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第99話 それぞれの夜

 第一次選考が終了したのは、まだ空に十分な明るさが残っている時間だった。


 朝から人類居住区へ集まった四百九十七人の応募者たちは、医学検査、適性評価、雇用条件の説明、そして完成後のBABELを再現した仮想体験までを、わずか数時間で終えていた。


 その過程で選考の継続を希望せず帰路につく者もいたが、多くは翌日の第二次選考へ進むことを選んだ。


 遠方から来た者も少なくない。


 PROJECT BABELは、そうした応募者のために人類居住区内の宿泊施設を用意していた。


 使われたのは、研修や来訪者の受け入れに使われている宿泊棟だった。


 人類居住区を訪れた経験のある者も多い。映画館などの公共施設そのものは、彼らにとってすでに未知のものではなかった。


 それでも、人間の生活施設で実際に一夜を過ごすとなれば話は別だった。


「こちらが今夜のお部屋です」


 職員に案内された若いエルフの女性が、室内を覗き込んだ。


 寝台、机、収納設備。


 奥には洗面所と浴室がある。


「……ここを、わたし一人で?」


「はい」


「相部屋じゃないの?」


「希望がなければ個室です」


 女性はもう一度室内を見た。


「浴室まであるの!」


「そちらになります」


「これは、この部屋の?」


「はい。各室にあります」


「共同ではなく?」


「共同浴場もありますよ。大きなお風呂がよければ、そちらも使えます」


「…………」


 女性は少し考えた。


「両方使っても?」


「もちろん」


 表情がわずかに明るくなった。


 別の部屋では、室温を自由に変えられると知った男が、何度も設定表示を確認していた。


 寝具の柔らかさに戸惑う者もいれば、衣服を洗って乾燥まで済ませられる設備を珍しそうに眺める者もいる。


 人間の公共施設を利用することと、人間の日常生活を体験することは、やはり同じではなかった。


     ◇


 夕食の時間になると、宿泊者たちは一階の食堂へ集まった。


 そこで、多くの応募者が足を止めた。


 長い料理台には、焼いた肉や魚、野菜料理、煮込み、パン、米料理、スープ、果物、菓子まで、さまざまな料理が並んでいる。


「これは……好きなものを選ぶのですか?」


「はい。お好きなものを、食べられる分だけ取ってください」


 食堂の職員が説明する。


「何種類まででしょう?」


「特に決まっていません」


「では、肉と魚を両方取っても?」


「構いませんよ」


「そのあと、もう一度取りに来ても?」


「もちろんです」


 応募者たちが顔を見合わせた。


「……何度でも?」


「食べられる分だけですよ」


 その意味が理解されるまで、さほど時間はかからなかった。


 食堂は一気に賑やかになった。


 その中にリシェルもいた。


 彼女の場合、遠慮という段階をかなり早い時点で通過したらしい。


 肉。


 魚。


 野菜。


 煮込み料理。


 パン。


 名前の分からない料理。


 美味しそうだと思ったものを片っ端から載せた結果、皿の上では料理同士の境界がほとんど消えていた。


 盛り付けという概念を、途中で放棄したような皿だった。


 本人は満足そうだった。


 その山盛りの皿を両手で持って席を探していると、一人で座っている若い女性を見つけた。


「ここ、いいですか?」


 女性が顔を上げた。


 歳はリシェルとそれほど変わらないように見える。


 姿勢がいい。


 服装も派手ではないが仕立てがよく、何より皿の上の料理が妙に綺麗だった。


 少量ずつ取り分けられ、料理同士が混ざっていない。


「ええ。どうぞ」


「ありがとうございます」


 リシェルは向かいへ座った。


 女性の視線が、リシェルの皿へ落ちる。


 そして、自分の皿を見る。


 もう一度リシェルの皿を見る。


「……それを、すべて召し上がるのですか?」


「はい」


「混ざっていますけれど」


 リシェルも自分の皿を見た。


「食べれば一緒ですよ」


「…………」


「たぶん」


 女性が口元を押さえた。


「ふふっ」


「笑いました?」


「申し訳ありません」


「いいですけど」


