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U.N.オーエンの正体は彼女なのか  作者: 貞晴
【第二章】 失跡の交錯
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魔理沙、苦悩にあえぐ(3)





 山の反対側から頭を突きだした朝陽に背を炙られ、魔理沙は空高く飛んでいた。眼下の森は見る見るうちに遠ざかり、そのうち丸みを帯びた灌木のように小さく縮んでしまった。森の周囲を円状に切りとった雑木林、そこから延びる一本道はつづら折りで人里まで延びている。里のそこここで煙が立ち昇っているのは、人間が朝食の準備に勤しんでいるためだろう。


 森と里は遠いようで近い。


 その土地を取りまく環境こそ別次元だが、地理的な観点から見れば歩いて往来できる距離にある。そもそもとして幻想郷そのものが広いようで狭いのだ。人間と妖怪でコミュニティを異種とし、そのうえ人間は人間で里を複数に分かち、妖怪は妖怪で好きなように社会を形成している。また、捻くれ者を自称する魔理沙が独り暮らしをするように、物好き同士で寄り集まって、秩序立った暮らしをする輩も少なからずいた。小規模な団体が郷中に散らばっているせいで、幻想郷の全容は計り知れないものと過大に思いがちだったが、やはり地理的な面から眺めてみると幻想郷は小さい。


 太陽の光を斜めに浴び、長々と連なる尾根の向こうには妖怪の山がある。妖怪の山はそのほかの山岳と比べて背が低く、地上はおろか上空から見ても山の陰に隠れがちだった。さらには椀を引っくり返したように縁が四方八方へ広がっており、それがほかの山々と折り重なり調和していて、どこからどこまでが妖怪の山の領地であるのか境界が不明だった。


(――まるで、緑の葉を身体にまぶせた怪獣が蹲り、何かから隠れているようだ)


 森は、そんな山と里に挟まれる位置にあった。高いところから見れば、なんの示し合せか直線上に並んでいるのがよく分かる。その並びからして、山、森、里の連なりは、幻想郷そのものを形成する中心軸といってもよかった。


 西の彼方には黒々とした山彙がある。靄が重く垂れこんでいて、すっかり禿げあがった岩山は薄墨色に滲んでいた。西の果てに位置する紅魔館は、山影に紛れて山と判別がつけられない。しかし、場合によっては訪問することになるかもしれなかった。訪ねるというより、家探しに近いのかもしれないが。


 社はすぐに見えてきた。姿を見られるのを嫌って、里の辺地で高度をぐんと下げる。稀に、自由に空を飛べる魔理沙を妖怪と間違える人間がいた。それだけならまだしも、魔理沙を妖怪と信じて疑わず、なかには命乞いをしたり、追い返そうと石礫(いしつぶて)を投じる輩が交じっているからかなわなかった。大体が頭の固くなった年寄の仕業である。こっちが何を訴えたところで耳を貸そうとしない、面倒な奴らだった。遭遇するのを避けて、雑草が生い茂る、手入れの行き届いていない道を選んで飛んだ。


 適当な獣道に降り立つ。道なりに進めば関所に出られるはずだが、魔理沙は人目を気にしながら緩い斜面を下った。この辺りは森の侵食も里の開拓も及んでいないため、自然らしいそれが未だ息づいている。そのうちすっかり風景は変化してしまうのだろうが、変化を与えるのが森にしろ里にしろ、その延長線には何が待ち構えているのだろう、と、ふと思った。このまま互いに拡大を抑止しなければ、いずれ森と里は正面から衝突することになる。相容れない次元同士の衝突――。森や里は、どうなってしまうのだろう。


(……いや、考えるのはよそう)


 考えを巡らせてみたところで、自分の力でどうこうできる問題ではないように思われた。何はともあれ神社に向かう、そこに霖之助がいるかもしれないのだから。


 木立のおかげで陽射しは丁度良い具合に和らぎ、丘陵は温かな気候に恵まれていた。緩やかに右へ旋回する勾配を中頃まで登り、さらに右へと折れて林道と合流する。そこから枝道に入り、二回ほど左右に折れたところで、向かって左手の前方に石段が見えた。神社が遊び半分、ないし冷やかし半分の目に曝されるのを嫌う霊夢らしいといえばらしい按配に、その階下数段分の大部分は下生えに隠されていて、うっかりすると見逃してしまいそうになる。博麗神社を里外れに建立したのには、風水説の法則に従い、地脈や陰陽の気を通すためというのもあるが、意味合いとしてもっとも有効なのは、暗に参拝客の信仰心を問うというものだった。生半可な信仰心からでは、里を出てまで御宮参りしようとは思わない。あえて里から外れることによって、心から尊崇する者とそうでない者を(ふるい)にかけている。


