第100話 父と娘
娘を見つけた。
まず、それだけでエドガル・アルセリアは胸の奥に詰まっていたものを一つ吐き出すことができた。
無事だった。
見慣れない建物から若いエルフたちと一緒に出てきたミレアは、怪我をしている様子もなければ、ひどく疲れている様子もない。一昨日、屋敷を抜け出したときと同じ服を着て、何事もなかったような顔で立っている。
その隣には、見覚えのない若い娘がいた。
安堵したのは、ほんの一瞬だった。
次の瞬間には、それを上回る怒りが戻ってきた。
「ミレア!」
娘がこちらを向いた。
「……お父様」
気まずそうな顔をした。
怯えてはいない。
それが余計に腹立たしかった。
エドガルは四頭立てのユニコーン馬車から降りると、まっすぐ娘へ向かった。
後ろから護衛たちも続く。
出発前、彼らには一つだけ厳命していた。
何があっても剣を抜くな。
相手が人間である以上、それだけは絶対だった。
理由を詳しく知っているわけではない。だが、人間との争いを起こしてはならないという王家の命令は、諸侯に対して繰り返し伝えられている。
人間がこちらへ害意を向けない限り、こちらから敵対してはならない。
エドガル自身、その命令に逆らうつもりはなかった。
今日は戦いに来たのではない。
馬鹿なことをした娘を連れ戻しに来たのだ。
「帰るぞ」
「帰りません」
エドガルは足を止めた。
「……何?」
「帰りません」
今度は、はっきり聞こえた。
「聞こえている」
「でしたら――」
「何を考えている!」
思わず声が大きくなった。
周囲にいた者たちが振り返った。
人間もいる。エルフもいる。
そんなことはどうでもよかった。
「家の者に何も言わず、供も連れず、勝手に領地を離れた。挙げ句、一晩帰ってこない。どれだけの者が探したと思っている!」
「……それは、申し訳ありませんでした」
ミレアが頭を下げた。
だが、すぐに顔を上げた。
「ですが、帰りません」
「なぜだ!」
「ここで働きたいからです」
エドガルは娘の顔を見つめた。
冗談を言っているようには見えなかった。
「人間のところでか」
「はい」
「空へ行くという、あの話を本気で信じているのか」
「昨日、説明を受けました」
「説明を受けたから何だ」
「試験も受けました。働く場所も見せていただきました」
「働く場所?」
「はい」
人間が、地上と空を繋ぐ巨大な施設を造ろうとしている。
その程度のことは、エドガルも調べさせていた。
だが、まだ完成してはいないはずだ。
「お前は騙されているのではないのか」
「違います」
「なぜそう言い切れる」
「わたくしが、自分で確かめたからです」
「それで全部分かったつもりか!」
「少なくとも、お父様よりは見ています!」
エドガルは言葉を失った。
この娘が、これほど真正面から自分に逆らったことがあっただろうか。
「申し上げれば、お父様は許してくださったのですか?」
「許すわけがない」
「でしたら、黙って来るしかありませんでした」
「それが間違っていると言っている!」
「では、どうすればよかったのですか!」
その問いに答えようとして、エドガルは口を閉じた。
答えは決まっている。
行かなければよかった。
だが、それを言えば結局、娘の言う通りになる。
隣にいた若い娘が、おろおろと二人を見比べていた。
エドガルはそちらを見る。
「お前も応募者か」
「は、はい。リシェルといいます」
「娘とは以前から?」
「いえ。昨日、初めて会いました」
昨日会ったばかりなのに、なぜそんなに近くに立っている。
しかも、わずかにミレアを庇うような位置だった。
気に入らない。
だが、リシェルに当たる筋合いではなかった。
エドガルは視線を人間たちへ向けた。
「ここの責任者と話がしたい」
◇
人間について、何も知らずに来たわけではない。
領民の間で「創造神が帰還した」と騒ぎになったとき、アルセリア家でも調査をさせている。
空から現れ、自分たちとよく似た姿を持ち、何もなかった土地に町を築いた者たち。
人間。
それくらいは知っていた。
