2話
環生舎に入る女性には、大きく二種類いた。
一つは、時間がなくなってから来る女性。
もう一つは、時間があるうちに来る女性だった。
三十代半ばを過ぎて入居する女性の多くは、美緒と似ていた。
大学を出た。
資格を取った。
仕事を覚えた。
収入が安定した。
奨学金を返した。
あるいは大学院へ進み、留学し、研究成果を積み、ようやく自分の専門分野で名前を持った。
そして三十四歳、三十五歳、三十六歳になった頃、人生の残り時間を計算する。
結婚相手を探す。
交際する。
結婚する。
住居を決める。
妊娠する。
一人目を産む。
仕事に復帰する。
数年後、二人目。
そこで三十代後半になる。
三人目となれば、さらに難しくなる。
まして五人となると、金銭より先に時間が足りなかった。
環生舎の説明会では、それを「人生設計上のボトルネック」と呼んでいた。
その言い方を嫌う女性も多かった。
人間の人生を工場の生産工程のように扱っている、と。
しかし美緒には、その冷たい言葉がむしろ誠実に思えた。
五人の子どもが欲しい。
医師も続けたい。
結婚そのものには、それほど興味がない。
その三つを同時に望んだとき、従来の家庭制度では成立させることが極端に難しい。
ならば仕組みを変える。
環生舎の発想は、それだけだった。
しかし、二十代で入る女性は違う。
彼女たちは追い詰められていない。
二十三歳。
二十五歳。
二十八歳。
結婚しようと思えばできる。
恋愛もする。
一人暮らしもできる。
まだ十年以上の時間がある。
そのうえで環生舎を選ぶ。
美緒には、そちらのほうがずっと理解しにくかった。
「どうして二十四歳でここに来たの?」
夕食のあと、美緒は一度、遥に訊いたことがある。
遥は二十五歳。
東京大学の大学院を修了して、外資系の情報企業に勤めている。
入居は前年。
まだ子どもはいない。
「逆に訊いていいですか」
遥は言った。
「はい」
「美緒さんは、なんで三十五歳まで待ったんですか」
美緒は答えられなかった。
「私は六人欲しいんです」
遥は平然と言った。
「だから早く始めます」
「結婚は?」
「六人産むのに必要ですか?」
「普通は考えるでしょう」
「それって、目的と手段が逆になってません?」
美緒は笑ってしまった。
二十五歳に言われると腹が立つ。
だが、理屈としては通っていた。
「好きな人ができたら?」
「付き合いますよ」
「結婚したくなったら?」
「そのとき考えます」
「子どもは?」
「ここで育てます」
「相手が嫌がったら?」
「だったら、その人とは子どもを作りません」
遥にとって、恋愛と結婚と出産と育児は、一つの線の上に並んでいなかった。
それぞれ独立した選択だった。
環生舎には、もう一つ、外部からもっとも批判されている制度があった。
生殖協力者制度。
内部では単に「登録者」と呼ばれている。
女性は自分で相手を見つけてもいい。
恋人でもいい。
知人でもいい。
一定の条件と合意を満たせば、環生舎は干渉しない。
一方、相手を自分で探したくない女性には登録者の情報が提供される。
健康情報。
家族歴。
遺伝性疾患に関する検査。
身長や体格。
学歴。
認知能力に関する検査結果。
職業。
運動歴。
競技成績。
そして本人が公開を認めた範囲の人物情報。
元プロバスケットボール選手。
大学病院の医師。
数学研究者。
起業家。
元オリンピック代表候補。
海外大学の教授。
環生舎は「優秀」という言葉を公式には使わない。
能力を一つの尺度で順位づけすることはできない、というのが表向きの理由だった。
だが、誰もが分かっていた。
登録者は無作為に選ばれているわけではない。
そして、さらに特殊な区分がある。
国外協力者。
その中には、環生舎に巨額の寄付をした人物もいた。
海外の資産家。
