第94話 三人のアーチャー
人類居住区の行政庁舎を訪れるエルフは、もう珍しい存在ではなくなっていた。
交易の相談、農業設備についての問い合わせ、学校制度の視察、古代施設に関する情報提供。人類自治政府が周辺地域との窓口として機能し始めてから、受付へ持ち込まれる用件もずいぶん多様になっている。
それでも、その日の申し出は初めてだった。
「映画を作りたい!」
受付に立った壮年のエルフは、開口一番そう言った。
長い髪を後ろで束ね、濃い色の上着を着た男だった。名をスティルベルという。エルフの都市では舞台演出家として、それなりに知られた人物である。
「……映画を、ですか?」
「そうだ。私が作りたい」
「上映をご希望ということでしょうか?」
「違う。観るのではない。撮るのだ!」
受付担当の女性は、端末へ視線を落とした。
当然ながら、相談項目の中に「映画を撮りたいエルフ」は存在しなかった。
スティルベルはその間も熱心に話し続けた。
「《リング・オブ・ザ・フォールン》を何度も観た。あれは革命だ!」
「革命」
「舞台なら観客は客席から舞台を見る。だが映画は違う。戦場全体を見せた次の瞬間には、戦士の目だけを映す。遠く離れた場所へ一瞬で移動し、存在しない怪物まで本当にいるように見せる!」
拳を握る。
「そして弓兵が、あれほど格好よく見える!」
「そこが特に重要なんですね」
「非常に重要だ!」
相談は文化交流担当へ回され、そこから技術担当へ確認が入り、最終的に旧地球文化資料と機材について助言できる人物として、蓮のところにも話が届いた。
◇
「なんで俺なんだよ」
相談記録を読んだ蓮が呟いた。
「文化資料と古い機材にアクセスできて、話も通じそうだからじゃないですか?」
近くにいた美冬が答えた。
「映像制作なんて専門外なんだけど」
「でしたら、詳しい人を紹介すればいいでしょう」
「詳しい人ねえ……」
蓮は少し考えた。
思い当たる人物が一人いた。
◇
「二時間?」
「そうだ」
「やめとけ」
黒沢は即答した。
人類居住区で生産設備の保守を担当している五十代半ばの男である。
現在の仕事に映画との接点はない。
ただし地球にいた頃から映像制作を趣味としており、その「趣味」は一般的な意味での趣味をかなり逸脱していた。
蓮は自治政府による旧式撮影機材の貸与手続きを済ませると、あとは黒沢に任せた。
「じゃあ、俺は戻るから」
「待て。お前は教えないのか?」
スティルベルに言われ、蓮は首を振った。
「俺が教えたら、多分ろくなことにならない。そっちの専門家に聞いて」
「専門家じゃねえよ」
黒沢が言う。
「趣味だ」
蓮は十六Kデジタルシネマカメラを手に取っている黒沢を見た。
「それを迷わず分解確認してる人が言っても説得力ないんだけど」
「昔の癖だ」
「じゃ、よろしく」
蓮は本当にそれだけ言って帰っていった。
◇
「で、二時間撮りたいんだったか」
「そのつもりだ」
「まず三分撮れ」
「三分?」
「二人が部屋で話す。それだけでいい」
「物語は?」
「自分で考えろ」
スティルベルが不満そうに眉を寄せる。
「私は長年、舞台を作ってきた」
「だから三分でいい」
「なぜだ」
「お前が舞台と映画の違いを分かってねえからだよ」
黒沢は紙を一枚引き寄せ、四角い枠をいくつも描いた。
「まず絵コンテからだ」
「これは?」
「客に何を見せるか、先に決める」
そこから、スティルベルの短期講習が始まった。
◇
最初の課題は、二人の役者が部屋で話すだけの三分間だった。
完成した映像を二人で見る。
スティルベルは途中から険しい顔になっていた。
カメラは正面に置かれたまま。
二人の役者は全身が映り続ける。
声も動作も舞台そのものだった。
見終わってから、スティルベルは腕を組んだ。
「……舞台でやった方が面白い」
「そうだな」
「なぜだ」
「カメラを客席に置いてるからだ」
黒沢は映像を戻した。
