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第4話 天から来た人々

リシェルは眠れなかった。


目を閉じるたびに、昼間に見た光景が浮かんでくる。


森の向こうに突然現れた、銀色の建物。


音もなく空を飛ぶ奇妙な船。


そして、あの男。


レン。


正確には、アマギ・レン。


彼は自分を「人間」だと言った。


その言葉の意味は、リシェルにも理解できる。


人。


自分たちエルフも人だ。


だが、彼の言う「人間」は、それとは少し違う意味を持っているらしい。


そして何より気になることがあった。


言葉だ。


レンは最初から、自分の言葉を理解していた。


こちらも彼の言葉を理解できた。


最初は気にしなかった。


会話が成立するのだから、そういうものだと思った。


だが、家に戻ってから気づいた。


おかしい。


レンが使っていた言葉には、聞いたことのない単語がいくつもあった。


ナノマシン。


テラフォーミング。


デザインヒューマン。


コンピューター。


それなのに、彼がそれらを口にした瞬間、意味だけは頭の中へ自然に入ってきた。


まるで誰かが、言葉の意味を耳ではなく直接教えているようだった。


「……気になる」


ベッドの中で呟く。


一度そう思ってしまうと、もう駄目だった。


なぜ通じる?


あの街は何?


どうやって空を飛んでいる?


なぜレンは火を使った?


なぜあんな巨大な建物を短期間で作れた?


そもそも、彼らはどこから来た?


