↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/131

第2話 新天地

9月9日 第二話を書き直しました。ストーリーの変更点はありません。

 天城蓮が、その惑星を自分の目で見たのは初めてだった。


 巨大な観測窓いっぱいに、青い星が浮かんでいる。


 雲の切れ間から覗く海。その青を縁取る緑の大陸。極地には白い氷床まで見えた。


 似ている。


 あまりにも、地球に。


「……綺麗だな」


 思わず声が漏れた。


『惑星環境最終評価を表示します』


 静かな女声とともに、蓮の視界に情報が展開された。


 大気組成。平均気温。海洋塩分濃度。磁場。重力。生態系安定度。病原体リスク。


 どの項目にも、居住可能を示す表示が並んでいく。


 そして最後に、一際大きな文字が浮かび上がった。


《TERRAFORMING STATUS:COMPLETE》


 蓮は瞬きもせず、それを見つめた。


「終わったのか」


『はい』


「本当に?」


『人類の恒久居住に必要な基準をすべて満たしています』


「……長かったな」


『主観時間においては、そうでもないはずですが』


「そういう問題じゃない」


 蓮は苦笑した。


 確かに、自分が感じた時間だけなら大したものではない。


 旅のほとんどを《カーボン凍結》の中で眠っていたのだから。


 数千年の航海に耐えるための長期休眠技術。


 それでも、完全ではなかった。


「最終的な覚醒可能人数は?」


 返事がない。


 ほんの数秒。


 だが、イザナミが即答しなかったという事実だけで、蓮には十分だった。


「……何人だ」


『三千七百四十二名です』


 蓮は目を閉じた。


「……そうか」


 地球を発ったとき、この船には十二万人がいた。


 家族もいた。子供たちもいた。


 新しい星へ降りるはずだった十二万人が、三千七百四十二人になった。


「原因は?」


『複合的です。初期航行時の破壊工作による電力系統損傷。その後の航路変更。想定を大幅に超えた航海期間。そして、テラフォーミング完了待機期間中に発生した長期休眠設備の経年劣化』


