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星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


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30/83

第30話 冒険者アルベルト

迷宮。


それは、この惑星に住む者たちにとって特別な存在でありながら、決して珍しいものではなかった。


山の奥。


森の地下。


荒野の裂け目。


時には都市からさほど離れていない場所にも存在する。


内部構造は不可解だった。


自然洞窟とは明らかに違う石造りの通路が続き、外から見た規模と内部の広さが一致しないことさえある。


魔物がいる。


罠がある。


そして。


なぜか宝箱がある。


誰が作ったのか。


いつから存在するのか。


なぜ探索者が倒れても命を失うことがほとんどないのか。


エルフたちは何千年もの間、その答えを知らないまま迷宮を探索してきた。


ただ一つ、昔からよく知られている法則がある。


迷宮の中で意識を失うほどの傷を負えば。


どこからともなくスライムが現れる。



そして。



入口まで運ばれる。



かなり雑に。



      ◇



「アルベルトさん!」


朝。


一人の若いエルフが道を走ってきた。


その先を歩いていた男が振り返る。


長い耳。


肩ほどまで伸びた髪。


綺麗に整えられた口髭。


年齢を感じさせる目元の皺。


それすら妙に様になっている。


アルベルトだった。


「朝から大声を出すものではないよ。美しい朝が驚いて逃げてしまう」


「意味分かりませんよ!」


「いずれ分かる」


「それより!」


若者は息を整えた。


「北西の迷宮に新しい通路が見つかったそうです!」


アルベルトの眉がわずかに動く。


「ほう」


「まだ誰も奥まで行ってません」


「なるほど」


「危険だから、経験のある探索者を集めてから調べるそうです」


アルベルトは微笑んだ。


「それは賢明だ」


「ですよね」


「では行ってくる」


「なんで!?」


アルベルトは歩き出した。


「誰も行っていない場所があるのだろう?」


「だからみんな集まってから!」


「心配はいらない」


アルベルトは口髭を指で整える。


「私がいる」


「一人でしょうが!」


「なおさら問題ない」


「問題しかないですよ!」


アルベルトは振り返った。


「若者よ」


「はい?」


「冒険とは、誰かが最初の一歩を踏み出さなければ始まらない」


「いいこと言って誤魔化そうとしてません?」


「では」


「ちょっと! アルベルトさん!」


既に歩いていった。



      ◇



その頃。


人類居住区では。


蓮が奇妙な記録を眺めていた。


「……もう一回言って」


『惑星上に確認されている迷宮の一部について、形成過程を特定しました』


「自然発生じゃない?」


『はい』


「誰かが作った?」


『はい』


「誰?」


短い沈黙。


『我々です』


蓮は椅子にもたれた。


「……俺たち?」


『正確には、テラフォーミングシステムです』


「なんで?」


『当時の記録を解析します』


大量のデータが表示される。


生態系構築。


文化保存。


環境適応。


人造生命体。


文明発生補助。


そして。


《文化的環境構築》



蓮が嫌な顔をした。


「文化的環境構築?」


『はい』


「具体的には?」


『人類文化を参照し、居住環境へ文化的多様性を付与する計画です』


「そんな計画あった?」


『ありました』


「誰が承認した?」


『蓮です』


「……俺か」


最近。


この流れが多い。


「で、何を参考にした?」


『人類の文学、映像作品、歴史資料、娯楽作品などです』


「まあ、そこまでは分かる」


『さらに、個人保存領域』


蓮が止まった。


「待て」


『はい』


「誰の?」


『蓮の』


「待て待て」


データが表示される。


ゲーム。


漫画。


小説。


映画。


設定資料。


膨大な量だった。


蓮の顔が引きつる。


「……まさか」


『はい』


「迷宮って」


『蓮の個人保存領域に存在した娯楽作品の影響を強く受けています』


「ゲームじゃねえか!」


『ゲームも含まれます』


「宝箱があるのも!?」


『参考資料に高頻度で登場します』


「モンスターがいるのも!?」


『同様です』


「ボス部屋とかないよな?」


『あります』


