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第3話 森で出会った人

9月9日 加筆修正しました。

 リシェル・アルフェリアには、昔から一つだけ、どうしても直らない癖があった。


 分からないことを、分からないままにしておけない。


 七歳の頃、森で見つけた青く光る石が気になって、日が暮れるまで一人で観察を続けた。


 十三歳の時には、古代遺跡の壁に刻まれた文字を近くで見たいという理由だけで立入禁止区域へ入り、神官に捕まった。


 三時間説教された。


 その日の夜、反省文を書き終えたリシェルが最初にしたことは、覚えていた碑文を紙に書き写すことだった。


 去年は「なぜ火の術は燃える物がない場所では長く続かないのか」という疑問を抱き、自宅の物置で実験した。


 壁を焦がした。


 母には怒られた。


 父には呆れられた。


 本人は反省した。


 少なくとも、次からは屋外で実験しようと思った。


 そんな彼女だから。


「西の平原に、変なものができてる」


 村の酒場で猟師がそう口にした瞬間、もう結果は決まっていた。


「変なものって?」


 向かいの席から声が飛んできた。


 猟師が嫌そうな顔をする。


 遅かった。


 リシェルが椅子ごとこちらを向いていた。


「……聞いてたのか」


「聞こえた」


「忘れろ」


「どんなもの?」


「忘れろって言っただろ」


「建物?」


「……建物だよ」


 答えてしまった。


 猟師は直後に後悔した。


 リシェルの瞳が輝いたからだ。


「どれくらい大きい?」


「知らん」


「何でできてるの?」


「知らん」


「誰が作ったの?」


「知らん」


「いつからあるの?」


「知らん」


「中に誰かいる?」


「知らん!」


 猟師がとうとう声を荒らげた。


「俺は遠くから見ただけだ!」


 リシェルは少し考えた。


「役に立たない」


「お前な……!」


「じゃあ、知ってることだけ教えて」


「今まで全部聞いただろ!」


「色は?」


「……白とか、銀とか。灰色のもあった」


「石?」


「知らん」


「木?」


「知らん」


「高さは?」


「知らん!」


「形は?」


「自分で見てこい!」


 猟師が怒鳴った。


 リシェルは立ち上がった。


「そうする」


「待て」


「何?」


「今から行くな!」


 窓の外は、もう夕暮れだった。


 リシェルは外を見た。


 少し考える。


「……じゃあ明日の朝」


「そういう意味じゃない!」


      ◇


 翌朝。


 リシェルは日の出とほぼ同時に村を出た。


 弓と短剣。


 水筒。


 保存食。


 それから小さな手帳と炭筆。


 最後の二つが彼女にとっては一番大事だった。


 西へ向かって森を抜ける。


 三時間ほど歩き、小高い丘へ登ったところで――。


 リシェルの足が止まった。


「……何、あれ」


 平原の向こうに、昨日までは知らなかった世界があった。


 白。


 銀。


 灰色。


 建物が並んでいる。


 何十どころではない。


 見慣れた石造りの街とは、何もかもが違っていた。


 まず、直線が多すぎる。


 壁も。


 道も。


 建物の配置まで。


 気味が悪いほど正確だった。


 さらに、今も増えている。


「……増えてる?」


 リシェルは目を細めた。


 巨大な何かが地面を動いている。


 その後ろで地面が平らになっていく。


 別の場所では、小さな銀色の何かが壁を這っていた。


 上空にも何かが浮いている。


 鳥ではない。


 翼がない。


 なのに飛んでいる。


 普通なら。


 ここで引き返すべきだったのかもしれない。


 正体不明の建造物。


 見たこともない巨大な何か。


 空を飛ぶ未知の物体。


 誰が作ったのかさえ分からない。


 怖くないはずがない。


 リシェルは、ごくりと唾を飲み込んだ。


 それから手帳を取り出した。


「……近くで見ないと分からない」


 恐怖と好奇心を秤にかければ、彼女の場合はたいてい後者が勝つ。


 今日もそうだった。


      ◇


「また来ましたね」


 人類居住区の建設管制区画で、美冬が言った。


「何が?」


