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追い出された地図屋のおっさん、暇つぶしの迷宮探索配信で人類最強に専属ナビを頼まれる〜元クランが深層で迷子になり「戻ってこい」と懇願してきた〜  作者: さくらろ
第7章 行かせる者

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第58話 開くのを待たせる

 第三層の区域Aから避難者十一名が生還したという報告が入った後も、現地対策本部に安堵の空気は流れなかった。


 卓上モニタの青い光が一本消え、残る表示領域が狭まっただけだ。


 赤く点滅しているのは、第八層の区域B、第六層の区域C、そして第七層最下部の区域Dだった。


「志賀顧問、認可救助隊の三隊は配置についた。区域Bに二隊、区域Cに一隊。君の所見書どおりだ」


 相馬本部長が乾いた声で告げる。発災から十時間四十二分。


「……はい」


 俺は野帳から目を離さず頷いた。


 第八層の推計図には鉛筆の線が幾重にも走っている。十和田の変形圧データと汐見技官の魔素ログを重ねた結果、第八層の現状は通路の閉塞ではなく、三つの巨大な岩盤ブロックが互いに噛み合って回転している状態だと判明していた。


 区域Bに取り残されているのは、榊が率いるアルゴノートの分隊を含む計三隊、二十名。


 その第八層から、ノイズ混じりの緊急通信が入った。


『――本部! 第八層の榊だ! 南側の連絡路が完全に潰れた! あと三十分で広場全体が圧壊する! 他隊の隊長も限界だ。東の第十四連絡路へ強行突破をかけたい! 許可をくれ!』


 東の第十四連絡路。公社の旧地図では第七層への最短ルートだ。天井が落ちてくるとき、そこに穴があれば飛び込みたくなるのが探索者の本能だ。


 だが俺は図面に定規を当て、叫んだ。


「ダメだ、榊! 東へ動くな!」


『何だと!? ここにいたら押し潰されるんだぞ!』


「第十四連絡路は生きているように見えるだけだ。第八層の主断層は東へ圧縮波を逃がしている。今そこへ突っ込めば、通路の真ん中で上下の岩盤が噛み合って密閉される。全員即死する」


『じゃあどうしろって言うんだ!』


 怒声がスピーカーを震わせた。二十人の命を預かる現場責任者として、動かずに待つ恐怖は狂気に等しい。


「動くな。その場から一歩も出るな」


 俺は努めて平坦な声で、数字だけを並べた。


「君たちがいるのは第八層の第三退避区画だ。天井の化粧岩は崩れても背後の主柱は生きている。主柱の根元半径五メートルには空間が残る。……持っている荷物をすべて捨てろ」


『荷物を捨てるだと?』


「武器も防具も全部その場に捨てろ。全員で主柱の根元に固まり、盾を頭上に連結してうずくまれ。身軽になって、ただ息を潜めて待つんだ」


『いつまで待てばいい!』


「――十七時四十二分だ」


 俺は時計の針を見つめながら告げた。


「今から四十八分後、中央縦坑の接続口が西へスライドする。その瞬間、君たちの頭上五メートル、北西の補助ダクトが三十分間だけ真っ直ぐに繋がる。そこが唯一の退路だ」


 無線越しに、榊の激しい呼吸音だけが響いた。


 十七時四十二分。もしその時刻に通路が開かなければ、装備を投げ捨てた二十名は冷たい岩盤の下で全滅する。


 俺の引いた線一本に、二十人の生死が乗っている。背中に冷たい汗が伝った。


『……道久。お前のその時間は……お前が測った数字か』


「ああ。俺が測って、俺が引いた線だ。十七項目のすべてと照合した」


『……分かった。荷物を捨てさせる。十七時四十二分まで、ここで待つ』


 通信が切れた。二十名の命が、俺の時計に乗った。


◇


 十七時三十五分。指定時刻の七分前。


 第八層へ先行投入された公社認可の救助班から通信が入った。


『――こちら氷室。北西補助ダクトの直下に到達』


 一切の抑揚を含まない氷室灯の声だった。彼女が現地へ降りたこと自体が唯一の防壁だった。


「氷室さん、状況は」


『ダクト開口部はまだ岩盤に塞がれている。だが隙間から強い風の吹き出しを確認。……奥に通路を塞ぐように二体居座っている。第八層の変異種、黒角熊。生存者の匂いを嗅ぎつけている。斬って排除する』


「待ってくれ、氷室さん!」


 俺は断面図を叩いた。


「狭い通路で大型種を真っ二つに斬れば、巨体がダクト開口部を塞いでしまう。そうなれば瓦礫と同じだ。退路の寿命は三十分しかない!」


『……では、どうする』


「足止めに徹してくれ。両前脚の腱だけを断ち、通路の側壁へ縫い止めるように釘付けにする。殺すな、塞がせるな。二十名がすり抜けるスペースを維持しろ」


『了解』


 通信の向こうで凄まじい風切り音が鳴り響き、獣の短い絶叫と巨体が石壁に叩きつけられる轟音が響いた。氷室は一人で二頭を制圧し、通路の幅を開けたまま生きた壁として固定した。


