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第91話 漆黒の銃戦士

 神崎美冬には、以前から理解できないことがあった。


 天城蓮は、なぜあれほど地下迷宮へ行きたがるのか。


 EDENには、いくつもの地下迷宮が存在する。


 自然洞窟に魔物が棲みつき、長い年月をかけて独自の生態系を形成したもの。人類がこの惑星へ到着する遥か以前、惑星環境整備のために送り込まれた自律システムが建造したもの。その成り立ちは一様ではない。


 蓮が好んで足を運ぶのは、特に後者だった。


 階層がある。


 罠がある。


 魔物がいる。


 宝箱がある。


 安全地帯があり、特定の場所には地上へ戻るための帰還路まで存在する。


 探索者の行動を記録するシステムもあり、一定以上の実績を積めば、環境ナノマシンによる身体能力の補助や、特殊な追加能力まで得られる。


 どうして惑星環境整備用のシステムがそんなものを作ったのか。


 理由はすでに判明していた。


 移民船のデータベースに保存されていたゲーム、映画、小説、漫画などを参考に、知的生命体のための訓練施設を設計した結果である。


 美冬からすれば、ずいぶん遠回りな訓練方法だった。


 安全に訓練させたいなら、もっと合理的な方法はいくらでもあったはずだ。


 まして休日まで使って潜りたいとは思わない。


 だから、ある日。


 美冬は本人に聞いた。


「天城さん」


「何?」


「前から聞こうと思っていたんですけど」


「うん」


「どうしてそんなにダンジョンが好きなんですか?」


 蓮が端末から顔を上げた。


「どうしてって……」


 少し考える。


「廃ゲーマーの血が騒ぐから?」


「意味が分かりません」


「だよね」


「危ないんですよね?」


「まあね」


「疲れますよね?」


「疲れる」


「怪我をする可能性もありますよね?」


「ある」


「なのに、休みの日まで行くんですか?」


「行く」


「どうして?」


「だから、廃ゲーマーの血が――」


「もういいです」


 美冬は話を打ち切った。


 やはり理解できなかった。


      ◇


 それから数日後。


 美冬は装備貸出施設にいた。


「…………」


 目の前には、探索者向けのパワーアーマーが並んでいる。


 軍用ではない。


 危険区域での作業や惑星調査、迷宮探索などを想定した民間用装備である。


 身体能力補助、衝撃軽減、環境防護、簡易医療。モデルによって機能や防御性能も異なっている。


「一度くらい、自分で行ってみないと分からないですよね」


 誰に言うでもなく呟いた。


 蓮があれほど頻繁に通う理由が、少し気になってしまったのだ。


 別に遊びに来たわけではない。


 実地調査。


 体験による確認。


 そういうことである。


 美冬は並んでいる装備を見ていった。


 軽量探索型。


 機動型。


 視界を広く確保した開放型。


 いくつか試した末、美冬の足が一着の前で止まった。


 漆黒。


 頭部から足先まで、全身を完全に覆うフルフェイス型パワーアーマーだった。


「…………」


 見る。


 隣には、もっと軽いモデルがある。


 その隣には、迷宮探索に特化した装備もある。


 美冬はもう一度、漆黒の装甲を見る。


「これにします」


 性能だけなら、もっと適したものがあった。


 選んだ理由は単純だった。


 これが一番格好よかった。


      ◇


 武器についても同じだった。


 本来なら、初めての探索者には扱いやすい小型火器が適している。


 だが、美冬が選んだのは大型のパルスガンだった。


 両手で保持する携行火器。


 探索用としては大きい。


 パワーアーマーの補助があるため重量そのものは問題にならないが、狭い通路での取り回しを考えれば決して最適解ではない。


 美冬は構えてみた。


 肩へ当てる。


「…………」


 普通だった。


 銃を下ろす。


 腰の位置で保持する。


 鏡を見る。


 漆黒の全身装甲。


 フルフェイス。


 巨大なパルスガン。


「…………」


 美冬は決めた。


「これで」


 合理性はなかった。


 見た目が良かった。


 それだけだった。


      ◇


 選んだのは、人類由来であることが確認されている地下迷宮だった。


 現在では調査も進み、安全地帯、帰還路、ステータス表示など、判明している機能は探索者向けに公開されている。


 美冬も事前に一通り目を通してきた。


 入口でフルフェイスを閉じる。


 視界が一度暗くなる。


《装着者認証》


《KANZAKI MIFUYU》


《SYSTEM READY》