疑問が次々と増えていく。


「……寝られない」


リシェルは毛布を頭まで被った。


しばらく耐えた。


やがて勢いよく毛布を剥いだ。


「無理!」


起き上がる。


調べる。


そう決めた瞬間、少しだけ気持ちが楽になった。



翌朝。


リシェルは村の外れへ向かった。


昨日レンと別れた場所である。


もちろん誰もいない。


「来るわけないか」


少し残念だった。


その時。


森の奥から音がした。


リシェルは振り返り、腰の短剣へ手を伸ばす。


何かが飛んできた。


鳥ではない。


虫でもない。


手のひらほどの銀色の物体。


それは彼女の前で静止した。


「……何これ」


銀色の物体が光る。


そして聞き覚えのある声がした。


『おはよう』


リシェルは飛び退いた。


「レン!?」


『そう』


「どこ!?」


『街』


「じゃあ、なんで声がするの?」


『そのドローンを通して話してる』


「ドローン?」


言葉と同時に意味が伝わってくる。


小型無人飛行機。


「これが?」


『うん』


リシェルは恐る恐る近づいた。


ドローンの周囲を一周する。


羽がない。


魔力の流れも感じない。


それなのに空中で完全に静止している。


「触っていい?」


『いいよ』


指でつつく。


ドローンが少し傾き、すぐに姿勢を戻した。


「……欲しい」


『駄目』


「まだ何も言ってない」


『顔に書いてある』


「顔は見えてないでしょ」


『見えてる』


リシェルはドローンを睨んだ。


小さなレンズがこちらを向いている。


「これ、目なの?」


『カメラ』


また意味が伝わる。


映像を記録する装置。


「気持ち悪い」


『ひどいな』


「褒めてる」


『絶対嘘だろ』


リシェルは少し笑った。


昨日より話しやすい。


「ねえ、レン」


『何?』


「あなたたちの街を見せて」


少し間があった。


『やっぱり言うと思った』


「駄目?」


『駄目ではないけど……』


「じゃあ決まり」


『いや待って。こっちにも準備がある』


「どれくらい?」


『一時間くらい』


「分かった」


『意外と素直だな』


「一時間後にここで待ってる」


『分かった』


通信が切れる。


ドローンは上空へ昇り、森の向こうへ飛んでいった。


リシェルはそれを見送りながら呟いた。


「……やっぱり欲しい」



一時間後。


空から銀色の船が降りてきた。


昨日見たものより小さい。


それでも馬車数台分はある。


地面へ着陸したが、土煙はほとんど上がらなかった。


側面が開く。


レンが降りてきた。


その隣には黒髪の女性がいる。


「おはよう」


レンが言った。


「おはよう」


リシェルは女性を見る。


「その人は?」


「神崎美冬。船の技術部門を担当してる」


美冬が軽く頭を下げる。


「初めまして」


リシェルも頭を下げた。


「リシェル・アルフェリア」


美冬は彼女をじっと見た。


「本当にエルフですね……」


「何?」


「あ、すみません」


「私、何か変?」


「いえ。むしろ……」


美冬は少し言葉を選んだ。


「すごく整った顔だなと」


リシェルは首を傾げる。


「普通よ」


レンが横から言う。


「たぶんエルフ全体がそういう設計なんだ」


「設計?」


リシェルが睨む。


「またそれ」


「悪い意味じゃないって」


「私たちを作り物みたいに言う」


「実際、遺伝子設計された可能性がかなり高いから……」


「レン」


「はい」


「その話は後」


「はい」


美冬が笑いを堪えていた。



三人は小型艇へ乗った。


内部に座席はある。


だが操縦席らしいものがない。


リシェルはすぐ気づいた。


「誰が操縦するの?」


「自動」


「ジドウ?」


「船が自分で飛ぶ」


リシェルの表情が固まった。


「船が?」


「そう」


「考えるの?」


「ある程度は」


リシェルはゆっくり席へ座った。


「あなたたち、変なものばっかり作るのね」


「それ、これから何百回も言うと思う」


船が浮上する。


振動はほとんどない。


リシェルは窓へ張り付いた。


森が下へ離れていく。


「飛んでる……」


「飛行艇だからな」


「分かってる!」


森。


川。


道。


小さな村。


見慣れた世界がどんどん小さくなる。


リシェルは夢中で外を見ていた。


その横顔を見て、レンが少し笑う。


「楽しい?」


「別に」


「ずっと窓見てるけど」


「観察してるだけ」


「はいはい」


「その言い方やめて」


だが、窓から離れようとはしなかった。



やがて森が途切れた。


平原。


そして。


リシェルは言葉を失った。


昨日、遠くから見た銀色の街。


近くで見ると、想像していたより遥かに大きかった。


直線的に整備された道路。


白と灰色の建物。


巨大な倉庫。


塔。


広場。


その間を、車輪のない乗り物が静かに移動している。


建設中の区域では、無数の機械が働いていた。


人の姿をしたもの。


蜘蛛のようなもの。


空を飛ぶもの。


さらに、地面そのものが動いているように見える場所まである。


「……何人いるの?」


リシェルが聞いた。


レンの表情が少し曇った。


「今、起きて活動できてるのは三千人ちょっと」


「三千?」


「うん」


「この街を三千人で作ったの?」


「人間だけで作ったわけじゃない。ほとんどは自動機械とナノマシン」


リシェルは街を見下ろした。


「三千人で……」


彼女の知る都市なら、これだけの規模を造るには何万人もの労働者と何十年もの時間が必要になる。


「どれくらいかかったの?」


「基礎部分なら三週間くらい」


リシェルはレンを見る。


「嘘」


「本当」


「嘘」


「本当だって」


「三週間で街ができるわけない」


「できたんだからしょうがない」


「おかしい」


「俺たちからすると普通なんだけどな」


「あなたたちの普通がおかしいの」


レンは反論しようとして、やめた。


この惑星では、おそらくリシェルの方が多数派である。



飛行艇が着陸した。


リシェルが外へ降りる。


最初に感じたのは静かさだった。


これほど大きな街なのに、馬車の音がない。


金槌の音もほとんどない。


煙突から黒煙も出ていない。


それなのに、街は動いている。


壁面を小さな機械が這い、建物を作っている。


道路の一部では、灰色の物質が液体のように流れ、数分後には固い舗装へ変わった。


リシェルはしゃがみ込んで触る。


