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星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


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第44話 深淵

《深淵》へ向かう人員については、出発前にかなり慎重な検討が行われた。


結論として、内部へ入るのは三人だけとなった。


天城蓮、アルベルト、そしてネレウス。


人類側の探査チームも同行するが、《深淵》そのものには入らない。潜水艇で周辺海域に待機し、三人の通信と各種観測データを監視する。異常が発生した場合は即座に回収。それが不可能なら、三人は自力で離脱する。


今回は攻略ではない。


あくまでも調査。


危険と判断した時点で撤退する。


その方針だけは、出発前に何度も確認された。


「ずいぶん慎重ですな」


深海用装備を確認していたネレウスが言った。


蓮は大型のパワーアーマーへ身体を収めながら答える。


「当たり前だよ。何があるか分からないんだから」


通常の探索用スーツとは違う。高水圧下での活動を想定した厚い複合装甲に覆われ、背部には水中推進器。四肢には姿勢制御用の小型スラスターまで備えている。


多少動きは重くなるが、それでも生身で深海へ放り出されるより遥かにいい。


アルベルトも同型のパワーアーマーを装着していた。


「ダンジョンなのだろう?」


「たぶんね」


「最奥まで行かないのか?」


「行かない」


蓮は即答した。


「今回は入口を確認して、ちょっと中を見るだけ。何かあったらすぐ帰る」


「つまらんな」


「俺、最高責任者だからね? 危険なところに最高責任者が自分から行く時点でどうなのって話なんだから」


「では残ればいい」


「それは嫌だ」


アルベルトが蓮を見る。


「行く気満々ではないか」


「だからこそ安全第一なんだよ」


ネレウスが神妙な顔で頷いた。


「なるほど。では古き言葉を一つ」


「また?」


「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」


「だから覗かないって」


「ほう?」


「今回はちょっと様子を見るだけ。深淵なんか覗かない。入口から少し入って、危なそうなら帰る」


アルベルトが口元を緩めた。


「それを覗くと言うのでは?」


「……入口を見るだけ」


「お前がダンジョンの入口だけ見て帰れるとは思えんな」


「俺を何だと思ってるんだよ」


「廃冒険者」


「最高責任者だよ!」


ネレウスが笑った。


蓮はヘルメットを閉じる。


「とにかく今回は安全第一。何かあったら即撤退。これ絶対だからな」


『記録しました』


イザナミが答えた。


「わざわざ記録しなくていいよ」


『後日確認する必要が生じる可能性があります』


「何のだよ」


返事はなかった。



      ◇



潜水艇はマリスの海底都市を離れ、さらに深い海域へ向かった。


窓の外から光が消えていく。


青。


濃紺。


そして黒。


探照灯の光だけが、深海の闇を切り裂いていた。


マリスの民の都市とは明らかに雰囲気が違う。


生命反応そのものが少ない。


「この先です」


ネレウスが言った。


「我らが《深淵》と呼ぶ場所は」


蓮は前方を見る。


何も見えない。


だが計器には、巨大な構造物らしき反応が映り始めていた。


『人工構造物を確認』


「やっぱり?」


『自然形成物である可能性は極めて低いと判断します』


「人類の?」


『現時点では断定できません』


蓮の表情が僅かに変わった。


それは珍しい回答だった。


これまでEDENで発見された古代施設の多くは、テラフォーミング時代の人類文明へ何らかの形で辿ることができた。


だが。


これは違うかもしれない。


「近づくぞ」


潜水艇が速度を落とす。


やがて探照灯が何かを照らした。


壁。


巨大な壁だった。


海底から垂直に立ち上がり、上下左右の端が見えない。


表面には堆積物が積もっている。


だが。


その下には明らかな人工物。


「でかいな……」


『全体構造を測定できません』


「そんなに?」


『周辺地形へ埋没している部分が大きすぎます』


アルベルトが壁を見上げる。


「入口は?」


ネレウスが前を指した。


「あちらです」


潜水艇が進む。


巨大な開口部。


門というより、裂け目に近い。


だが周囲には明らかな人工的加工がある。


その奥。


完全な闇。


蓮はしばらく見つめた。


「……深淵ね」


ネレウスが頷く。


「古くより、我らはそう呼んでおります」


「確かに名前は合ってるな」


『周辺に複数の生体反応』


「何?」


探照灯。


何かが横切った。


一瞬。


細長いもの。


「今の何?」


『追跡不能』


また。


今度は上。


何本もの脚。


いや。


脚だけ。


胴体がない。


巨大なイカの触腕だけを切り取ったような生物が、水中を漂っている。


中心部。


そこに口。


円形に並んだ鋭い歯。


「……趣味悪いな」


アルベルトは嬉しそうだった。


「面白そうだ」


「お前はなんでそうなるんだよ」


『接近しています』


「潜水艇には?」


『攻撃行動を確認』


怪物が突進してきた。


船体へ噛みつく。


ゴンッ!


