第5話 創造神の帰還
リシェルが古文書を見つけてから三日後。
人類の植民都市に、一通の正式な招待が届いた。
正確には一通ではない。
羊皮紙に書かれた親書。
地方領主の署名。
神殿の印章。
そして、使者としてやって来た騎士が二人。
内容は単純だった。
《天より来たりし客人を、アルフェリア大聖堂へ招待したい》
蓮は翻訳された文章を読み終えると、椅子にもたれた。
「行きたくない」
「駄目です」
美冬が即答した。
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせ『面倒くさい』でしょう?」
「面倒くさい」
「ほら」
蓮は端末を机へ置いた。
エルフとの接触から数日。
人類側は可能な限り慎重に行動していた。
こちらから大規模な接触はしない。
軍事力を見せつけない。
宗教に干渉しない。
政治にも介入しない。
その方針だった。
ところが、相手側から正式な招待が来てしまった。
しかも神殿。
さらに悪いことに、リシェルが古文書で発見した《創造神アマレイン》という存在が、どう考えても《天城蓮》と無関係には思えない。
「俺が行ったら絶対ややこしくなる」
「行かなくてもややこしくなりますよ」
美冬は別の資料を表示した。
そこには、エルフ側で集めた情報が並んでいる。
《創造神アマレイン、天より帰還》
《銀の従者を伴う》
《神々の都が西の平原に出現》
《失われた神術を自在に操る》
蓮は頭を抱えた。
「誰だよ、銀の従者って」
「私たちでしょうね」
「神々の都って何?」
「うちの街でしょうね」
「失われた神術は?」
「ナノテクノロジーでしょうね」
「全部違う!」
「向こうから見れば、だいたい合ってるんじゃないですか?」
「合ってない!」
美冬は楽しそうだった。
蓮はため息をついた。
「リシェルは?」
「迎えに来るそうです」
「本人が?」
「はい」
「絶対楽しんでるだろ、あいつ」
その予想は当たっていた。
昼過ぎ。
リシェルは小型飛行艇から降りる蓮を見て、固まった。
「……何、その格好」
蓮は白銀の軽量アーマーを装着していた。
全身を覆ってはいるが、重装甲ではない。
厚さ数ミリ程度の複合装甲。
内部には人工筋肉、衝撃吸収層、医療ナノ群、環境遮断機能が組み込まれている。
そして何より目立つのが、顔全体を覆うフルフェイス型ヘルメットだった。
蓮だけではない。
美冬。
護衛四名。
全員が同じ系統の装備を身につけている。
白銀の装甲。
黒い関節部。
顔の見えない滑らかなヘルメット。
六人が並んで立っている。
リシェルはしばらく眺めてから言った。
「神々しい」
「やめろ」
「すごく神々しい」
「だからやめろって」
「神殿に行くのに、その格好?」
「安全装備だよ」
「もっと普通の服なかったの?」
「一応、未知の都市へ行くんだから」
「私たちの街よ?」
「俺たちにとっては未知の都市」
蓮はヘルメットの側面に触れた。
顔面部分が音もなく左右へ分割され、装甲内部へ収納される。
一瞬で蓮の顔が現れた。
リシェルの目が大きくなる。
「今のもう一回」
「嫌だ」
「もう一回」
「玩具じゃないんだぞ」
「どうなってるの?」
「装甲材が変形して収納されてる」
「もう一回」
「聞いてないだろ」
美冬が笑いながら自分のヘルメットを閉じた。
顔の前へ装甲が滑り込み、完全な仮面になる。
もう一度開く。
リシェルの目が輝いた。
「欲しい」
「駄目」
蓮と美冬が同時に答えた。
一行は飛行艇でアルフェリアへ向かった。
都市が近づくにつれ、蓮は窓の外を見る時間が増えた。
城壁。
石造りの建物。
赤い屋根。
中央には巨大な神殿。
遠くには城。
道には馬車が走っている。
「すげえな」
蓮が呟く。
リシェルが振り向く。
「何が?」
「ファンタジーだ」
「ファンタジー?」
「いや、こっちの話」
蓮にとっては、本やゲームで何度も見たような光景だった。
だが、それが現実に存在している。
城。
エルフ。
魔法。
神殿。
飛竜まで空を飛んでいる。
自分の意識がテラフォーミング計画へ影響した可能性を考えると、少々笑えない部分もある。
「俺、昔どんなデータ入れたんだろうな……」
「何?」
「なんでもない」
飛行艇は都市の外へ着陸した。
さすがに街の中央へ直接降りるのは避けた。
だが、それでも大騒ぎになった。
銀色の飛行艇が空から降りてくる。
扉が開く。
そこから白銀の人型が六人現れる。
全員フルフェイス。
顔が見えない。
しかも歩くたびに装甲表面へ淡い光が流れる。
