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第7話 創造神、魔王を従える

9月11日 アップした当時勢いのみで書いてたせいでめちゃくちゃな内容だったものを頑張って修整しました。

挿絵(By みてみん)


 森が消えていた。


 昨日まで木々で埋め尽くされていた谷が、茶色い地肌を晒している。


 その中心を、半透明の何かが這っていた。


 蓮は観測映像を拡大した。


「……でかいな」


「全長約二百七十メートル。高さは最大で四十メートルを超えています」


 美冬の指が映像を滑る。


 透明な巨体の中に、何本もの木が浮かんでいた。岩もある。白い骨も見えた。


 先端が森へ触れる。


 木々が傾き、呑み込まれた。


「進路上に集落があります」


「あとどのくらい?」


「このままなら一日もありません」


 蓮は椅子の背から身体を起こした。


「イザナミ。REGULATORに映像を送って」


『送信します』


 間もなく返答があった。


『該当記録あり。識別番号BIOHAZARD-07』


「止め方は?」


『詳細記録へのアクセス不能。現地管理コアとの接続を必要とします』


「現物を調べろってことか」


 蓮はもう一度、森を呑み込んでいく巨体を見た。


「美冬さん、準備しよう」


      ◇


 昼前。


 リシェルは神殿の床に座り込み、古びた本をめくっていた。


 森を喰う巨大な魔物。


 そんな噂が村へ飛び込んできたのは朝だった。


 しかも魔境に灯りが戻った直後だ。


 村では早くも、魔王が目覚めたのだと騒ぎになっている。


「あった……」


 指が止まった。


《大地を這うもの、命を喰らうもの》


 リシェルは身を乗り出した。


《刃はこれを増やし、炎はこれを散らす》


「これ……」


 続く一文を読み、目を見開く。


《魔王、これを黒き地の底へ封ず》


「魔王が……封じた?」


 リシェルは本を閉じた。


 そのまま抱えて立ち上がる。


「これ借りる!」


「どこへ行くんだ?」


 奥から神官の声が飛んできた。


「人間のところ!」


 返事を待たず、リシェルは神殿を飛び出した。


      ◇


「レン!」


 出発直前だった。


 振り返った蓮のところへ、リシェルが駆けてくる。


「間に合った……!」


「どうしたの?」


「これ」


 息を整える間も惜しんで、抱えていた本を開く。


「今出てる魔物のことかもしれない。《大地を這うもの、命を喰らうもの》」


「うん」


「《刃はこれを増やし、炎はこれを散らす》」


 蓮が美冬を見る。


 美冬も頷いた。


「参考になりそうですね」


「まだあるの。《魔王、これを黒き地の底へ封ず》」


「……魔王?」


「そう書いてある」


 蓮は本とリシェルを交互に見た。


「これ、借りられる?」


「私も行く」


「危ないよ」


「だから行くの。この本に他にも何か書いてあるかもしれないでしょう?」


 蓮は美冬を見る。


「保護装備を着けて、私たちの指示には必ず従ってください」


「分かった」


「勝手に近づかないこと」


「分かってるって」


 蓮が口を挟む。


「俺より念押しされてない?」


「蓮さんにも言っています」


「……はい」


      ◇


 近くで見ると、それは生き物というより動く地形だった。


 半透明の壁が、森の向こうまで続いている。


「こんなに大きいなんて……」


 簡易防護服を着たリシェルが見上げる。


「近づかないでね」


「分かってる」


 無人機が巨体へ接近し、先端から少量の組織を採取した。


 密閉容器へ収め、刃を入れる。


 二つに分かれた。


 しばらく待つ。


 片方が動いた。


 もう片方も動いた。


 リシェルが本へ目を落とす。


「《刃はこれを増やし》……」


「次」


 別の試料を密閉する。


 熱を加えた途端、肉片が激しく縮んだ。


 白いものが噴き出す。


「胞子です」


 容器の中が白く霞んでいく。


 蓮が顔をしかめた。


「昔の人、正しかったんだな」


 調査を続けていた無人機から、新しい反応が届いた。


「蓮さん」


 美冬が表示を拡大する。


「内部に人工物があります」


「どの辺?」


「ほぼ中心です」


 蓮はREGULATORへ通信を繋いだ。


「これが現地管理コア?」


『肯定』


「遠隔で止められる?」


『不可能。管理権限保持者による物理認証を必要とします』


 蓮は黙って巨大な粘液の塊を見上げた。