だが、自分の娘がその人間の町で働きたいと言い出すとは、考えたこともなかった。
「お待たせしました」
声に、エドガルは顔を上げた。
通された部屋へ入ってきたのは、六十を過ぎたくらいの人間の男だった。
派手な装飾品は身につけていない。
供もいない。
それでも、入ってきた瞬間に、ただの使用人ではないことは分かった。
「柳原と申します。人類自治政府で議長を務めています」
聞き慣れない言葉だった。
「この町の領主か」
「いえ」
「では、王か」
「それも違います」
「では、何なのだ」
柳原が少し考えた。
「住民から選ばれた代表者たちを取りまとめる立場、と考えていただければ近いと思います」
「誰に任じられた」
「代表者たちです」
「その代表者は?」
「住民が選びます」
エドガルは眉を寄せた。
「……面倒な仕組みだな」
「ええ。時々、私もそう思います」
思いもしなかった返事だった。
エドガルは一瞬だけ柳原を見る。
冗談なのかと思ったが、男は平然としていた。
「それで」
エドガルは座り直した。
「娘をここで働かせようとしているのは、お前たちか」
「少し違います」
「何が違う」
「我々は募集しました。応募したのはミレアさんです」
「同じだ」
「我々にとっては違います」
そこから柳原は、仕事というものについて説明した。
働く時間が決められていること。
休む日があること。
働いた対価として金銭が支払われること。
仕事上の責任者はいるが、主君ではないこと。
危険な作業には規則があり、必要なら作業を止めることもできること。
本人が望めば仕事を辞めることもできる。
聞けば聞くほど、エドガルには奇妙だった。
「辞める?」
「はい」
「仕える相手を、自分の都合で変えられるのか」
「そもそも、仕えているわけではありません」
「だが命令は受けるのだろう」
「仕事上の指示は受けます」
「何が違う」
「仕事上の責任者であって、人生の主人ではないということです」
分からない。
いや、言葉の意味は分かる。
だが、そのような関係で大勢の者をどうやって働かせるのかが分からない。
「それに」
柳原が続けた。
「ミレアさんが宇宙で働くと決まったわけでもありません」
「……何?」
「BABELには地上の仕事もあります。地下輸送、物流、整備、旅客対応。人類居住区にも、人手を必要としている仕事はいくらでもあります」
「では、空で働く者を集めているという話は何だったのだ」
「それが当初の募集目的でした。ただ、予想以上に応募してくれたので、働く意思と能力のある人を、当初の募集人数を超えたというだけで帰す必要はないだろうという話になっています」
「……五百人近くをか」
「全員とは限りません。ただ、我々は三千七百四十二人しかいませんから」
エドガルは黙った。
その数字も知っていた。
人間は少ない。
その割に、作るものだけは大きい。
「映画館を造ったな」
エドガルが言った。
「はい?」
「エルフの町にだ」
「ああ。要望がありましたから」
「通信も広めている」
「使いたいという方が増えていますね」
「今度は仕事か」
柳原がエドガルを見る。
「何が目的だ」
「目的?」
「人間は、我々をどうするつもりだ」
柳原の表情が少し変わった。
「どうもしませんよ」
「それが分からんと言っている」
エドガルは身を乗り出した。
「土地を奪わない。税を取らない。王家に服従を求めるでもない。創造神が戻ったと領民が騒いでも、当の本人は違うと言う」
「ええ」
「映画を持ち込み、通信を広め、それすらこちらが欲しがったからだと言う」
「実際そうですから」
「そして今度は、こちらの者がお前たちと働きたいと言い始めた」
柳原は黙って聞いていた。
「何も奪わずに、我らの暮らしを変えている」
口にしてみて、エドガル自身、それが自分の中にずっと引っかかっていたものなのだと気づいた。
「それが目的なのか」
「違います」
「ならば何だ」
「交流すれば、互いに影響は受けます」
柳原はそこで少し間を置いた。
