第98話 選ぶ側、選ばれる側
PROJECT BABEL第一期軌道ターミナル職員養成生。
募集定員、百五十名。
応募者数、四百九十七名。
「……集まったな」
選考会場となった人類居住区の公共施設。その入口へ続く列を眺めながら、蓮が呟いた。
若者が多い。
だが、若者だけではない。旅装の者、職人らしい者、農村から出てきたことがひと目で分かる者、上等な服を着た者までいる。
人間の町を訪れること自体が初めてなのか、自動で開閉する入口の前で足を止め、後ろから来た者に押されるように中へ入っていく者もいた。
「黒沢さんのCM、効きましたね」
隣に立つ美冬が言った。
「効きすぎじゃない?」
「百五十人募集で五百人近くですからね」
BABELはまだ建設中だ。
軌道ターミナルなど、今は設計データの中にしか存在しない。
それでも、これだけのエルフが集まった。
人間の技術を学びたい。
新しい仕事をしてみたい。
宇宙へ行ってみたい。
理由はそれぞれ違う。
「蓮」
聞き覚えのある声に振り返る。
白い髪と褐色の肌。
セレネだった。
その後ろには、同じく褐色の肌を持つ若いダークエルフたちがいる。男が三人、女が四人。
「セレネも応募したの?」
「違う。付き添いだ」
「その七人の?」
「ああ。里から来た」
蓮は七人を見た。
人間の町を珍しそうに見回している者もいれば、既に受付の案内表示を読んでいる者もいる。
「全員BABELに?」
「そうだ。人間の技術を学びたい者は以前からいた。だが、人間の町へ来たことがない者もいる」
「それでセレネが一緒に来たんですね」
美冬が言うと、セレネは頷いた。
「ここまで連れてくれば、あとは自分たちでやる。選ばれるかどうかも、自分たち次第だ」
七人は既に受付へ向かい始めていた。
セレネはその背中を見送った。
「私は終わるまで待っている」
「了解。またあとで」
「ああ」
PROJECT BABELの人事担当者が、入れ替わるように蓮たちのところへやって来た。
「本日は医学的適性の確認、雇用制度の説明、第一次適性評価まで行います」
「例のVRですね」
「はい。ただし、人間側の技術知識そのものを問う評価にはしません。応募者ごとに馴染みのある文化、道具、生活環境を基準に仮想環境を構築します」
「知らない機械をいきなり触らせても、何が得意なのかなんて分からないからな」
「個人の医学情報と適性評価記録については、医療部門と選考担当者のみが扱います。PROJECT BABEL側へは必要な集計情報のみ共有します」
「それでお願いします」
美冬も頷いた。
蓮たちがここへ来たのは、誰を採用するか決めるためではない。
BABEL側として、選考と養成計画が予定通り動いているかを確認するためだ。
誰がどの検査に通り、どんな評価を受けたのか。それを二人が知る必要はなかった。
「じゃあ、邪魔になる前に行こうか」
「そうですね」
二人は受付前を離れた。
ここから先は、選ぶ側と選ばれる側の時間だった。
*
最初に行われた医学的な適性確認は、応募者たちが身構えていたほど大げさなものではなかった。
頬の内側から、ごく微量の細胞を採取する。
それだけだった。
リシェルの前に結果が表示される。
《DH-ELF-5562系統適合率――高》
《軌道長期勤務基準――適合》
「よしっ」
小さく拳を握った。
「これは長期間の軌道勤務に対する医学的適性を確認するものです」
担当者が説明する。
「基準を満たさなかった場合でも、BABELで働けないわけではありません。地上ターミナル、地下輸送施設、地上管制、物流など、軌道上以外にも多くの職種があります」
「はい」
リシェルは大きく頷いた。
同じ検査が、応募者たちへ次々と行われていった。
検査そのものに時間はかからない。
四百九十七人という人数も、人間側の医療設備と自動処理能力にとっては、選考全体を何日にも延ばすほどのものではなかった。
*
待機場所の隅で、一人の青年が落ち着かなさそうに周囲を見回していた。
粗末ではないが、明らかに農作業向けの服装。
日に焼けた顔。
受付端末を前にして、しばらく固まっている。
「ここさ座ればええんだが?」
近くにいた案内担当者が頷いた。
「はい。そこへ座ってください」