 外部映像が表示される。


 美冬はパルスガンを抱えた。


「……行きますか」


 迷宮へ入った。


      ◇


 最初の魔物が現れたのは、それから十分ほど経った頃だった。


 四足獣型。


 物陰から突然飛び出した。


《HOSTILE》


「っ!」


 美冬は反射的にパルスガンを向けた。


 腰だめ。


 引き金を引く。


 ドンッ。


 パルス弾が魔物の横を通過した。


「外した!」


 魔物が迫る。


 銃口を動かす。


 もう一度。


 ドンッ。


 命中した。


 魔物の身体が横へ弾き飛ばされ、床を転がった。


「…………」


 美冬はすぐには近づかなかった。


 生命反応を確認する。


 停止。


「倒した……」


 心臓が速い。


 怖かった。


 手にもわずかに力が入っている。


 だが、それとは別の感覚があった。


 自分で狙った。


 自分で撃った。


 そして倒した。


「…………」


 少しだけ、楽しい。


      ◇


 二体目。


 一発目で命中。


 三体目。


 一発外したあと、二発目。


 四体目。


 命中。


 五体目。


 命中。


 美冬自身も意外だった。


 当たる。


 もちろんパワーアーマーの照準補助はある。


 だが、それだけではなかった。


 相手を見る。


 移動方向を読む。


 敵そのものではなく、次に来る位置へ銃口を向ける。


 撃つ。


 当たる。


 初めてとは思えないほど、それが自然にできた。


 通路の奥から二体の魔物が走ってくる。


 美冬は腰を落とした。


 パルスガンを腰に構える。


 ドンッ。


 一体が倒れる。


 銃口を横へ振る。


 ドンッ。


 もう一体。


「…………」


 美冬は自分でも驚いた。


「私、こういうの得意だったんだ……」


 知らなかった。


 知る必要もなかった。


 地球にいた頃なら、一生知ることもなかっただろう。


      ◇


 第三層。


 安全地帯へ到着した。


 中央には台座がある。


 使い方は公開情報で知っていた。


 美冬は手を触れる。


「記録」


 ピコン。


《探索記録を保存しました》


「本当にゲームみたい……」


 次に試す。


「ステータスオープン」


 ピコン。


 目の前に半透明の表示が現れた。


《MIFUYU》


《LEVEL 3》


「三……」


 美冬は首を傾げた。


 高いのか低いのか分からない。


 レベルは単純な戦闘力を示す数値ではない。迷宮内での戦闘や探索などを管理システムが評価した、この施設独自の指標である。


 まだ初日だ。


 気にする必要などない。


「…………」


 美冬は表示を閉じた。


 少し休む。


 水分を取る。


 そして立ち上がった。


「もう少しだけ」


 先へ進んだ。


      ◇


 第四層を探索して安全地帯へ戻ってきた時、美冬は壁際へ座り込んだ。


「疲れた……」


 予想以上だった。


 身体はパワーアーマーが補助してくれる。


 それでも神経を使う。


 水を飲む。


 しばらく休んでから、ふと思った。


「そういえば」


 さっきは三だった。


「ステータスオープン」


 ピコン。


《MIFUYU》


《LEVEL 4》


「…………」


 美冬の目が止まった。


「上がってる」


 いつ上がったのかは分からない。


 戦闘終了時に音が鳴ったわけではない。


 レベルアップを知らせる表示が出たわけでもない。


 この施設は、そんな親切なことはしてくれない。


 自分でステータスを確認して、初めて分かる。


 表示の下に、見覚えのない項目が増えていた。


《未選択特典:1》


「……これか」


 情報として知っている。


 一定の条件を満たした探索者は、環境ナノマシンによる追加補助を選択できる。


 一覧を開いた。


《射撃安定補助Ⅰ》


《疲労耐性Ⅰ》


《危険察知補助》


《暗視補助》


《装備重量軽減》


《自己修復促進》


「…………」


 美冬は真剣に考えた。


 危険察知。


 実用的。


 疲労耐性。


 これもいい。


 自己修復。


 安全性ならこれだろう。


 だが。


 視線が一番上へ戻る。


《射撃安定補助Ⅰ》


「…………」


 ピッ。


《取得しました》


 美冬はパルスガンを持ち上げた。


 わずかだが、先ほどまでより保持しやすく感じる。


「おお……」


 思わず声が出た。


 そして。


 笑った。


「……楽しい」


 認めるしかなかった。


 レベルが上がる。


 能力を選ぶ。