「我々だって、あなた方から何も影響を受けていないわけではありません」
「我らから?」
「食べ物も、文化もそうです。映画だって、今ではエルフの監督が作っています」
エドガルはそれも聞いていた。
エルフが作った映画が、人間の町でも上映された。
最初に報告を受けたときは、どういうことなのか理解するまで少し時間がかかった。
「我々だけが一方的に何かを与えている、とは思っていません」
「……だが、力の差がありすぎる」
柳原が黙った。
「それは、否定できません」
誤魔化さなかった。
エドガルは初めて、目の前の男を少しだけ見直した。
だからこそ、次の言葉も出た。
「娘は、空へ行くと言っている」
「希望しているようですね」
「人間の作った、空の上の施設で働くと」
「はい」
「そんな話を、親が簡単に信用できると思うか」
「思いません」
まただった。
反論されると思っていた。
「……思わないのか」
「親御さんが心配するのは当然でしょう」
エドガルの眉が動いた。
「ならば分かるだろう。昨日まで家にいた娘が、突然、人間の町へ行って、空で働くと言い出したのだぞ」
「ええ」
「どこで暮らす。誰と暮らす。何をさせられる。危険はないのか。帰ってこられるのか。私は何一つ知らん」
怒りのはずだった。
だが口にしているうちに、別のものが混ざった。
ミレアが黙ってこちらを見ていた。
「宇宙で働くなどという言葉を並べて若者を集める。見たこともない場所へ連れていく。その先で何をさせるつもりなのか、私に何が分かる!」
「お父様。だから昨日――」
「お前は黙っていなさい」
「嫌です」
また即答された。
「わたくしは、自分で行きたいのです」
「お前はまだ――」
子供だ、と言いかけた。
やめた。
それを言えば、もっと怒る。
「人間を信用しすぎている」
「お父様が疑いすぎなのです」
「親なら疑う!」
「限度があります!」
「どこの誰とも知れぬ者たちだぞ!」
「調べたのでしょう!」
痛いところを突かれた。
「創造神ではないことまで調べたのでしょう!」
「それとこれとは話が違う!」
「同じです!」
エドガルは机を叩きそうになり、やめた。
ここは自分の屋敷ではない。
柳原が二人を見比べている。
「エドガル殿」
「何だ」
「でしたら、ご自分で見てみますか」
「何をだ」
「ミレアさんが行きたいと言っている場所を」
◇
棺のようだ。
それが装置を見た第一印象だった。
「……本当に安全なのだろうな」
「安全装置はあります」
答えたのは、黒髪の若い男だった。
他の技術者たちと一緒に装置の状態を確認している。
その隣にいた女が、男へ少し身を寄せた。
「蓮。念のため言っておきますけど、変なことしないでくださいね」
「何もしないよ」
「本当に?」
「なんでそんなに信用ないの」
「日頃の行いです」
「ひどくない?」
エドガルは二人を見た。
女の方は、どうやら男を恐れている様子がまるでない。
それどころか、小言を言われているのは男の方だった。
エドガルは柳原へ顔を向けた。
「あれが、天城蓮か」
「ええ」
もう一度見る。
アマギ・レン。
創造神アマレインが帰還したのだと、領民たちが騒いだ原因の男。
想像していたものとは、ずいぶん違った。
王のように傅かれているわけでもない。
神官たちに囲まれているわけでもない。
何より、隣にいる女から普通に小言を言われている。
「……あれが創造神だと?」
思わず口から漏れた。
柳原が小さく笑った。
「本人に聞いてみますか」
エドガルは少し迷ってから、男へ向き直った。
「天城蓮殿」
「俺?」
「一つ尋ねたい。あなたは創造神なのか」
「違う」
即答だった。
迷いすらない。
「……そうか」
「うん」
それだけだった。
天城蓮は再び装置へ目を向ける。
「美冬、これ応募者用の設定そのままでいいよね?」
「そのままでいいです。だから余計な変更をしないでください」
「してないって」
「これからもしないでください」
「信用ないなあ」
エドガルは黙ってその様子を見ていた。
少なくとも、神を演じようとしている男には見えなかった。