「まだ何もしてねえべ」
「座れば自動で始まります」
「んだな」
少し離れたところを通りかかった蓮が足を止めた。
「……初めて聞いたな」
「何がです?」
「訛ってる」
美冬も青年を見る。
蓮は小声で呼びかけた。
「IZANAMI。あれって翻訳されて、あれなの?」
『はい。翻訳処理では意味内容のみならず、地域差、語彙傾向、社会的背景、感情的ニュアンスを可能な範囲で保持しています』
「じゃあ、あいつが実際に東北弁みたいな言葉を喋ってるわけじゃないんだ」
『当然です』
「そこは即答なんだな」
青年――ボルクは、そんな会話が交わされているとも知らず、恐る恐る椅子へ腰を下ろしていた。
*
医学検査を終えた応募者たちは、PROJECT BABELで働くための制度について説明を受けた。
雇用契約。
給与。
勤務時間。
休日。
職務。
安全規則。
退職する権利。
勤務時間外の私生活。
説明が進むにつれ、応募者たちの表情に戸惑いが増えていった。
やがて一人のエルフが手を上げた。
「では、主君は誰なのですか?」
「いません」
担当者が答えた。
「……いない?」
会場のあちこちで顔を見合わせる。
担当者は少し間を置いてから、言葉を選んだ。
「皆さんは誰かの家臣になるわけではありません。契約する相手はPROJECT BABELという組織です。決められた職務を行い、その対価として給与を受け取ります。勤務時間が決められ、休日があり、契約を終えて辞めることもできます」
「創造神様にお仕えするのではないのですか?」
別の応募者が尋ねた。
「違います。天城蓮はPROJECT BABELに参加していますが、皆さんを召し抱えるわけではありません」
その説明には、先ほどより大きなどよめきが起こった。
エルフ社会にも仕事はある。
農業、狩猟、職人、商人、兵士。家や宮廷に仕える者もいる。
だが、個人が大規模な組織と契約し、決められた時間だけ職務に就き、その対価として給与を受け取るという働き方は、多くの応募者にとって馴染みが薄かった。
担当者は続けて、上司は主君ではなく職務上の指示を行う立場であること、危険な作業については安全規則に基づいて中止を求められること、病気や怪我への制度があることも説明した。
宇宙で働くからといって、誰かの家臣になるわけではない。
説明終了後、選考を続ける意思が確認された。
そこで何人かが辞退した。
誰も引き止めなかった。
*
第一次適性評価には仮想環境が使われた。
人間の機械を操作させるためではない。
応募者それぞれに馴染みのある環境の中で、何を見るか、何を優先するか、予想外の出来事へどう対応するかを見る。
*
リシェルが目を開けると、市場の真ん中に立っていた。
三台の荷馬車が、ほぼ同時に到着する。
一台は食料。
一台は工房へ運ぶ金属材料。
一台には急ぎで届ける必要のある薬草。
倉庫では荷物の取り違えが起きた。
荷役人の一人が足を傷める。
その横では商人が、自分の荷物を先に運べと怒鳴っている。
「ちょっと待って! 一人ずつ!」
最初こそ面食らったが、リシェルはすぐ近くにあった紙と筆を取った。
「薬草を先に運んでください。怪我した人はそっちへ。食料は傷みやすいものから降ろします」
「俺の荷物が先だ!」
「何が入ってるんです?」
「工房の金具だ!」
「いつまでに必要ですか?」
「夕刻だ!」
「だったら待てます! 薬草は待てません!」
相手の要求を無視するのではなく、必要な情報を聞き出す。
順序を決め、人員を振り分ける。
ようやく混乱が収まりかけたところへ、新たに二台の荷馬車が到着した。
「まだ来るの!?」
一瞬だけ固まる。
それから腕まくりをした。
「……いいですよ。やってやろうじゃないですか」
*
ボルクの前では、水車が異音を立てていた。
「止めろ」
水門が閉じられ、回転が落ちる。
ボルクは軸の周囲へ潜り込み、摩耗した部分を確かめた。
「ここだけ替えたら駄目だな」
「そこが壊れているんじゃないのか?」
「今度はこっちさ力かかるべ。そしたら次はこっちが割れる」
軸から伝わる力を追うように木組みを見ていく。
限られた材料を組み替え、補強し、水路にも手を入れた。
やがて水車が再び回り始める。