「現地住民です」


 建設進捗を確認していた蓮が顔を上げる。


 空中表示の一つが切り替わった。


 森を歩く一人の少女が映る。


 銀色の長い髪。


 白い肌。


 細身の身体。


 そして何より目立つのは、髪の間から伸びる長い耳だった。


「……エルフだな」


「見た目は完全にそうですね」


 昨日までにも複数の現地住民が遠巻きに建設区域を観察している。


 だが、今日の少女は違った。


 一直線にこちらへ向かっている。


「一人?」


「一人です」


「度胸あるな」


「あるいは危機感がないのかもしれません」


「どっちにしても、このまま来られるとまずいな」


 建設区域では大型作業機や自動運搬機が動いている。


 人間ならナノマシンが危険を警告するし、各機械も人間を認識して回避する。


 だが、現地住民に対して同じ安全機構がどこまで機能するのかは、まだ検証が終わっていない。


「止めるか」


「接触します?」


「するしかないだろ」


「誰を行かせます?」


「俺」


 美冬が蓮を見る。


「最高責任者が?」


「最初の一人だぞ。現場で判断できる人間が行った方がいい」


「それは分かりますけど」


「何?」


「余計なことを言わないでくださいね」


「俺の信用どうなってるの?」


「正当に評価しています」


「それ信用ないってことじゃん」


 蓮は立ち上がった。


      ◇


 近づけば近づくほど、分からなくなった。


 リシェルは茂みに隠れながら、目の前で起きていることを見つめていた。


 灰色の液体が流れている。


 それが決められた場所で止まり、固まり、壁になる。


 銀色の蜘蛛のようなものが、その壁を這い回っている。


 さらに向こうでは、巨大な黄色い何かが土を削っていた。


「ゴーレム……?」


 いや。


 違う。


 ゴーレムなら魔力を感じるはずだ。


 何より、あんなに滑らかには動かない。


「魔法……でもない?」


 分からない。


 分からないものが、目の前に山ほどある。


 楽しくなってきた。


 リシェルは手帳へ何かを書き込み、それをしまった。


 もう少し近くへ――。


「そこから先は、入らない方がいいよ」


「っ!」


 リシェルは飛び退いた。


 反射的に弓を構える。


「誰!」


 木の陰から、一人の男が姿を現した。


 若い。


 黒い髪。


 見たことのない服。


 武器らしいものは持っていない。


 男は両手を見える位置まで上げた。


「ごめん。驚かせるつもりはなかった」


 言葉が分かる。


 少なくともリシェルには、そう感じられた。


 訛りもない。


 奇妙なほど自然に意味が伝わってくる。


 もっとも、この時のリシェルはその不思議さより、別のものに気を取られていた。


「……耳」


「耳?」


「短い」


「そこ?」


 男が自分の耳に触れる。


 リシェルはまじまじと見る。


 本当に短い。


「すごく短い」


「いや、これが普通なんだけど」


「誰にとって?」


「……俺たちにとって」


「あなたたち?」


 リシェルの目が細くなる。


「他にもいるの?」


「いるよ」


「何人?」


「いきなり質問多くない?」


「駄目?」


 男は一瞬言葉に詰まった。


「いや……駄目じゃないけど」


 弓を持っている。


 警戒もしている。


 なのに、怖がって逃げる気配はない。


 むしろ観察されているのは自分の方だと、蓮は気づいた。


「あなた、名前は?」


「天城蓮」


「アマギ・レン」


「君は?」


「リシェル・アルフェリア」


 そこで彼女は少しだけ胸を張った。


「エルフよ」


 蓮が固まった。


「……何?」


「今、エルフって言った?」


「言ったけど」


「自分たちのことを?」


「そうだけど?」


 リシェルの眉が寄る。


「何がおかしいの?」


「いや……」


 蓮は長い耳を見る。


 銀色の髪を見る。


 もう一度耳を見る。


「本当にエルフなんだな」


「だからそう言ってるでしょう」


「そっか……」


「変な人」


「初対面でそれ言う?」


「だって変でしょう。エルフにエルフなのかって聞いてる」


「それはそうなんだけど……」


 蓮としては、そう簡単な話ではなかった。