 リシェルは肉を一切れ口へ入れた。


 すぐに顔が明るくなる。


「これ美味しい!」


 続いて、その隣にあった煮込みを食べる。


「これも美味しい」


「随分楽しそうに召し上がりますね」


「だって、好きなもの全部取っていいんですよ」


「ええ。わたくしも少々驚きました」


「あ、私、リシェルです」


「ミレアと申します」


「ミレアさん」


 リシェルは名前を一度口にしてから、ミレアの皿を見た。


「盛り付け、綺麗ですね」


「ありがとうございます」


 ミレアもリシェルの皿を見る。


「リシェルさんは……とても豪快ですね」


「ありがとうございます」


「褒めたつもりでは――」


 またミレアが笑った。


「ミレアさんって、すごく丁寧に喋りますよね」


「そうでしょうか?」


「うん。なんというか……ちゃんとした家の人みたい」


 ほんの一瞬、ミレアの手が止まった。


「幼い頃から、そのように教えられてまいりましたので」


「へえ。私だったら三日で嫌になりそう」


「慣れてしまえば、そのようなものです」


「そういうものなのかな」


 リシェルは食べ続けた。


 山盛りだった皿の中身が、みるみる減っていく。


 ミレアは途中から、その様子を半ば感心して眺めていた。


 そしてリシェルは、本当に全部食べた。


「ごちそうさまでした」


「……全部召し上がったのですね」


「はい。おかわりしてきます」


「まだ召し上がるのですか?」


「何度でもいいって言ってましたよ」


「それはそうですけれど……」


 戻ってきた二皿目も、やはり山盛りだった。


 それもきれいに平らげる。


「もう一回行ってきます」


「三度目ですか?」


「はい」


 リシェルは当然のように答えた。


「ミレアさんも行きます?」


 ミレアは料理台を見た。


「……そうですね。今度は甘いものをいただいてみます」


「さっき食べたやつ、美味しかったですよ」


「では、それを」


 三度目のおかわりへ向かうリシェルに誘われ、ミレアも今度はデザートを取りに席を立った。


     ◇


 その頃。


 行政区画で仕事を続けていた蓮の聴覚へ、短い電子音が届いた。


『蓮』


「ん?」


 ナノマシン通信が相手を識別する。


 セレネだった。


「どうした?」


『まだ人間の町にいる』


「うん。今日は泊まってくんだろ?」


『ああ』


 少し間があった。


『今夜、空いているか』


「仕事終われば」


『飯を食おう』


「いいよ。どこ行く?」


 再び間があった。


『……知らない』


「え?」


『人間の店は知らん』


「誘った方が店知らないの?」


『蓮が決めろ』


「最初からそのつもりだったな?」


『そうだ』


「潔いな……」


 蓮は苦笑した。


「じゃあ、仕事終わったら中央広場の方で合流しよう。アルベルトも呼ぶ?」


『構わん』


「分かった。連絡しとく」


 通信が切れた。


 続けてアルベルトへ音声通信を入れる。


「今日、セレネと飯食うことになったんだけど、来る?」


『行く』


「早いな」


『どこだ』


「まだ決めてない」


『決まったら呼べ』


「はいはい」


 通信を切ったところで、背後から声がした。


「何が決まったら、ですか?」


 振り返る。


 美冬が立っていた。


「ああ、神崎さん。セレネがまだ町にいるから、飯食おうって。アルベルトも来るんだけど」


「そうなんですか」


「神崎さんも来る?」


「行きます」


「即答だね」


「ちょうどお腹が空いていましたので」


「じゃあ四人か」


 こうして、その夜の顔ぶれが決まった。


     ◇


 四人が揃った頃には、すっかり日が暮れていた。


 蓮が選んだのは、料理の種類が多く、気軽に酒も飲める店だった。


 最初のうちは普通の食事だった。


 山の里の近況を聞き、アルベルトが最近見つけた面白い遺跡の話をし、美冬が人類居住区で増えつつあるエルフの来訪者について話す。


「里の連中も、人間の町の話をすることが増えた」


 セレネが言った。


「映画の影響?」


「それもある。今回の七人も、皆、自分で決めた」


「そっか」


「おかげでまた人間の町に来ることができた」


 セレネはそう言って酒を飲んだ。


