第6話 魔王、目覚める
9月11日 五話との繋ぎの問題で大幅な加筆修正をしました。
山の奥深く。
暗闇の中に、白い光が一本走った。
続いて、その隣。
さらに奥へと、通路の照明が順番に灯っていく。
低い振動が床を伝った。
閉ざされた隔壁の向こうで、何かがゆっくりと回り始める。
空気が動く。
長く止まっていた設備が次々と動き出し、地の底を這うような低音が重なっていった。
《LEGACY NETWORK SEARCH》
《ORBITAL SYSTEM DETECTED》
《COMMUNICATION REQUEST》
◇
「……通信?」
蓮は足を止めた。
人類居住区へ戻って、まだそれほど時間は経っていない。聖堂へ向かう際に着用した軽装甲も、そのままだった。
隣を歩いていた美冬も足を止める。
『はい』
イザナミの声が答えた。
『地上から接続要求を受信しています』
「地上って、どこから?」
『東方山岳地帯です』
「東?」
蓮の視界に地図が開いた。
人類居住区からかなり離れた場所だった。山々が幾重にも連なる一帯に、小さな光点が浮かんでいる。
「こんなところに施設あったっけ?」
「少なくとも、現在の管理情報にはありませんね」
美冬も地図を覗き込んだ。
「さっきの聖堂の地下施設では?」
『発信位置が異なります』
「じゃあ、別の施設か」
蓮は光点を見つめた。
「通信規格は?」
『人類系です。ただし、現在は使用されていない旧式の惑星管理用通信規格と一致します』
蓮と美冬が顔を見合わせた。
「接続して大丈夫?」
『隔離環境を経由します。現時点で危険性は検出されていません』
「じゃあ、つないで」
『了解しました』
数秒後、通信経路が開いた。
雑音はない。
聞こえてきたのは、感情の起伏をほとんど感じさせない合成音声だった。
『軌道管理系との接続を確認』
蓮の表情が変わる。
『管理権限照合』
短い間があった。
『天城蓮を確認』
「……俺?」
『最高位管理権限を確認しました』
「いや、そこじゃなくて。まず、そっちは誰?」
『当機構はREGULATOR-01』
「レギュレーター?」
『惑星環境管理機構です』
今度は蓮が美冬を見る。
「知ってる?」
「私は知りません」
「イザナミ」
『照会しています』
数秒後、答えが返る。
『関連記録を確認しました。ただし、情報の大部分が欠落しています。テラフォーミング工程に投入された惑星管理システムの一つと推定されます』
「……そんなの残してたのか」
『当時の地上管理設備は多数存在します』
「それは分かるけど」
蓮は再び地図へ目を向けた。
問題は、なぜ今になって動き出したのかだ。
「REGULATOR」
『はい』
「いつ復旧した?」
『管理者認証情報を受信後、再起動処理を開始』
蓮は黙った。
美冬も何も言わない。
「……聖堂の地下で、俺が認証されたのが原因?」
『肯定』
「やっぱり俺か……」
蓮は小さく息を吐いた。
「蓮さん」
「何?」
「最高管理者ですから」
「そういう慰め方はいらない」
美冬の口元が、ほんの少し緩んだ。
蓮は見逃さなかった。
「……神崎さん」
「はい」
「今、笑っただろ」
「笑ってません」
「こっち向いて言って」
少し間があった。
美冬がヘルメットの側面に触れる。
すっとフェイスシールドが閉じた。
それから何事もなかったように蓮へ向き直る。
「笑ってません」
「……閉じてからこっち向くなよ」
「笑ってません」
「さっきもそれやっただろ」
「何のことでしょう」
蓮は黒いフェイスシールドをしばらく見つめた。
「それ、開けて言って」
「必要ありません」
「やっぱり笑ってるだろ」
「笑ってません」
『質問への回答を継続してよろしいでしょうか』
REGULATORが割り込んだ。
蓮は少しだけ間を置いた。
「……ああ。続けて」
『了解しました』
美冬の肩が、わずかに揺れた。
蓮はもう何も言わなかった。
「それで、REGULATOR。現在の状態は?」
『基幹設備を順次復旧中』
「設備に問題は?」
『多数』
「多数あるのか……」
『長期休止による設備劣化を確認。診断を継続しています』
「危険なものは?」
『確認中』
蓮の表情から笑みが消えた。
「そこは優先して確認して。人類居住区や周辺に影響する可能性があれば、すぐ知らせてくれ」
『了解しました』
「それと、大規模な行動を勝手に始めないで」
『命令として登録しますか』
「登録して」
『登録しました』
通信が切れる。
蓮は地図に残った光点を見つめた。
「どう思う?」
美冬がフェイスシールドを開いた。もう笑ってはいない。