 人類の文化に存在した、エルフという架空種族。


 目の前の少女は、その特徴とあまりにもよく一致している。


 しかも本人が、自分をエルフと呼んだ。


 偶然で片づけるには出来すぎていた。


「それで、レンは?」


「俺?」


「何なの?」


「人間」


 リシェルが首を傾げた。


「私も人だけど」


「……あ」


 蓮はそこで気づいた。


「そりゃそうか」


「何が?」


「いや、俺たちは自分たちのことを人間って呼んでるんだよ」


「だから私も人でしょう?」


「そうなんだよな……」


「?」


「ごめん。こっちの問題」


 リシェルは明らかに納得していなかったが、それ以上は追及しなかった。


 なぜなら、もっと気になるものがあったからだ。


「あれ」


 平原を指差す。


「あの街、あなたたちの?」


「そう」


「いつ作ったの?」


「二か月くらい前から」


 沈黙。


「……何?」


「二か月」


 リシェルは街を見る。


 蓮を見る。


 もう一度街を見る。


「嘘」


「本当」


「あれ全部?」


「全部」


「二か月で?」


「うん」


「嘘」


「二回言ったな」


「だって無理でしょう」


「俺たちならできる」


「魔法?」


「違う」


 即答だった。


 リシェルの目が変わる。


「じゃあ何?」


「技術」


「ギジュツ?」


「道具とか知識とか……まあ、いろんなものを使って作ってる」


「魔法を使わずに?」


「使ってない」


「空を飛んでるのも?」


「機械」


「地面を削ってる大きいのも?」


「機械」


「あの蜘蛛みたいなのも?」


「機械」


「灰色の液体が壁になるのは?」


「それは――」


「その服は?」


「待て待て待て」


 蓮が両手を上げた。


「一個ずつにしてくれ」


「じゃあ、まず空を飛んでるの」


「そこからか」


「駄目?」


「駄目じゃないけど……」


 リシェルは笑った。


 初めて見せた、警戒のない笑顔だった。


 蓮は少しだけ面食らった。


 よく笑うと、ずいぶん印象が変わる。


 好奇心を隠そうともしない目が、子供のように輝いている。


「面白いな、君」


「何が?」


「普通、もうちょっと怖がるだろ」


「怖いよ」


 意外にも、リシェルはあっさり認めた。


「怖いの?」


「当たり前でしょう。知らない人たちが突然街を作ってるのよ?」


「それでも来たのか」


「だって」


 リシェルは当然のように言った。


「怖いからって、知らないままでいい理由にはならないでしょう?」


 蓮は少し黙った。


「……なるほど」


「だから教えて」


「結局そこか」


      ◇


 森の奥から唸り声が聞こえたのは、その直後だった。


 リシェルの表情が一変した。


「下がって」


 さっきまでの少女とは別人のようだった。


 弓へ矢をつがえる。


 茂みが大きく揺れた。


 現れたのは、全長三メートル近い四足獣。


 猫科に似た身体。


 背中を覆う硬い鱗。


 頭部から伸びる二本の角。


「角牙獣……」


「へえ」


 蓮が見上げる。


「格好いいな」


「馬鹿! 逃げて!」


 リシェルが矢を放った。


 命中。


 肩に刺さる。


 だが、角牙獣は止まらない。


 二本目。


 外れた。


 獣が地面を蹴る。


「レン!」


 リシェルが叫ぶ。


 次の瞬間。


 轟音が響いた。


「――え?」


 角牙獣が地面に叩きつけられていた。


 土煙が上がる。


 巨体がもがく。


 だが、立てない。


 リシェルは弓を構えたまま固まった。


 何が起きたのか分からない。


 呪文はなかった。


 魔力の動きも感じなかった。


 そもそも蓮はほとんど動いていない。


「……何したの?」


「重くした」


「何を?」


「あいつを」


「どうやって?」


「重力を操作して」


「ジュウリョク?」


「物が下に落ちる力」


 リシェルは角牙獣を見る。


 地面に押しつけられている。


 蓮を見る。


「それを操れるの?」


「まあ」


「魔法じゃなくて?」


「違う」


「じゃあ何なの?」


「科学」


「カガク?」


 また知らない言葉だ。


「それは何?」


