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U.N.オーエンの正体は彼女なのか  作者: 貞晴
【第二章】 失跡の交錯
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スキマの式神





   【2】




 底冷えする程おどろおどろしい闇が満ち溢れている空間。充満する漆黒はさざ波のようにうねり、あるいは隙間なく集った蟲が手足の関節を盛んに曲げ伸ばししているようだった。どこを向いても単調なそれが視界を潰す。蠢動するような闇。そこでは聴覚と嗅覚を必要としない。音も匂いも、闇の充満した空間には微量たりとも混流する余地がない。


 八雲紫の能力によって生みだされた「スキマ」のなかである。そこで八雲(やくも)(らん)は風船のように漂いながら、およそ畳一畳分の間隙を見つめている。目線の先には、境内を俯瞰する眺めが本来の色味を帯びて広がっていた。誠意を込めて清掃する里人が四人ばかり窺える。そこに社務所を後にした魔理沙が加わる。帽子のせいで顔は隠されているが、藍にとって有益な手掛かりを見つけた様子はなかった。


 藍は紫の式神で、いわゆる主従の関係を誓った仲にある。この肉体に降霊されてからは、主人の欲望を解消することに忠実であり続けた。その甲斐あって厚い信用を獲得している。藍は信用に傷をつけたくなかった。なんとしてでも命令された通り――可能ならば命令された以上――の成果を挙げたい。これは式神の本能だった。


 二日前、霊夢を探せとの命が下った。紫によれば霊夢は八日間も神社に帰っていないらしい。こんなことは初めてだ、と話していた主人の顔には不審の色が浮かんでいて、いつもなら余裕を湛えている笑顔はどこか緊張していた。紫曰く、「スキマ」を活用して捜索できる範囲は徹底的に洗ったらしいのだが、彼女の足跡すら掴めなかったという。そこで自分は「外」を探すと言いだした。霊夢の力だけで幻想郷を脱するのは不可能だが、元「外」の住人である守矢神社や、紅魔館の連中の協力があればそれも十分可能だった。


「ならまず先に、博麗の巫女と何かなかったかを双方に訊いてみるべきなのでは」


 と、こうした藍の意見は却下された。紫は、不必要に事を荒立てるのは好ましくないと答えた。


 もし双方が関与していなかったら、下手に相手方の平静を突くことになる。事態が異常と呼べるだけのものなのか、最低限そこまでしっかり押さえないうちは、この件は水面下に留めておかなければならないと言う。それに尋ねたところで、返ってきた答えが真実である確証はどこにもない。それどころか事態を悪化させかねない。言いかえれば、もし仮に霊夢の失踪が、彼女を巻きこんでのどちらかによる――あるいは双方の思惑による――奸計の一部であった場合、きっと紫たちに警戒心を向けさせることになる。そうなればいざというとき不利になる。極論に思えるが、しかし絶対に悪巧みを企んでいないという確証もまたどこにもない。紅魔館の一味も守矢神社の一味も、かつて一遍ずつ異変を隆起させた組合である。内輪で解決できるなら極力そうしたい、と紫は藍に説明していた。


 藍は頭の後ろで手を組んで、浮かんだまま仰向けになった。「スキマ」とは端的にいって、座標変換を物理的に行う亜空間のことである。闇の隙間から窺えるのは神社を上空から見下ろした景色だが、それは藍の意向によってほとんど制限なく切り替わる。里の端から山奥まで、見ようと思えばこれで見れた。紫が幻想郷を留守にする期間、藍はこうして誰にも悟られないよう「スキマ」を駆使して霊夢の足取りを探ってきた。しかし旧態依然として消息は絶たれたままだった。あれだけ視野を広げても見つからないのだ、この郷内に霊夢はいないものとする紫の説には同調できる。とはいえ、隅から隅まで調べつくしたわけではない以上、幻想郷内に潜んでいるという説も棄てきれなかった。


 どっちにしろ、このまま初志を貫徹する姿勢で臨めば進展は有り得ないと思う。すでに幾度となく探した場所をまた調べ直そうが、徒労に終わるのは目に見えている。本気で探し出すのなら、「スキマ」の監視が行き届かない場所を直に当たってみるべきではないのだろうか。丸二日見張りを続けて、藍はそう考え始めていた。


 紫の能力を畏怖し、その効力を無効化させる術を自領に施している輩は少なからずいる。そいつらが霊夢と何らかの関わりを持っているのではないだろうか。ないし霊夢を匿っているのではないだろうか。そう思えてならない。監視の目を掻い潜っているのは、博麗神社を除外し、問題の守矢神社に紅魔館、里にある稗田の屋敷、香霖堂、山の長である天魔(てんま)の住処、河童の隠れ家、永琳たちの住む永遠亭(えいえんてい)、――これらのいずれかに霊夢は隠れている、もしくは隠されているのではないか。


 端から順に扉を叩いてやりたい気持ちは山々だったが、紫は事を荒立てたくないと言う。紫は幻想郷の平和に、人一倍、切実なのだった。が、それにつけても藍はもどかしかった。主人の命令は完璧にこなしたいのに、完璧にこなすためには言いつけを破らざるを得なくなる。如何ともし難い板挟みに胃がきりきりと締まる。


(ああ、紫様……)


 藍は切ない吐息を漏らす。


(……私に一任してくだされば)


 紫は妖術と知略に長けた大妖怪だ。それの配下に数多の妖獣から藍が選出されたのは、藍にとってみれば身に余る光栄で、その恩に報いたいと切望している。そのためには一刻も早く紫の不安を取り除いてやりたい。しかし藍は行動を制限されている。指を銜えて意味のない監視を無理強いさせられている。この場に紫がいれば、実際に現地を検察するよう説得を試みるところだが、しかし紫は幻想郷にいない。


(――紫様)


 今頃「外」のどこを彷徨っているのだろう。藍の「外」に関する知識は、それについて認めた書物を読んだ程度の心許ないもので、そこに単独で出ている主人のことを思うと、胃袋がさらに締めつけられた。あまり無茶をしてくれなければ良いのだが……。


 間隙に目を遣ると、魔理沙が石段を徒歩で下るのが見えた。藍が神社を覗き見たのと、魔理沙が霖之助を探しにきた時間が重なったのは偶然だった。おや、と思って眺めているうちに、魔理沙は社務所のなかに進み入った。どうやら霊夢に会いに来たようだった。


 藍はチャンスだと思った。自分の足で視察することを禁じられている藍に代わり、何か有益な手掛かりを入手してくれるのではと期待したのだった。しかし魔理沙にその様子はなかった。藍の興味は急速に後退していった。


 境内の風景に手を翳す。すると間隙は周りから蟲に食い荒らされるようにして埋まり始め、やがて黒く埋没した。手をどけると、今度は先ほどの逆再生を再現しているかのように中央から闇が剥がれ、別の風景が映し出された。青々とした樹木が所狭しと並び立っている。そこでは白い毛並の美しい、白狼天狗が枝葉を縫って飛んでいた。










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