村人たちが喜んで離れていっても、ボルクだけは残った。
水路を見る。
水車を見る。
もう一度、水路を見る。
「……ここ、もうちっと変えれば楽になるな」
回転する水車を眺めながら呟いた。
「人間の機械なら、こういうのどうすんだべな」
*
ザグは山の中にいた。
狩猟隊が谷を進んでいる途中で、突然足を止める。
「下がれ」
「どうした?」
「崩れる」
直後、斜面から石が落ちた。
谷の一部が崩れ、仲間が負傷する。
退路は二つ。
一方は近い。
もう一方は遠い。
「近い方へ行こう!」
「駄目だ」
ザグは地面を指した。
亀裂が走っている。
「また落ちる」
迷わず遠い道を選ぶ。
負傷者を支えながら進んでいる途中、一人が弓を落とした。
「待て!」
取りに戻ろうとした男を、ザグが止める。
「捨てろ」
「まだ使える!」
「命より高いか」
男が止まった。
直後、弓のあった場所へ岩が落ちた。
ザグはもう振り返っていなかった。
*
ミレアが立っていたのは、大きな屋敷だった。
彼女にとって馴染みのある世界だった。
三組の来客が、ほぼ同時に到着する。
一人は約束のある身分の高い客。
一人は急ぎの知らせを持つ商人。
もう一人は遠方の村から歩いてきた老人。
「お客様を身分だけで並べないでください。まず、ご用件を確認してください」
「こちらのお客様にはお約束がございます」
「存じています。事情をご説明して、少々お待ちいただいてください」
商人の話を聞く。
急ぎの程度を判断する。
使用人へ指示を出す。
「村からいらした方にはお茶を。ずいぶん歩かれたのでしょう」
身分の高い客を粗末に扱うことはない。
だが、身分だけで順序を決めることもしない。
最後の客への対応が終わりかけた時だった。
「ミレア」
低い男の声がした。
父ではない。
けれど、その声を聞いた瞬間、ミレアの背筋は父の前に立った時と同じように伸びた。
「何をしている」
「お客様への応対をしております」
「お前がする必要はない。使用人に任せなさい。それから、人間のところで働くなどという話も取り下げなさい。宇宙へ行く必要などない」
「……」
いつもなら、頷けば終わる。
自分より経験のある者が決める。
父が決める。
家が決める。
それが当たり前だった。
「……承知――」
そこまで口にして、止まった。
ミレアは顔を上げた。
「……いいえ」
「何?」
「それは、できません」
「なぜだ」
一瞬、答えに詰まった。
窓の向こうに青い空が見える。
「見てみたいのです」
「何を」
「この星を」
声はまだ小さい。
「人間の方々は、この大地も、森も、海も、すべて一つの星の上にあるのだとおっしゃいます。それを、空の向こうから見てみたいのです」
「そのために家を出るのか」
「それだけではありません」
ミレアは両手を重ねた。
「わたくしは今まで、家のために必要なことを教えていただきました。何を学ぶかも、どこへ行くかも」
男は黙っている。
「不幸だったわけではありません。父を嫌っているわけでもありません」
一度、息を吸う。
「ですが、一度くらい……自分で選んでみたいのです」
屋敷が消えた。
庭も、窓の向こうの青空も、音もなく白へ溶けていく。
《第一次適性評価を終了します》
*
それぞれ別の仮想環境で評価を受けていた応募者たちも、順次、第一次適性評価を終えていった。
だが、選考を継続した者たちはVR装置から出なかった。
個別評価終了後、準備の整った者から共通の見学プログラムへ接続されていく。
真っ白な空間。
そこへ次々と人影が現れる。
市場にいた者も、森にいた者も、工房にいた者も、それまで互いが何を体験していたのかは分からない。
やがて広い白一色の世界を、大勢の応募者たちが埋めた。
《第一次適性評価は終了しました》
空間全体へ声が響いた。
《これ以降の仮想体験は、選考評価には使用されません》
ざわめきが少し静まる。
《引き続き、PROJECT BABEL完成後の勤務環境を体験していただきます》
足元に一本の線が走った。
それが広がり、床になる。
巨大な柱が立ち上がる。
壁が生まれ、頭上へ何層もの通路が伸びていく。
案内表示が灯り、仮想の人々が歩き始めた。
貨物が流れる。