 しばらくして、アルベルトが酒杯を置いた。


「今日はやけに楽しそうだな」


「何がだ」


「酒の進みが速い」


 セレネは自分の杯を見る。


「今日は飲む」


「そうか」


「止めんの?」


 蓮が聞くと、アルベルトは肩をすくめた。


「本人が飲むと言っている」


「正論だけどさ」


 美冬も小さく笑いながら、自分の杯を口へ運んだ。


 普段なら一杯をかなり時間をかけて飲む彼女も、今夜はいつの間にか二杯目に入っていた。


 蓮は気づいていなかった。


 しばらくすると、セレネの口数が少しずつ増えていった。


「蓮」


「なに?」


「最近、寝ているか」


「寝てるよ」


「本当か?」


「本当だって」


 セレネが蓮の顔をじっと見る。


「疲れている」


「そうかな」


「そうだ」


「まあ、NOAHのこともBABELのこともあるから忙しいけど」


「寝ろ」


「寝てるって」


 セレネは納得していない顔で酒を飲んだ。


 さらに時間が経った。


「蓮」


「今度は何?」


「もっと食べろ」


「食べてるよ」


「足りん」


「なんでセレネに俺の食事量を決められてるの?」


「細い」


「昔からこんなもんだよ」


 また酒を飲む。


 そして、さらにしばらくして。


「蓮」


「はいはい」


「こっち向け」


「なんで?」


「いいから」


 蓮が横を向いた。


 セレネがじっと顔を見る。


「……近くない?」


 返事はなかった。


 代わりに両手が伸びてきた。


 蓮の頬が左右から包まれる。


「ちょ、セレネ?」


 そのまま顔を覗き込み、セレネは満足そうに笑った。


「おみゃえは可愛いなぁ」


「…………はい?」


「ホーンラビットにそっくりにゃ。くりくりした目をしてりゅ」


 蓮は数秒固まった。


「俺を小動物枠に入れるなよ」


「似てりゅ」


「人の顔見てホーンラビット判定するなって」


「可愛いぞぉ」


 むに、と頬を押された。


「やめて。扱いがおかしいから」


「動くにゃ」


「呂律まで怪しくなってるじゃん」


 向かいでアルベルトが笑っていた。


「アルベルト」


「なんだ?」


「セレネって酔うといつもこうなるの?」


「俺に聞くな」


「知らないの?」


「こいつと酒を飲んだのなんて……前に三人でダンジョンへ行った時くらいじゃないか?」


「そうだっけ?」


「たぶんな」


 アルベルトは、笑いをこらえながら、そう言った。


 セレネはそんな二人の会話など気にも留めず、蓮の頬を両手で挟んだまま、楽しそうに顔を覗き込んでいる。


「じゃあ何でそんな楽しそうなんだよ」


「珍しいものを見ているからだ」


「見世物じゃないんだけど」


 蓮は救いを求めて反対側を向いた。


「神崎さん、なんとか――」


 美冬が蓮を見ていた。


 妙に真剣だった。


「……確かに」


「え?」


「くりくりしてますね」


「神崎さん?」


 美冬が席を立った。


 蓮は嫌な予感がした。


 そのまま反対側へ回り、蓮の隣へ腰を下ろす。


「天城さん」


「はい」


「こちらを向いてください」


「なんで?」


「確認します」


「何を?」


 美冬の両手まで伸びてきた。


 蓮の顔を挟む。


「ちょっと待って」


「……ああ」


「何が『ああ』なの」


「思ったより柔らかいです」


「人の顔で何を確認してるの!?」


 美冬は楽しそうに笑った。


 言葉遣いだけは普段とほとんど変わらない。


 しかし、距離感と判断力は明らかに普段の美冬ではなかった。


「セレネさん」


「んー?」


「こちらから見ると、もっと似てません?」


 セレネが覗き込む。


「似てりゅ」


「ですよね」


「なんでそこで意気投合するの?」


 セレネが蓮の右腕を抱え込んだ。


 そのまま肩へ頭を預ける。


「蓮」


「今度は何?」


「お前はいい奴だ」


「ありがとう」


「だから、ちゃんと寝ろ」


「分かったから腕を返して」


「嫌だ」


「なんで?」


 すると反対側から、美冬まで蓮の左腕を取った。


「天城さん」


「神崎さんまで何?」


「逃げないでください」


「逃げたいんだけど」


「駄目です」


「なんで!?」