「ここ。片方が嘘をついてる場面なんだろ?」
「そうだ」
「なら顔を見せろ」
「顔?」
「目でもいい。握ってる手でもいい。相手が気づいてないなら、相手には見えない場所を客だけに見せてもいい」
「しかし観客は――」
「客席にいねえ」
黒沢はスティルベルを見る。
「映画じゃ、客の目を監督が決めるんだ」
スティルベルは黙った。
「客の目を……」
「何を見るか。いつ見るか。どこから見るか。それをお前が決める」
その言葉は、スティルベルの中にかなり深く刺さったらしい。
翌日の課題では、今度は何もかもを見せようとした。
顔。
目。
手。
靴。
扉。
窓。
顔。
もう一度、手。
細かく切り替わる映像を見終えた黒沢が言った。
「今度は客の目を振り回しすぎだ」
「……難しいな」
「当たり前だ」
次は、台詞なしで「誰かに追われている男」を撮った。
その次は、弓を射る三十秒。
さらに、誰も映さず足音だけで誰かが近づいてくる場面。
同じ芝居を正面、横、背後から撮り、どこで切り替えれば自然につながるかも試した。
スティルベルは失敗するたびに質問し、黒沢は必要なことだけ答えた。
舞台演出家として培ってきた経験がある分、理解し始めると早かった。
数日後には、黒沢の指示が減った。
さらに数日すると、スティルベルの方から聞くことも少なくなった。
十日ほど経った頃。
最後の課題映像を見終えた黒沢は、端末を閉じた。
「もういい」
「何がだ」
「基本は分かっただろ」
「まだ学ぶことはある」
「そりゃある。俺だって全部知ってるわけじゃねえ」
「なら」
「一本、自分で作れ」
スティルベルが黙った。
「俺に聞かずに、最初から最後までだ。何を撮るかも、どこから撮るかも、どう繋ぐかも全部自分で決めろ」
「見に来ないのか?」
「完成したら見る」
黒沢は立ち上がった。
「撮ったもんをどう繋ぐかまで俺が決めたら、お前の映画じゃねえだろ」
スティルベルはしばらくその背中を見ていた。
◇
スティルベルが最初の正式な映画として選んだのは、単純な物語だった。
山の中にある小さな砦。
敵が迫っている。
援軍が到着するのは夜明け。
砦を守るのは三人の弓兵だけ。
題名は《三人のアーチャー》。
役者には、舞台で何度も仕事をした若い男たちを選んだ。
三人とも弓を扱えた。
そして、三人ともエルフの中でも舞台映えすると評判の顔立ちだった。
撮影場所には実際に使われなくなった古い山砦を借りた。
敵役は十人ほど。
数としては少ないが、同じ役者を配置や衣装を変えながら撮れば、編集次第でそれ以上に見せられる。
スティルベルは黒沢のところへ相談には行かなかった。
絵コンテを描き、自分でカメラ位置を決めた。
撮影が始まった。
最初からうまくいったわけではない。
「カット!」
スティルベルが声を上げた。
敵兵役の男が立ち上がる。
「今ので駄目なのか?」
「矢が当たる前に倒れた」
「さっきは遅いと言われたぞ」
「今度は早すぎる」
「難しいな、映画というのは」
「私もそう思う」
別の場面では、死んだはずの役者が次のカットで普通に背景を歩いていた。
衣装の留め具が左右逆になっていることもあった。
夕方に撮った場面の直後へ、真昼の映像を繋いでしまい、撮り直しにもなった。
それでも撮影は進んだ。
飛び上がりながら矢を射る。
走りながら振り返る。
壁の上へ飛び乗る。
長い髪が風に流れる。
顔へ寄る。
弓を引く指へ寄る。
視線の先へ切り替える。
スティルベルは楽しんでいた。
◇
物語の中盤。
三人のうち一人が敵の攻撃を受けて倒れる場面になった。
「レイヴン!」
もう一人が敵を射抜き、倒れた仲間へ駆け寄る。
膝をつき、上半身を抱き起こした。
「俺はいい……お前は行け……」
「馬鹿を言うな。三人で帰ると誓っただろう!」
その背後では三人目のアーチャーが一人で敵を食い止める。
矢を放つ。
一人を倒す。