 いわば、そのひとの信仰心を試験している。来る者は拒まずの精神で信仰を集めている守矢神社との大きな違いはそこにあった。信者を愛しむ早苗に、自尊心の強い霊夢、管理職は似たようなものなのに、性根に根づいた思想主観は真逆である。この持論の食い違いが、狭い幻想郷を広いように錯覚させている現象の一端を担っているのだったが、それはきっと本人達の意識しないところでのことに違いない。とはいえ、双方それに間違いはないと思って神社を経営しているのだ、どちらが正しいかと論じるのは無粋というものだろう。


 短い階段を登りきったところに鳥居が聳え、そこには「博麗神社」と扁額が掲げられていた。鳥居に刻まれた罅割れのような傷跡が、社の格調高い歴史を物語っている。里が確立されるより前に、神社の出発点となる建物は造られたらしい。痛んだ鳥居はそのときの名残だろう。霊夢が改装したがらない気持ちにも何となく共感できた。


 博麗神社に仕える巫女には、「博麗(はくれい)大結界(だいけっかい)」と呼ばれる結界の保全に身命を賭し、「外」に通じる時空の裂け目を管理する責務が課せられている。現在は霊夢がこれを任されていた。


 「外」――とは、漠然と「幻想郷の向こう側」を指す。しかしそこには何があるのか、どうして繋がりを断ち切らなければならないのか、魔理沙は知らない。霊夢ですら承知しているかは疑問だった。「外」から幻想郷に移ろってきた守矢神社、紅魔館の面々を除き、ゆいいつ、結界が張られていようがお構いなしに幻想郷と「外」とを行き来できる八雲(やくも)(ゆかり)だけがあらましを熟知しているようだが、本当のところは分からない。ただ確かなのは、霊夢の貢献なくして、幻想郷の平和は長続きしないということだ。


 この世界には幾種類もの生命体が棲みついていて、ほとんど奇跡といってもよい絶妙なバランスの許に秩序と平和が敷かれている。先代巫女の冠を継承した後釜として、ときには妖怪を退治し、ときには幻想郷を揺るがす異変を解決して、異種族の間にあるべきその均衡が崩れないよう調節しているのも、また彼女だった。人間、妖怪、神、亡霊、天神、――どの勢力が欠けても、あるいは増えすぎても幻想郷は瓦解してしまう恐れがある。ついては、幻想郷の維持に霊夢の存在は不可欠だった。


 それを過不足なく理解しているとは思えないが、里の人間からは頼りにされており、村長、稗田、これに博麗の巫女を含めた三役が、人里の発展を志し、各分野において采配を振っている。霊夢は、里の自警団と共に、人々にとって脅威となり得る外敵の応戦を任されていた。要は妖怪退治の専門家扱いである。


 妖怪退治のスペシャリスト、――その肩書は当たらずといえども遠からずといったものだった。なにも霊夢は、率先して妖怪を退治したいわけではない。妖怪の血は我侭な成分を多分に占めており、なにかと好き放題しがちというだけで、もしも人間が幻想郷の均衡を傾けるアクションを起こそうものなら、それでもきっと彼女は止めに入っただろう。妖怪の敵、人間の味方というわけでは決してないのだ。そこを取り違えている者は、人妖(じんよう)問わず多くいると思う。


 しかし見方を変えれば、パワーバランスを崩しかねない横暴を働かない限り、誰にとっても心強い味方であると解釈できる。その点、里はある意味儲けていた。人間は弱い、妖怪は強い、という概念が生き続けている現代では、均衡を維持するためにどうしても人間に肩入れしやすくなる。事実、霊夢が招待される宴会の席は人里ばかりだった。里の人間に仲間意識を色濃く抱かれているためだ。


