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U.N.オーエンの正体は彼女なのか  作者: 貞晴
【第二章】 失跡の交錯
12/21

魔理沙、苦悩にあえぐ(2)

 



 霊夢は、香霖堂にとって希少な常連客のひとりで、霖之助と親しかった。


 買い手と売り手の関係にのっとり、金銭でのやりとりをもってして品物を売買することもあれば、霖之助と親密がゆえに公私を混同し、問答無用で売り物を奪い去っていくこともあった。彼女は金に貧しているのだ。人里の連中が信仰心から博麗神社に捧げるのは、申し訳程度の米や味噌ばかりで、おかげで働きに出ずとも飢えることはないが、娯楽に費やす余裕がないのだとか。


 そんな彼女が絶好の標的としたのが、香霖堂でとり扱う物珍しい品々と、強く言い寄れば拒否することのできない店主の甘さだった。これを懇ろな間柄と呼ぶに若干の抵抗はあるかもしれないが、当人たちはいたって和やかに相手を親しみ合っている。


 この奇異な関係性が成立しているのには、さかのぼれば魔理沙という架け橋が絡んでくる。家出の一件からしばらく根無し草を強いられていた魔理沙と、霊夢の運命的といえる出会いはここでは割愛するとして、のちに相棒となった霊夢を、親友である霖之助に紹介しようと店まで案内したのが始まりだった。


 その場で意気投合してからは、魔理沙がいなくても霊夢から店に押しかけるようになった。いっぽう霖之助はといえば、それに反発する気振りもなく、霊夢を店に招き入れていた。客としてではなく、それを度外視する対象として彼女を認めているようだった。


 したがって、霖之助の失踪に霊夢が一役買っている可能性は高かった。店を七日六晩空にし、彼はどこに消えたのか。博麗神社の巫女、霊夢の許ではないのか。あそこなら長く留まれる、なにせ霊夢のほかに住人がいないのだから、誰の目も気にしなくていいし、遠慮することはない。


 とうに目星はついていた。しかし魔理沙は、この可能性が浮上するたび瞬時に掻き消していた。男が年頃の娘と同じ屋根のしたで幾晩も明かすだなんて、情交を疑うなという方が難しかった。霊夢といる可能性を容認することは、霖之助が彼女を愛しているという可能性を認容するに等しい。そこに付属する実際の場合、ないし実地は何の意味も持っていない。これを数ある可能性のひとつとして検討すること自体が、どうしても我慢ならなかった。ひとたび考え出すと、正体不明のむかつきに理性を支配されそうになる。危ういところで冷静さを取り戻しても、否応なしにやるせない気持ちにさせられた。


 この形容し難い情緒を、霖之助に対するやきもちだと識別するだけの経験を、魔理沙は積んでいなかった。


 わけもわからず切なくなり、ややもすれば霊夢を憎らしく思ってしまう。また、あるいは同様かそれにも増して霖之助を憎いと思ってしまう。


 相棒と親友を、どうして、こんなにうとましく感じてしまうのだろう。わけもわからず苦しくなり、わけがわからない自分に嫌悪する。こんなことは初めてだった。


 油のように重い感情の波は嵩を増すばかりで、これを解決する手立ても、いわれも分からない。とりあえず、件の話題から遠ざかることが、どす黒い波を一時的に引かせる応急処置だと知っていた。


「――ないぜ。たったいま指摘されるまで、うっかり忘れてたぜ」


 アリスの問いに、魔理沙はぎこちなく笑って答えた。


「でも、ちょっと考えにくいんじゃないかな。いっても一泊二泊なら部屋も貸せるが、七日とくれば話は違う。そのうえ霊夢は吝嗇家だ。飯から宿まで鷹揚に提供してくれるとは思えねえ」

「なにか長丁場になる用事が、人里の方面であったんじゃないかしら。それで、里に近い場所にある神社を、宿代わりにしているとか」

「だったら、里の外じゃなくて、里の内に泊まればいいじゃないか。前にも言ったけど、里には図書館があって、そこの司書と霖之助は仲が良い。宿のひとつやふたつ、都合つけてくれるだろう」

