9話
環生舎について取材をすると、最後に必ず同じ質問をされる。
なぜ、こんな施設が今までなかったのですか。
もっと正確には、
なぜ、全国にないのですか。
私はその質問に答えるのが苦手だった。
理由が一つではないからだ。
金がかかる。
土地が必要。
法律が追いついていない。
専門職を集めなければならない。
地域住民の理解もいる。
子どもの権利を守る仕組みも必要。
事故が起きれば誰が責任を負うのか。
共同体が暴走したとき、誰が止めるのか。
そして、
女性が集団で子どもを産み育てるという発想そのものに、
社会がまだ慣れていない。
全部正しい。
でも私は最近、
もっと単純な理由なのではないかと思っている。
環生舎を、
最初に作る人がいなかったのだ。
*
私は三年間、環生舎を取材している。
最初は批判的な記事を書くつもりだった。
高学歴女性。
集団生活。
多数の出産。
生殖協力者。
巨額の寄付。
宗教法人。
怪しい言葉が揃いすぎていた。
ところが取材を始めると、
話が妙に現実的だった。
最初に見せられたのは、
思想ではなく収支表だった。
厨房費。
人件費。
光熱費。
修繕費。
食材費。
教育費。
医療費。
「共同生活って、もっと安いと思ってました」
私が言うと、
財務担当者は笑った。
「安くすることが目的ではありませんから」
「でも規模の経済を使っているんでしょう?」
「使っています。ただ、浮いた分を削っていないんです」
意味が分からなかった。
説明を聞いて分かった。
例えば子ども百人の送迎を集約する。
家庭ごとに車を持つより効率はよくなる。
その分を節約して終わるのではない。
送迎スタッフを雇う。
教育施設を作る。
専門職を増やす。
洗濯を集約する。
そこで浮いた時間と金を、
別のところへ入れる。
食事も同じ。
保育も同じ。
環生舎は、
子育てを安くしたのではなかった。
同じ資源で、
一人の子どもに与えられるものを増やした。
*
「じゃあ、普通の企業が作ればいいじゃないですか」
私は訊いたことがある。
財務担当者は、
「何年で回収します?」
と訊き返した。
答えられなかった。
建物を建てる。
保育設備を作る。
教育棟を作る。
専門職を雇う。
しかも、
子どもが生まれる前から必要になる。
入居者が増えるまで赤字。
子どもが増えるまで赤字。
設備が十分に使われる規模になるまで赤字。
普通の企業なら、
もっと簡単な方法を選ぶ。
高級マンションにする。
保育園を付ける。
家事代行を付ける。
月額料金を取る。
そのほうが事業として分かりやすい。
環生舎は、
子どもが生まれてから十八年以上、
場合によっては大学卒業まで責任を持つ。
投資回収だけを考えるには、
時間が長すぎる。
だから最初に、
九条千景という、
使い切れないほど金を持った変人が必要だった。
*
では国が作ればいい。
そう言う人もいる。
私もそう思った。
行政の担当者に聞いた。
彼は困った顔をした。
「何の施設として作るんですか?」
保育所。
違う。
住宅。
それだけでもない。
学校。
違う。
児童福祉施設。
親がいる。
寮。
生活の中心でもある。
医療施設。
違う。
「所管が分かれます」
彼は言った。
保育。
教育。
住宅。
医療。
福祉。
環生舎では、
一人の子どもの一日としてつながっている。
行政では、
それぞれ別の制度だった。
「できないんですか?」
「できないとは言っていません」
役人らしい答えだった。
「では?」
「非常に難しいです」
たぶん、
本当に難しいのだと思う。
*
もう一つ、
もっと面倒な問題がある。
責任だ。
環生舎では、
母親がすべてを決めない。
担当者がいる。
医師がいる。
教育担当がいる。
心理担当がいる。
では、
八歳の子どもが大けがをしたとき、
誰の責任なのか。
本人か。
母親か。
その日の担当者か。
施設長か。
法人か。
進路でも同じ。
医学部へ行きたいと言った。
担当者は向いていないと思った。
実母は行かせたい。
本人は迷っている。
誰が決める。
普通の家庭なら、
良くも悪くも親に集約できる。
環生舎では、
それを分散させた。
負担を分散すると、
責任まで曖昧になる。
だから環生舎は、
育児を共同化するより先に、
責任を共同化する制度を作らなければならなかった。
これに十年以上かかったという。
*
そして、
最大の理由。
人間だった。
私は創設者の九条千景に、
同じ質問をした。