「エドガル殿」
柳原に呼ばれる。
見ると、彼も別の装置へ入ろうとしていた。
「議長殿も入るのか」
「ええ。せっかくですから、私がご案内しましょう」
「お前が?」
「少なくとも、機械だけに説明されるよりは話がしやすいでしょう」
それはそうかもしれない。
エドガルは装置へ身体を預けた。
目を閉じるよう言われる。
ほんの一瞬。
次に目を開けたとき、世界が消えていた。
◇
風があった。
エドガルは目を細めた。
草原だった。
足元には草が生え、遠くには山が見える。
頬を撫でる風まで感じた。
「……何だ、これは」
「BABEL建設予定地です」
隣に柳原が立っていた。
エドガルはしゃがみ、草に触れた。
指先に葉の感触がある。
一本引っ張ってみる。
ちぎれた。
「幻なのだろう」
「仮想現実と呼んでいます」
「同じではないのか」
「そこは技術者と議論してください」
柳原が苦笑する。
その直後、景色が変わった。
草原の向こうに巨大な建造物が現れた。
エドガルは立ち上がった。
「……これは」
「完成後のBABELを、現在の設計データから再現したものです」
人が歩いている。
人間だけではない。
エルフたちも、同じような服を着て行き交っている。
「娘も、これを見たのか」
「昨日の応募者は全員見ています」
エドガルは歩き出した。
広い。
人のための入口だけでも、領内のどの建物より大きい。
別の場所では巨大な荷物が機械によって運ばれていた。
地下へ続く乗り場がある。
医療施設。
食事をする場所。
休憩する場所。
仕事をする場所。
驚いているだけではいられなかった。
「一日に何人がここを使う」
「最終的な運用規模はまだ調整しています」
「誰が管理する」
「PROJECT BABELが運用を担い、自治政府が制度上の責任を持ちます。全部を一人が決める仕組みではありません」
「事故が起きれば?」
「原因によります。事故調査もしますし、管理側に問題があれば管理側が責任を負います」
「働いていた者の責任にはしないのか」
「本人の過失なら別ですが、何でも現場の人間のせいにはしません」
エドガルは柳原を見る。
答え方が領主とは違う。
だが、責任から逃げているわけでもなかった。
「これを造ると決めたのは誰だ」
「PROJECT BABELで検討し、自治政府が承認しました」
「天城蓮ではないのか」
「天城も参加していますが、あいつ一人にこんなものを勝手に造らせるわけにはいきませんよ」
「……創造神なのだろう」
「本人に聞いたでしょう」
「違うと言っていた」
「なら、本人としては違うんでしょう」
簡単に言う。
エドガルには、やはりよく分からなかった。
やがて二人は、軌道クライマーへ乗り込んだ。
「これで空へ行くのか」
「ええ」
「どこまでだ」
「宇宙です」
あまりにも平然と言われた。
扉が閉じる。
窓の外で地面が動いた。
いや。
自分たちが上がっている。
建物が小さくなる。
草原が広がる。
地平線が遠ざかる。
「速いな」
「実際には地上から軌道ターミナルまで、およそ三十分を予定しています。この体験では途中を短縮します」
三十分。
その言葉の意味を考えているうちに、雲が下へ落ちていった。
青空が濃くなる。
やがて黒くなった。
そして。
景色が一度だけ途切れた。
次の瞬間。
エドガルは、何も言えなくなった。
青い球体が浮かんでいた。
白い雲。
青い海。
大陸。
夜へ向かう場所では、ゆっくりと色が暗くなっている。
「……これが」
喉が乾いた。
「我々の世界なのか」
「ええ」
柳原が隣に立った。
エドガルは窓へ近づいた。
地図なら何度も見ている。
アルセリア領の地図も、周辺諸侯の地図も、王国全体を描いた地図も。
だが、これは違う。
境界線がない。
王領もない。
アルセリア領もない。
隣り合う諸侯の土地を隔てる線すらない。
ただ大地があり、海がある。
「アルセリア領を出せるか」
「場所は分かりますか?」
「当然だ」
おおよその位置を告げる。
表示が現れた。