「硬い」


「触るの早いな」


「これは何?」


「自己組織化建材」


「何で勝手に固まるの?」


「ナノマシン」


「またそれ」


「便利なんだよ」


「魔法みたい」


「魔法じゃない」


「でも私たちの魔法よりすごい」


リシェルが手を出した。


指先に小さな火が灯る。


生活魔法。


着火程度なら、多くのエルフが使える。


「私たちにできるのは、せいぜいこれくらい」


レンも手を出した。


「こう?」


掌の上に炎が生まれた。


リシェルが目を見開く。


炎が大きくなる。


十センチ。


三十センチ。


一メートル。


「ちょっと!」


「大丈夫」


さらに炎が形を変えた。


球体。


輪。


小さな鳥。


炎の鳥がレンの手から飛び立ち、空中を一周して消えた。


リシェルは固まっていた。


「……今の何?」


「ナノマシンで燃焼を制御した」


「魔法でしょ」


「技術」


「魔法」


「科学」


「魔法!」


「科学だって!」


美冬が後ろから言った。


「たぶん、リシェルさんから見たら魔法でいいと思います」


「神崎さん!?」


リシェルが満足そうに頷く。


「ほら」


「裏切られた……」



街の中央部。


リシェルはさらに奇妙なものを見た。


透明な壁。


自動で開く扉。


空中に浮かぶ文字。


人の傷を数分で治す医療装置。


食べ物を自動で作る機械。


そして、街の至るところに存在する目に見えないナノマシン。


「ねえ」


リシェルが自分の腕を見る。


「私の中にもいるの?」


レンの表情が少し真剣になった。


「いる」


「いつから?」


「たぶん、生まれた時から」


「そんなの分かるの?」


「君たちの身体を調べた結果、かなり古い型のナノマシンが確認された」


「何をしてるの?」


「健康維持、免疫補助、簡単な組織修復。それと生活魔法の補助」


リシェルは指先を見る。


小さな水滴を作る。


「これも?」


「たぶん」


「私が魔法を使ってるんじゃないの?」


レンは少し考えた。


「君が使ってることに変わりはないよ」


「でも動かしてるのはナノマシンなんでしょ」


「道具が変わっただけじゃない?」


リシェルが顔を上げる。


「道具?」


「剣で木を切った時、木を切ったのは剣?」


「私」


「そういうこと」


リシェルはしばらく考えた。


「……なるほど」


「納得した?」


「少し」


レンは笑った。



その時。


リシェルは広場の端にある記号を見つけた。


円。


その中に、三本の線。


見覚えがある。


「……待って」


歩みが止まる。


「どうした?」


リシェルは建物の壁を指差した。


「これ」


レンが見る。


「ああ。移民船団の管理マーク」


リシェルの顔色が変わった。


「違う」


「何が?」


「これ、創造神の紋章よ」


今度はレンが黙った。


「……は?」


「神殿にある」


「いやいや」


「王都の大神殿にも、古い遺跡にもある」


「ちょっと待て」


レンが壁を見る。


間違いない。


アマテラス船団の初期惑星開発部門が使っていた管理記号。


それが、エルフ社会では創造神の紋章として伝わっている。


美冬も気づいた。


「もしかして……」


「うん」


レンは嫌な予感がした。



リシェルはレンを見る。


昨日から疑問だった。


なぜ自分たちの言葉を理解できるのか。


なぜ生活魔法と同じ現象を、遥かに大きな規模で起こせるのか。


なぜ神話にしか残っていない紋章を使っているのか。


そして。


彼らは天から降りてきた。


「レン」


「何?」


「あなた、本当に人間なの?」


「そうだけど」


「創造神じゃなくて?」


「違う」


「本当に?」


「本当に」


リシェルはじっとレンを見る。


嘘をついているようには見えない。


だから余計に分からない。


「……変なの」


「何が?」


「神様じゃないって言ってる本人が、一番神様みたいなことしてる」


「やめてくれ」


リシェルは少し笑った。


だが、その疑問は消えなかった。



夕方。


帰りの飛行艇。


リシェルは再び窓際に座っていた。


遠ざかっていく銀色の街を眺める。


「また来てもいい?」


「もちろん」


レンが答える。


リシェルは少しだけ嬉しそうにした。


「そう」


「ただし勝手に来るのは駄目」


「なんで?」


「危ないから」


「子供じゃない」


「知ってる」


「ならいいでしょ」


「駄目」


「ケチ」


「安全管理」


「過保護」


レンはため息をついた。


美冬は向かいの席で笑っている。



やがて森が見えてきた。


リシェルは窓の外を眺めながら、何気なく聞いた。


「レン」


「ん?」


「アマギって、家の名前?」


「そう。天城蓮。天城が姓で、蓮が名前」


「アマギ・レン……」


リシェルは小さく繰り返した。


どこかで聞いたことがある気がした。


いや。


正確には、似た響きを知っている。


「アマ……レイン……?」


レンが顔を上げた。


「何?」


「なんでもない」


リシェルは黙った。


だが、その瞬間から別の疑問が生まれていた。



村へ戻ったリシェルは、そのまま家へ帰らなかった。


向かったのは古い神殿だった。


司祭に頼み、地下書庫へ入る。


古い書物。


石板。


神話。


創世記。


そして、最古級の祈祷文。


リシェルは一冊の古文書を開いた。


そこに書かれていた一節を読む。



《天より降りし創造の民》


《大地を拓き、海を鎮め、獣を造りし者》


《その長たる者、アマレイン》



リシェルの指が止まった。


「……え?」


もう一度読む。


アマレイン。


今日聞いた名前。


アマギ・レン。


数千年。


言葉は変わる。


発音も変わる。


名前だって変化する。


まさか。


そんなはずはない。


でも。


リシェルは古文書を閉じなかった。


むしろ椅子へ深く座り直した。


「……面白くなってきた」


眠気など完全に消えていた。


気になったことは、とことん突き詰める。


それがリシェルという少女だった。



そして彼女はまだ知らない。


創造神アマレインという名前が、数千年という時間の中でどれほど変形し、どれほど多くの神話を生み出したのかを。


そして、その神話の向こう側に。


本物の歴史が眠っていることを。



――第四話 了

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