 そんなわけで、里外れに社を構えていようと、熱心な信者となれば朝から参拝にやってくる。霊夢に心を開いている証である。といっても、彼らが崇め奉っているのは祭神ではない。あくまで博麗神社は、外界との接触を遮断する結界を張っているだけの施設であり、そこに崇拝するべき祭神はいない。先代巫女の遺骨は里の墓地に納棺されている。そこを抜け出した魂が、天界を経由し、生前よりも清らかになって本殿に流れ着くものと考えられていた。つまり参拝客が崇めているのは、幻想郷の維持に天寿を全うした、数多くの先代巫女たちの霊なのだった。いずれ霊夢もそこに名を列ねると思うと、なんだか現実味が湧かなかった。博麗の巫女なのだから、敬うべき偉人には違いないのだが、相棒だからだろうか、とてもじゃないが敬服する気概は起きない。


 石段から真っ直ぐに延びた参道は、石灯籠の林立する十数メートル先で拝殿にぶつかり、それの奥にある本殿の裏まで延びている。鳥居を潜ってすぐ右手には手水屋が、左手奥には社務所があった。守矢神社と比べなくてもこぢんまりとした場所である。家族連れと思しき集団が四人ばかり境内に散っていて、参道を掃除する者がいれば、こちらに背中を向けて草木の手入れをする者もいる。魔理沙は眉を顰めた。一瞬、石を投げられて追い払われるイメージが頭をよぎる。家族連れのなかには老婆がいた。


 魔理沙を認めた年増女が、あら、と声をあげて植え込みのあいだから立ちあがった。魔理沙は軽く会釈する。


「お掃除のお手伝い?」


 近づいて来るなり、黒い魔女服と、魔理沙が持つ箒を訝しげに見た。魔理沙は首を横に振る。


「いや、ここの巫女――博麗霊夢に会いにきたんです」


 女はじろじろと魔理沙の全身を睨み回す。きっと恰好を奇特がっているに違いない。女とその家族は、質素な麻織りの服を身に着けていた。


「霊夢さんのお友達?」

「そうです」

「ふうん。――見ない顔だけど、どこのひとかしら」


 そう尋ねられたときの返し文句を、何かあると怪しまれ奇特がられてきた魔理沙は前もって用意していた。身元を正直に明かす。これで毎度、相手を納得させてきた。


「稗田は霧雨店主人、寅之助(とらのすけ)の娘、魔理沙です。まあ父とは別居中で、顔も広くないんで、怪しまれることもままあるんですけど」


 ああ、と女は心得たように頷いた。父親の寅之助は魔法道具を販売している。しかし需要はないらしく、里の人間からは変人扱いされているのだとか。そこの娘だと言えば、大概は一発で納得させることができた。


「霧雨さんとこの娘さんね。言われてみればお父さんそっくりだわ、とくに鼻筋なんか」


 女は笑った。よく言われます、と魔理沙は話を合わせる。


「別居してるって、親子喧嘩でもしたの?」

「そんなところです」

「あらそう。でも片意地張ってちゃ駄目よ、親子が離れ離れになるほど、寂しいことなんてないんだから。早く仲直りしてね」

「はい。そのつもりです」


 魔理沙は粛々と頷く。


「親孝行は近いうちにしたいと思ってます」

「それは感心ねえ。うちの息子なんて、がたいだけは一丁前なくせして、親孝行らしいことなんて何もしちゃくれないのよ。あ、そうそう。こないだだって、暇そうにしてたもんで洗濯物を軒先に干すようお願いしてみても、俺は仕事で疲れてるんだとか言って、大儀そうに寝転がって(いびき)掻いてたんだから世話ないわ」

「そうなんですか」


 どうでもいい、と渋面をつくる魔理沙をよそに、女は目尻に皺を寄せてからから笑う。と――。


「お母さん、手が止まってる」


 小さな女の子が駆け寄ってきた。遠巻きに、女の子の父親と祖母と思しき男女が見守っている。母親の長話を切り上げさせろ、とでも言い渡されたのだろう。魔理沙はこっそり、助かった、と息を吐いた。