 できなかったことができるようになる。


 もう少し先へ行ってみたくなる。


 それも確かに楽しい。


 だが、美冬が何より気に入ったのは別のことだった。


 仕事のことを考えていない。


 人類居住区の問題。


 学校との調整。


 通信。


 報告書。


 会議。


 蓮が持ち込んでくる妙な案件。


 何も考えていなかった。


 魔物が出たら撃つ。


 道が分かれたら選ぶ。


 罠がありそうなら警戒する。


 疲れたら休む。


 それだけでいい。


 頭の中が驚くほど静かだった。


「……なるほど」


 美冬はパルスガンを抱えて立ち上がった。


 蓮の言っていたことは、相変わらず意味が分からない。


 廃ゲーマーの血などというものも、美冬にはない。


 それでも。


「もう少しだけ」


 気持ちは少し分かった。


      ◇


 一週間後。


 装備貸出施設。


「前回と同じものでお願いします」


 漆黒のパワーアーマー。


 大型パルスガン。


 受付担当者が記録を見る。


「腰だめ射撃を続けるんですか?」


「はい」


「肩付けした方が安定しますよ」


「知っています」


「では、なぜ?」


「…………」


 美冬は少し考えた。


「こっちの方が好きなので」


「そうですか……」


 それ以上は聞かれなかった。


      ◇


 さらに一週間後。


 また行った。


 その次の休みも行った。


 仕事はきちんと終わらせた。


 そこだけは譲らなかった。


 休みの日。


 予定がない。


 ならば迷宮へ行く。


 いつしか、それが普通になった。


 ステータスも頻繁に確認するようになった。


「ステータスオープン」


《MIFUYU》


《LEVEL 11》


「…………」


 前回は十だった。


 美冬の口元が緩む。


「上がった」


 新しい特典があれば、時間をかけて選ぶ。


 射撃関係。


 危険察知。


 疲労耐性。


 少しずつ能力が増えていく。


 探索できる範囲も広がっていった。


 そして何より。


 射撃が上手くなった。


      ◇


「最近いるだろ」


 迷宮近くの探索者たちが利用する酒場。


 エルフの男が仲間へ言った。


「黒いやつ」


「ああ、あれか」


「全身真っ黒な?」


「そう。人間の装備らしいぞ」


「でかい飛び道具を持ってるやつだろ?」


「見たことある」


「強いのか?」


 一人が酒杯を置いた。


「俺、この前戦ってるところ見た」


「どうだった?」


「怖かった」


「魔物が?」


「いや、あいつが」


 仲間が黙る。


「三体いたんだよ。あの四本腕のやつ」


「ああ」


「真っ黒な鎧で歩いてきてさ。でかい銃をここで構えるんだ」


 男が腰のあたりで両手を構える。


「そんな構えで当たるのか?」


「全部当たった」


「全部?」


「ドン、ドン、ドン」


 男は三回、指を動かした。


「三体とも倒れた」


「…………」


「本人はそのまま歩いていった」


 別の探索者が言った。


「漆黒の銃戦士」


「何だそれ」


「最近そう呼ばれてる」


「誰が言い始めた?」


「知らん」


 誰が最初に口にしたのか。


 それはもう分からなかった。


 ただ、その呼び名だけは妙にしっくりきた。


      ◇


 美冬本人は、自分がそんな名前で呼ばれていることを知らなかった。


 その日も一人で迷宮を進んでいた。


 いつもの漆黒のパワーアーマー。


 いつもの大型パルスガン。


 通路を曲がる。


 そして。


「…………」


 止まった。


 前方に二人いる。


 一人はアルベルト。


 もう一人。


「……なんで」


 美冬は声を飲み込んだ。


 蓮だった。


 まずい。


 別に悪いことなどしていない。


 正式な手続きをして装備を借りている。


 休日に何をしようと自由だ。


 ダンジョンへ来ていることを蓮に隠す必要など、本来はない。


 だが。


 知られたくない。


 理由は自分でもよく分からない。


 散々「理解できません」と言った手前、実は自分もハマったと知られるのが恥ずかしいのか。


 巨大な銃を腰だめで撃ちまくっている姿を知られたくないのか。


 それとも単に、今さら正体を明かすのが気恥ずかしいのか。


 美冬自身にも分からなかった。


 幸い、顔は見えない。


 全身も装甲で覆われている。


 そのまますれ違えばいい。


 美冬は何事もなかったように歩いた。


「あ」


 蓮がこちらを見た。


 嫌な予感がした。


「もしかして、噂の漆黒の銃戦士?」


「…………」


 何それ。


 美冬は初めて自分の呼び名を知った。