「……説明すると長い」


「聞く」


「即答だな」


「時間ならある」


「俺には仕事があるんだよ」


「じゃあ仕事しながら教えて」


「強いな君」


 蓮が苦笑した。


 その間に、角牙獣の身体がふわりと浮いた。


「……え?」


 リシェルの声が裏返った。


 巨体が宙を移動していく。


「ちょ、ちょっと待って!」


「何?」


「何してるの!?」


「森に戻してる」


「浮いてる!」


「浮かせてるからな」


「だから、どうやって!」


「重力」


「さっき聞いた!」


 十分に距離を取ったところで、角牙獣が地面へ降ろされる。


 拘束が解けた瞬間、獣は森の奥へ一目散に逃げていった。


 リシェルはしばらく言葉を失っていた。


 やがて。


「……ずるい」


「何が?」


「そんなの、ずるい」


「なんでだよ」


「私、何年も弓の練習したのに」


「そういう問題?」


「私なら角牙獣から逃げるのに必死なのに、レンは動いてすらない」


「まあ、使ってる道具が違うから」


「それが科学?」


「科学そのものっていうより、その成果かな」


「分からない」


「だろうな」


 リシェルは蓮を睨んだ。


 そして。


「もっと教えて」


「そうなるの?」


      ◇


「じゃあ、これは?」


 リシェルが人差し指を立てる。


 その先に小さな炎が灯った。


「へえ」


 今度は蓮が食いついた。


「どうやった?」


「火の術」


「もう一回やって」


「いいけど」


 炎が消える。


 再び灯る。


 蓮の視界では、すでに解析が始まっていた。


 リシェルの体内。


 そこに存在する微小機械群。


 現行の人類用ナノマシンとは異なる。


 古い。


 あまりにも古い。


 それでも機能を失わず、自己修復を繰り返しながら世代を越えて受け継がれている。


 周辺環境のナノシステムとも接続していた。


《UNKNOWN LEGACY NANOSYSTEM》


《BIOLOGICAL HOST LINK CONFIRMED》


《ACCESS RESTRICTION DETECTED》


 蓮の表情がわずかに変わった。


「レン?」


「ん?」


「今、何かした?」


「いや」


「嘘」


「なんで?」


「顔が変わった」


 鋭い。


「ちょっと気になることがあっただけ」


「何?」


「まだ分からない」


「じゃあ調べる?」


「俺が?」


「一緒に」


「なんで君も参加することになってるの?」


「気になるから」


「……本当にそれだけで動いてるな、君」


 リシェルは笑った。


「悪い?」


「いや」


 蓮も笑う。


「嫌いじゃない」


 一瞬。


 リシェルが黙った。


「……何?」


「別に」


 少しだけ視線を逸らす。


 ほんのわずかに耳の先が赤くなったことに、蓮は気づかなかった。


「それより」


 リシェルがすぐに顔を戻す。


「あの街、中に入れる?」


「今日は駄目」


「なんで?」


「建設中だから危ない」


「じゃあ明日」


「また来るの?」


「来る」


「即答か」


「まだ何も分かってないもの」


「何が知りたいんだよ」


「全部」


「全部?」


 リシェルは指を折り始めた。


「街。機械。空を飛んでるもの。科学。重力。レンたちがどこから来たのか。どうして突然ここに現れたのか。それから――」


「まだあるの?」


「いっぱい」


「多いな……」


「明日もいる?」


「たぶん」


「約束して」


「なんで?」


「来たのにいなかったら困るから」


「誰か別の人に聞けばいいだろ」


 リシェルは少し考えた。


「レンがいい」


 今度は蓮が黙った。


「……なんで?」


「最初に会ったから」


「ああ、そういうこと」


「何だと思ったの?」


「何でもない」


 リシェルがじっと蓮を見る。


 やがて、くすりと笑った。


「変なの」


「今日それ二回目だぞ」


「じゃあ、また明日」


「ああ」


 リシェルは数歩進んでから振り返った。


「逃げないでね」


「だから、なんで俺が逃げるんだよ」


「約束」


「分かったよ」


 満足したらしい。


 リシェルは今度こそ森へ入っていった。


