で指を食い千切られてしまうかも、と恐怖してしまうのが犬嫌い。そして、俗に妖怪と認定された種を無条件に敵視してしまうのが、先に挙げた連中なんだろう」
と、そこで柄にもなく説教臭くなったのを自覚し、佐兵衛はなんとなく決まりが悪くなって口を噤んだ。梓もまた、なにか思いを巡らすように黙り込む。
やがて、梓の方から口を開いた。
「それを、克服する方法はないんですか」
「さあ、そこまではぼくにも」
佐兵衛がかぶりを振った折も折、襖障子を開いたのは朋子だった。
「ただいま戻りましたっと」
「どうしたの、朋子。ずいぶん時間かかったけど」
生徒を見送るから、と出たきりだった朋子に梓が質問すると、朋子は団扇で顔に風を送りながら笑って、
「ここいらの主婦ときたら長話好きばっかりでさ、いったん話に火が点くと会話の区切り目が見つからなくて。いやあ、参った参った」
「表は暑かったでしょう」
「そりゃあもう。いやねえ、日に焼けちゃう」
朋子は肩まで捲り上げた腕を見て、また笑った。四角い八畳間の部屋を悠然と歩いて廻る。足を止めると汗をさらに掻いてしまうのだ。
張っていた空気が緩まった気がして、佐兵衛はこっそりと息をつく。朋子は職場の、いわゆるムードメーカーだった。彼女の天真とした笑顔は見てて実に気持ちが良い。
「ところで佐兵衛さん、聞きましたか。例の、吉蔵さんの件」
丁度それについて梓と話し合っていたので、佐兵衛は頷いた。
「八意医院での悶着のことかな」
「あれ、既知でしたか。梓も?」
梓もまた、微かに躊躇いを見せてから、控えめに頷く。
「うん。たったいま、先生に教えてもらって」
「あらそう。じゃあ、おとついの喧嘩についても、すでに耳に入っちゃってるかしら」
「おとついの? それって、稗田で酔って暴れたってやつ?」
「そうよ。それの追加情報」
「それは……聞いてない、ですよね」
と、梓が佐兵衛に振ると、佐兵衛は全身を朋子の側に乗り出して言った。
「物見高根性をくすぐられますな」
注目されていることに満足し、朋子はにんまりとする。朋子も梓と同様、里の因習にマイナスの印象を抱いていた。佐兵衛にしてもそうである。人妖は相生可能な関係にあり決して仲違いしてはならないし、ないし誰であろうと決別の後押しをしてはならないと掲げている。慧音の元教え子で教職に就いた者のうち、そのほとんどがこれと寸分違わぬ信条を保有しているに違いない。
朋子は、はきはきとした調子で粗筋を述べた。
「稗田に亀冨屋って酒屋があるんだけどね、そこでお酒をしこたま飲んでいた吉蔵さんが、酔うに任せて大口を叩き始めたのが、そもそもの事の発端なんだって。まあ、詳しいところは伏せておくけど、――とにかく妖怪を貶める発言を繰り返したのね。なかでも診療所への風当たりが強かったらしく、酒席の空気は最悪だった。仲間内で飲んでたらしいんだけど、このときばかりは、吉蔵さんに本気で腹を立てたひともいたそうよ」
それはそうだ、と梓は思う。八意医院は里で唯一の医療機関であり、大変重宝されている。そのうえ医師の技量は確かときたもので、老人は定価より安く診察する政策もあって懇意にしていた。診療所が建てられてから、里民の平均寿命が飛躍的に上昇したという話も聞く。見方によっては、何にも増して人里の発展に貢献してくれている団体なのかもしれない。それを酒の席で、あるいは素面でも悪し様に言うのはまさしく非道徳というものだろう。
梓は顔を顰めて息を吐いた。佐兵衛をそれを盗み見、同じように息をつく。
「で、こっからなんだけど、悪酔いした彼に、あるひとが激しく抗議したんだって。ふざけるな、あんたの言い分は愚にも付かねえ戯言だってな按配で」
「へえぇ」
梓が感嘆の声を上げる。
「それで喧嘩騒ぎになったってわけね」
「そういうこと」
そりゃあ、と佐兵衛も素直に感動した。
「勇猛な御仁がいたもんだねえ。里一番の暴れん坊主に意見するとは」
ね、と朋子はどこか誇らしげだ。
