表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/83

第70話 山を下りた理由

 セレネが人間居住区を訪れるのは、久しぶりのことだった。


 これといって急ぎの用事があったわけではない。


 山の集落と人類との交易は以前よりずっと盛んになり、必要な物資の多くは定期的に運ばれてくるようになった。薬も工具も、欲しいものがあればわざわざ自分で山を下りる必要はない。


 それでも、その日の朝。


 セレネは長弓を背負い、集落を出た。


 理由ならあった。


 人間の街がどう変わったのか見ておくのも悪くない。新しい道具が入っているかもしれないし、交易品を自分の目で確かめておくことも無駄ではない。


 それに――。


「……しばらく会っていないな」


 誰のことなのかは、口にしなかった。



      ◇



 人間居住区は、以前よりさらに賑やかになっていた。


 人間だけではない。エルフやダークエルフ、遠方から訪れた者たちが普通に通りを歩いている。人類の技術で建てられた建物の一階でエルフが商売をし、その向かいでは人間がエルフの工芸品を並べていた。


 セレネはゆっくりと通りを歩いた。


 珍しいものは多い。


 見たことのない道具もある。新しい食べ物を扱う店も増えている。


 だが、いつの間にか視線は商品ではなく、人の方へ向いていた。


 向こうから黒髪の男が歩いてくる。


 違う。


 店から背格好の似た男が出てくる。


 それも違う。


 人混みの向こうに見覚えのある服装を見つけ、思わず目で追う。


 やはり違った。


「…………」


 セレネは立ち止まった。


 私は何をしている。


 別に蓮を探しに来たわけではない。


 人間の街がどうなっているのか見に来ただけだ。


 そう自分に言い聞かせ、再び歩き出した。


 しばらくして、また黒髪の男を目で追った。


「…………」


 今度は自分でも少し嫌になった。



      ◇



 結局、本物を見つけたのは昼を過ぎた頃だった。


 しかも向こうから歩いてきた。


「だから絶対、あの先に何かあるって」


「私もそう思う。前回は時間が足りなかっただけだ」


「食料は?」


「持った」


「照明は?」


「当然だ」


「よし。完璧」


 二人の男が、妙に楽しそうに歩いてくる。


 一人はアルベルト。


 そして、もう一人。


 セレネの足が止まった。


 ――いた。


 そう思った瞬間、自分でも驚くほど胸の奥が軽くなった。


 蓮はまだこちらに気づいていない。


「政府には?」


「言ってない」


「なぜだ?」


「言ったら止められるかもしれないだろ」


「なるほど」


「だろ?」


「合理的だ」


「お前、話が分かるな」


 二人とも随分と楽しそうだった。


 ろくでもないことを企んでいることだけは分かる。


 セレネは思わず小さく笑った。


「レン」


「ん?」


 蓮が振り向いた。


 一瞬、目を丸くする。


「おお、セレネ!」


 その声を聞いただけで、わざわざ山を下りてきたことが無駄ではなかったように思えた。


「久しぶりだな」


「ああ。ほんと久しぶり。どうしたんだ?」


「別に」


「別に?」


「人間の街がどうなっているか見に来ただけだ」


「そうなんだ」


「…………」


「…………」


 それだけだった。


 セレネはなぜか少しだけ腹が立った。


「お前は?」


「俺?」


「どこへ行く」


「ダンジョン」


 即答だった。


 やはり。


「前にアルベルトと見つけた場所があってさ。まだ奥があるっぽいんだよ」


「今日はそこを調べる」


 アルベルトも妙に嬉しそうだった。


「そうか」


「セレネも来る?」


「行く」


 蓮が瞬きをした。


「早いな」


「ちょうど暇だった」


「街を見に来たんじゃないの?」


「もう見た」


「全部?」


「見た」


 アルベルトがセレネを見る。


 次に蓮を見る。


 何か言いかけたようだったが、結局何も言わなかった。


「じゃあ三人だな」


「ああ」


 セレネは平然と答えた。



      ◇



 ダンジョンは人間居住区からそれほど遠くない場所にあった。


 以前から探索されている比較的浅いダンジョンだが、内部構造は複雑で、いまだに未探索区画がいくつも残っている。


 蓮とアルベルトが目をつけたのは、その一つだった。


「ここ」


 蓮が岩壁の隙間を指す。


 人一人がようやく通れるほどの横穴だった。


