第71話 蓮は意外とモテる?
リシェルは最近、妙なことに気づき始めていた。
蓮の周りには、女が多い。
いや。
正確には、以前から多かったのかもしれない。
人間たちがこの星へ降りてきた当初から、蓮の周囲には人が集まっていた。人間もエルフも関係なく、何か問題が起きれば蓮のところへ話が持ち込まれる。
だから今まで、特に気にしたことはなかった。
なかったはずなのだ。
「…………」
人間居住区の通りを歩いていたリシェルは、少し先に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
蓮だ。
ちょうどいい。
久しぶりに見かけたのだから、声でもかけよう。
そう思って足を速めかけたところで、その隣にいる女性に気づいた。
神崎美冬だった。
◇
「だから、それは私の担当じゃないですって」
「でも美冬なら分かるだろ?」
「分かるのと担当なのは別です」
「そこをなんとか」
「嫌です」
「即答かよ」
「蓮さん、私を便利屋だと思ってません?」
「そんなことないよ。優秀な人だと思ってる」
「そういうことをさらっと言って誤魔化そうとしないでください」
「本心なんだけどな」
美冬は呆れたようにため息をついた。
しかし、本気で嫌がっている様子ではない。
手にしていた端末を蓮から取り上げると、画面を確認する。
「……ここだけ直しておきます」
「やった」
「今回だけですからね」
「ありがとう。やっぱり美冬は頼りになるな」
「だから、そういうところです」
そう言いながらも、美冬は少し笑っていた。
蓮も笑う。
それだけの会話だった。
ただの日常。
長く一緒に過ごしてきた者同士の、何でもないやり取り。
リシェルは少し離れた場所から二人を見ていた。
「…………」
仲が良い。
そう思った。
美冬は人間だ。
蓮も人間だ。
同じ船でこの星までやって来て、その後も長い時間を共にしている。
親しいのは当然だろう。
何もおかしくない。
なのに。
「……何だ?」
胸の奥に、小さなものが引っかかった。
腹が立つというほどではない。
ただ、少しだけ面白くない。
なぜだ。
リシェルには分からなかった。
◇
しばらくして。
用事を済ませたリシェルは再び人間居住区を歩いていた。
先ほどのことなど、もう気にしていない。
そのつもりだった。
「あ」
また蓮を見つけた。
今度こそ声をかけよう。
そう思ったところで、リシェルは再び足を止めた。
蓮は宿泊施設の前にいた。
しかも、一人ではない。
「……セレネ?」
白い髪。
褐色の肌。
長い耳。
そして遠目からでも分かる、成熟した女性らしい豊かな体つき。
間違えるはずがない。
ダークエルフのセレネだった。
リシェルは思わず自分の胸元へ視線を落とした。
「…………」
すぐに顔を上げた。
なぜ今、自分の胸を確認した。
意味が分からない。
そもそも比べる必要などない。
ないはずだ。
改めて見る。
セレネは宿から出てきたところらしい。
なぜ人間居住区の宿に泊まっている?
「よく眠れた?」
「ああ。悪くない宿だった」
「朝飯は?」
「まだだ」
「じゃあ何か食う?」
「そうだな」
「昨日の店はやめよう」
セレネが小さく笑った。
「言われなくても分かっている」
「そこまで酷かった?」
「お前も同じ顔をしていただろう」
「まあな」
また二人で笑う。
「…………」
昨日。
リシェルの耳がその言葉を拾った。
昨日も一緒だったのか。
しかもセレネは、そのまま人間居住区に泊まったらしい。
もちろん、だから何だという話ではある。
山から来た者が日暮れを迎えれば、宿に泊まることくらいある。
何もおかしくない。
だが――。
セレネが蓮のすぐ横へ並んだ。
妙に自然だった。
焦るでもなく、恥ずかしがるでもなく、蓮との距離が近いことを気にする様子もない。
蓮が何か言う。
セレネが笑う。
時折、からかうように蓮へ言葉を返す。
その振る舞いには妙な余裕があった。
リシェルは無意識に眉を寄せた。
「…………」
何だ。
あの余裕は。
そして――。
視線がまたセレネの胸元へ落ちた。
「…………」
大きい。
知っていた。
以前から知っていたはずなのに、今日は妙に気になる。
セレネが歩くたび、豊かな胸が服越しにもはっきりと存在を主張している。
リシェルは再び自分の胸を見る。
そして、すぐにやめた。
「……私は何をしている?」
本当に意味が分からない。
胸の大きさと蓮に何の関係がある。
何の関係もない。
絶対にない。
そう考えている間にも、蓮とセレネは並んで歩いていく。
「レン」
「ん?」
「右手はどうだ?」
「ああ、今日は普通」
「そうか」
セレネはそれだけ言って、蓮の右手をちらりと見る。
昨日何かあったのだろう。
その声には心配が混じっていた。
だが、必要以上に騒がない。
問い詰めもしない。
蓮が大丈夫だと言えば、ひとまずそれを受け入れる。