「うわっ!」


『外殻に問題なし』


「丈夫だな」


『深海用です』


もう一体。


さらに。


三体。


五体。


暗闇から次々と現れる。


「これ、中に入る前からこれ?」


蓮は嫌そうに言った。


アルベルトは高振動ブレードを確認している。


「帰るか?」


「……まだ入口だから」


「ほう」


「その顔やめろ」


蓮は探査チームへ通信を開いた。


「ここから先は予定通り三人で行く。探査班はこの海域から少し下がって待機」


『了解。緊急時は回収に向かいます』


「何かあったらすぐ呼ぶ」


『天城さん』


「何?」


『本当に無理しないでくださいよ』


「分かってるって」


通信を切る。


アルベルトが蓮を見る。


「信用されていないな」


「なんでだろうね」


「日頃の行いだろう」


「お前にだけは言われたくない」


三人は潜水艇の小型エアロックへ移動した。



      ◇



海中へ出る。


水圧。


暗闇。


パワーアーマーの外殻へ巨大な圧力がかかる。


『正常』


「よし」


ネレウスは人類製の深海対応装備を身につけていたが、動きは蓮たちより遥かに自然だった。


「やっぱり海だと動き違うな」


「我らの故郷ですので」


「俺なんかロボットみたいだよ」


「実際かなり近いだろう」


アルベルトが言う。


「うるさい」


三人が入口へ向かう。


例の怪物が来た。


触腕だけの身体。


中心の口を大きく開く。


「うわ、近くで見ると余計気持ち悪い!」


蓮が腕を上げる。


パワーアーマーの推進器。


加速。


拳。


怪物が吹き飛ぶ。


だが死なない。


身体を捻り、再び向かってくる。


アルベルト。


高振動ブレード。


一閃。


触腕が切断される。


ネレウスも槍を突き出す。


三人で数体を排除。


「これ、モンスターでいいよね?」


『既知の海洋生物データベースに該当なし』


「だよな」


三人は巨大な入口をくぐった。



      ◇



内部。


しばらく水中を進んだ。


そして。


『前方に気密区画』


「まだ生きてる?」


『内部圧力を検出』


三人が隔壁を通過する。


排水。


水位が下がる。


やがて。


足が床についた。


「空気あるじゃん」


『呼吸可能。ただし未知の微量成分を検出。装備解除は推奨しません』


「じゃあこのまま」


ヘルメットも外さない。


パワーアーマーのまま進む。


ネレウスは周囲を見回していた。


「ここより先へ来たマリスの者は?」


「ほとんどおりませぬ」


「ほとんど?」


「古い記録にはございます」


「帰ってきた?」


ネレウスは答えなかった。


「……聞かなきゃよかった」


通路。


巨大だった。


人間用とは思えないほど天井が高い。


壁面には意味不明の構造。


文字らしきものもある。


イザナミが解析する。


『既知の人類文字体系と一致しません』


蓮が止まった。


「本当に?」


『はい』


「古代人類施設じゃない?」


『少なくとも、現在確認できる情報からは断定できません』


アルベルトが壁に触れる。


「面白くなってきたな」


「俺は嫌な予感してきた」


「帰るか?」


蓮は通路の奥を見る。


「……もうちょっとだけ」


アルベルトが笑う。


「ほらな」


「うるさい」



      ◇



進むにつれ。


生物が増えた。


最初は小さなもの。


壁を這う甲殻生物。


目のない四足獣。


やがて。


人間より大きなもの。


異様に長い腕。


頭部の代わりに開閉する口。


どれも地上の生物とは明らかに違う。


それでも。


三人にとって脅威ではなかった。


蓮のパワーアーマー。


アルベルトの高振動ブレード。