「それはあなたが、さっき自分で否定してたじゃない」

「いや、やっぱりそうでもないのかなあ、とか思って。うん、きっとそうだぜ、霖之助はいま、里にいるんだ」


 そう結論付けたが、魔理沙の胸中はいまだ翳っていた。導き出した結論は誤りであると、頭の本能的な部分で理解しているせいかもしれなかった。と、唐突に――。


「――あなたは本心を偽っている」


 アリスは落ち着き払って言った。例のごとく作り物めいた、生気に乏しい表情で。


「そうではないと分かっているくせに、そうであって欲しいから、……いいえ、そうであってもらわないと困るから、あたなは虚実をねじ曲げて、自分に有利な解釈が真実であると思いこもうとしている」


 魔理沙はぎくりとして、アリスを見つめ返した。ランプの炎が生みだす影と光の屈折によって、彼女の顔はぞっとするほど感情を没していた。


「あなたをそこまで歪めてしまっているのは何かしら。まるで怯えているみたい。なにか、あって欲しくない現実を怖がっているよう」

「なんのことだか……」


 アリスはゆるゆるとかぶりを振った。


「ねえ魔理沙、聞いて。私は人形が好きでね、正気であればその大半を人形作りに割いているわ。一心不乱に針で縫って、綿を詰めて……ご機嫌を窺ってみるの、動きづらくないか、どこか痛いところはないかってね。私の半身だから、窮屈な思いはさせたくなくって」


 魔理沙の相槌を待たず、アリスは淡々と続ける。


「でもね、一度として返事をくれたことはなかったわ。まあ当然よね、どれだけ高尚な文句で飾りをつけたところで、人形は人形でしかないもの。文字通り、ひとのかたちをした存在。魂のない空虚な存在。――なにも知らない奴らが、私のことを幻想郷随一の人形使いだなんて称呼しているみたいだけど、揶揄されている気分だわ。人形を自由自在に操る? 意思があるかのように動かす? ふん、腹立たしい。なにも、意のままに操作できる人形が好きで、布を切って、ボタンで留めて、作業に没頭しているわけではないの。――私が目指しているのは、操者(そうしゃ)が糸を引かなくとも自由自在に動き回り、命令を飛ばさずとも手前勝手に行動する、そんな人間味溢れる人形を創りだすことなの。人情味じゃなくて人間味よ。思いやりの精神に溢れた人形なんて、糸を垂らして思い通りに操作するのと大差ないじゃない。そのために私は、自作の人形に魔力を注入し、無機物に生命を宿そうとしている。だから、微細な変化も感知できるよう、人形を自作する際には神経を研ぎ澄ましている。といっても、まだ特筆すべき成果はあげていないのだけれど、変化に目敏くなるよう心掛けているうちに、とんだ特技を開花させてしまったのよ。……それはね」


 いったん言葉を区切ると、アリスは舌で下唇を濡らし、目を細めた。


「それは……相手の嘘を見抜くこと。ここで示す相手とは、人間や感情豊かな妖怪のことよ。さすがに虫や草花の嘘までは見抜けないわ。――で、魔理沙」


 またもや前触れもなく水を向けられ、魔理沙はどきっとした。爪が食いこむほど握った拳には汗が溜まっている。この動揺を隠せている自信はなかった。


「あなたは私に嘘をついた。のみならず、思いつきの虚言に尾ひれをつけ、自分自身を欺こうとした。そうでしょう」

「………」

「黙秘は否定の裏返し。肯定するに同じ。――霊夢と何かあったのね。彼女が話題に昇った途端だったわ、様子がおかしくなったのは」


 これにも黙秘で応えると、アリスは、魔理沙の爪先から頭まで順にしっとりとした目を投げかけて、


「喧嘩したって感じじゃなさそう。でも、尋常じゃない所感を抑圧している感じがする。――不便なことに私では、嘘か本当かが見抜けられても、その仔細までは見抜くことはできない。だから、できればあなたの口から、直接、何があったか聞かせて欲しいのだけれど、言動から推測するに、そういうわけにもいかないのでしょう」