「……俺が入るの?」


『肯定』


「嫌だなあ」


「待って」


 リシェルが蓮を見る。


「入るって、あの中に?」


「そうなるね」


「危ないでしょう」


「装甲がある」


 美冬はすでに計算を始めていた。


「採取試料と同程度なら二十分以上は耐えられます。制御核までの往復には十分です」


「なら行ける」


「異常があれば即時撤退です」


「了解」


 蓮がヘルメットを被る。


 フェイスシールドが閉じた。


「レン」


 足を止める。


「絶対戻ってきて」


「ああ」


 蓮は粘液へ踏み込んだ。


      ◇


 重い。


 一歩目で、それが分かった。


 粘液が脚に絡みつく。


「思ったより歩きにくいな」


『制御核まで直線距離、三十一メートルです』


「近い近い」


 一歩。


 また一歩。


 数メートル進んだところで、警告音が鳴った。


《EXTERNAL ARMOR DAMAGE》


「ん?」


 左腕を見る。


 白銀の表面に泡が浮いていた。


 装甲が変色していく。


「美冬さん」


『見えています』


「これ、二十分保つんだよね?」


 返事がない。


「美冬さん?」


『戻ってください』


 蓮の足が止まった。


『内部の分解作用が試料より強い。想定の三倍以上の速度で侵食されています』


「……マジか」


『今なら戻れます』


 蓮は振り返った。


 入口はまだ近い。


 戻れる。


 前方に視線を戻す。


「核までは?」


『二十二メートル』


「遠いな」


『戻ってください』


 警告音が重なる。


《LEFT FOREARM ARMOR DAMAGE》


 左腕の表面が剥がれた。


 白銀の欠片が浮かび、形を失っていく。


「レン!」


 リシェルの声が飛び込んできた。


「聞こえてる」


「戻って!」


 蓮は動かなかった。


「美冬さん。こいつ、このまま進んだら止める方法は?」


『現状ではありません』


「……だよな」


 前へ踏み出した。


「蓮さん!」


「行く」


 粘液を掻き分ける。


「最高管理者じゃないと止められないんだろ」


 右脚に警告。


 続いて肩。


 歩くたびに装甲が削られていく。


「レン、戻って!」


「もう少し!」


「さっき二十二メートルって言ってたでしょう!」


「意外と聞いてたな!」


「当たり前でしょう!」


 足が止まった。


 粘液に腰まで捕まっている。


「くそ……」


 重力制御を上げる。


 身体が前へ引かれた。


 まとわりついていた粘液が伸び、千切れる。


 数歩進んだ。


《RIGHT ARM OUTER SHELL LOST》


「っ!」


 右腕の白銀装甲が剥がれ落ちた。


 黒い耐食層が露出する。


『蓮さん、撤退してください!』


「戻る方が遠い!」


 その先に黒い影が見えた。


「あった」


 肉の中に何かが埋まっている。


 人工物だ。


 蓮は進んだ。


 右脚の外装が崩れる。


 警告音が鳴り続ける。


 あと少し。


 手を伸ばす。


 届かない。


「……っ!」


 もう一歩。


 右腕を伸ばした。


 指先が黒い構造体へ触れる。


《AUTHORITY QUERY》


「早く」


《VERIFYING》


「早くしろ……!」


 右腕の耐食層から煙が上がった。


《PRIMARY ADMINISTRATOR IDENTIFIED》


《AMAGI REN》


「活動停止!」


《COMMAND ACCEPTED》


 何も起きない。


「おい」


 一秒。


 二秒。


 粘液が震えた。


 全身を締めつけていた力が抜けていく。


『停止を確認!』


 美冬の声が響いた。


『蓮さん、すぐ戻ってください!』


「了解」


 蓮は振り返った。


 動かなくなった粘液が、出口まで続いている。


「……そうだった」


『何がです?』


「帰らなきゃいけないんだった」


『早くしてください!』


「はいはい」


      ◇


 巨大な塊が沈み始めていた。


 リシェルはその表面から目を離せなかった。


「まだ?」


「生命反応はあります」


「でも――」


 粘液が盛り上がった。


 腕が突き出る。


「レン!」


 リシェルが駆け出した。


 蓮が這い出してくる。


 白銀だった装甲は、見る影もなかった。


 右腕の外装はほとんど失われている。脚も肩も溶け、黒い内部材が剥き出しになっていた。