ネレウスの槍。


進める。


だから。


進んでしまった。


「結構来たな」


蓮が呟く。


アルベルトが答える。


「入口を見るだけではなかったのか?」


「まだ帰れる」


「そういう問題か?」


ネレウスが言った。


「古き言葉には――」


「今はいらない」


「まだ何も言っておりませぬ」


「絶対ろくでもないやつだろ」


さらに奥。


そこで。


イザナミが止めた。


『蓮』


「何?」


『前方に巨大生体反応』


三人が止まる。


「どれくらい?」


『測定中』


数秒。


『百メートル以上』


「……帰ろうか」


アルベルトが剣を抜いた。


「見てからでも遅くない」


「こういう時だけ行動早いな!」


ネレウスは黙っていた。


顔つきが変わっている。


「どうした?」


「分かりませぬ」


ネレウスが通路の奥を見る。


「されど……」


槍を強く握る。


「何か、知っている気がする」


三人は慎重に進んだ。


そして。


巨大な空間へ出た。



      ◇



最初。


何も見えなかった。


暗い。


広すぎる。


パワーアーマーの照明を最大にする。


光が遠くへ伸びる。


床。


壁。


巨大な柱。


そして。


何かに当たった。


黒。


「……壁?」


蓮が呟く。


『いいえ』


黒い何か。


光をほとんど返さない。


照明を向けても輪郭が分からない。


「何これ」


『生体反応と一致』


「……これが?」


動いた。


黒い壁だと思っていたものが。


ゆっくりと。


持ち上がる。


ネレウスが息を呑んだ。


「まさか……」


蓮が照明を上へ向ける。


黒。


さらに上。


黒。


その途中。


眼。


巨大な眼が開いた。


一つ。


二つ。


そして。


額。


三つ目。


第三の眼が開く。


「……あ」


蓮は理解した。


以前見た。


穢れ竜。


同じだった。


「イザナミ」


『はい』


「これ……」


『異常ナノマシン反応を検出』


ネレウスの槍が震えた。


「海神……」


蓮が振り返る。


「何?」


ネレウスは巨大な存在を見上げていた。


信じられないという顔で。


「リヴァイアサン……」


黒い巨体が動く。


全長。


百メートル。


いや。


さらに長い。


『推定全長、百三十八メートル』


蓮はゆっくり後ずさった。


「……帰ろう」


アルベルトも珍しく反対しなかった。


「賛成だ」


蓮は通信を開く。


「探査班、聞こえる?」


雑音。


「探査班?」


返事がない。


『構造物による通信遮断と推定』


「……まあ、そうなるよね」


リヴァイアサンが立ち上がる。


巨大な身体。


光を吸収するような漆黒の鱗。


そして額の第三眼だけが、異様な光を放っていた。


ネレウスが一歩前へ出る。


「海神様……?」


第三の眼が。


ネレウスを見る。


そして。


蓮を見る。


止まった。


『蓮』


「何?」


『第三眼のナノマシン活動が急上昇』


「なんで?」


『不明』


「そういうの今日多くない?」


リヴァイアサンが口を開いた。


牙。


巨大な口腔。


蓮は構える。


「安全第一だったよね」


アルベルトも剣を抜く。


「ああ」


「危なかったら帰るって言ったよね」


「ああ」


ネレウスが槍を構える。


「深淵は覗かないとも仰っておりましたな」


「言った」


リヴァイアサンが咆哮した。


空間全体が震える。


蓮は拳を握った。


「……なんでこうなるんだよ!」


海神が突進した。



――第四十四話 深淵 了

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