 漏洩するはずのない心の中身を的確に言い当てられ、魔理沙はじりじりと消沈していた。骨を抜かれたように弱々しく頷き、ふう、と溜め息を落とした。


「――聞かせようにも聞かせられない。だって、自分でもよく分からないんだから」

「霊夢をどう思っているか、が?」


 魔理沙は伏し目がちに頷いた。


「ああ。よく分からない。……でも、霊夢は良い奴だぜ。けちん坊だし、斜に構えてることもしばしばだけど、それは照れ隠しみたいなもんで、根は素直で、ひとに優しすぎるくらいで。意外かもしんないけど、あいつ、尽くすタイプなんだぜ」

「それなら、あなたの幼馴染に宿を提供してくれていても、なんら不自然ではないんじゃない?」

「うん……そう。そうかもしれねえ」


 (ああ……)胃の腑から込みあげる苛立ちのような、焦りのような衝動(……また、これかよ)。しかし、衝動の矛先を向ける人物がはっきりしない。なんなんだよ、とがなり立てたくなるが、苛立ちを囲っているのは真の暗闇で、どこに向かって不満をぶつければ良いのかが分からない。昨朝、香霖堂の店先で駆られた衝動に酷似していた。いま思い返してみれば、あのときから既に、霊夢の影を後景に感じていたのかもしれない。


「とにもかくにも、確かめてみたらどう?」


 アリスが言った。


「これから神社を訪ねてみることをお勧めするわ。それで幼馴染がいま、どこで何をしているか、それですっかり氷解するかもしれないし、しないかもしれない。まあ仮に、霊夢しかいなかったとしても、あなたにとっては、そちらのほうが喜ばしいことなのかもしれないけれど」


 魔理沙は驚いて顔をあげ、


「喜んだりするもんか!」


 と、反射的に反論した。それにアリスは目を丸くし、口許に手をかざすと、


「ごめんなさい、口が滑っただけ。最後のは気にしないで」


 再び目を細めて、魔理沙を見た。


「で、どうするの、神社に行って確かめてみないの。確認をとらないことには、いつまで経っても気が晴れないのではなくて?」

「いや、そりゃまあ、そうだけど……」


 と、踏ん切りをつけあぐねていた魔理沙はふと気になって、


「ていうか、アリス」


 アリスは首を傾げる。


「なにかしら」

「いやまあ、変な意味で捉えてもらいたくないんだけどさ、なんか、ずいぶん協力的だなぁとか思って」


 魔理沙は苦笑した。


「ほら私、約束を守れなかったじゃんか。遅刻しちゃったし。なのに、一緒の目線になってあれこれ助言してくれて、いやすっげえ有り難いんだけどさ、でもそれって、ちょっと普通じゃないと思って」

「えっ?」


 アリスはきょとんとし、そして心根から不思議そうに瞬いた。ここまで分かり易く感情を表に出すのは珍しかった。むしろ魔理沙が面食らってしまう。


「あ、いや、ごめん、やっぱいまのなしで。もう怒らないで」


 魔理沙は拝むように両手の平を合わせた。失言した、と後悔する。気に懸かったからといって、気安く尋ねるべきことではなかったのかもしれない。


「ちょっと待って。なんなのその、もう怒らないでとか、いったいなんのつもり」


 アリスの口調は悪者を責めるようだった。魔理沙はその気迫に圧倒されてしまう。


「ああ、いや、それも別に変な意味じゃなくて、その、気に障ったならごめん」


 アリスは頬を微かに火照らせ、


「ちょっと待って、魔理沙、――待ちなさい」


 腰を浮かせ、テーブルから魔理沙のほうへ身を乗り出して言う。魔理沙は思わず半歩ほど退いた。


「どうして逃げるの」

「いやあ、そういうわけじゃ……」

「嘘。敬遠しているじゃない。どうして、私はどこも怒っていないのに、どうして――」


 言ってから、アリスは「あっ」と短く漏らし、


「もしかして、さっきのことを真に受けてるのかしら」


 椅子に腰掛け直し、ばつが悪そうに咳払いをする。魔理沙は事態が飲みこめず、軽度の緊張から棒立ちしていた。

 勘違いしないで、とアリスは不機嫌そうに切りだした。


「御冠とか、傷ついたとか、冗談に決まってるじゃない。私のメンタルはそこまで脆くできていないわ。それともなに、あなた、冗談を冗談として笑い飛ばせないひと?」


 魔理沙が訪問して早々のやりとりを指摘し、文句を垂れているらしかった。


「まあね、約束を反故にされたから、幾分、厭な気持ちにはなったけれど、それだけで愛想を尽かすわけがないじゃない。それに、あんなのっぴきならない事情を聞かされれば、誰だって遅刻したのも仕方がないと思えるものだわ。そうでしょう?」