迎えに来ていた神官たちは、完全に固まっていた。
「……リシェル」
蓮が小声で呼ぶ。
「何?」
「なんかみんな怯えてない?」
「怯えてるというより……」
リシェルが周囲を見る。
神官の一人が跪いた。
続いてもう一人。
さらに後ろの兵士まで膝をつく。
「拝んでる」
「なんで!?」
「だから、その格好」
「安全装備だって言っただろ!」
「私に怒らないで」
美冬が通信回線で言った。
『蓮さん』
「何?」
『いっそヘルメットを開けた方がいいのでは?』
「そうする」
六人のヘルメットが一斉に開いた。
顔面装甲が左右へ滑り、収納される。
それを見た神官たちから、今度は別のどよめきが起きた。
「仮面が……」
「消えた……」
「神術……」
蓮は目を閉じた。
「逆効果だった」
リシェルは肩を震わせている。
「笑うな」
「笑ってない」
「絶対笑ってる」
「ちょっとだけ」
「帰りたい」
「まだ着いたばっかり」
街へ入ると、騒ぎはさらに大きくなった。
通りの両側に人が集まっている。
子供。
商人。
職人。
兵士。
誰もが蓮たちを見る。
「創造神だ」
誰かが言った。
「アマレイン様……」
「本当に帰ってきた……」
蓮の顔が引きつる。
「リシェル」
「何?」
「俺の名前、訂正しておいて」
「した」
「したの?」
「天城蓮って」
「じゃあなんでアマレインになってるんだよ」
「『創造神アマレインは人の世ではアマギ・レンを名乗る』って広まった」
蓮は足を止めそうになった。
「悪化してるじゃねえか!」
「私のせいじゃない!」
沿道の人々がざわつく。
蓮は慌てて歩き続けた。
「もう何も説明しない方がいい気がしてきた」
美冬が横から言う。
「たぶん何を説明しても神話に組み込まれますね」
「嫌すぎる」
アルフェリア大聖堂。
都市最大の建造物だった。
高さ六十メートルを超える尖塔。
巨大な石柱。
壁面には精密な彫刻が施されている。
その正面を見た瞬間、蓮の足が止まった。
「……あ」
大扉の上。
巨大な紋章が刻まれている。
円。
その中に三本の線。
アマテラス移民船団の惑星開発部門が使用していた管理マーク。
第四話でリシェルが発見したものと同じだった。
「やっぱりある」
リシェルが言う。
「創造神の紋章」
「だから管理マークだって」
「創造神の紋章」
「管理マーク」
「神殿にある」
「昔の施設を神殿にしたんだろ」
「じゃあ、なんで昔の施設にあなたたちの紋章があるの?」
蓮が黙った。
「ほら」
「……それはこれから調べる」
リシェルは少し得意そうだった。
大聖堂の内部には、数百人が集まっていた。
神官。
貴族。
騎士。
学者。
そして中央に、巨大な像がある。
蓮は像を見上げた。
長い髪。
若い男。
片手を天へ向け、もう片方の手には光の球。
背後には巨大な翼のようなものが広がっている。
「……誰?」
リシェルが当然のように答える。
「創造神アマレイン」
「俺じゃない」
「誰もレンだとは言ってない」
「でもみんな俺をそれだと思ってるよね?」
「うん」
「似てないだろ」
「像は数千年前に想像で作られたものだから」
「じゃあ俺じゃないじゃん!」
「名前が似てる」
「それだけで神にするな!」
近くにいた神官たちがざわつく。
リシェルが小声で言う。
「レン、声大きい」
「誰のせいだよ」
やがて大司祭が現れた。
高齢のエルフ。
白銀の長い髪。
豪華な祭服。
彼は蓮の前へ進み、深く頭を下げた。
「遠き天より帰還されし御方。お目にかかれましたこと、我が生涯最大の誉れにございます」
蓮は困った。
こういう時の対応は、技術者の仕事ではない。
「ええと……初めまして。天城蓮です」
大司祭が顔を上げる。
「アマギ・レン」
「はい」
「古き御名、アマレイン」
「違います」
即答した。
大司祭が止まる。
蓮は続けた。
「俺は神ではありません。人間です」
神官たちがざわつく。
大司祭は少し考えた。
そして、穏やかに微笑んだ。
「神は自らを神と名乗らぬもの」
蓮は固まった。
美冬が顔を逸らした。
リシェルも顔を逸らした。
二人とも笑っている。
「いや、そういう意味じゃ……」
「承知しております」
「絶対承知してないだろ」
蓮は小声で呟いた。
歓迎の儀式が始まった。
蓮にとっては居心地の悪い時間だった。
神官たちは歌う。
香が焚かれる。
古代の祈祷文が読み上げられる。
その中には、妙に聞き覚えのある音が混ざっていた。
《アマレイン》
《イザナ》
《テラ》
《アルカ》
何かの単語が数千年かけて変形したのだろう。