「情報が足りませんね。施設の規模も、REGULATOR-01が何を管理していたのかも分かりません」
「だよな」
「アマテラス側の記録を調べます。地上施設については遠隔観測を」
「頼む」
蓮はもう一度、東方山岳地帯へ目を向けた。
「……今日は長いな」
「まだ終わってませんよ」
「嫌なこと言わないでよ」
◇
最初に光を見つけた男は、それが何なのか分からなかった。
日暮れ前。
山で採った薬草を背負い、帰りの道を歩いていたときだった。
何気なく東へ目を向ける。
山々の向こうは、すでに薄暗い。
その中に、ひとつだけ白い光があった。
「……なんだ?」
男は足を止めた。
遠い。
ここからでは形など分からない。
やがて、その隣にも光が灯った。
さらに一つ。
間を置いて、また一つ。
男は目を細めた。
あの辺りに村はない。
街道もない。
人が暮らしているという話も聞いたことがなかった。
「……魔境」
声に出した途端、背筋が寒くなった。
幼い頃から何度も聞かされた。
東の山々のさらに奥。
かつて魔王がいたと伝えられる土地。
子供の頃は怖かった。
大人になってからは、昔話だと思っていた。
ゴォォォォ……。
低い音が響いた。
「……っ」
男が顔を上げる。
風ではない。
遠雷とも違う。
山の奥から聞こえてくる。
いや――地の底から響いているように思えた。
ゴォォォォォ……。
長い。
腹の底まで震わせるような低音が続く。
足元の小石が、かすかに揺れた。
やがて音が止む。
静かになった山を、男は見つめた。
また一つ。
暗い山肌に白い光が灯った。
男は走り出した。
薬草籠から何かが落ちたが、拾わなかった。
振り返ることもなく、山道を駆け下りていった。
◇
「ずいぶん律儀だな……」
翌朝。
蓮は朝食を片手に、目の前へ流れてくる報告を眺めていた。
REGULATOR-01から送られてくるものだ。
電力系統復旧。
地下空調系統復旧。
冷却系統再稼働。
水循環設備、部分復旧。
地上観測設備、診断中。
通信設備、復旧。
「イザナミ。これ、全部読む必要ある?」
『重要度による選別が可能です』
「そうして。異常と危険性のあるものを優先」
『了解しました』
表示が一気に減った。
「最初からそうすればよかった」
『指示されていませんでした』
「はい……」
蓮はそれ以上言わなかった。
美冬が隣の席で別の情報を確認している。
「東方施設の遠隔観測結果が出ました」
「見せて」
立体映像が開く。
山岳地帯。
深い森。
その中に、直線的な構造物がいくつも埋もれている。
「思ったより大きいな」
「地上部分だけでも相当あります。大部分は地下のようですね」
「周りに集落は?」
「確認できる範囲にはありません。ただ、かなり離れた場所に街道らしきものがあります」
蓮は映像を眺めた。
「昨日の再起動、外から分かるくらい派手だった可能性ある?」
「設備の規模を考えれば、否定はできません」
「REGULATORに、地上への影響をなるべく抑えるよう伝えて」
『伝達します』
「あと、外に何か出したりしてないよね?」
『確認します』
少しして返答が届いた。
『外部活動個体なし』
「よし」
蓮は朝食へ戻った。
◇
昼前。
村を訪れた行商人の話に、リシェルは手を止めた。
「ちょっと待って」
「なんだ?」
「今、魔境って言った?」
「ああ」
「何があったの?」
「昨日の夕方、山で薬草を採ってた男が妙なものを見たらしい」
リシェルはすぐに手帳を取り出した。
「何を?」
「光だよ。魔境の奥で、いくつも灯りがついたそうだ」
「灯り?」
「それだけじゃない。山の底から唸るような音がして、地面まで震えたって話だ」
「いつ?」
「だから昨日の夕方」
リシェルの手が止まった。
「……昨日?」
「ああ」
「見た人は?」
「俺は知らん。いくつか向こうの村の人間らしい」
「光は何色?」
「白かったとか」
「いくつ?」
「そこまでは知らん」
「音は? どのくらい続いたの?」
「リシェル」
「何?」
「俺は見てないからな」
「分かってる」
「なら、もう少し加減して聞いてくれ」
行商人が困った顔をする。
リシェルは手帳へ視線を落とした。
昨日。
聖堂の地下で、長く眠っていたものが動き出した。
誰も触れていないのに明かりが灯り、閉ざされていた場所が目を覚ますように動き始めた。
レンたちは、そこにあったものを自分たちの技術だと言っていた。
そして同じ日。
魔境でも、光が灯った。
「……」
リシェルは手帳を閉じた。
「どこへ行く?」
近くにいた村の神官が尋ねる。
「レンのところ」
「今からか?」
「うん」