 そして――十七時四十二分。第八層の変形圧グラフがゼロ点を通過した。


『――開いた!』


 榊の叫びが無線に飛び込んできた。


『頭上のダクトが抜けた! 風が通っている!』


「全員、登らせろ!」


 俺は叫んだ。


「荷物を持たずに一人ずつだ! 氷室さんが開けてくれた隙間を一列で駆け抜けろ! 三十分ですべてが閉じる、急げ!」


 モニタのバイタル反応が、第八層から第七層へと次々に移動を開始した。


 十七時五十八分。


『――二十人目、通過! 殿の榊副団長も上がりました!』


 救助班員の報告が入った。


『氷室選手が殿を引き継ぎ離脱! 直後にダクト内部が圧壊、閉塞しました! 間に合いました!』


 室内に歓声が上がりかけた瞬間、別の無線が割り込んだ。


『――本部、こちら第六層の久我山だ! 中継が今復旧したので報告する! 区域C、シルフィード隊七名、全員地上へ引き上げ完了している!』


 区域B、二十名。区域C、七名。


 区域Aの十一名と合わせ、孤立していた四十一名中、三十八名の生還が確定した。


 だが俺の視線はモニタから離れなかった。第七層最下部――区域Dを示す赤いマーカーだけが、報告もないまま冷たく明滅を続けていた。


◇


 夜二十一時。地上エントランスの機材車の影で、俺は壁に背を預けていた。


 重い足音が近づいてきた。装備を失い埃にまみれた榊が立っていた。後ろにはアルゴノートの隊員たちが無言で整列している。


「……道久」


 榊は膝に手を突き、深々と頭を下げた。


「すまなかった。そして……ありがとうよ。お前がいなきゃ、俺たちは今頃あそこの下でぺしゃんこになってた」


 背後の隊員たちも一斉に頭を下げた。かつて俺を時代遅れと見下していた若い前衛たちも、震えながら頭を下げている。


「頭を上げてくれ、榊。俺はただ図面を引いて時間を言っただけだ」


「いいや、違う」


 榊は顔を上げた。目には悔しさと、それを超える畏怖が宿っていた。


「あの状況で待てと言われて……お前以外の誰の言葉でも従えなかった。お前が十七項目の図面を引いてくれたから、俺たちは全員生きてここにいる」


 だが俺の胸に湧いたのは達成感ではなかった。胃の底が凍りつくような圧迫感だった。


 俺の引いた線が命を救った。だがそれは、俺が指示を出せば人間は本当に命を投げ出すのだという証明でもあった。もし計算が一分狂っていたら、この二十人は俺の言った時刻に無防備なまま死んでいたのだ。


「……志賀さん」


 黒の探索衣を着た氷室が隣に立っていた。


「全員、上がりました。指示どおりにすれば、誰も死なない。それが分かりました」


 氷室は絶対の信頼を込めてそう言った。その信頼が、今の俺には酷く重かった。


「……戻るよ。まだ終わっていない。区域Dの三人が、残っている」


◇


 同日夜、大手クラン「アルゴノート」本部ビルの団長室。


 鷺沼恭平は、壁面モニターに映る公社の救助記者会見を無音で見つめていた。


「……団長」


 渉外担当の社員がタブレット端末を差し出した。


「第八層の榊副団長の分隊を含む二十名、全員地上へ引き上げられました」


「……オルタマップの予備ルートが機能したのか」


「いいえ。公社の指示に従い全装備を破棄した上での待機、および指定時刻における補助ダクトからの脱出です。オルタマップは現地で破棄されました」


「待機命令だと……? 誰がそんな指示を出した。技術的根拠は何だ」


 社員は躊躇い、画面を読み上げた。


「……公社保安課発行、緊急避難指示書・第八層区域B。添付された技術所見書の末尾です。『作成者:迷宮管理公社 特別技術顧問――志賀道久』」


 その名前が出た瞬間、鷺沼の指先がピクリと跳ねた。


「……志賀、だと?」


「はい。志賀顧問の予測図に基づき公社が待機命令を発令。指定された十七時四十二分に通路が開口し全員生還、と記載されています」


 社員の淡々とした報告が、鷺沼の喉元を締め上げた。


 自社隊の待機も撤退も、アルゴノートの側では一つも決められなかった。進退の決定権は公社の指示系統へ吸い上げられ、団長室へ上がってきたのは結果の報告だけだった。


「団長、スポンサー各社から問い合わせが殺到しています。『なぜ自力で判断できなかったのか』と……」


「……下がれ!」


 鷺沼の怒声に、社員が慌てて部屋を出ていく。


 静寂の中、鷺沼は一人モニターを見つめていた。画面の中では公社が「特別技術顧問による迅速な予測が功を奏した」と語っている。


 机の上のオルタマップ端末は、沈黙したまま黒い画面を晒していた。

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投稿お疲れ様です ダンジョンでは有りませんが今日偶々ネットニュース検索してたらカナダ・ブリティッシュコロンビアの山中で生成AI使い独り山登りしてた16歳児がガッツリ遭難 山岳レスキューに散々迷惑掛け…
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