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第92話 静かな湖畔の森の影から

 仕事が終わった。


 正確には、終わらせた。


 NOAHの到着に備えた設備の確認、生産能力増強に伴う資料、軌道施設との調整、人類自治政府から回ってきた承認案件。それ以外にも、いつの間にか積み上がっていた細かな仕事を、蓮は数日かけて片っ端から処理した。


 神崎美冬も同じだった。


 自分の担当業務をすべて片付け、必要な引き継ぎを済ませ、今日一日は端末を開かなくても問題が起こらない状態にした。


 以前、蓮に言ったのだ。


 次に三日間いなくなる時は、せめて仕事を全部終わらせてから。


 そして。


 私もついていきます、と。


 今回は三日間ではない。


 たった一日の小旅行だった。


 それでも蓮は約束を守った。


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 美冬は答えた。


 人類居住区の小型機発着場。


 二人の前には、一機のライトプレーンが停まっている。


 胴体下部に左右一対のフロートを備えた水上飛行機型で、定員は三人。フロート内部には陸上走行用の車輪も収納されている。


 推進方式は、電動モーターによるプロペラ。


 人類は重力を制御できる。


 巨大な宇宙船を建造し、恒星間を渡り、惑星環境そのものに手を加える技術さえ持っている。


 それでも、小型の航空機を比較的低速で大気中へ飛ばすだけなら、翼で揚力を得てプロペラで前へ進む方式は効率が良かった。


 何千年経とうが、物理法則は変わらない。


「レン!」


 機体の向こうからレモが顔を出した。


 小さな鞄を肩から下げている。


「妾の荷物はどこに置けばよいのじゃ?」


「後ろでいいよ」


「妾も後ろなのか?」


「後ろは二人掛け。神崎さんと一緒」


「妾が前では駄目なのか?」


「前は操縦席」


「自動操縦があるではないか」


「今日は俺が操縦したいの」


「子供じゃな」


「十歳児に言われたくない」


「妾は高性能じゃ」


「それ年齢と関係ある?」


 二人がいつものように言い合っている。


 美冬はその様子を見ながら、ふと考えた。


 もしレモがいなかったら。


 蓮と二人。


 一日の休みを合わせて、小型飛行機で山の湖へ行く。


 釣りをして。


 湖畔でバーベキューをして。


 夕方には二人で帰ってくる。


「…………」


 それは。


 かなりデートなのではないだろうか。


 美冬は急に蓮の横顔を意識した。


 いや。


 待って。


 今日は二人ではない。


 レモもいる。


 なら、デートではない。


 そう思ったところで。


「ミフユ! 早く乗るのじゃ!」


 レモが手を振った。


「…………」


 蓮。


 自分。


 レモ。


 三人で休日に出かける。


 湖畔で遊んで。


 一緒に食事をして。


 これでは。


 むしろ。


 夫婦が子供を連れて出かけるみたい。


「…………!」


 美冬は慌てて顔を背けた。


 何を考えているんだろう、私は。


「神崎さん?」


「はい!」


 思った以上に大きな声が出た。


 蓮が不思議そうにこちらを見ている。


「どうしたの?」


「何でもありません」


「そう?」


「はい。行きましょう」


「う、うん」


 美冬は足早に機体へ向かった。


 大丈夫。


 たぶん顔には出ていない。


 そう思うことにした。


      ◇