 美冬も蓮の肩へ頭を預けた。


 右にセレネ。


 左に美冬。


 蓮は正面のアルベルトを見る。


「……助けて」


「断る」


「お前さっきから本当に役に立たないな!」


「俺まで巻き込まれる理由がない」


「俺にはあるの!?」


「あるんだろう」


「知らないよ!」


 蓮はしばらく脱出を試みた。


 無理だった。


 右側ではセレネが蓮の腕を抱いたまま満足そうにしている。


 左側では美冬がなぜか機嫌よく蓮の肩へ頭を預けている。


「……俺、明日仕事なんだけど」


「私だって明日は仕事です」


「じゃあ、もう帰ろうよ」


「まだ飲む」


「いや、飲みすぎだって」


「蓮も飲め」


「俺はもういいって」


「だめだ」


 セレネは蓮の右腕を抱えたまま、さらに身体を寄せてきた。


「おみゃえはもっと飲んで、もっと食べて、もっと寝りゅ」


「最後のだけ今すぐ実行したいんだけど」


 蓮は反対側へ顔を向けた。


「神崎さん、明日も仕事なんだから、そろそろ――」


「そうですね。天城さんも明日お仕事ですし」


「だよね。じゃあ――」


「もう一杯くらいなら大丈夫です」


「そっち側だった!」


 美冬は何がおかしいのか、くすくすと笑った。


「大丈夫ですよ。まだそんなに遅くありませんから」


「神崎さんも結構酔ってるよね?」


「酔ってません」


「酔ってる人が言うやつだ、それ」


「失礼ですね」


 そう言いながら、美冬は蓮の左腕を抱え直した。


「じゃあ、もう一杯だけ」


「なんで俺が左右から拘束された状態で飲むことになってるの?」


「逃げるからです」


「逃げるよ!」


 向かいでは、アルベルトが酒杯を口元へ運びながら笑っている。


「アルベルト、助けて」


「断る」


「お前だけ明日覚えてろよ」


「それは楽しみだ」


 右には、完全に出来上がったセレネ。


 左には、敬語だけは崩れないまま距離感がおかしくなった美冬。


 蓮は二人に腕を抱え込まれたまま、運ばれてきた新しい酒杯を見つめた。


「……これ、本当に一杯で終わる?」


「もちろんです」


「もう一杯」


「ほら、もう意見割れてるじゃん」


     ◇


 翌朝。


 応募者用宿泊施設の食堂では、前夜よりずっと手慣れた光景が広がっていた。


 昨日は料理台の前で説明を聞いていた応募者たちが、今日は迷わず皿を取っていく。


 好きな料理を選び、席へ運び、足りなければまた取りに行く。


 一晩で、ビュッフェ形式の食事には慣れたらしい。


「昨日の肉はないのか?」


「朝からあれは重いだろ」


「卵があるぞ」


「それ、どうやって食べるんだ?」


「知らん。取ってみる」


 リシェルも当然のように皿を山盛りにしていた。


「朝から随分召し上がるのですね」


 隣のミレアが呆れたように言う。


「昨日いっぱい食べたのに、朝になったらお腹空いてました」


「健康なのはよいことですけれど」


「ミレアさんも昨日より増えてますよ」


「…………」


 ミレアが自分の皿を見る。


 昨日より、しっかり料理が載っていた。


「昨日、食べてみて分かりました」


「何がです?」


「遠慮する必要がないということが」


「そうですよ」


「それと、この卵料理が美味しかったので」


「それ美味しいですよね」


 二人はすでに昨日より自然に話していた。


     ◇


 第二次選考――そう呼ばれてはいるが、その実態は最終的な意思確認と面談に近かった。


 医学的な適性も、長期軌道勤務への適合性も、判断傾向や空間認識も、必要な情報の大部分はすでに第一次選考で得られている。


 応募者たちは数人ずつの組に分けられ、PROJECT BABELの担当者たちと向かい合った。


「最初に、昨日の説明についてもう一度確認します」


 担当者の一人が応募者たちを見渡した。


「今回の募集はPROJECT BABELから始まったものですが、研修を受けたからといって、必ず宇宙で働かなければならないわけではありません」


 何人かが顔を上げる。


「BABELには地上ターミナルがあります。地下輸送、物流、整備、管制、旅客対応など、地上で行う仕事も多数あります。また研修を通して、別の仕事の方が向いていると分かった場合、人類居住区で働く道を希望することもできます」