「こんなところに入るのか?」


「だから面白いんだろ」


「理解できん」


「来たじゃん」


「暇だったからだ」


「はいはい」


 セレネは蓮に続いて横穴へ入った。


 奥は予想以上に広かった。


 しばらく進むと、自然にできたとは思えないほど滑らかな通路へ出る。


「ほら!」


 蓮が嬉しそうに声を上げた。


「絶対なんかあるだろ、これ」


「子供か、お前は」


「こういうの見つけたら楽しいだろ」


「まあ、それは分かる」


「分かるのか」


 アルベルトが頷いた。


「だから私も来た」


「お前ら、似ているな」


「そう?」


「心外だ」


「アルベルト?」


「冗談だ」


 三人はさらに奥へ進んだ。



      ◇



 最初の襲撃は突然だった。


 暗闇の奥で何かが動く。


 セレネは蓮たちより早く長弓を構えていた。


 弦を引く。


 矢筒はない。


 その必要もない。


 開いた指の間に、ナノによって形成された矢が次々と現れる。


 一本ではない。


 五本。


 セレネはそれらをまとめて長弓につがえた。


「来るぞ」


 アルベルトが武器を構える。


 暗闇から獣じみた生物が飛び出した。


 五体。


 セレネが弦を放す。


 一度だけ弦が鳴った。


 五本の矢が一斉に飛び、五体へ突き刺さる。


 数体が即座に倒れ、残った個体が体勢を崩す。


 セレネの手には、すでに次の矢が形成されていた。


 一本。


 二本。


 三本。


 長弓とは思えない速さで次々と放つ。


 残った魔物が倒れるまで、ほとんど時間はかからなかった。


 アルベルトが構えていた武器を下ろした。


「私の出番は?」


「遅い」


「いや、あれは無理だろう」


 蓮が倒れた魔物を見る。


「相変わらずすげえな」


「これくらい普通だ」


「普通ではない」


 アルベルトが言った。


「短弓で複数の矢を手に持ち、一本ずつ速射する者なら見たことがある」


「いるんだ」


「だが、長弓に五本まとめてつがえる奴は知らない」


「ここにいるぞ」


「だからお前がおかしいと言っている」


 セレネが蓮を見る。


「レンに言われるよりは腹が立たないな」


「俺、何も言ってないだろ」


「顔が言っている」


「理不尽だな」


 三人は再び奥へ進んだ。



      ◇



 異変が起きたのは、それからしばらく後だった。


「……あれ?」


 蓮が立ち止まった。


 右手を開く。


 握る。


 もう一度開いた。


「どうした?」


 セレネが尋ねる。


「いや……まただ」


「何が?」


「右手」


 蓮は自分の右手を見ながら眉を寄せた。


「ナノの操作がおかしい」


 指先へ意識を集中する。


 本来なら即座に反応するはずだった。


 しかし、何も起こらない。


「…………」


 一拍遅れて、小さな光が指先に生まれた。


「ほら」


「今のは?」


 アルベルトも表情を変える。


「反応が遅れた」


「そうみたい」


「そうみたい、ではないだろう」


「たまにあるんだよ」


 セレネの眉が動いた。


「いつからだ?」


「この前のアレからかな」


「アレ?」


「リヴァイアサン」


「何だ、それは」


「ああ、セレネは知らないか」


「知らん」


「ちょっと色々あってさ」


「色々とは何だ」


「でっかいのと戦った」


「説明が雑すぎる」


「話すと長いんだって」


 蓮は右手を軽く振った。


「それから、たまにこうなるんだよ。おかしいなぁ」


 セレネが蓮の前へ立った。


「手を出せ」


「え?」


「右手だ」


 蓮が差し出す。


 セレネはその手を取った。


 片方の手で蓮の指先を支え、もう片方の掌を手の甲へ重ねる。


 目を閉じた。


 自身のナノを僅かに動かし、蓮の右手のナノの状態を探る。


 内部へ無理に干渉するわけではない。ただ触れ、流れを確かめる。


「…………」


「分かる?」


「黙っていろ」


「はい」


 しばらくして、セレネが目を開いた。


「……おかしいな」


「やっぱり?」


「ああ」


 もう一度、手の甲へ掌を当てる。


「詳しくは分からない。だが、動きが妙だ」


「どう妙?」


「それが分かれば苦労しない」


「そうだよな」


 蓮の反応は妙に軽い。


 セレネはまだ手を離さなかった。


「戻ったら調べてもらえ」


「そのうちね」


「戻ったら、だ」


「はいはい」


「返事が軽い」