 一つ一つは、蓮も知っていた。


 知らなかったのは、それらが最後にどれほどの数字になったのかだけだ。


『生命維持が不可能となった休眠槽については、可能な限り人格情報および遺伝情報を保存しました』


「人格情報も?」


『完全ではありませんが』


 蓮は少しだけ黙った。


「……分かった」


 今は、それ以上聞かなかった。


 観測窓の向こうでは、青い星が静かに浮かんでいる。


 本当なら十二万人で降りるはずだった世界。


 それでも。


 ゼロではない。


「起こそう」


『全員をですか?』


「いや。段階的に。まず医療班、技術班、生態系調査班、建設班。それから食料生産関係」


『了解しました』


     ◇ ◇ ◇


「頭痛い……」


「吐きそう」


「立つな。まだ平衡感覚戻ってないぞ」


「ここどこだ?」


「船だろ」


「何年経った?」


「誰か服くれ!」


 数時間後。


 長いあいだ機械音しか存在しなかった覚醒区画に、人間の声が飛び交っていた。


 休眠槽の蓋が開くたび、医療スタッフが駆け寄る。毛布に包まれた者が床に座り込み、立とうとした男が盛大によろけて看護用機械に支えられていた。


 泣いている者もいる。


 笑っている者もいる。


 状況を理解できず、呆然としている者もいた。


 その光景を入口から眺めていた蓮は、ふっと笑った。


「人間って感じするな」


「数千年ぶりに起こされて最初の感想が『服くれ』ですからね」


 隣から声がした。


 神崎美冬。


 船の技術部門を統括する技術者の一人だ。


「大事だろ、服」


「そこですか?」


 美冬は呆れた顔をした。


 もっとも、その顔にはまだ血の気が戻りきっていない。覚醒してから、わずか二時間だ。


「それで」


 美冬の表情が変わる。


「本当に着いたんですか?」


「ああ」


「住める?」


「イザナミ判定では問題なし」


「テラフォーミングは?」


「完了」


 美冬の肩から、目に見えて力が抜けた。


「じゃあ……成功したんですね」


 蓮はすぐには答えなかった。


 美冬も気づいたらしい。


「三千七百四十二人」


「ああ」


 少しの沈黙。


 やがて美冬は覚醒区画を振り返った。


「……降りましょう」


 美冬が言った。


「そのために来たんでしょう?」


「ああ」


     ◇ ◇ ◇


 最初の降下隊には、二百八十六名が選ばれた。


 医師、技術者、建設要員、生態学者、警備要員。それに多数の自律作業機。


 彼らを乗せた降下艇が母船を離れていく。


 巨大な船体が、窓の向こうでゆっくり遠ざかっていった。


 地上への移住が始まっても、母船は軌道上に残る。


 三千七百四十二人しかいない以上、すべてを地上へ賭けるわけにはいかなかった。


「降下開始」


 美冬が告げた。


 惑星が急速に大きくなっていく。


 青。


 白。


 緑。


 やがて降下艇は雲を抜けた。


「……うわ」


 誰かが声を漏らした。


 眼下に海が広がっていた。


 その先には、どこまでも続く森林。


 巨大な川が大地を裂くように蛇行し、遥か遠方には山脈が霞んでいる。


「……地球みたい」


 誰かが呟く。


 蓮もそう思った。


 思った直後だった。


「十二時方向。大型飛行生物」


 光学映像が拡大された。


 巨大な翼。


 爬虫類を思わせる胴体。


 後方へ伸びる長い尾。


 蓮は数秒、それを眺めた。


「……ドラゴン?」


「分類名があるはずです」


 美冬が言った。


「いや、どう見てもドラゴンだろ」


「見た目で分類しないでください」


「ドラゴンでいいじゃん」


「駄目です」


「夢がないな」


「技術者なので」


「俺も技術者なんだけど」


「知ってます」


 巨大生物は降下艇を避けるように進路を変え、そのまま遠ざかっていった。


「イザナミ。あれ、自然進化?」


『否定します。テラフォーミング生態系構築計画において作成された種の派生型と推定』


「人工種か。……こんなのいたっけ?」


「蓮さん、計画責任者でしょう」


「全生物の設計まで覚えてるわけないだろ」


「本当に?」


「……たぶん」


「たぶん?」


 そのとき、別の生物が地表に捉えられた。


 白い毛。長い耳。


 そして額に、一本の角。


 蓮と美冬が揃って黙った。


「……角ウサギ」


「勝手に名前を付けないでください」


「人工種?」


『祖先種は該当します』


「やっぱりか」


 美冬がじっとこちらを見る。


「何?」


「いえ」


「その目やめて」


     ◇ ◇ ◇


 降下艇が大地へ触れた。


 振動が止まる。


 数千年の航海の果てに辿り着いた世界が、ハッチ一枚を隔てた向こうにある。


 外気の安全確認を終え、ハッチが開いた。


 風が入ってきた。


 蓮は最初に外へ出る。


 一歩。


 靴底が地面に触れた。


 草が風に揺れている。


 地球を発った移民たちが、ようやくこの星の大地を踏んだ。


 何か言うべきなのかもしれない。


 歴史に残るような言葉を――。


「蓮さん、どいてください。後ろ詰まってます」


「……はい」


 美冬に追い出された。


 蓮は脇へ避けた。


 足元には地球のものとよく似た草が生えている。


 一本くらい――。


「触らない」


 手首を掴まれた。


「手袋してる」


「最高責任者が最初に未知の植物をむしらないでください」


「ただの草だろ」


「まだ調査前です」


「慎重だな」


「あなたが不用心なんです」


 その間にも、自律作業機が次々と降下艇から運び出されていく。


 蓮は平原を見渡した。


「始めよう」


 その一言で、機械群が動き始めた。


 数時間後には医療センターが完成した。


 三日後には電力と水が通り、一週間後には道路沿いに建物が並んだ。


 二週間後。


 蓮が建物の上階から見下ろしたものは、もう野営地ではなかった。


 ガラスと金属、複合素材で作られた建築群。その間を自律車両が行き交い、上空をドローンが飛んでいる。


 そのすぐ向こうには、手つかずの草原が広がっていた。


 地球を発った人類は、この星に新たな居場所を築き始めていた。


     ◇ ◇ ◇


 周辺調査が進むにつれて、妙な報告も増えていった。


《大型飛行爬虫類を確認》


 もう見た。


《一角小型草食獣を確認》


 それも見た。


《一角を持つ大型馬型生物を確認》


「……ん?」


 映像には、額から螺旋状の長い角を伸ばした白馬が映っていた。


「美冬」


「何ですか?」


「ユニコーン」


「……そう見えますね」


 今度は否定されなかった。


 それが逆に怖い。


 蓮は次の報告を開いた。


