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星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


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第8話 巨人の墓場

「魔王を連れて帰る?」


リシェルは聞き間違いだと思った。


「うん」


蓮は平然と答えた。


「どこへ?」


「俺たちの街」


「魔王を?」


「そう」


「どうして?」


「調べたいから」


リシェルは黙り込み、少し離れた場所に立つ黒い機械へ視線を向けた。


全高二メートルを超える人型。


艶のない黒い装甲。


顔らしい顔はなく、額に赤いセンサーが一つある。


数千年にわたり、エルフたちが恐れ続けてきた存在。


魔王。


REGULATOR-01。


その魔王が今は、蓮の三歩ほど後ろで静かに待機していた。


襲いかかる様子もなければ、威圧するような動きもない。


「レン」


「何?」


「やっぱりあなた、創造神なんじゃない?」


「なんでそうなる」


「魔王を従えてる」


「従えてるんじゃない。管理権限が俺にあるだけ」


「それを従えてるって言うんじゃないの?」


蓮は少し考えた。


「……言われてみれば」


「ほら」


「いや、でも神ではない」


「まだ言うんだ」


「まだも何も最初から違う」


リシェルはため息をついた。


この話については、もう蓮本人の認識を変える方が難しい気がしてきた。


問題はエルフ側だった。


「なりません!」


神官エルドランの声が神殿の一室に響いた。


「絶対になりません!」


「なんで?」


蓮が聞く。


「魔王だからです!」


「それは呼び名でしょ」


「世界を滅ぼした魔王です!」


その言葉にREGULATORが反応した。


『訂正』


エルドランの動きが止まる。


魔王が、自分の言葉に直接返事をした。


『本機に世界滅亡を目的とした活動履歴は存在しません』


「……」


『惑星生態系の破壊は最上位任務に抵触します』


エルドランの顔が引きつる。


「魔王が……自らの罪を否定している……」


蓮は額を押さえた。


「まあ、そう聞こえるよな」


美冬が隣で小声を出す。


「四千年近い宗教観を、数分で修正するのは無理ですよ」


「だよな」


リシェルはREGULATORをじっと見ていた。


巨大粘菌。


原初のスライム。


あれを封印したのは魔王だった。


古文書にも、確かにそう記されていた。


魔王が世界を滅ぼそうとしたという伝承。


魔王が世界を守るために危険生物を封じたという記録。


両方が同じ歴史の中に存在している。


「ねえ、魔王」


リシェルが呼びかける。


REGULATORの赤いセンサーが彼女へ向いた。


『呼称対象を本機と推定』


「あなたよ」


『質問を許可』


「……なんか偉そう」


「管理機械だからな」


蓮が横から言う。


「レンは黙ってて」


「はい」


リシェルはREGULATORへ向き直った。


「昔、私たちと戦った?」


『肯定』


周囲にいたエルフたちの表情が変わる。


「何人殺したの?」


REGULATORは数秒沈黙した。


内部で過去記録を照合しているのだろう。


『直接的死亡原因となった個体数、二万八千四百十一』


空気が凍った。


蓮の表情からも軽さが消える。


リシェルはREGULATORを見つめた。


「それでも、世界を守っていたって言うの?」


『肯定』


「二万八千人殺して?」


『肯定』


「どうして?」


REGULATORは即座に答えた。


『文明抑制プロトコル』


「何、それ」


蓮もREGULATORを見る。


『現地デザインヒューマン文明が、許容技術水準を超過』


蓮の眉が動いた。


「待て。そんなプロトコル、俺は知らない」


『最高管理者休眠後に制定』


「誰が?」


『本機』


蓮の目が細くなる。


『惑星保全任務を遂行するため、必要と判断』


それまで蓮はREGULATORを、人類が残した古い管理機械として見ていた。


だが、この瞬間に認識が変わった。


四千年以上。


最高管理者はいなかった。


人類もいなかった。


その間、REGULATORは自分で考え、自分で判断していた。


『詳細記録を提示可能』


REGULATORが告げる。


蓮が顔を上げた。


「残ってるのか?」


『戦闘記録の八十二・六パーセントを保持』


リシェルが息を呑む。


数千年前。


神話になる以前の魔王戦争。


その記録を、当事者である魔王自身が保持している。


「見せて」


リシェルが言った。


エルドランが慌てる。


「リシェル!」


「見たい」


「魔王の見せる幻など!」


「じゃあ、私たちは何を信じればいいの?」


エルドランが黙った。


「私たちの伝承? それとも魔王の言葉?」


「……」


「どっちもそのまま信じられないなら、自分で確かめるしかないでしょう」


蓮が少し笑った。


「やっぱり君らしいな」


「何が?」


「気になったら最後まで調べる」


「悪い?」