「最近よく言われるな、それ」


「なら直せ」


「努力します」


 ようやくセレネが手を離した。


 少し離れた場所でアルベルトが二人を見ていた。


「何?」


 蓮が尋ねる。


「いや」


「なんだよ」


「何でもない」


 アルベルトは先へ歩き出した。


 蓮は首を傾げた。


 セレネは何も言わなかった。



      ◇



 探索そのものは、それ以上大きな問題もなく終わった。


 期待していたほどの発見はなかったが、未探索区画の地図をかなり埋めることができた。


 地上へ戻った頃には、日が大きく傾いていた。


「腹減った」


 蓮の第一声だった。


「同感だ」


 アルベルトも頷く。


 蓮がセレネを見る。


「飯食ってく?」


「……構わない」


「何がいい?」


「肉」


「即答だな」


「山から下りてきてまで草を食う理由はない」


「野菜な」


「同じだ」


「違うと思うけどなあ」


 三人で人間居住区を歩く。


 どこへ入ろうかと店を探していた蓮が、不意に足を止めた。


「……ん?」


「どうした?」


「マシマシ屋、こんなところにもできたんだ」


 新しい店舗だった。


 それ自体は不思議ではない。


 問題は看板だった。


《魔王印マシマシ屋》


 巨大な文字の横に、頭の左右から角を伸ばした少女が、腕を組んで偉そうに笑っている。


 セレネが看板を見上げた。


「魔王?」


「ああ」


「REGULATORのことか?」


「いや……最近、魔王を名乗ってる子がいるんだよ」


「子?」


「十歳くらい」


 セレネが蓮を見る。


「何を言っている?」


「俺も説明が難しいんだよ」


「あの少女か?」


「そう」


「本当に魔王なのか?」


「本人はそう言ってる」


「ではREGULATORは?」


「それはそれ、これはこれ」


「意味が分からん」


「だから説明が難しいんだって」


 アルベルトは看板の下を読んでいた。


「魔王印食材使用と書いてあるぞ」


「ああ。それは本当」


「知っているのか?」


「そっちは俺も関わってる」


「お前は何をしているんだ?」


「いろいろ」


「今日のお前は説明する気がないな」


 三人は店へ入った。



      ◇



「いらっしゃい!」


 店主はエルフだった。


 店内にも角の生えた少女の絵があちこちに描かれている。


 蓮が壁を見る。


「これ、全部勝手に使ってる?」


「何をです?」


「魔王印の名前とか、その子の絵とか」


「はい」


 悪びれる様子は一切なかった。


「許可は?」


「許可?」


 店主が首を傾げる。


 アルベルトも首を傾げた。


 セレネまで不思議そうに蓮を見る。


「何の許可だ?」


「いや、人の名前とか姿を商売に使うなら……」


「なぜ許可が必要なのだ?」


 アルベルトが本気で尋ねた。


「魔王印の食材を使っているのだろう?」


「使ってるけど」


「なら魔王印と書いても間違っていない」


「そういう問題じゃなくてだな……」


 セレネも看板を見る。


「この少女の姿を描くと、何か問題があるのか?」


「人間社会だとあるんだよ」


「なぜ?」


「肖像権とか、商標とか、そういうものがあって……」


「ショウゾウケン?」


 セレネが聞き返した。


「……そこから説明するのか」


 店主、アルベルト、セレネ。


 三人のエルフが揃って、本気で理解できない顔をしている。


 蓮は頭を掻いた。


「もういい。今日は飯を食いに来たんだ」


「それがよい」


 セレネが即答した。


「人間は面倒だな」


「お前らが気にしなさすぎなんだよ」



      ◇



 そして料理が来た。


「お待たせしました! 新店舗限定、魔王降臨・地獄マシマシラァメンです!」


 三つの巨大な丼が置かれた。


「…………」


 蓮が黙った。


「…………」


 アルベルトも黙った。


「…………」


 セレネも黙った。


 スープが黒い。


 その中に赤い麺。


 中央には山のような野菜が盛られ、その上には分厚い肉が何枚も重なっている。さらに二本の巨大な焼き野菜が、角のように突き立てられていた。


「……これは食べ物なのか?」


 セレネが真顔で尋ねた。


「ラァメンではあると思う」


「思う?」


「俺もこれは初めて見る」


 店主が胸を張った。


「肉も野菜も魔王印! 栄養満点です!」


「素材は知ってるよ」


 蓮は黒いスープを指した。


「なんで黒いの?」