さらに迫ってきた敵を弓で殴り、短剣を抜く。
「カット!」
スティルベルが手を上げた。
普通に撮った場面としては、それで十分だった。
役者たちも位置を離れようとする。
「待て」
スティルベルが止めた。
二人を見る。
負傷した役者を抱き起こしているもう一人。
その姿勢のまま、少し横へ歩いた。
さらに後ろへ回る。
「……もう一つ撮っておこう」
「どこから?」
「この二人の周りを一周する」
撮影担当のエルフが首を傾げた。
「一周?」
「そうだ。使うかどうかは後で決める」
三人目の役者が短剣を持ったまま聞いた。
「俺は?」
「さっきと同じように戦ってくれ」
「ずっと?」
「カメラに入るところだけでいい」
「分かった」
もう一度撮影が始まった。
一人が倒れる。
もう一人が抱き起こす。
二人の周囲をカメラが動いていく。
正面。
横。
背後。
反対側。
そして正面へ戻る。
背景では三人目が敵数人を相手に走り回っていた。
「カット!」
スティルベルは映像を確認した。
「悪くない」
その時点では、それだけだった。
◇
撮影を終えたスティルベルは、編集端末の前に座った。
普通に撮った負傷場面を繋ぐ。
分かりやすい。
テンポもいい。
次に、思いつきで撮った一周分の映像を見る。
二人の長い髪が風に揺れていた。
負傷した男が薄く目を開く。
抱き起こした男が見下ろしている。
二人の顔が近い。
背景では三人目が一人で戦っている。
スティルベルは少し考えた。
こちらの方が、感情が伝わる気がした。
通常の場面を外す。
一周する映像へ置き換える。
再生した。
「……速いな」
速度を落とした。
もう一度見る。
まだ何か足りない。
さらに落とした。
髪がゆっくり流れた。
飛び散った血が空中を漂う。
負傷した男が時間をかけて目を開ける。
抱き起こした男の表情も、じっくり見える。
背景では三人目が、これでもかというほど長い時間、一人で敵と戦っていた。
通常なら十二秒ほどの場面が、四十八秒になった。
スティルベルは最初から最後まで見直した。
「……これだな」
そのまま採用した。
◇
完成した《三人のアーチャー》は、まず小さな上映室で公開された。
観客は数十人ほど。
ほとんどが男だった。
冒険者や兵士、弓を扱う者たちが多い。
エルフが初めて自分たちで作った映画ということで、興味を持って見に来たのだ。
黒沢も、その中にいた。
完成品を見るのは初めてだった。
序盤。
三人が砦へ入る。
敵が迫る。
矢を射る。
走る。
飛び上がる。
振り返りざまに射る。
黒沢は黙って見ていた。
技術的には粗い。
繋ぎが少し変なところもある。
照明が安定していないカットもある。
それでも最初の三分課題とは別物だった。
きちんと映画になっている。
やがて一人が倒れた。
もう一人が抱き起こす。
映像が急に遅くなった。
黒沢の眉がわずかに動いた。
「俺はいい……お前は行け……」
髪がゆっくり揺れる。
カメラが二人の周囲を回る。
「馬鹿を言うな……三人で帰ると誓っただろう……」
まだ回る。
背景では三人目が一人で敵を相手にしている。
矢を射る。
かわす。
弓で殴る。
短剣を抜く。
一人に蹴られる。
壁へぶつかる。
立ち上がる。
まだ中央の二人を映している。
黒沢は一度だけ隣のスティルベルを見た。
スティルベルは真剣にスクリーンを見ていた。
ようやく通常速度へ戻った。
黒沢は何も言わなかった。
◇
上映後の反応は、まずまずだった。
「三人目が一人で持ちこたえるところ、よかったな」
「最後に弓が使えなくなって剣へ持ち替えるところもいい」
「敵、もっと多く見えたぞ」
「本当に十人くらいしかいなかったらしい」
男たちは戦闘場面について話していた。
その一方で、少数ながら来ていた女性客は少し違う話をしていた。
「あの負傷した方、名前は?」
「レイヴン役?」
「そう」
「抱いていた人は?」