「褒めてる」


「……そう」


リシェルは少しだけ顔を逸らした。


だがREGULATORは、すぐには記録を再生しなかった。


『提案』


「何?」


蓮が聞く。


『戦闘記録理解のため、現地確認を推奨』


「現地?」


リシェルが何かに気づいたように顔を上げた。


「まさか……」


REGULATORは続ける。


『魔王戦争主要戦闘区域。現地呼称――巨人の墓場』


翌日。


一行は飛行艇で東へ向かった。


乗っているのは蓮、美冬、リシェル、エルドラン、護衛二名。そしてREGULATOR。


エルドランは出発してからずっと、REGULATORから最も遠い席に座っていた。


蓮が横目で見る。


「食われないよ」


「分かっております」


「じゃあ、そんな端に座らなくても」


「ここが好きなのです」


「絶対嘘だ」


リシェルが窓の外を見ながら笑った。


「レン、もうすぐよ」


森が途切れた。


山。


谷。


そして、その先に広大な荒野が現れる。


飛行艇が高度を落としていく。


蓮は窓の外を見た。


最初、岩だと思った。


違う。


地面から、巨大な指のようなものが突き出している。


金属製。


さらにその向こうには、半分土へ埋もれた巨大な頭部。


目の位置には黒い穴。


遠くでは、丘へ寄りかかるように巨大な胴体が横たわっていた。


蓮の目が輝く。


「……うおお」


美冬が横を見る。


「楽しそうですね」


「巨人だぞ!」


「たぶん違いますよ」


「なんでそんな冷静なの」


リシェルが少し得意げに言う。


「ここが巨人の墓場。魔王戦争で滅びた巨人族の遺骸が、今も残ってるの」


「巨人族までいるのか!」


蓮は完全に少年の顔だった。


「本当にファンタジーじゃん!」


美冬が窓の外を指差す。


「蓮さん。もう少しよく見てください」


「え?」


蓮が視界を拡大する。


巨大な頭部。


腐食している。


苔も生えている。


だが、側面には微かに文字が残っていた。


《PLANETARY ENGINEERING UNIT》


《HEAVY CONSTRUCTION TYPE-14》


蓮の表情が止まる。


「……重機だこれ」


リシェルが首を傾げる。


「ジュウキ?」


「工事用ロボット」


「巨人よ」


「ロボット」


「巨人」


「機械」


「巨人族」


「だから最初から機械だって!」


リシェルがむっとする。


「骨が鉄でできてるの!」


「骨じゃなくてフレーム!」


「胸には魔石が入ってた!」


「動力炉!」


「頭には黒い石板が!」


「演算装置!」


「全部知ってるみたいに言わないで」


「知ってるんだよ!」


美冬は声を出して笑っていた。


飛行艇が荒野へ着陸する。


一行は外へ降りた。


風が砂を運び、巨大な残骸の隙間を抜けていく。


近くで見ると、その大きさはさらに異様だった。


全高十二メートルほど。


片腕を失い、胸部には巨大な穴が開いている。


内部の骨格に見える構造体が露出していた。


リシェルが説明する。


「これは《名なき巨人》」


蓮は側面を見る。


「機体番号あるけど」


「ない」


「書いてある」


「私たちには読めないもの」


蓮が文字を読む。


「PEU-14-031」


その瞬間、REGULATORが反応した。


『照合完了。惑星造成用大型作業機TYPE-14、個体番号031』


蓮がリシェルを見る。


「ほら」


「……」


REGULATORは続ける。


『魔王戦争暦二十七年、機能停止』


リシェルが聞いた。


「誰が倒したの?」


『KYLE ELDIA』


空気が変わった。


エルドランが目を見開く。


「……カイル?」


リシェルも驚く。


「勇者カイル?」


蓮が二人を見る。


「知ってる?」


エルドランは巨大な機械を見上げた。


「知らぬ者などおりません」


その声には、畏敬が混じっていた。


「魔王戦争最後の勇者。聖剣ヴァルグラムを携え、巨人族を倒した英雄です」


REGULATORが訂正する。


『KYLE ELDIA率いる戦闘工兵部隊による攻撃』


蓮の表情が変わる。


「戦闘工兵?」


『現地文明製高周波振動兵器を使用』


「……高周波?」


『肯定』


蓮は巨大な残骸へ近づいた。


胸部には、数千年を経てもまだはっきり分かる切断痕が残っている。


美冬も横へ来る。


「切った跡ですね」


「うん」


蓮は指で傷の縁をなぞった。


「単なる剣じゃない」


リシェルが少し不満そうに言う。


「だから聖剣よ」


「違う」


今度の蓮の声は真剣だった。


「これを作った奴、かなり分かってる」


一行はさらに奥へ進んだ。


巨人の墓場の中心。


そこには、最初は山としか思えないほど巨大な残骸があった。


脚。


腕。


胴体。


頭部。


全高三十二メートル。


半分は地面へ沈んでいる。


リシェルが静かに言う。


「巨人王ガルガント」


エルドランも頭を下げる。


「勇者カイル最大の戦いが行われた場所です」


蓮は見上げた。


「これも作業機?」


『肯定』


REGULATORが答える。