蓮は途中から真剣に聞いていた。
これは単なる宗教ではない。
古い技術用語。
人名。
施設名。
命令文。
それらが意味を失い、祈りとして残っている可能性がある。
儀式が終わると、大司祭が言った。
「ぜひ、ご覧いただきたいものがございます」
蓮は嫌な予感がした。
「何です?」
「始まりの時代より伝わる、最古の神器でございます」
リシェルの目が輝く。
蓮はそれを見た。
「なんで君がそんな嬉しそうなの」
「だって私も近くで見るの初めて」
「嫌な予感しかしない」
「行こう」
「君、本当にこういう時だけ元気だな」
地下へ続く階段。
大聖堂のさらに下。
石造りだった壁が、途中から変わった。
蓮が気づく。
「これ……」
灰色の壁。
継ぎ目がない。
石ではない。
複合セラミック。
さらに奥には、完全に錆びた金属扉がある。
「やっぱり」
大聖堂そのものが古代人類の施設跡に建てられている。
蓮は壁へ触れた。
ナノマシンが材質を解析する。
『初期惑星開発拠点用構造材と一致』
イザナミの声が脳内通信へ入る。
蓮は小さく息を吐いた。
「何の施設だった?」
『詳細不明。現存部分から推定すると資材管理施設です』
「倉庫か」
『可能性が高いです』
創造神の大神殿。
その地下にあるのは、人類の古代倉庫。
蓮はなんとも言えない気分になった。
最深部。
巨大な石扉が開かれる。
その向こうには小さな祭壇があった。
中央に一本の刃物が置かれている。
長さ四十センチほど。
黒い柄。
銀色の刃。
数千年経っているにもかかわらず、ほとんど腐食していない。
神官たちが一斉に跪く。
大司祭が告げた。
「創世の聖刃」
リシェルも真剣な表情になる。
「伝説では、創造神が最初の民へ与えた刃。岩も鉄も竜の鱗も、触れるだけで切り裂いたって」
蓮は刃物を見る。
見覚えがある。
「……これ」
美冬も気づいた。
「単分子カッターですね」
リシェルが振り向く。
「タンブンシ?」
「ものすごく薄い刃を持つ工具」
蓮が祭壇へ近づく。
「初期開拓用だ。樹木とか岩とか、加工するための……」
大司祭が震える声で言う。
「やはり、ご存じなのですね」
「あ」
蓮はしまったと思った。
遅かった。
神官たちがざわめく。
「創造神しか知らぬ神器を……」
「御方は聖刃を知っておられる……」
「だから違うって」
誰も聞いていない。
蓮は祭壇の前へ立った。
「触っていいですか?」
大司祭は驚いた。
「もちろんでございます。もとよりこれは、あなた様の――」
「俺のじゃないです」
「……御手に戻るべきもの」
「話聞いて」
リシェルが後ろから言う。
「レン、諦めた方がいいと思う」
「まだ諦めない」
蓮は単分子カッターの柄を握った。
その瞬間。
音がした。
数千年間沈黙していた装置が起動する。
柄に青い光が走った。
神官たちが息を呑む。
蓮の視界に情報が表示された。
《BIOMETRIC IDENTIFICATION》
《LEGACY HUMAN DETECTED》
《ADMINISTRATOR AUTHORITY CONFIRMED》
《AMAGI REN》
《ACCESS LEVEL:PRIME》
蓮の顔が引きつった。
「……最悪」
リシェルが聞く。
「何?」
「俺を認証した」
「やっぱり」
「違う!」
単分子刃が完全に起動した。
刃の周囲に微かな揺らぎが現れる。
大司祭が震えながら立ち上がる。
「聖刃が……」
神官の一人が涙を流していた。
「数千年の沈黙を破り……」
「創造神を認めた……」
蓮は慌てる。
「違う! これは生体認証で――」
大司祭が跪いた。
「お帰りなさいませ」
「待って」
神官たちが次々に跪く。
「創造神アマレイン」
「だから違うって!」
大聖堂の地下に、蓮の声が響いた。
その頃。
遥か東。
黒い山脈の奥深く。
数千年間、停止していた施設の一部に電力が戻った。
《LEGACY ADMINISTRATOR AUTHENTICATION DETECTED》
古い通信網を通じ、一つの信号が送られる。
地下数百メートル。
巨大な空間。
闇の中で、赤い光が灯った。
《PRIMARY AUTHORITY:AMAGI REN》
《STATUS:ACTIVE》
長い沈黙の後、低い機械音声が響いた。
「最高管理者……」
それはゆっくりと頭を上げた。
黒い人型。
赤い眼。
後世、魔王と呼ばれる存在。
REGULATOR-01。
「帰還を確認」
そして四千年以上止まっていた惑星管理システムが、再び動き始めた。
――第五話 了