地下輸送施設へ続く区画が開き、その先から車両が到着する。
ほんの数秒前まで何もなかった白い世界が、巨大な建造物へ変わっていった。
最後に、正面の巨大な透明壁の向こうへ一本の構造物が現れる。
地上から真っ直ぐ空へ伸びている。
見上げても、その先は見えない。
《PROJECT BABEL地上ターミナル》
《現在の設計データおよび建設計画を基にした完成予測環境です》
しばらく、誰も声を出さなかった。
「……でかい」
「これを、本当に造っているのか?」
「どこまで続いているんだ……」
やがて、あちこちから声が漏れ始める。
壁へ触れる者がいる。
床を踏みしめる者がいる。
見上げたまま動かない者もいた。
目の前にあるものは、まだ現実には完成していない。
だが、これから自分たちが働くかもしれない場所だった。
*
見学者たちは、地上ターミナルからクライマーへ案内された。
《実際の運行計画では、地上から静止軌道ターミナルまで約三十分です》
《本仮想体験では上昇行程を短縮します》
扉が閉じた。
クライマーが動き始める。
最初は地上が離れていく様子が、そのまま再現された。
建物が小さくなる。
川が細くなる。
森が一つの塊へ変わっていく。
雲が近づき、窓の外を白く覆った。
そこで景色が淡く消えた。
次に視界が戻った時、空の色はもう青ではなかった。
「……え?」
リシェルが窓へ近づいた。
黒い。
どこまでも黒い空に、無数の光が浮かんでいる。
そして眼下には、青い巨大な球体があった。
「……あれ……」
海。
大陸。
白い雲。
そのすべてが、一つの丸い世界の上にある。
「これが……EDEN?」
知識として説明されたことはある。
大地は巨大な球体の一部であり、自分たちはその表面に暮らしている。
だが、聞いて知ることと、自分の目で見ることは違った。
ミレアは窓の向こうから目を離せなかった。
「……これを、本当に見ることができるのですね」
ボルクも黙っていた。
しばらくして、ようやく口を開く。
「……でっけえな」
誰も笑わなかった。
*
再び視界が切り替わった。
クライマーが減速を始める。
窓の向こうへ、巨大な人工構造物が浮かび上がった。
細長いテザーを中心に、いくつもの構造体が広がっている。
宇宙船の接続設備。
貨物設備。
巨大な放熱構造。
外部作業区画。
そして中央には、クライマーを受け入れる軌道ターミナル。
《PROJECT BABEL静止軌道ターミナル》
クライマーが接続され、扉が開いた。
応募者たちは次々と外へ出ていく。
リシェルも数歩進んでから、足元を見た。
「こんな高いところなのに、地上と同じように立てるんだね」
床を軽く踏む。
それ以上は気にせず、すぐに顔を上げた。
「わあ……」
目の前には、これまで見たこともない巨大な宇宙港が広がっていた。
人が行き交う。
貨物が流れる。
巨大な機械が音もなく動く。
遠くには宇宙船が接続され、そのさらに向こうには青いEDENが浮かんでいる。
*
応募者たちは思い思いに宇宙港を歩き始めた。
旅客を扱う場所。
大量の貨物が行き交う場所。
クライマーを管制する場所。
機械を整備する場所。
医療を行う場所。
研究を行う場所。
宇宙船と人や物資をやり取りする場所。
リシェルは右を見て、左を見て、また上を見る。
黒沢のCMで見た未来の施設。
だが、その中を自分の足で歩くと、映像で見た時とはまるで違った。
一方、ボルクは早くも別のものに捕まっていた。
貨物搬送設備だった。
巨大な荷物が床に接触することなく、滑るように移動している。
「……車輪ねえぞ」
しゃがみ込む。
下から見る。
反対側へ回る。
「綱もねえ」
仮想の外装へ手を触れた。
「中、どうなってんだ?」
問いかけに反応し、外装が透けた。
内部構造が露出する。
「おお……!」
さらに駆動部の働きが分かるように表示が変わった。
「……こんなんで動かすのか」
EDENを見るより、こちらの方が気になるらしい。
少し離れたところでは、多くの応募者が巨大な窓の前から動けなくなっていた。
ザグもその中にいる。
「俺たちの里は、あの中か」
《はい》
「どこだ」
窓の一部に小さな印が現れた。
ザグはそれを見つめた。
しばらく黙ったあと、一言だけ呟く。