 ライトプレーンが滑走路を走った。


 電動モーターがプロペラを高速で回転させる。


 速度が上がり、やがて車輪が地面から離れた。


「おおお!」


 後席でレモが窓に張りついた。


「飛んだのじゃ!」


「ハムちゃんといつも飛んでるだろ」


「それとこれとは別物なのじゃ」


 前席の操縦席から蓮が答える。


 このライトプレーンは三人乗りだった。


 前席には操縦席が一つ。


 その後ろに二人掛けの座席があり、美冬とレモが並んで座っている。


「ハムちゃんより遅いのじゃ」


 レモが前席へ身を乗り出す。


「もっと速い乗り物もあったけど、今日はこれでいいの」


「なぜじゃ!」


「今日は急いでないから」


 蓮が操縦桿を軽く動かした。


 機体が緩やかに旋回する。


 眼下に人類居住区が広がった。


 行政施設。


 住宅。


 商業区画。


 生産設備。


 仕事中にも何度も見ている街だった。


 それなのに今日は、少し違って見える。


 美冬は窓の外を眺めた。


 自分は今、仕事で飛んでいるのではない。


 休みだ。


 目的地へ着いたら釣りをする。


 魚が釣れれば焼く。


 釣れなくても、肉と野菜がある。


 何もしない時間を過ごす。


 そんな一日。


「見ろ、ミフユ!」


 隣のレモが窓の外を指した。


「街が小さくなってゆくぞ!」


「本当ね」


「妾の学校も見えるか?」


「もう難しいんじゃない?」


「むう」


 レモが一生懸命、眼下を探している。


 美冬はその横顔を見て。


 次に、前席の蓮を見る。


 また考えてしまった。


 三人で休日。


 前で蓮が操縦して。


 隣にはレモ。


 どうしても。


 家族で出かけているように見えてしまう。


「…………」


「どうしたのじゃ?」


 レモがこちらを見た。


「何でもないわよ」


「顔が赤いぞ?」


「赤くない」


「そうか?」


「外を見てなさい」


「変なミフユじゃな」


 レモは再び窓へ顔を向けた。


 美冬も反対側の窓を見る。


 今の考えが顔に出ていないだろうか。


 それだけが心配だった。


      ◇


 それからしばらくして。


 人類居住区の中央広場。


 巨大なドラゴンが眠っていた。


 ハムちゃん。


 正式名称、バハムート・ディザスター・カタストロフィ。


 広場の一角で身体を丸め、気持ちよさそうに眠っている。


 近くを人々が普通に歩いていた。


 決められた距離を守りながら、子供たちが巨大な身体を眺めている。


 やがて。


「…………」


 ハムちゃんが片目を開けた。


 頭を上げる。


 周囲を見る。


 鼻先を動かした。


 もう一度、周囲を見る。


 いつも近くにいる、小さな角のある少女がいない。


「グルル……」


 立ち上がった。


 巨大な翼を広げる。


 周囲にいた人々が慣れた様子で距離を取った。


 ハムちゃんが地面を蹴る。


 翼が大気を叩いた。


 同時に、巨体を包む重力場が変化する。


 巨大な身体が浮かび上がった。


 上空で一度旋回する。


 そして。


 レモが向かった方角を追うように、山々の彼方へ飛んでいった。


      ◇


「あれじゃないですか?」


 美冬が前方を指した。


「そう。あの湖」


 山々の間に、青い水面が見えていた。


 周囲を森に囲まれた湖。


 北側には山が迫り、東側には小さなエルフの集落がある。


 人口は数百人ほど。