 銀色の髪が木々の向こうへ消えていく。


      ◇


『ずいぶん気に入られましたね』


 リシェルの姿が完全に見えなくなってから、美冬の声が届いた。


「聞いてたの?」


『安全管理上、当然です』


「趣味悪いぞ」


『それより解析結果が出ています』


 声の調子が変わった。


 蓮の表情からも笑みが消える。


 視界に情報が展開される。


 リシェルから非接触で取得した遺伝情報。


 体内ナノシステム。


 環境ナノとの接続方式。


 いずれも偶然では説明できない特徴を示している。


『遺伝子構造に、人類による設計痕跡と考えられる特徴が確認されました』


「やっぱりデザインヒューマンか」


『可能性は極めて高いと判断します』


 さらに古いデータが検索されていく。


 アマテラスに保存されていたテラフォーミング関連資料。


 蓮自身でさえ、すべてを把握しているわけではない。


 膨大な記録の中から、IZANAMIが一つの古い項目を抽出した。


 蓮の視界に文字が浮かぶ。


《DESIGN HUMAN》


《TYPE:ELF》


 蓮は動かなかった。


「……ELF?」


『はい』


「待て」


 蓮は森を見る。


「本人も言ってたぞ」


『確認しています』


「自分はエルフだって」


『音声記録上も一致しています』


「偶然じゃないよな?」


『その可能性は低いでしょう』


 四千年以上。


 その時間が頭をよぎる。


 人類が設計した存在。


 人類が付けた型式名。


 その名前が。


 数千年を経た今も、彼ら自身の名前として残っている。


「……四千年だぞ」


『はい』


「型式名が、そのまま自分たちの名前になったのか?」


『現段階では断定できません。しかし、可能性はあります』


 蓮は何も言わなかった。


 さっきまで自分の前で笑っていた少女を思い出す。


 彼女は自分をエルフだと言った。


 迷いもなく。


 当たり前のこととして。


 だとすれば。


 彼女たちは人類が眠っていた数千年の間に、生きて、増えて、言葉を作り、社会を作り、歴史を積み重ねてきたことになる。


 もはや『人類が作ったもの』という一言で片づけていい存在ではない。


「……この星で何があったんだ」


 答える者はいなかった。


      ◇


 その頃。


 森を歩くリシェルは上機嫌だった。


 知らないものを見つけた日は、いつも気分がいい。


 今日は特別だった。


 知らないものが多すぎる。


「科学……」


 口に出してみる。


 まだ意味はよく分からない。


「重力……」


 これも。


「機械……」


 これもだ。


 そして。


「アマギ・レン」


 これは分かる。


 名前だ。


 短い耳の、変な人。


 角牙獣を指一本触れずに押さえつけておきながら、それを大したことでもないように話す人。


 自分たちを『人間』と呼ぶ人。


 突然現れた街の人。


「……変な人」


 もう一度言ってみた。


 少し笑ってしまった。


 明日は何を聞こう。


 科学とは何なのか。


 あの空を飛ぶものに乗れるのか。


 あの街には何があるのか。


 レンたちはどこから来たのか。


 どうして自分たちと同じような姿をしているのか。


 聞きたいことが次から次へと浮かんでくる。


 リシェルは歩きながら手帳を取り出した。


 忘れないように質問を書いていく。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 十個を超えた。


「……明日だけじゃ足りないかも」


 少し考える。


「まあ、明後日も来ればいいか」


 勝手に決めた。


 怖くないわけではない。


 あの街も。


 あの力も。


 あの人たちも。


 何一つ分かっていない。


 それでも。


 知らない世界の扉が、目の前で開いたのだ。


 開けずに帰るなんて、リシェルにはできなかった。


 少女は足取りを速める。


 明日になれば。


 また一つ、新しいことを知ることができる。


     ――第三話 森で出会った人 了



挿絵(By みてみん)

多分、ヒロインの一人リシェルの登場です。

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