「……小さいな」
里が小さいのではない。
世界が、あまりにも大きかった。
*
見学は、美しい景色だけでは終わらなかった。
管制では、長時間の監視が必要になる。
貨物では、同じ確認を何度も繰り返す。
整備では、小さな異常を見逃さないことが求められる。
交代勤務。
定期訓練。
安全確認。
緊急時の手順。
宇宙で働くからといって、毎日窓の外を眺めていられるわけではない。
黒沢のCMが見せたのは、宇宙で働くという夢だった。
この見学が見せるのは、その場所で実際に生活し、働くという現実だった。
最後に、応募者たちの前へ一つの表示が現れた。
《PROJECT BABELの勤務環境を確認しました》
《選考を継続しますか》
答えは、それぞれが自分で選んだ。
もちろん、全員が残ったわけではない。
一人の狩人は、しばらく表示を見つめてから辞退を選んだ。
「宇宙は見てみたい。でも、ここで毎日働きたいかって聞かれたら、違うな」
その顔に後悔はなかった。
他にも何人かが同じ選択をした。
宇宙を見たいことと、宇宙で働きたいことは同じではない。
それを理解した上で選んでもらうための見学だった。
*
午前から始まった選考が一段落した頃には、まだ日のある時間だった。
医学検査。
雇用条件の説明。
第一次適性評価。
そしてBABEL完成後の勤務環境の見学。
四百九十七人から始まった最初の選考は、数時間で終了していた。
蓮と美冬のところへ届いたのは、個人の評価記録ではなく全体の集計だけだった。
医学的適性。
第一次適性評価。
選考継続者数。
適性分野の分布。
BABEL側がこれから必要とする職種との対応。
「順調みたいだな」
「そうですね」
美冬が集計表示を閉じる。
「今日はここまでです」
「第二次は?」
「明日ですね。今日の結果を整理した上で、残った応募者が次の選考へ進みます」
「一日で百五十人まで決めるわけじゃないんだな」
「そんなに急いで決める必要もないでしょう」
「まあ、そりゃそうか」
まだ初日が終わっただけだ。
誰が選ばれるのか。
誰がどこで働くことになるのか。
それは明日以降に決まっていく。
*
選考会場を出たところで、セレネがこちらへ歩いてきた。
里から来た七人の付き添いとして、人類居住区に残っていたのだ。
「蓮」
「ん?」
「一つ、聞きたい」
「七人のこと?」
「ああ」
セレネは少し考えてから言った。
「人間の町に慣れていないことは、不利になるのか」
「ああ、そういうことか」
蓮は首を振った。
「そこは大丈夫。人間の機械を知ってるかどうかじゃなくて、その人が元々何をできるかを見るようにしてる。人間の技術は採用された後に覚えてもらうことになってるから」
「そうか」
「ただ、俺は個別の結果は見てないし、採用にも口は出さないよ」
「分かっている」
セレネは蓮の右腕を掴んだ。
「特別扱いを頼むつもりはない。ただ、あの七人にも同じ機会があるなら、それでいい」
真剣に話すため、一歩近づく。
その結果、大きな胸が蓮の腕へ押し当てられた。
「うん。それなら大丈夫」
少し離れたところにいた美冬の視線が止まった。
「……蓮さん」
「はい」
「何ですか、その状況」
「俺にも分からない」
そこへ選考を終えたリシェルが通りかかった。
セレネを見る。
蓮を見る。
掴まれている右腕を見る。
「私も蓮さんにお願いがあります!」
「え?」
リシェルは蓮の左腕を掴んだ。
そして、セレネと同じように身体を寄せる。
「だから、なんで?」
リシェルは自分と蓮の腕の間を見る。
次にセレネを見る。
もう一度、自分を見る。
「……おかしい」
「何が」
「同じことしてるのに」
「何の比較してんの?」
美冬が歩き出した。
「あ、美冬?」
「知りません」
「なんで!?」
セレネがようやく蓮の腕を離した。
「美冬はどうした」
「俺に聞かないで」
「そうか」
セレネは美冬を追いかけた。
リシェルは最後にもう一度だけ、自分とセレネを見比べる。
「……やっぱりおかしい」
「だから何が?」
リシェルも二人を追っていった。
一人残された蓮は、遠ざかっていく三人の背中を眺めた。
「……今回、俺絶対何も悪くないよね」
誰も答えなかった。
第九十八話 了