「いくら癪でも、文句ってなかなか口外できないもんだから。幸い、周りの客が団結して、喧嘩の仲裁をしたから、大きな怪我もなく治まったらしいんだけど。浩司さん、とおっしゃるそうよ。なんでも、郵政庁勤務の若手で、竹を割ったような好青年らしいから、もう、非の打ち所がないって感じ」
郵便庁とは、里中を範囲とした荷物配達を請け負う機関のことで、山の妖怪とも連絡を取り合っている。村人から注文があれば、山でしか採れない山菜や飲料水、ときには雑誌などを妖怪に運ばせた。また反対に、里での生産品、――米や野菜、染織を山に売り出すこともしている。つまり郵政庁とは、「外」でいうところの交易港みたいなものである。外交販売に通じ、本物の妖怪を前にしても気後れしない精神力を併せ持った者にしか、これの任は務まらない。
そこの役員ということは、少なくとも件の彼は、妖怪を悪逆な存在だと認めていないということになる。そのうえ、吉蔵の横暴に反発するほどの正義感を胸中に留めているときた。梓は顔も知らぬ男を思い浮かべ、心強く思う。
浩司さん、――いったいどんなひとなのだろう。
「で、どうかしら、梓」
朋子は足を止め、梓を見下ろして言う。
「どうって何が」
「浩司さん、独り身らしいから。――押せば楽にいけるわよ」
考えを見透かされたような気がして、梓はどきっとした。もっとも、朋子のそれと梓の思考が完全に一致していたというわけではないのだが。
「あァ、やだやだ。またその手の話題」
梓は苦笑いでかぶりを振る。
「私、まだ独身貴族を名乗っていたいから。身を固める気はさらさらないの」
「かっこつけなさんな。言ってくれれば、いつでもどんな男でも紹介してやるからね」
「果たして、こんなオバサンを貰ってやろうっていう好事家は見つかるのかしら」
「あらいやだ。それじゃあ、あたしもオバサンってことになっちゃうじゃない」
「え、違ったの」
梓がきょとんとしたふうに目を丸くすると、朋子は豪快に笑って、
「あたしも梓も、まだお姉さん。座れば牡丹、籍を入れれば若妻よ」
と、梓の冗談をいなしてまた笑う。そこに佐兵衛の咳払いが割り込んだ。
「先生方がオバサンなら、ぼくに関していえば、干からびた木乃伊、ないし搾った雑巾にでもなりかねないなあ。こんなに肌がカサカサなんだもの」
「えっ。あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃ……」
「しょげるなあ。まさかそんなふうに思われてたなんて」
「違います! だから、私はただ……」
佐兵衛が真顔で語るのに、梓は慌てて誤解を解こうとした。それが佐兵衛なりの弄りだとは露知らず。それのどこが可笑しかったのか、朋子はしばらく腹を抱えて笑っていた。そこに、センセイと呼び声がかかる。朋子が笑いを止めて縁側に出向いた。庭には、顔を真っ赤に日焼けしたふたりの子供の姿があった。
「すっかり元気が戻ったみたいねえ」
朋子が言うと、圭介は頷いて、喧嘩してるの、と部屋を覗き込んで心配そうに続けた。朋子は苦笑する。
「してないわよ。センセイ達は、みんな仲良しなんだから」
「そうなの」
「そうに決まってるじゃない。――ねえ」
と、振り返った朋子に梓と佐兵衛は頷きを返す。圭介の顔色が明るくなった。
「ね、仲良しでしょ」
「仲良しだった」
「今日こそ、広場?」
朋子の含んだ質問に、圭介は元気に首肯して、
「うん。鬼ごっこするんだ。あと、中あて」
だよね、と隣のあおいを見た。あおいはそれに頷く。
「縄跳びもする」
「あら、いいわねえ。ま、遊ぶのも結構だけど、宿題もちゃんとやってくるのよ。それから、長いあいだ、太陽の下には出ないこと。いいわね」
「うん。ちゃんとする」
「空が赤くなるまでに帰るのよ」
「わかってる」
朋子のバイバイに合わせて手を振り、子供達は先を争うように建物の陰まで駆けていき、すぐに見えなくなった。