 アリスはしきりに目を動かしている。動揺しているのが見てとれた。

 魔理沙は反応に窮し、無理に笑った。無理をしたせいで笑顔が引きつってしまう。それに何かを刺激されたのか、アリスは「ムッ」と唇を引き締めて、


「なによ、引かないでよ、友達になりたいって申し出たのはそっちが先なのに。だって、私達は友達になったんでしょう。冗談のひとつでも言いたくなるのは当たり前。それのどの辺がおかしいっていうの」


 肩が小刻みに揺れていた。振動は腕まで伝わり、握り拳をわなわなと揺らす。動揺しているのと同時に高揚しているのが見てとれる。その興奮を露わにする様からは、絵画を彩るパーツの一部でもなければ作り物でもなく、魔理沙となんら差異のない、血の通った垢抜けない少女の空気を感じさせた。


「いやいや、何もおかしくねえぜ」


 魔理沙は慌てて平手を振った。


「わりい、こっちの早とちりだったぜ。てっきり嫌われたものかとばかり。勘違いしてた」

「あらそう。傍迷惑なことね。それにしても私、一度でもあなたを嫌っていると言ったかしら。言った憶えはないのだけれど」


 魔理沙はしばし記憶を辿り、昨日の晩になら、と答えた。と、アリスは少し沈黙して、「……ああ、言ったかもしれないわね」と苦々しそうに呟いた。魔理沙は心の中で、なんだそりゃ、とがっくり項垂れる。


「けど、たとえ言ってたにしても、それも冗談だから。ユーモアよ、ユーモア。それぐらい汲みとって、気の利いた台詞を返してもらいたかったのが本音ね」


 魔理沙は苦笑する。


「うん、そっか。じゃあ次からは、ご要望に添えられるよう、死力を尽くしてユーモアに満ちた返しをしてみせるぜ」


 魔理沙がおどけると、アリスはまたきょとんとしてから、興奮したのを恥じ入るように薄く笑った。


「ええ、それは愉しみね。全力で精進してちょうだい」


 顔をぷいと背け、小声で呟く。


「――私ももう少し、柔らかく話ができるよう、努力してみるから」


 ゴホン、と喉の調子を治し、本筋から外れたわ、とアリスは話題の修正を促した。


「それで結局どうするの。高確率で幼馴染が逗留している神社に彼を探しに行くか、探しには行かずに悶々とした心持ちで帰りを待つか、好きなほうを選べばとしかいいようがないけれど、後者だとしたら弱虫よね」


 魔理沙は苦笑した。アリスなりにそれとなく神社へ向かうよう誘導したのかもしれなかったが、あまりに露骨だった。あるいはユーモアのつもりだったのかもしれない。気付けば、香霖堂にいた時合より、気持ち明るくなっている自分がいた。


「なんとまあ、あんまりないわれようだぜ」

「だってそうでしょう。で、どうするつもり」

「うぅん、そうだなあ……」


 唸って勿体ぶりはしたが、魔理沙の腹は決まっていた。霖之助の動向を明確にしたいという思いは、アリスの後押し――あるいは遠回しな応援だったのかもしれない――もあって、もはや無視できない大きさまで肥大していた。正体不明の抵抗は、当然ながら依然としてある。しかし、それを上回るほどの確かめたいという欲求には抗えなかった。


「このままじゃ寝覚めが悪いし、霊夢ともご無沙汰だったからな。よし、いっちょう向かってみることにするぜ」


 そう、と頷いて、アリスは置時計に目を遣った。太陽が昇るか昇らないかの時間になっていた。


「出る前に、簡単に朝食でもいかが? いちにちじゅう店に詰めていたってことは、ご飯もろくに食べられなくて、お腹が減っているのではなくて?」


 どんぴしゃりだった。魔理沙は破顔して、有り難くその心遣いに甘えることにした。


 アリスの家を辞去したころには、朝日はすっかり昇りきっていた。













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