「あらま。いやねえ、話しだすと止まらなくって」


 女は首にかけたタオルで顔を拭う。魔理沙と少女が目礼し合い、女は「そうそう」と思い出したように白い歯を零した。


「霊夢さんに会いにきたんだったわね。ごめんねえ、引き留めちゃって」


 いえいえ、と魔理沙は手を振った。では、と女の横を抜けようとすると、女は申し訳なさそうに渋い顔をして「丁度、出かけてるのよ」と言う。それに魔理沙の足が止まった。


「霊夢、いないんですか」


 女は大仰に眉間を顰めて頷く。


「そうなの。わざわざ来てくれたのに残念だけど、ここしばらく御社で姿を見かけたことないわねえ」

「ずっと出ずっぱりなんですか?」

「ええ、結構長いこと帰ってないわ。――ねえ、あおい」


 女は少女に身体を向ける。


「三日は見てないわよね」


 少女が肯首してから、女は魔理沙に向き直って、


「とまあ、そういうことだから」

「どこに出てるか、ご存知ないですか」

「ええ、霊夢さんってたまに、すいーっと見えなくなっちゃうから……ちょっと分からないわ」

「そうですか」

「うちの旦那は、イヘン? だったか、それの解決に出向いてるんじゃないかって言ってたけど」


 いや、と魔理沙は心中否定する。いまの幻想郷に異変が勃発しているとは考えにくい。異変とは、読んで字の如く普通と異なる変事。変事があれば郷中の随処にそれらしい兆候が表れるものだが、それを目にした覚えも聞いた覚えもなかった。


「異変か……そうかもしれません」


 魔理沙は適当に話を合わせた。


「なんなら、自分の目で確かめてみたらどう」


 参道から逸れたところにある社務所を、女は手で促す。空っぽだから、と言い添えた。


「異変解決のたびに思うけど、出かけるなら出かけるで、あらかじめ里に一報入れといてくれれば、変に心配しなくて済むんだけどねえ」


 遠巻きにこちらを窺っていた男女ともすれ違いざまに目礼し、魔理沙は促されるまま格子戸を開けた。


 上り口で履物を脱ぎ、十二畳間に踏み入る。そこは神職が詰め、神社を管理する部屋らしかった。だだっぴろい広間に相対し、備品の類は少なく、金具が黒光りする和箪笥に、書架が一列、硝子窓に面した文机が一台と、板の間に飾られている高価そうな掛け軸に壺が目につくきりで、霖之助の息を連想させるものは見られない。


 べつの部屋を覗くと、そこは霊夢の寝室らしかった。当然ながら霖之助の居座った形跡はない。なんとなく落ち着かなくて、残りの小部屋から裏手の厠にかけて一通り調べてみた。そして結論づける。博麗神社は関係なかったのだ、と。


 初めの部屋に戻ってきて胡坐を掻く。胸を焦がすように燻っていた焦燥感が次第に薄れていく。なにをそんなに焦り、苛立っていたのか。魔理沙は自嘲気味に笑った。アリスの言う通り、手放しに万歳できるほど喜んではいないにしても確実に安堵している。霖之助が見つからず、本来なら肩を落とすところなのに溜飲が下がる思いをしている自分が滑稽で、しばらく噛み殺した笑いが止まらなかった。


 しかしここにもいないとなると、彼が滞在していそうな場所の候補は残すところ、紅魔館か、里の図書館ということになる。いずれにしろ、霊夢と共に行動している可能性は皆無だろう。同日に出掛けたのならともかく、彼女が神社を空けたのは聞くところによれば三日前のことで、対して彼が店を空けたのは七日も前のことだった。ここに事の関連性は見出せない。霊夢の動向も気になるところだが、彼女は役職柄、遠出する所用に事欠けなかった。それこそ紅魔館にでも出張しているのだろう。あそこの主人と霊夢は仲が良い。それよりいまは、霖之助の行方を追うことを優先させたい。


 さて、と気合を入れて立ちあがり、三和土(たたき)に降りた。腰を屈めて靴ひもを結ぶ。


 まずは図書館からだ、と決めた。いまから人里に向かう。そこで尋ね人を発見できるとは到底思えなかったが、一縷の望みに託してみようと思った。そこにもいなかったら紅魔館まで足を運んでみよう。こうなったら虱潰(しらみつぶ)しだ。これだけ心配をかけさせているのだ、居場所を割りだしたらうんとお灸を据えてやろう、そう思った。


 ――そのためにも早く彼を見つけなければ。魔理沙は建物を後にした。










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