「魔王ですから!」


「説明になってない」


「この赤い麺は?」


 アルベルトが尋ねる。


「魔王ですから!」


「便利な言葉だな」


 三人は箸を取った。


 まず肉。


「……美味い」


 セレネが言った。


「肉そのものはいいからな」


 次に野菜。


 アルベルトが頷く。


「これも美味い」


「野菜も品質はいい」


 蓮が麺を啜った。


「麺も悪くない」


 三人は最後にスープを飲んだ。


「…………」


「…………」


「…………」


 セレネが首を傾げた。


「一つずつは美味いのだな?」


「そうだな」


「では、なぜ全部一緒にするとこうなる?」


 蓮は答えられなかった。


 アルベルトが静かに言った。


「料理とは奥深いものだな」


「たぶん、そういう話じゃない」


 それでも食材を残すのは気が引けたので、三人は最後まで食べた。



      ◇



 店を出ると、すでに日は沈みかけていた。


 三人はしばらく無言で歩いた。


「……次は普通の店にしよう」


 蓮が言った。


「賛成だ」


 アルベルトが答える。


「必ずそうしてくれ」


 セレネも続いた。


「そこまで言う?」


「レン」


「何?」


「人間の食文化は、あれが普通なのか?」


「絶対違う」


「即答だな」


「あれを人類代表にされたら困る」


 やがてアルベルトが自分の宿舎へ向かう道で二人と別れた。


「では、またな」


「ああ」


「次のダンジョンを探しておく」


「頼んだ」


「お前たちは懲りないな」


 セレネが呆れた。


 アルベルトが去り、蓮とセレネだけが残る。


 蓮が空を見上げた。


「セレネ、今から山に帰るの?」


「そのつもりだったが」


「やめとけよ。もう暗くなるぞ」


「夜道くらい問題ない」


「問題あるとかじゃなくてさ」


 蓮は通りの先を指した。


「泊まってけばいいじゃん。エルフも使える宿あるよ」


「…………」


 セレネは少しだけ黙った。


「明日の朝帰ればいいだろ」


「……そうだな」


 考えるふりをする必要もないほど、答えは決まっていた。


「では、そうする」


「決まり。案内するよ」


「場所だけ教えれば分かる」


「せっかくだから送るって」


「……そうか」


 二人は並んで歩いた。


 人間居住区には灯りがともり始めていた。


 山の集落にはない夜の明るさだった。


「今日は楽しかったな」


 蓮が何気なく言った。


 セレネが横を見る。


「そうか?」


「久しぶりに三人でダンジョン行けたし」


「お前は本当にダンジョンが好きだな」


「面白いじゃん」


「右手がおかしい奴が言うことではない」


「あ」


「忘れていたのか?」


「忘れてないよ」


「今の顔は忘れていた顔だ」


「明日調べてもらう」


「今日行け」


「もう遅いって」


「なら明日の朝だ」


「分かった、分かった」


「二度言うな。信用できなくなる」


 蓮が笑った。


 セレネも僅かに口元を緩めた。



      ◇



「ここ」


 蓮が立ち止まった。


 人間居住区にある宿泊施設だった。


 交易や仕事で訪れるエルフたちも利用するため、セレネが泊まっても珍しくはない。


「受付で名前言えば大丈夫だから」


「ああ」


「じゃあ、俺は帰るよ」


「レン」


「ん?」


 セレネは一瞬だけ迷った。


「……右手」


「ああ」


「忘れるな」


「分かってるって」


「本当に診てもらえ」


「はい」


 今度の返事は少しだけ真面目だった。


「じゃあな。明日」


「……ああ。明日」


 蓮が歩いていく。


 セレネは宿の前に立ったまま、その背中を見送った。


 やがて蓮が人混みの向こうへ消える。


「…………」


 久しぶりに会えた。


 一緒にダンジョンへ行った。


 一緒に食事をした。


 最後の食事については忘れたいところだが、それ以外は悪くない一日だった。


 そして明日も、まだここにいる。


 セレネは宿へ入った。


 山を下りた理由なら、いくらでもある。


 人間の街を見るため。


 交易品を確かめるため。


 人間の文化を知るため。


 そして今夜ここに泊まるのも、暗くなったからだ。


 ただそれだけ。


 少なくともセレネは、そういうことにしておいた。



――第七十話 山を下りた理由 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