「セルディンだったはず」
「二人は昔からの知り合いなの?」
「同じ村の幼馴染という設定らしいわ」
「そう……」
それから数日。
上映室に来る女性客が少しずつ増えた。
◇
「リシェル、まだ観ていないの?」
知り合いの若いエルフに言われ、リシェルは首を傾げた。
「《三人のアーチャー》?」
「そう」
「砦を三人で守る映画でしょう」
「そうだけど」
「内容なら聞いたわ」
「いいから観なさい」
「どうしてそんなに勧めるの?」
「観れば分かるから」
妙に強く押され、リシェルは上映室へ足を運ぶことになった。
映画そのものには興味があった。
《リング・オブ・ザ・フォールン》を観て以来、人間が作ってきた映像表現が舞台とはまるで違うことも理解している。
上映が始まる。
予想していたより、ちゃんと映画だった。
戦闘も分かりやすい。
弓兵が走る場面では、カメラも一緒に動く。
矢を放つ直前に指を映し、次に敵へ切り替える。
リシェルは素直に感心していた。
そして、中盤。
一人が倒れた。
「レイヴン!」
もう一人が駆け寄り、抱き起こす。
突然、時間が遅くなった。
リシェルが瞬いた。
「俺はいい……お前は行け……」
カメラがゆっくり二人の周りを回る。
長い髪が風に流れる。
二人の視線が合う。
「馬鹿を言うな……三人で帰ると誓っただろう……」
顔が近い。
かなり近い。
まだ回る。
背景では三人目が敵を二人倒した。
さらに三人に囲まれた。
一人に殴られる。
それでも戦う。
リシェルはスクリーンから目を離さなかった。
隣に座っていた友人が、ちらりと横を見る。
リシェルは気づかない。
場面が終わる。
友人が小声で聞いた。
「どう?」
「映画の途中よ」
「そうね」
上映が終わるまで、リシェルはそれ以上何も言わなかった。
◇
外へ出たところで、友人が改めて聞いた。
「どうだった?」
「……面白かったわ」
「でしょう?」
「特に撮り方が興味深い」
「撮り方」
「あの負傷したところ。舞台なら私は三人目を見ることもできる。でも映画では、見せてもらえないのね」
「映ってたじゃない」
「背景にね」
リシェルは少し考えた。
「ずるいわね、映画って」
「嫌だった?」
「そうは言ってないでしょう」
「もう一度観る?」
リシェルは少し間を置いた。
「……次の上映はいつ?」
友人が笑った。
「でしょう?」
「だから、その言い方やめて」
◇
口コミはさらに広がった。
最初は男ばかりだった上映室が、いつの間にか女性の方が多くなった。
特に例の場面になると、客席が妙に静かになる。
一人が倒れる。
もう一人が抱き起こす。
四倍に引き延ばされた時間の中で、二人の髪がゆっくり揺れる。
顔が近づく。
視線が重なる。
カメラが回る。
背景で三人目が必死に戦う。
上映が終わった後には、
「あの二人、幼い頃から一緒なのよね?」
「三人とも同じ村らしいわ」
「セルディンはレイヴンを助ける時だけ声が違わなかった?」
「私もそう思った」
そんな話まで出るようになった。
一方、男性客からは三人目の人気が高かった。
「あいつ一人で何人倒したんだ」
「負傷した二人を守りながら戦ってたんだぞ」
「俺ならあいつを隊長にする」
結果として、三人全員にそれぞれの支持者がついた。
小さな上映室では席が足りなくなった。
《三人のアーチャー》は、数百人を収容できる映画館へ移されることになった。
スティルベルが初めて《リング・オブ・ザ・フォールン》を観た、あの劇場だった。
◇
「……あれ?」
映画館の入口で、蓮が足を止めた。
隣にいた美冬も視線を向ける。
上映案内の前に、見覚えのあるエルフがいた。
「リシェル?」
呼ばれたリシェルが振り返った。
「あら、蓮」
「映画?」
「ええ」
「《三人のアーチャー》?」
「そうよ」
「初めて?」
リシェルが一瞬だけ黙った。
「……三回目」
「三回目?」
「映画として興味深いの」