 山の恵みと湖の漁を中心に暮らしている集落だった。


 蓮は事前に周辺を調べている。


 湖岸にはライトプレーンを陸へ上げられる場所もあった。


「降りるよ」


「うむ!」


 機体が高度を落とす。


 湖面が近づく。


 フロートが水へ触れた。


 ザアアアアッ。


 白い飛沫が左右へ広がる。


 速度を落としながら岸へ向かい、浅瀬へ入る直前、フロート下部から車輪が展開した。


 そのまま岸へ上がる。


「到着」


 プロペラの回転が落ちていく。


 やがて静寂が戻った。


 鳥の声。


 木々が揺れる音。


 湖面を渡る風。


「よいところじゃな!」


 レモが真っ先に降りた。


「でしょ?」


 蓮も操縦席から降りる。


 美冬は湖を見渡した。


「本当に静かですね」


「今日はここでのんびりしよう」


「そうですね」


 その言葉が、素直に嬉しかった。


      ◇


 三人で荷物を降ろした。


 まずテント。


 次に折り畳み式のテーブルと椅子。


 バーベキューコンロ。


 調理器具。


 クーラーボックス。


 最後に釣り道具。


 レモがクーラーボックスを覗き込む。


「肉があるぞ」


「あるよ」


「野菜もあるのじゃ」


「あるね」


「魚を釣って食べるのではなかったのか?」


「釣れなかった時の保険」


 レモが目を細めて蓮を見る。


「弱気じゃな」


「現実的と言ってくれ」


 美冬が笑った。


「でも、これなら魚が釣れなくてもバーベキューはできますね」


「せめて一人一匹は釣りたいけどねぇ」


「では妾は肉でもよいぞ」


「釣る前から諦めない」


 蓮が三本の釣り竿を取り出した。


 美冬も一本受け取る。


「私、釣りはあまり経験ないんですけど」


「俺もそんなに上手くないよ」


「では誰が魚を確保するのじゃ?」


 三人が顔を見合わせた。


「…………」


「…………」


「…………」


 レモがため息をついた。


「肉を持ってきて正解だったのう」


「まだ始めてもいないだろ」


 美冬はまた笑った。


 楽しい。


 仕事のことなど、ほとんど頭から消えていた。


 蓮が釣り道具を準備している。


 レモがその横から手を出して、やり方を教えてもらっている。


 自分はバーベキューの準備をしている。


 何でもない光景だった。


 だからこそ。


 また思ってしまった。


 家族みたい。


「…………」


 美冬は手元へ視線を落とした。


 どうして今日は、こんなことばかり考えてしまうのだろう。


「ミフユ」


「何?」


「それはそこではないと思うぞ」


「え?」


 見る。


 食器を、バーベキューコンロの燃料収納部へ入れようとしていた。


「…………」


「今日のミフユは少し変じゃぞ」


「変じゃないわよ」


「そうか?」


「そうです」


 蓮もこちらを見ている。


「大丈夫?」


「大丈夫です!」


「ならいいけど」


 美冬は食器を正しい場所へ戻した。


 もう考えない。


 本当に。


 これ以上はまずい。


「釣りましょう」


「そうだね」


「妾が一番大きな魚を釣るのじゃ!」


「まず餌の付け方から覚えようね」


「むう……」


 その時。


 ドォン!


 音がした。


 三人の動きが止まった。


 森から鳥が一斉に飛び立った。


 美冬が振り返る。


「何?」


 山裾。


 エルフの集落の方角。


 木々の向こうから、茶色い土煙が上がっていた。


 数秒後。


 ドンッ!