「やっぱりそうじゃない? でかいパルスガン」


 蓮が近づいてくる。


 美冬は無言でパワーアーマーの操作画面を開いた。


《音声出力設定》


《VOICE FILTER》


 選ぶ。


《LOW MALE》


「すみません」


 蓮が声をかけてきた。


「ちょっといいですか?」


 美冬は息を整えた。


「……何だ」


 響いたのは、低く野太い男の声だった。


 自分で設定しておいて驚くほど太い。


「あ、すみません。最近この辺で有名だから、ちょっと気になって」


「そうか」


 ばれていない。


 蓮の表情を見る限り、まったく疑っていない。


 アルベルトも美冬の装備を眺めている。


「君が漆黒の銃戦士か。噂は聞いている」


「……そうらしいな」


 自分でも今日初めて知った。


 蓮がパルスガンを見る。


「それ、腰だめで撃つんですよね?」


「ああ」


「何か理由あるんですか?」


「…………」


 来た。


「照準補助があるとはいえ、普通に構えた方が精度いいですよね」


 分かっている。


「取り回しの問題? それとも何か独自の射撃方法とか?」


 違う。


「戦術的な理由が?」


 ない。


 格好いいからである。


 ただそれだけである。


 美冬は野太い声で答えた。


「……俺には、この方が合っている」


「なるほど」


 蓮が頷いた。


 納得するんですか。


 美冬はフルフェイスの中で思った。


 アルベルトが腕を組んだ。


「己に最も適した戦い方を知ることもまた、探索者には必要な資質だ」


 そして、わずかに顎を上げる。


「他者の常識ではなく、自らの技を信じる。それもまた、強さというものだ」


 ファサーッ。


 外套が美しくなびいた。


「…………」


 美冬は見る。


 地下である。


 風はない。


 蓮はもう慣れているのか、何も言わなかった。


「では、邪魔をしたな」


 アルベルトが道を譲る。


「互いに探索者だ。深く詮索するのは無粋というもの」


 ファサーッ。


「……ああ」


 美冬は二人の横を通り過ぎた。


 歩く。


 絶対に振り返らない。


 角を曲がる。


 さらに進む。


 二人の姿が完全に見えなくなった。


 美冬は壁へ片手をついた。


 ボイスチェンジャーを切る。


「……危なかった」


 戦闘中より心臓が速かった。


「なんで天城さんがいるのよ……」


 考えてみれば、いるに決まっている。


 あれだけダンジョンが好きなのだから。


      ◇


 翌日。


 美冬はいつもの席で仕事をしていた。


「神崎さん」


「はい?」


 蓮が話しかけてきた。


「昨日さ、ダンジョンで噂の人に会った」


 美冬は端末を操作する手を止めなかった。


「噂の人?」


「漆黒の銃戦士」


「へえ」


「本当に真っ黒だった。でかいパルスガン持っててさ」


「そうなんですか」


「声聞いた感じ、男だった」


「そうなんですね」


「すげえ低い声だった」


「へえ」


 美冬は画面を見たまま答える。


「腰だめで撃つ理由も聞いたんだけど」


「そんなことまで聞いたんですか?」


「気になるだろ?」


「それで?」


「『俺には、この方が合っている』だって」


「…………」


「たぶん独自の戦闘理論があるんだろうな」


「そうかもしれませんね」


 見た目が格好いいからです。


 美冬は心の中だけで答えた。


「かなり腕もいいらしいよ。神崎さんも一度ダンジョンに行ってみれば?」


 美冬はそこで初めて端末から顔を上げた。


「私が?」


「うん。前に何が楽しいのか分からないって言ってただろ。実際やってみると意外と面白いよ」


「…………」


 明日は休みだった。


 装備貸出施設の予約は済んでいる。


 パワーアーマーもいつものものを押さえてある。


 パルスガン用のエネルギーパックは、前回より一つ多く申請した。


 探索予定の階層も決めてある。


 美冬は蓮を見ながら、軽く笑った。


「そうですね……考えておきます」


「行くなら、初心者向けの場所教えるよ」


「その時はお願いします」


「うん」


 蓮は何も疑わず、自分の仕事へ戻っていった。


 美冬も端末へ視線を戻す。


 明日は、前回引き返した分岐の先を調べるつもりだった。


 帰る前にステータスも確認したい。


 前回はレベル十五。


 次に開いた時、数字がどうなっているのか。


 少しだけ楽しみだった。


 美冬は誰にも気づかれないよう、小さく笑った。


――第九十一話 漆黒の銃戦士 了

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