その態度すら、妙に大人びて見えた。
「…………」
面白くない。
先ほどより、明らかに面白くない。
リシェルはようやく、それだけは認めた。
ただし、なぜ面白くないのかは分からなかった。
◇
結局、リシェルは蓮に声をかけなかった。
別に避けたわけではない。
急ぎの用事を思い出しただけだ。
そういうことにした。
ところが、その日の午後。
「…………」
またいた。
さすがに三度目になると、リシェル自身も嫌になってきた。
「なぜ今日に限って、あいつばかり目に入るんだ……」
今度の蓮は一人だった。
リシェルは少しだけ安心した。
そこでまた疑問が生じる。
なぜ安心した。
分からない。
だが、今度こそ声をかけよう。
「レ――」
「レンー!」
先を越された。
甲高い声とともに、小さな少女が走ってくる。
「ん?」
蓮が振り返る。
十歳ほどの少女だった。
頭の左右から角が伸びている。
少女は勢いを落とさず、そのまま蓮へ飛びついた。
「うおっ」
「レン! 腹が減ったのじゃ!」
「会って最初にそれかよ」
「妾は成長期なのじゃ!」
「そうだな。まず手を洗え」
「その前に菓子じゃ!」
「駄目」
「妾は魔王ぞ!」
「魔王でも駄目」
リシェルは固まった。
「……魔王?」
何だ、あれは。
知らない。
少なくとも以前はいなかった。
人間にもエルフにも見えない。
しかも魔王を名乗っている。
少女は蓮の服を掴んだまま離れなかった。
「レン、抱っこなのじゃ」
「歩け」
「今日は疲れたのじゃ!」
「学校から歩いてきただけだろ」
「算数をした!」
「お前、算数得意じゃん」
「得意なものでも疲れるのじゃ!」
「理屈が分からん」
「おんぶするのじゃ」
「十歳だろ」
「妾は魔王ぞ」
「だから何だよ」
「おんぶなのじゃ」
「…………」
蓮が根負けした。
「今日だけな」
「やったのじゃ!」
少女の前でしゃがんで背負う。
角の少女は当然のように蓮の首へ腕を回した。
「明日もじゃ!」
「今日だけって言っただろ」
「明日の妾が決める!」
「無敵だな、お前」
蓮は呆れながらも笑っている。
リシェルはその光景を見つめた。
「…………」
美冬。
セレネ。
そして今度は、謎の魔王。
最後の一人はどう考えても種類が違う。
子供が親しい大人に懐いているだけにしか見えない。
それは分かる。
分かるのだが。
「……何なのだ、今日は」
朝からずっと蓮の周りに女がいる。
しかも、どの相手にも蓮は自然に接している。
美冬とは気心の知れた友人のように。
セレネとは互いを認めた仲間のように。
そして角の少女には、完全に保護者のように。
リシェルは腕を組んだ。
「…………」
もしかして。
今まで気づかなかっただけなのか。
◇
夕方。
リシェルは一人で歩いていた。
どうにも落ち着かない。
朝から見たものを、何度も思い返してしまう。
美冬と楽しそうに話す蓮。
蓮の隣を当然のように歩くセレネ。
そして蓮に抱きついていた角の少女。
「…………」
だから何だ。
蓮が誰と親しくしようが、蓮の自由だ。
美冬が蓮と仲が良くても。
セレネが蓮と一緒に食事をしても。
あの少女が蓮に懐いていても。
自分には関係ない。
何一つ。
それなのに。
「……何なのだ、これは」
胸の奥がずっともやもやしている。
美冬が嫌いなのか。
違う。
むしろ話しやすい人間だと思っている。
セレネが嫌いなのか。
それも違う。
あの角の少女に至っては、名前すら知らない。
「…………」
リシェルは歩きながら考え込んだ。
そして、ふと思った。
「もしかして……」
足を止める。
「レンは、意外とモテるのか?」
口に出してみる。
思い返す。
美冬。
セレネ。
名前も知らない角の少女。
「…………」
最後のは違う。
さすがに違う。
「いや、そうではなくて……」
自分で自分に言い訳していることに気づいた。
そもそも、なぜそんな分類をしている。
蓮がモテようが、モテまいが、自分には何の関係もないではないか。
「そうだ」
リシェルは頷いた。
「何の関係もない」
再び歩き出す。
三歩。
止まった。
「…………」
まだ、もやもやする。
そして脳裏に、妙に余裕のあるセレネの姿が浮かんだ。
続いて、あの豊かな胸。
リシェルは無意識に自分の胸元を見た。
「…………」
数秒。
「だから、なぜ比べる!」
誰もいない道で声が出た。
慌てて周囲を見る。
幸い、誰もいなかった。
リシェルは顔をしかめながら歩き出した。
「意味が分からん……」
自分の中に生まれた感情に、まだ名前をつけられない。
ただ一つだけ決めた。
明日、蓮を見つけたら。
今度は美冬よりも。
セレネよりも。
名前も知らない角の少女よりも先に。
自分から声をかけよう。
「…………」
そこまで考えて、リシェルはまた足を止めた。
「なぜ私が先でなければならない?」
もちろん、答えは出なかった。
――第七十一話 蓮は意外とモテる? 了