《人型知的生命体の可能性がある生物を確認》


「……知的生命体?」


 森の中を、数人の人影が歩いていた。


 人間より小柄で、緑がかった皮膚に大きな耳。


 全員が服を着ている。道具を持ち、何かを話しながら歩いていた。


 美冬が腕を組む。


「言いたくありませんけど」


「何?」


「ゴブリンですよね、これ」


「……だよな」


 ドラゴン。


 角ウサギ。


 ユニコーン。


 そして、ゴブリン。


 蓮はしばらく画面を見つめた。


「イザナミ。テラフォーミング計画の生物設計データを洗い直してくれ。文化データの参照履歴も」


 美冬がこちらを見る。


「やっぱり心当たりあるんじゃないですか」


「……ちょっとだけ」


「どのくらい?」


「俺、地球にいた頃、かなりオタクだったんだよ」


「知ってます」


「なんで知ってるの?」


「個人記録」


「見るなよ」


「最高責任者になった人間の適性評価です」


『照合結果の一部が出ました』


 イザナミの声に、蓮は嫌な予感を覚えた。


『テラフォーミング初期段階において、惑星生態系設計AIが複数の文化データベースを参照した記録を確認』


「文化データ?」


『神話。伝承。文学。映像作品。ゲーム。漫画。アニメーション等』


 蓮は固まった。


「……おい」


『さらに、最高管理者の嗜好データが一部の設計優先度へ影響した可能性があります』


「待て」


 美冬がゆっくりと蓮を見る。


「蓮さん」


「俺は悪くない」


「まだ何も言ってません」


「でもその顔は俺が悪いって言ってる」


「だいたい合ってると思います」


 蓮は両手で顔を覆った。


「まさか本当に……」


『現時点では因果関係を確定できません』


「頼むから偶然であってくれ」


 ここまで揃えば、偶然と言い張る方が難しい。


 蓮は報告画面を閉じた。


     ◇ ◇ ◇


 街が形になり始めた頃。


『広域観測データより、人工構造物の可能性が高い地形を検出しました』


 蓮は作業の手を止めた。


「場所は?」


『本都市より東方、約四百キロメートル』


 卓上に地形図が浮かび上がった。


 平野を横切る不自然な直線。


 規則正しく区切られた土地。


 その先には、建造物らしきものが密集している。


「道路と農地か?」


『その可能性が高いと判断します』


「確認しよう。偵察機を出してくれ」


『了解しました』


 詳しい映像が届いたのは、それから数時間後だった。


「……街だな」


 偵察ドローンから送られてきた映像には、城壁に囲まれた都市が映っていた。


 石造りの建物が並び、中央には城らしき大きな建造物がある。街の外には畑が広がり、街道を馬車が行き交っている。


 市場には人が溢れていた。


「これ、集落って規模じゃないですね」


「ああ」


 美冬の声から、いつもの軽さが消えていた。


 そして、その住民の多くに共通する特徴があった。


「……耳、尖ってない?」


「尖ってますね」


 長い髪の間から、細長く伸びた耳が覗いている。


 蓮はその姿に、妙な既視感を覚えた。


「イザナミ。旧テラフォーミング計画のデザインヒューマン記録を検索」


『検索します』


 古い資料が表示された。


 その中の一つで、蓮の目が止まる。


《ELF――》


「……あった」


「ELF?」


 美冬が画面を覗き込む。


「形式番号に入ってますね」


「ああ」


 蓮はもう一度、街の住人を見る。


「エルフの子孫か?」


『身体的特徴は記録と一致します。ただし、遺伝情報を取得していないため確定はできません』


「十分だ」


 生き残っただけではない。


 彼らは都市を築いている。


「他にもあるのか?」


『広域観測で同様の人工構造物を複数確認しています』


 地図上に印が増えていく。


 一つ。


 二つ。


 五つ。


 十。


 さらに増える。


 一つの集落が偶然残っていた、という話ではなかった。


「そもそも、なんでデザインヒューマンなんて投入したんです?」


 美冬が尋ねた。


「初期環境じゃ普通の人間は長期間活動できなかった。それで、現地環境に適応させた作業要員を投入したんだ」


「それが、このエルフ?」


「その一つだろうな」


『テラフォーミング期間は当初予定を大幅に超過しています。その間、複数の管理設備が機能停止。管理ネットワークとの接続を喪失したデザインヒューマン集団が多数存在します』


 蓮は映像の街を見た。


 数千年の断絶の先に、あれがある。


「……俺たち」


 美冬が呟いた。


「ものすごく面倒な世界に着いちゃったんじゃないですか?」


 蓮は答えなかった。


 否定する材料が一つもなかった。


「接触は?」


「まだしない。まず観察する。言語、文化、政治、宗教。分かるところから調べよう」


「了解」


「こっちの街も、できるだけ目立たないように――」


 言いながら窓の外を見る。


 数十メートル級の建物が並び、建設ドローンが飛び回っている。


 ちょうどそのとき、銀色の輸送艇が低空を横切った。


 蓮は黙った。


 美冬も外を見た。


「……無理だな」


「無理ですね」


「とりあえず、向こうから来るまでは接触しない」


「来ますかね?」


「これ見つけたら来るだろ」


「でしょうね」


     ◇ ◇ ◇


 建設開始から二か月。


 平原には、白と銀の街が広がっていた。


 夜になれば明かりが灯り、空には輸送艇が飛ぶ。


 もはや隠しようがない。


 そして、その日の朝。


『現地住民と思われる人物を確認』


 蓮は端末から顔を上げた。


「映して」


 森の映像が開いた。


 一本の太い木。


 その陰から、誰かが人類の街を窺っている。


 若い女性だった。


 銀色の長い髪。


 手には弓。


 腰には短剣。


 そして髪の間から、細長く尖った耳が覗いていた。


「エルフか?」


『身体的特徴は一致します』


「一人?」


『現在まで同行者は確認されていません』


 少女は弓を手にしていたが、こちらへ向ける様子はない。


 ただ木陰に身を潜め、人類の街を見つめている。


 こちらから接触するつもりはなかった。


 だが、街そのものを隠せない以上、こうなるのは時間の問題だった。


 蓮は椅子から立ち上がった。


「……来たか」


     ――第二話 了



挿絵(By みてみん)

【作者よりお願い】ここまでお読みいただきありがとうございます!もし「続きが気になる」「おもしろい」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】をタップして応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。