「人間の町で、ですか?」


「はい」


「BABELでなくても?」


「本人が希望し、受け入れ先と条件が合えば可能です」


 応募者たちの間に小さなどよめきが広がった。


「ですから、今日は宇宙へ行ける者を選ぶための競争ではありません。皆さん自身のことを聞かせてください」


 空気が少し柔らかくなった。


 三千七百四十二人しかいない人類にとって、働く意思と能力を持つ者を、当初の募集人数を超えたというだけで帰す余裕などなかった。


 リシェルとミレアは、偶然同じ組になっていた。


 顔を合わせた二人が小さく笑う。


 昨日まで知らなかった相手だった。


 それが一度同じ食卓を囲み、一夜を同じ施設で過ごしただけで、知っている顔が隣にいることを心強く感じるようになっていた。


「では、昨日BABELを見て、どう思いましたか?」


 何人かが順番に答えていった。


 怖かった。


 驚いた。


 自分にできるか不安になった。


 それでも宇宙へ行ってみたい。


 地上の仕事にも興味がある。


 人間の機械を覚えてみたい。


 どの答えにも、担当者は良し悪しをつけなかった。


 やがてリシェルの番になる。


「リシェルさんは?」


「私は、やっぱり宇宙へ行ってみたいです」


 答えは早かった。


「昨日見たところを、本当に歩いてみたい。それと、荷物を動かしていた設備とか、もっと近くで見たいです」


「機械にも興味がありますか?」


「あります。全然分からないですけど」


「それは研修で覚えれば大丈夫です」


「じゃあ、覚えます」


 リシェルは笑った。


 次にミレアへ視線が向けられる。


「ミレアさんはいかがですか?」


「わたくしも、宇宙へ行ってみたいと思っております」


 ミレアは少しだけ間を置いた。


「昨日見せていただいた場所から、本当のEDENを、自分の目で見てみたいのです」


「分かりました」


 担当者はそれ以上、理由を掘り下げなかった。


 本人が話したくなった時に話せばいい。


 別の組では、ボルクが希望を聞かれていた。


「機械さ触る仕事がええな」


「整備関係ですか?」


「名前は分からねえ。昨日、宇宙のとこで荷物動かしてたべ。ああいうの、中どうなってんのか見てえ」


「研修では基本的な構造から学べますよ」


「んだか」


 それだけで、ボルクは嬉しそうだった。


 ザグはもっと短かった。


「希望する仕事はありますか?」


「まだ分からない」


「では、研修でいろいろ経験してから考えましょう」


「ああ」


 それで終わった。


 立派な答えなど求められていない。


 昨日まで畑にいた者。


 山で狩りをしていた者。


 商いをしていた者。


 家に仕えていた者。


 それぞれが自分の言葉で話した。


 本人に働く意思がない。


 安全上の決まりを守る意思がない。


 他者へ重大な危害を加えるおそれがある。


 そうした明確な問題でもない限り、この面談だけを理由に落とす必要はなかった。


 まず研修を受ける。


 人間の技術を知る。


 契約して働くという仕組みを学ぶ。