 また。


 今度ははっきり聞こえた。


 何か大きなものが壊れる音。


 蓮の表情が変わった。


「イザナミ」


『蓮』


 ほぼ同時だった。


『緊急事態を検知しました』


「何が起きてる?」


『湖東部のエルフ集落周辺において、多数の大型生物反応を確認しています』


 美冬も立ち上がった。


「魔物?」


『はい』


「どこから?」


『山麓部に存在する旧惑星環境整備施設です』


 蓮にはすぐ分かった。


「人類由来のダンジョンか」


『はい』


 この地域には一つ存在する。


 古代の惑星環境整備システムによって建造された訓練施設。


 現在ではエルフたちが地下迷宮として利用している場所だった。


 ただし、他の人類由来ダンジョンとは事情が少し違う。


 戦闘不能になった探索者をスライムが回収し、入口付近まで運び出す救助機能。


 それが停止している。


 以前から一部の安全機構に不具合が確認されていた施設だった。


「管理状態は?」


『異常です。管理システムに複数の重大なエラーを確認しています』


 蓮の視界に情報が表示された。


 内部の生体反応。


 異常な数だった。


『内部生物の個体数管理機能が正常に作動していません。複数区画において管理上限を超過』


「それで外に出てきた?」


『はい』


 内部で増えすぎた魔物。


 収容能力を超え、入口から外へ溢れ出している。


「スタンピード……」


『現地探索者の呼称では、それに該当します』


 今度は集落の中の方で土煙が上がった。


 美冬の顔から、先ほどまでの表情が完全に消えた。


「建物が壊されたんですか?」


『その可能性が高いと判断します』


「住民は?」


『避難行動を開始しています。一部の探索者及び戦闘可能な住民が応戦中』


 蓮はすぐに動いた。


「人類自治政府へ緊急事態として報告」


『報告済みです』


「対応は?」


『緊急対応班の派遣が決定されています』


 人類居住区でも、すでに動きが始まっていた。


 戦闘訓練を受けた人員。


 救護要員。


 技術要員。


 大型戦術ロボット。


 それらを現地へ運ぶ輸送機も、発進準備に入っている。


『第一救援隊の現地到着まで、約二十五分』


「二十五分か……」


 蓮が集落を見る。


 また何かが壊れる音が響いた。


 二十五分。


 今の状況では長すぎる。


「イザナミ。今すぐここへ投送できる戦力は?」


『即時投送可能な戦術ドローンは十機です』


「全部送って」


『了解』


「それと俺の装備一式と……」


 蓮は美冬を見る。


「探索用パワーアーマーも一着。大型パルスガン」


『使用者を指定してください』


「神崎美冬」


「…………」


 美冬が蓮を見る。


『適合する登録装備を確認しました』


「それを送って」


『了解。緊急投送を開始します』


「……天城さん」


「何?」


「今、何を指定しました?」


「あとで説明する」


「…………」


 嫌な予感がした。


      ◇


 数分後。


 空から音が聞こえた。


 黒い点が急速に大きくなる。


 投送コンテナ。


 マスドライバーによって射出されたそれは湖上へ到達すると姿勢を変えた。


 スラスター噴射。


 急速に速度を殺す。


 湖畔へ向かって降下。


 ゴォォォォ……。


 最後の数メートルをゆっくりと落ち。


 ドスン。


 地面がわずかに揺れた。


「……すごいのう」


 レモが見上げる。


「相変わらず豪快ですね」


「急いでるからね」


 蓮がコンテナへ走った。


 ロックを解除する。


 扉が開いた。


 最初に動いたのは十機の戦術ドローンだった。


 次々と浮上する。


「集落へ先行。住民保護最優先。敵性生物を捕捉次第、周囲への被害を避けながら排除」


『了解』


 十機が一斉に加速した。


 湖畔を離れ、エルフの集落へ向かって飛んでいく。


 蓮は自分の装備を取り出した。


 その横。


 一着のパワーアーマー。


 漆黒。


 さらに。


 大型パルスガン。


「…………」


 美冬は黙ってそれを見ていた。


「神崎さん」


「これ使って」


「…………」


「外に出た魔物への対応を頼みたい」


 美冬は動かなかった。


「天城さん」


「何?」


「どうして、この装備なんですか?」


「…………」


「どうして私がこれを使えると思ったんですか?」


「知ってたから」


「何を?」


「漆黒の銃戦士」


「…………」


「イザナミへのアクセス権があるから。探索者用装備を着ていても、俺の権限なら本人識別情報が嫌でもわかる」


「じゃあ」


 美冬が一歩近づいた。


「あの時も?」


「うん」


「ダンジョンで会った時?」


「うん」


「私が声を変えた時も?」


「うん」


「…………」


 美冬が両手で顔を覆った。


「最悪……」


「いや、別にいいじゃん」


「よくありません!」