「魔境で異変があったと聞いた直後に?」
「だから行くの」
神官が眉を寄せる。
「怖くないのか?」
「怖いわよ」
リシェルは荷物を手に取った。
「でも、怖いからって、知らないままでいい理由にはならないでしょう?」
神官はしばらく彼女を見ていたが、それ以上は止めなかった。
「暗くなる前には着け」
「分かってる」
リシェルは村を出た。
◇
「レン!」
人類居住区へ着いた頃には、さすがのリシェルも息を切らしていた。
呼ばれた蓮が振り返る。
「リシェル?」
「聞きたいことがある」
「その前に息整えたら?」
「大丈夫」
「大丈夫には見えないけど」
「魔境で変なことが起きたの」
蓮の表情が変わった。
「魔境?」
「昨日の夕方、山の奥に明かりが灯った。地面が震えるくらい低い音も聞こえたって」
「昨日の夕方?」
「そう」
「場所は?」
「東の山」
蓮は少し考えてから、周辺地図を呼び出した。
「リシェル。その魔境ってどの辺?」
「もっと広くして」
地図が縮小される。
リシェルが東方山岳地帯へ指を伸ばした。
「この辺りから先」
蓮の視線が止まった。
その範囲には、REGULATOR-01の施設がある。
「……レン?」
「うん」
「何か知ってる?」
「昨日から、この辺にある古い施設と通信してる」
リシェルが蓮を見る。
「通信?」
「離れた場所と話すための……」
「それは分かる」
「あ、もう説明したっけ」
「前に聞いた」
「そうだった」
「それより、誰と話してるの?」
「誰っていうか……REGULATOR-01っていう、昔の人類が造った管理機構」
リシェルには、聞き慣れない言葉だった。
「それが、昨日から動いてるの?」
「そう」
「いつから?」
「たぶん、俺たちが聖堂にいた頃」
リシェルが黙った。
蓮は地図を指す。
「この辺で間違いない?」
「たぶん」
「たぶん?」
「魔境は広いもの。正確な場所まで行ったことなんてない」
「そりゃそうか」
「レン」
「何?」
「そこには、昔から魔王がいたって伝わってる」
蓮の指が止まった。
「……魔王?」
「うん」
「あの魔王?」
「どの魔王よ」
「いや、魔王って一人じゃないの?」
「少なくとも私が知ってる魔王は一人よ」
「じゃあ、その魔王」
リシェルが呆れた顔をする。
「黒い姿をしていたとか、赤い眼を持っていたとか、魔物を従えていたとか。話によって少しずつ違うけど」
「ずいぶん物騒だな」
「魔王だもの」
「それもそうか」
蓮はもう一度地図を見る。
東方山岳地帯。
そこにある古い人類の施設。
REGULATOR-01。
「リシェル。その魔王について、もう少し調べられる?」
「調べる」
「即答だな」
「だって気になるもの」
「危ないことはするなよ」
「レンに言われたくない」
「なんで?」
「自分で考えて」
蓮は少し考えた。
「……分かった」
「分かったのね」
「なんとなく」
リシェルは小さく笑った。
「こっちでもREGULATORについて調べる。何か分かったら――」
蓮は途中で止まった。
「……また来てもらうしかないか」
「来るわよ」
「遠いだろ」
「知りたいもの」
迷いのない返事だった。
「じゃあ、何か分かったら教えて」
「レンもね」
「ああ」
◇
夜。
東の山々は、厚い雲に覆われていた。
風が森を抜け、木々の枝を揺らしていく。
そのさらに奥。
人の暮らす土地から離れた山中に、白い灯りが点々と浮かんでいた。
地の底では、低い駆動音が途切れることなく続いている。
《POWER SYSTEM――STABLE》
《ENVIRONMENTAL CONTROL――RECOVERING》
《OBSERVATION NETWORK――RESTORING》
REGULATOR-01は、復旧した設備を一つずつ確認していく。
白い照明に照らされた通路。
閉じた隔壁。
長く使われていない機器。
その中央で、黒い人型の機体が静かに立っていた。
額に埋め込まれた赤い光だけが、暗い空間に浮かんでいる。
やがて、施設の奥で重い音が響いた。
低く、長く。
山の中へ染み込んでいくような音だった。
REGULATOR-01は動かない。
ただ、目の前を流れていく情報を処理し続けていた。
山の外では、白い灯りがまた一つ増えた。
――第六話 了
【作者よりお願い】ここまでお読みいただきありがとうございます!もし「続きが気になる」「おもしろい」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】をタップして応援していただけると、執筆の大きな励みになります!