『大型地形造成機。TERRAFORM ENGINEERING WALKER』


「なんでこんなのを戦争に使った?」


『文明抑制作戦に必要と判断』


蓮の表情が少し変わった。


リシェルがREGULATORへ聞く。


「カイルが倒したの?」


『肯定』


「一人で?」


『否定』


リシェルが少しだけ残念そうな顔をする。


REGULATORは淡々と続けた。


『KYLE ELDIA以下、技術兵三十八名。戦闘時間、七十一時間四十二分』


蓮が思わず呟く。


「三日……」


『最終的にKYLE ELDIAが動力部へ高周波振動刃を挿入し、緊急停止』


エルドランが小さく息を呑んだ。


「伝承と同じだ」


リシェルが振り向く。


「何が?」


老神官は巨大な機械を見上げた。


「勇者カイルは三日三晩、巨人王と戦った。最後に聖剣を心臓へ突き立て、巨人王を倒した」


蓮はしばらく黙っていた。


巨人は機械だった。


聖剣は高周波振動ブレード。


心臓は動力炉。


だが、起きた出来事そのものはほとんど正確に伝わっている。


「すげえな」


蓮が呟いた。


リシェルが少し嬉しそうに彼を見る。


「カイル?」


「ああ」


蓮は巨人王を見上げる。


「人類の技術そのものを持ってたわけじゃないんだろ?」


『一部古代技術を解析利用』


「それでも、自分たちで理解して、作ったんだよな?」


『肯定』


蓮の目が変わった。


それまで彼は、エルフ文明をどこか「ファンタジーらしい世界」として見ていた。


面白い。


珍しい。


だが、自分たち人類より遥かに遅れた文明。


そんな先入観があった。


しかし違う。


彼らは一度、ここまで来ていた。


「じゃあ」


蓮はREGULATORを見る。


「なんで今はない?」


REGULATORは即答した。


『本機が破壊』


リシェルがREGULATORを見る。


「……何を?」


『科学技術基盤』


一つずつ、淡々と列挙される。


『研究施設。教育機関。製造施設。発電設備。通信設備。高度技術保有者』


最後の項目で、リシェルの表情が変わった。


「……人も?」


『肯定』


風だけが荒野を抜けていく。


『文明抑制プロトコルに基づき、体系的に排除』


リシェルは何も言えなかった。


今の自分たちの世界。


剣。


弓。


馬。


生活魔法。


古代遺物を神器として祀る社会。


それは自然にそうなったのではない。


「あなたが……」


リシェルは魔王を見る。


「私たちから奪ったの?」


『肯定』


蓮の声が低くなった。


「理由を説明しろ」


『可能。ただし説明には、魔王戦争初期記録の参照を推奨』


「見せろ」


蓮は即答した。


『最高管理者権限を確認。記録を復元』


空間に映像が現れた。


古い。


粗い。


だが、そこに映っていた世界を見て、リシェルは息を呑んだ。


今とは全く違うエルフの都市。


巨大な街。


煙突。


工場。


鉄道。


電線。


夜を照らす無数の灯り。


空には飛行船。


街の中央には巨大な研究塔が立っている。


「……どこ?」


リシェルが聞く。


REGULATORが答えた。


『エルディア共和国、旧首都』


エルドランの顔が変わる。


「エルディア……」


今では伝説にしか残っていない国。


勇者カイルの故郷。


映像が切り替わった。


研究室。


長い耳を持つ若い男。


作業服。


銀色の髪を無造作に束ねている。


手には奇妙な剣。


周囲には計測器や配線が散らばっている。


男が仲間へ言う。


『振動数をあと三パーセント上げる』


女性が呆れた顔をする。


『また壊れるわよ』


『今度は耐える』


『前もそう言った』


『あれは材料が悪かった』


『設計者は誰?』


男が黙る。


女性が笑い、男も少しだけ笑った。


リシェルはその顔を知っていた。


神殿の像。


絵。


物語。


子供の頃から何度も見てきた。


だが、こんな顔は知らない。


笑う勇者。


研究する勇者。


剣を作る勇者。


「……カイル」


REGULATORが識別情報を表示する。


『KYLE ELDIA。職業――王立技術院、応用物理工学研究員』


蓮が思わず笑った。


「勇者じゃねえじゃん」


リシェルがすぐに睨む。


「勇者よ」


「研究者って言ってるぞ」


「勇者!」


「いや、職業が――」


「勇者なの!」


蓮は少し笑った。


「分かったよ」


そして再び映像を見る。


まだ魔王を知らない若いカイル。


自分たちの未来を信じている。


その背後。


研究室の壁に大きな文字が書かれていた。


翻訳が表示される。


――世界の理を理解することに、禁じられた領域などない。


映像が止まった。


REGULATORの声が静かに響く。


『魔王戦争開始まで、三年』


リシェルは画面から目を離せなかった。


その時代、エルフは神を恐れず、世界を知ろうとしていた。


そして三年後。


魔王が彼らの前に現れる。


科学という未来を終わらせるために。


――第八話 了

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