「へえ」
その横で、リシェルを連れてきた友人が口を開いた。
「今日で四回目よ」
「ちょっと!」
リシェルが振り返る。
蓮は何も言わず、美冬を見た。
「人気なんだな」
「かなり評判らしいですよ」
美冬が小さく笑った。
「特に女性に」
「なんで?」
「観れば分かるかもしれません」
蓮は劇場前の上映案内を見る。
中央には三人の美しい若いエルフ。
弓を構える一人。
横顔の一人。
そして、負傷した仲間を抱き起こす一人。
その下に文字が並んでいた。
《三人のアーチャー》
――三本の矢が、運命を射抜く。
「まあ、普通だな」
さらに下を見る。
『全EDENが泣いた』
「……誰が泣いたんだよ」
「宣伝文句だ!」
近くにいたスティルベルが答えた。
「どこで覚えた、それ」
「黒沢から聞いた」
少し離れた場所にいた黒沢が振り向く。
「俺は、昔そういう大げさな映画宣伝があったって話しただけだ」
「まだEDEN全土で上映してないだろ」
「知っている」
「知ってんの?」
スティルベルは真顔だった。
「宣伝とは多少大きく言うものなのだろう?」
黒沢が言った。
「多少って言ったんだよ」
◇
蓮と美冬は、その日初めて《三人のアーチャー》を観た。
序盤は普通に楽しんでいた。
「思ったよりちゃんとしてるな」
「失礼ですよ」
「いや、あの時は映画作りたいって役所に来ただけの人だったから」
走る。
射る。
飛び上がる。
髪がなびく。
顔のアップ。
蓮が少し首を傾げた。
「……なんか弓兵の撮り方に偏りを感じる」
「本人が弓兵を格好よく撮りたかったんでしょう」
「それなら大成功だな」
そして例の場面が来た。
一人が倒れる。
もう一人が駆け寄る。
抱き起こす。
急に映像が遅くなった。
「……ん?」
蓮が小さく声を漏らす。
カメラが回り始める。
二人の顔が近い。
髪がゆっくり流れる。
「俺はいい……お前は行け……」
背景では三人目が敵を倒していた。
「馬鹿を言うな……三人で帰ると誓っただろう……」
まだ回る。
蓮は画面の後ろを見る。
「……待って」
美冬が口元を押さえる。
「何ですか?」
「後ろの奴、一人でずっと戦ってない?」
「戦ってますね」
三人目が一人を斬る。
別の敵に蹴られる。
壁にぶつかる。
立ち上がる。
中央の二人はまだ見つめ合っている。
「なんでカメラこっち回ってんの?」
少し離れた席にいたリシェルが、小声で言った。
「そこは今、見るところじゃないのよ」
「なんでだよ?」
リシェルは答えなかった。
画面中央の二人を見ていた。
「俺を……置いていけ……」
「できるわけが……ない……」
まだスロー。
「長いな!」
蓮が囁く。
美冬の肩が震えている。
「笑ってる?」
「笑ってません」
「絶対笑ってるだろ」
背景で三人目がまた敵に殴られた。
蓮は思わず呟いた。
「……頑張れ」
「誰を応援してるんですか」
「あいつ」
◇
上映が終わる。
三人は満身創痍になりながら砦を守り抜き、夜明けとともに援軍が到着した。
スクリーンが暗転する。
大きな拍手が劇場を満たした。
スティルベルは客席の後方で、その音を聞いていた。
黒沢が横に立っている。
「どうだ」
スティルベルはスクリーンを見たまま答えた。
「次は長編を撮る」
「まだ早え」
「もう題材は決めてある」
「人の話を聞け」
「今度は竜を出す」
「もっと早えよ」
劇場の外では、次の上映を待つ列が伸びていた。
蓮はその中に女性エルフが多いことに気づいた。
「リシェル」
「何?」
「これ、三人の友情が人気なんだよな?」
リシェルは少し考えた。
「友情も、でしょうね」
「“も”?」
「細かいことはいいのよ」
美冬が横で笑う。
「天城さん」
「何?」
「知らなくてもいいことって、ありますよ」
「なんか釈然としないんだけど」
その頭上では、大きな上映案内が揺れていた。
『全EDENが泣いた』
第九十四話 了