 二歩。


 三歩。


 そこで蓮が膝をついた。


「レン!」


「大丈夫」


「どこがよ!」


「一応、生きてる」


 美冬が駆け寄り、装甲を確認する。


「右腕の耐食層、残り三パーセントです」


「……三?」


「あと少し遅ければ、その下まで到達していました」


 蓮は剥き出しになった右腕を見る。


「それは……怖いな」


「戻れと言いました」


「はい」


 リシェルが睨んでいる。


「馬鹿」


「うん」


「本当に馬鹿」


「今回は反論しない」


 リシェルは口を開きかけた。


 何も言わず、蓮の肩を叩く。


「痛っ」


「生きてる」


「そこで確認する?」


「うるさい」


      ◇


 数時間後。


 検査を終えた蓮は、新しい装備に着替えていた。


 美冬が端末を持ってくる。


「REGULATORから回答が来ました」


「何て?」


「BIOHAZARD-07を隔離したのはREGULATOR-01です」


 傍らにいたリシェルが顔を上げた。


 古い本を開く。


《魔王、これを黒き地の底へ封ず》


 蓮がその一文を見る。


「……会いに行こうか」


「誰に?」


「REGULATOR」


 リシェルは黙った。


「魔王城へ行くの?」


「そういうことになるな」


      ◇


 黒い山肌に、白い灯りが並んでいた。


 小型艇が施設の前へ降りる。


 蓮、美冬、リシェル。それに護衛二名が降りた。


 扉は蓮が近づいただけで開いた。


 内部にも灯りがつく。


 長い通路の奥。


 それは待っていた。


 二メートルを超える黒い人型。


 額に赤い光が灯っている。


 リシェルの足が止まった。


「……レン」


「どうした?」


 返事がない。


 彼女は黒い人型の顔を見ていた。


 一本の傷が斜めに走っている。


「その傷……」


 リシェルが一歩下がった。


「勇者カイルがつけた傷」


 蓮がREGULATORを見る。


「これ?」


『過去の戦闘による損傷です』


「相手は?」


『現地知的生命体』


 リシェルの指が蓮の袖を掴んだ。


「レン」


「うん」


「魔王よ」


 声が小さい。


「あれが?」


「赤い眼。黒い身体。顔の傷……全部同じ」


 蓮はREGULATORを見上げた。


「お前、こっちじゃ魔王って呼ばれてるみたいだよ」


『当機構はREGULATOR-01です』


「本人は違うって」


「本人って言わないで!」


 蓮は少しだけ考えた。


「REGULATOR。居住区で詳しく話を聞きたい。ここを離れられる?」


 赤い光が蓮を向く。


『現在の管理任務に支障なし』


「同行してくれる?」


『了承します』


「じゃあ行こう」


 蓮が出口へ向かう。


 REGULATORも歩き出した。


 リシェルはその場に立ったまま、二人の背中を見ていた。


「……嘘でしょ」


      ◇


 施設から離れた尾根に、神官と護衛たちがいた。


 昨夜、魔境に灯りが戻った。


 その異変を確かめるために派遣された者たちだった。


 誰も近づこうとはしない。


 遠くから見ているだけだ。


 そこへ空飛ぶ船が降りてきた。


「人間……?」


 一行が魔王城へ入っていく。


 神官が目を凝らした。


「あれが……アマギレンか」


「聖堂に招かれた?」


「ああ」


 創造神の紋章を持ち、聖刃を目覚めさせたという男。


 その男が、魔王城へ入った。


 誰も喋らなくなった。


 しばらくして、扉が開く。


「出てきた」


 先頭にアマギレン。


 白銀の人間たち。


 銀髪のエルフ。


 そして――


「……あ」


 誰かが声を漏らした。


 黒い巨体が出てきた。


 額の赤い光。


 顔を斜めに走る傷。


 神官の唇が震える。


「魔王……」


 逃げろと言う者はいなかった。


 誰も動けなかった。


 魔王は戦っていない。


 アマギレンの後ろを歩いている。


「倒した……のか?」


「違う」


「じゃあ、なんで……」


 神官が呟いた。


「従っている……」


 誰かが息を呑んだ。


「創造神が……魔王を従えた」


 その日のうちに、話は山を下った。


 翌朝には、もっと短くなっていた。


 ――創造神アマレインが、魔王を従えた。


     ――第七話 了



挿絵(By みてみん)

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