「なぜ環生舎みたいな場所は増えないんでしょう」
七十二歳になった千景は、
しばらく考えた。
「怖いからじゃない?」
「何が?」
「全部」
彼女は指を折った。
「子どもを他人に任せるのが怖い」
一本。
「結婚しないで産むのが怖い」
二本。
「親子を少し離すのが怖い」
三本。
「集団生活が怖い」
四本。
「変な人が権力を持つのが怖い」
五本。
「それ、全部まともな心配じゃないですか」
「そうよ」
千景は笑った。
「だから難しいの」
私は少し意外だった。
環生舎の創設者なら、
もっと社会の偏見を批判すると思っていた。
「でも、あなたはやった」
「私は金持ちだったから」
「それだけ?」
「失敗しても困らなかった」
千景はあっさり言った。
「これ、かなり重要よ」
*
最初の建物に、
千景は莫大な私財を投入した。
失敗しても、
彼女自身は路頭に迷わない。
入居者が集まらなくてもいい。
数年間赤字でもいい。
制度を作り直してもいい。
専門家に、
「あなたの考え方は間違っています」
と言われて、
全部やり直すこともできた。
普通の人にはできない。
銀行から借金して始めた人なら、
三年赤字なら終わる。
行政なら、
失敗すれば批判される。
企業なら、
株主に説明しなければならない。
千景には、
失敗する自由があった。
環生舎が最初に必要とした最大の資産は、
土地でも建物でもなかった。
失敗しても続けられる余裕だった。
*
しかし、
今は事情が違う。
最初の環生舎には前例がなかった。
今はある。
二十七年間の記録。
育った子ども。
退去した女性。
残った女性。
うまくいった制度。
失敗した制度。
事故。
苦情。
裁判になった案件さえある。
全部残っている。
「二つ目は作れますか」
私は訊いた。
千景は言った。
「作れるでしょうね」
「三つ目は?」
「たぶん」
「全国に?」
そこで千景は笑った。
「それは知らない」
*
最近、
環生舎には妙な見学者が増えている。
入居希望者ではない。
地方自治体。
大学。
医療法人。
不動産会社。
企業。
海外の財団。
そして、
環生舎で育った子どもたち。
第一世代の一人は、
地方都市で小さな共同住宅を始めようとしている。
環生舎ほど大きくない。
女性十二人。
子ども三十人程度。
プールもない。
学校も外部。
習い事も地域の施設を使う。
でも、
食事。
洗濯。
夜間対応。
病児保育。
送迎。
そこだけは共同化する。
別のグループは、
夫婦も入居できる形を検討している。
別の施設では、
ひとり親家庭を中心にするという。
環生舎をコピーするのではない。
環生舎を、
小さく分解している。
*
私は記事の最後に、
こう書いた。
環生舎が存在しない社会には、
環生舎を作れない理由が百個ある。
金。
法律。
制度。
責任。
文化。
倫理。
安全。
人材。
そして、
人間の感情。
そのどれも、
間違ってはいない。
だが一度、
不完全でも実物ができてしまうと、
問いが変わる。
「そんなものが作れるのか」
ではなく、
「どこまでなら、自分たちにも作れるのか」
になる。
*
原稿を提出した翌日。
編集部に、
読者から大量のメールが届いた。
批判もあった。
怖い。
子どもがかわいそう。
選民思想ではないか。
金持ちだからできるだけだ。
その中に、
短いメールがあった。
三十七歳。
会社員。
独身。
《私は子どもを四人欲しかったです。》
過去形だった。
《でも、一人でも難しいと思って諦めました。》
そして最後。
《環生舎に入りたいとは思いません。》
少し意外だった。
続きを読む。
《ただ、環生舎がある社会だったら、私はもう少し違う人生を考えたと思います。》
私は、
その文章を何度も読んだ。
環生舎が必要なのは、
入居する女性だけではないのかもしれない。
使わなくてもいい。
選ばなくてもいい。
普通に結婚してもいい。
夫婦で子どもを育ててもいい。
一人で産んでもいい。
共同体で育ててもいい。
途中で変えてもいい。
重要なのは、
子どもを持ちたいと思った女性が、
最初から、
「今の社会では無理」
と計算を終えてしまわないことなのかもしれない。
環生舎は、
すべての女性に必要な場所ではない。
たぶん、そんな場所は存在しない。
ただ。
これまで一つしかなかった道の横に、
もう一本、
実際に歩ける道を作った。
それだけで、
人は、
自分がどちらを歩くのかを、
初めて選べるようになる。