 その中で本人の希望と適性を合わせ、軌道、BABEL地上部門、地下輸送や物流、あるいは人類居住区の仕事へと進路を考えていく。


 BABELの職員を集めるために始めた募集だった。


 だが、四百九十七人もの応募者が集まったことで、それだけでは終わらない可能性が見え始めていた。


 人間とエルフが、同じ社会の中で働く。


 そのための入口が、思いがけず開こうとしていた。


     ◇


 午後。


 面談を終えた応募者たちが、次々と建物から出てきた。


「終わったぁ……」


 リシェルが大きく息を吐いた。


 隣を歩くミレアが笑う。


「それほど緊張しているようには見えませんでしたけれど」


「してましたよ。ミレアさんの方が全然平気そうだった」


「わたくしも緊張しておりました」


「嘘だ」


「本当です」


 二人で笑った。


「一緒に研修受けられるといいですね」


「ええ」


「それで、一緒に宇宙へ行けたらもっといい」


 ミレアは少しだけ目を細めた。


「そうですね」


 その時だった。


 遠くから、硬いものが路面を打つ規則正しい音が近づいてきた。


 リシェルが振り返る。


「……何?」


 人類居住区の道路を、白いものが走ってくる。


 一頭ではない。


 四頭。


 額から長い角を伸ばした四頭のユニコーンが並び、その後ろで豪華な馬車を引いていた。


 磨き上げられた車体。


 随所に施された金属装飾。


 側面に大きく描かれた紋章。


 窓には精緻な飾り枠があり、その後ろには騎乗した護衛まで続いている。


 周囲を走る自律車両が速度を調整し、その進路を空けていった。


『大型動物牽引車両を確認。周辺交通を調整します』


 交通管理システムだけは、四頭立てのユニコーン馬車を前にしても淡々としていた。


「……すごい馬車」


 リシェルが呟いた。


 隣から返事がない。


「ミレアさん?」


 見る。


 ミレアの顔から血の気が引いていた。


「どうしたんですか?」


「…………」


 四頭のユニコーンが速度を落とす。


 そして、選考会場の前で止まった。


 護衛が先に降りた。


 続いて従者らしき男が馬車へ駆け寄り、扉を開ける。


 中から、一人のエルフの男が降りてきた。


 五十代ほどに見える。


 仕立てのよい長衣には精緻な刺繍が施され、腰には装飾性の高い剣。


 身につけているものも、連れている者たちも、一般のエルフとは明らかに違う。


 そして何より、その男は怒っていた。


 周囲を見回す。


 やがて、その目が一人の少女を捉えた。


「ミレア!」


 怒声が、人類居住区の一角に響き渡った。


 リシェルが驚いて隣を見る。


 ミレアは動かなかった。


 先ほどまで穏やかに笑っていた少女が、四頭のユニコーンよりも、豪華な馬車よりも、目の前の男だけを見つめている。


 やがて、その口から小さな声が漏れた。


「……お父様」


     第九十九話 了

第一話を読み返してみたらなかなかに酷い感じだったので書き直しました。

今後使うかもしれない伏線なども仕込んでおります。

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