大陸の一部が示される。
さらにその中に、小さな印が浮かんだ。
エドガルは黙った。
あれだけ広いと思っていた。
馬車で端から端まで移動すれば何日もかかる。
村があり、町があり、森があり、農地がある。
代々守ってきた土地だった。
それが。
「……小さいな」
「ここから見れば、そうでしょうね」
笑われるかと思った。
だが柳原は笑わなかった。
「それでも、そこで暮らしている人たちにとっては大切な土地なのでしょう」
エドガルは横を向いた。
「お前は政治をする者なのだな」
「そのつもりではいます」
「妙な仕組みで選ばれた割には」
「それは余計です」
わずかに口元が緩んだ。
今朝、屋敷を出てから初めてかもしれない。
エドガルは再び世界を見る。
ふと、古い話を思い出した。
「柳原殿」
「はい」
「魔王の伝承を知っているか」
「多少は」
「昔、知恵を求め、新しいものを作ろうとした者たちが、魔王に滅ぼされたという」
子供向けの昔話にもなっている。
貴族として教育を受ける中では、それより少し詳しい話も聞かされた。
それでも、なぜ魔王が知恵ある者たちを滅ぼしたのかまでは誰も知らない。
「もし、あれがなければ」
エドガルは窓の向こうを見た。
「我らも、いつかはここまで来たのだろうか」
柳原はしばらく答えなかった。
「分かりません」
「……分からないのか」
「四千年以上前の話ですから」
当然のように言った。
「ただ、可能性がなかったとは言えないと思います」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
エドガルは青い世界を見続けた。
創造神アマレイン。
魔王。
空から来た人間。
アマギ・レン。
人間が現れてから、王家は諸侯に対して改めて命令を出した。
決して敵対してはならない。
向こうから害意を向けられない限り、剣を向けてはならない。
あまりにも強い戒めだった。
なぜそこまで警戒するのか。
疑問に思ったことはある。
王家が臆病になったと陰で口にする貴族がいることも知っていた。
エドガル自身、そこまでのものなのかと思わなかったわけではない。
だが今は。
眼下に世界そのものがあった。
人間は、これを見ている。
空を見上げているのではない。
世界を外から見ている。
そして、その場所へ地上から道を通そうとしている。
エドガルは小さく息を吐いた。
王家は、何かを知っている。
少なくとも、自分たち諸侯には伝えていない何かを。
そうでなければ、あれほど強く人間との争いを禁じる理由がない。
何を知っているのかは分からない。
だが、王家の戒めを臆病と笑う気には、もうなれなかった。
表示された小さな印へ目を戻す。
アルセリア領。
そこには守るべき土地がある。
領民がいる。
家がある。
そして、その家を継ぐはずの娘がいる。
その娘が、自分の意思で人間の世界へ足を踏み入れようとしている。
エドガルは、まだそれを認めたわけではない。
人間を信用したわけでもない。
娘をここへ置いて帰ると決めたわけでもなかった。
ただ。
知らないまま連れ帰ることだけは、違うように思えてきた。
「柳原殿」
「はい」
「この先にも何かあるのか」
柳原が前方を示した。
軌道ターミナルへ続く扉がある。
「ここからが、宇宙側の施設です」
エドガルは扉を見る。
「娘が働くかもしれない場所か」
「その可能性はあります」
「……そうか」
扉が静かに開いた。
その向こうでは、人間とエルフが同じ制服を着て歩いていた。
巨大な窓の向こうにはEDENが浮かび、さらに遠くには宇宙船が停泊している。
エドガルはその光景をしばらく眺めた。
「柳原殿」
「何でしょう」
「もう少し、見せてもらえるか」
「もちろんです」
エドガルは扉を越えた。
娘を連れ戻すために来た。
その考えは、まだ変わっていない。
だがその前に。
娘が何を見て、何を選ぼうとしているのか。
それくらいは知っておくべきなのだろう。
エドガルは柳原と並び、軌道ターミナルの奥へ歩いていった。
第百話 了