「格好よかったよ」


「今それを言わないでください!」


 怒鳴ってから、美冬は止まった。


 遠くから轟音が響く。


 集落から土煙が上がる。


 今はそんな話をしている場合ではない。


 美冬は大きく息を吸った。


 ゆっくり吐く。


 顔を上げる。


「……後で話します」


「はい」


 美冬は漆黒のパワーアーマーへ手を伸ばした。


      ◇


 装甲が固定されていく。


 脚部。


 胴体。


 腕部。


 最後にヘルメットを装着する。


《装着者認証》


《KANZAKI MIFUYU》


《SYSTEM READY》


 美冬は大型パルスガンを持ち上げた。


 自然に腰の位置へ構える。


 蓮がそれを見る。


「…………」


「何ですか?」


「いや」


「何ですか?」


「何でもない」


「そうですか」


 今は触れない方がいい。


 蓮はそう判断した。


「神崎さん」


「はい」


「神崎さんなら、それなりに戦えるのは知ってる。外に出た魔物への対応をお願い。集落の人たちの避難を最優先に」


「分かりました」


 蓮の声が少し真剣になった。


「でも、危ないと思ったらすぐ逃げて」


「はい」


「管理システムそのものがおかしくなってる。何が出てくるか分からない。無理に倒そうとしなくていい」


「分かりました」


「本当に無理しないで」


 美冬が蓮を見る。


「天城さんこそ」


「俺?」


「一人で行くんでしょう?」


「うん」


 蓮は山裾へ目を向けた。


「ダンジョンに入る。管理システムまで行って直接アクセスして、原因を調べる」


「…………」


「大丈夫」


 美冬は納得していない顔だった。


 それでも今は、止めている時間がない。


「危ないと思ったら、天城さんも戻ってください」


「分かった」


「約束ですよ」


「約束する」


「妾は?」


 レモが二人の間から声を上げた。


 蓮と美冬が同時に見る。


「レモは神崎さんと一緒」


「妾も戦えるぞ」


「知ってる。でも今回は何が出てくるか分からない」


「むう……」


「神崎さんの近くにいて」


 レモは不満そうだった。


 それでも。


「……分かったのじゃ」


 美冬がしゃがみ、レモと目線を合わせる。


「レモちゃん」


「何じゃ?」


「とりあえず戦わなくていいからね」


「…………」


「安全なところに下がってて。私の見えるところから離れないで」


「分かったのじゃ」


「本当に?」


「妾は約束を守るぞ」


「じゃあお願い」


「うむ」


 今のところは、素直だった。


 数十分前まで、湖畔で釣りをして、三人でバーベキューをするはずだった。


 美冬は一度だけ振り返った。


 テント。


 テーブル。


 椅子。


 準備途中の釣り竿。


 食材の入ったクーラーボックス。


 そして、自分の装備を整えている蓮。


 夫婦と子供みたい。


 そんなことを考えていたのが、ほんの少し前だった。


「……本当に、もう」


「どうしたのじゃ?」


「何でもない」


 ヘルメットのバイザーを下ろす。


 視界に照準情報が立ち上がった。


「行くわよ、レモちゃん」


「うむ!」


 二人は走り出した。


      ◇


 蓮は二人とは別の方向へ走っていた。


 山裾。


 地下迷宮の入口。


『蓮。前方、敵性生物反応』


「数は?」


『七。さらに後方から十二』


「了解」


 木々の間から魔物が現れた。


 獣型。


 三体。


 その後ろにもいる。


 蓮は速度を落とさない。


 右手を上げる。


 重力場形成。


 先頭の三体が突然地面へ叩きつけられた。


 その横を走り抜ける。


 一体が飛びかかる。


 身体をずらす。


 左手を向けた。


 重力方向を変更。


 魔物の身体が横へ吹き飛び、大木へ激突する。


 止まらない。


 さらに前へ。


 木々の向こう。


 山の斜面に、黒い穴が見え始めた。


 地下迷宮の入口。


 そこから。


 また一体。


 また一体。


 次々と魔物が外へ出てくる。


「イザナミ」


『はい』


「ダンジョンコアの位置は?」


『地下第四管理層。ただし、現在の施設構造と保存されている経路情報に複数の不整合があります』


「つまり?」


『正常な経路を保証できません』


「分かった」


 蓮が武器を構えた。


 目の前。


 魔物がこちらへ向いた。


 一体。


 三体。


 六体。


 さらに奥にもいる。


「まず入口を止める」


 蓮は走った。


 魔物の群れへ。


 その向こう。


 壊れた管理システムによって、今もなお魔物を吐き出し続ける地下迷宮へ。


 静かな湖畔で過ごすはずだった休日は、跡形もなく吹き飛んでいた。


――第九十二話 静かな湖畔の森の影から 了

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