巨大企業の創業者。
投資家一族。
一度の寄付額が、日本円で数十億円に達した人物さえいる。
ただし、寄付をしたからといって子どもを持てるわけではない。
最終的に選ぶのは女性だった。
少なくとも制度上は。
「この人、何人いるの?」
ある晩、遥が端末を見ながら訊いた。
美緒が横から覗く。
五十八歳。
アメリカ人。
身長百九十センチ。
複数企業の創業者。
純資産については非公開。
環生舎への寄付額、三十二億円。
既存出生数、十一。
「十一?」
美緒が声を上げた。
「人気なんですね」
「そういう問題?」
遥は画面をスクロールした。
「数学能力、高い。家族歴もきれい。健康状態も悪くない」
「五十八だよ」
「それは気になります」
「というか、十一人って」
「制限したほうがいいと思います?」
美緒は答えようとして、止まった。
合理性だけで考えれば、優れた条件を持つ男性が多く選ばれることは不思議ではない。
しかし、同じ父親を持つ子どもが共同体の中に増えていく。
十人。
二十人。
五十人。
それは別の問題を生む。
遺伝的多様性。
近親関係。
子ども同士の認識。
そして何より。
誰かが決めなければならなくなる。
一人の男性が、何人まで子どもを持ってよいのか。
「ねえ、遥」
「はい」
「ここって、自由な場所だと思う?」
遥は少し考えた。
「かなり」
「じゃあ、あなたがその人を選びたいとして、施設が『もうこの人からは十分子どもが生まれました』って禁止したら?」
遥の指が止まった。
「それは嫌ですね」
「でも、共同体としては必要かもしれない」
「そうですね」
二人とも黙った。
環生舎では、こういうことがよく起きた。
個人にとって合理的な選択と、
集団にとって合理的な選択が、
一致しない。
そして、この問題をもっと複雑にしているのが、ここで生まれた子どもたちだった。
環生舎の第一世代は、もう成人している。
彼らの多くは、驚くほど自然に環生舎の仕組みを受け入れていた。
特に女性には、将来自分もここで子どもを育てたいと話す者が多い。
それは洗脳ではないか。
外部からは、何度もそう批判された。
しかし、環生舎の子どもたちは外部の学校へ通う。
友人の家にも遊びに行く。
父親と母親と子どもが暮らす家庭を知らないわけではない。
そのうえで、
「なんでお母さん一人で全部やるの?」
と逆に訊く。
もちろん、全員ではなかった。
十八歳になった凛は、環生舎を出ることを決めていた。
「私は普通に結婚する」
全体夕食の席で、彼女はそう宣言した。
誰も止めなかった。
「子どもは?」
誰かが訊いた。
「二人くらい」
「少なくない?」
「外では普通だよ」
笑いが起きた。
凛も笑った。
「自分で育てるの?」
「夫と」
「大変だよ」
「知ってる」
「洗濯も?」
「する」
「ご飯も毎日?」
「作る」
「熱出したら?」
「仕事休む」
そこまで聞いたところで、小学生の女の子が本気で心配そうな顔をした。
「なんで?」
今度は大人たちまで笑った。
凛はしばらく考えてから答えた。
「やってみたいから」
その言葉に、誰も反論できなかった。
合理的ではない。
だから駄目だというなら、
環生舎の外にいる人々が環生舎を批判するときに使ってきた論理と、同じことになる。
九条千景は、食堂の一番端でその会話を聞いていた。
七十二歳になった創設者は、何も言わなかった。
ただ、少しだけ笑っていた。
彼女が作ったのは、
たくさんの子どもを産める場所だったのか。
女性を家庭から解放する場所だったのか。
新しい家族だったのか。
それとも、
家族というものを一度分解して、
人間が本当は何を必要としているのかを確かめる、
巨大な実験だったのか。
二十七年前には、答えを知っている者はいなかった。
そして今も、
誰も知らなかった。