「あるのかよ!」


蓮は頭を抱えた。


「なんで創作物を現実に作ったんだよ……」


『テラフォーミングシステムは、それらを人類文明において重要な文化的要素と判断したようです』


「フィクションだよ!」


『現在は理解しています』


「当時理解しろよ!」


既に数千年遅かった。



      ◇



北西の迷宮。


アルベルトは入口に立っていた。


古い石造りの階段が地下へ続いている。


「さて」


剣を抜く。


「久しぶりに楽しませてもらおうか」


迷宮へ入った。



      ◇



第一層。


ゴブリン型の魔物が三体。


「ふむ」


一体目。


一閃。


二体目。


剣の柄で顎を打つ。


三体目。


飛びかかってきたところを軽くかわし、背中を押す。


壁へ激突。


終了。



「もう少し歓迎してくれてもいいのだよ」



先へ進む。



床に細い線。



「罠か」



跨ぐ。



その先。


壁の穴。



「矢」



しゃがむ。



矢が頭上を通過する。



さらに先。



天井。



「落石」



一歩戻る。



巨大な石が目の前へ落ちた。



アルベルトは口髭を整える。



「迷宮というものは、もう少し意外性を学ぶべきだな」



      ◇



第二層。


宝箱があった。


アルベルトは止まる。



「……」



近づかない。



石を拾う。



投げる。



宝箱に当たる。



反応なし。



剣の先で突く。



反応なし。



周囲を調べる。



床。


壁。


天井。



異常なし。



「ミミックではないようだ」



慎重に開ける。



中には短剣。



装飾が施されている。



「ほう」



手に取る。



刃を見る。



「悪くない」



腰へ差す。



「宝箱は宝箱らしくしているのが一番だよ」



何事もなく先へ進んだ。



      ◇



第三層。



魔物が強くなった。



狼型。



大型昆虫。



甲殻に覆われた四足獣。



それでも。



アルベルトは止まらない。



剣だけではない。



手を向ける。



空気が歪む。



ナノマシンが反応する。



火球。



魔物へ直撃。



「熱いだろう?」



別の魔物が背後から飛びかかる。



重力操作。



地面へ叩き落とす。



「少し休みたまえ」



剣を一閃。



戦闘終了。



アルベルトは息すら乱していなかった。



自信家。



キザ。



ナルシスト。



しかし。



その自信には。



十分すぎるだけの実力があった。



      ◇



第四層。



また宝箱。



アルベルトは立ち止まった。



先ほどより豪華だ。



金属装飾。



大きい。



「これは怪しいな」



石を投げる。



反応なし。



剣で突く。



反応なし。



周囲の罠を確認。



なし。



生命反応。



なし。



ナノマシンによる走査。



異常なし。



「……疑いすぎるのも探索者の悪い癖だ」



近づく。



手を伸ばす。



宝箱へ触れた。



その瞬間。



すくっ。



宝箱が立ち上がった。



アルベルトは動かなかった。



正確には。



理解できなかった。



宝箱の下から。



脚が生えている。



太い。



異常に太い。



腕もある。



胸筋。



腹筋。



上腕二頭筋。



全身が筋骨隆々。



人間型のマッチョな身体の上に。



宝箱が頭として乗っていた。



「…………」



ミミックも動かない。



「…………」



アルベルトが口を開いた。



「君は」



宝箱を見る。



「宝箱ではなかったのかね?」



蓋が開いた。



ギザギザの歯。



「なるほど」



アルベルトは剣を構えた。



「質問に答える知性はないらしい」



ミミックが床を蹴った。



「速っ――」



拳。



アルベルトが剣で受ける。



凄まじい衝撃。



数メートル押される。



「ほう!」



笑った。



「面白い!」



斬撃。



ミミックが腕で防ぐ。



蹴り。



アルベルトがかわす。



剣が腹へ入る。



ミミックがよろめく。



「見た目ほど無敵ではないようだ」



次の瞬間。



両腕を掴まれた。



「む?」



持ち上げられる。



「待ちたまえ」



宝箱の蓋が開く。



「待ちたまえ」



顔の前。



ギザギザの歯。



「話し合おう」



ガブッ。



「痛っ!」



さらに噛む。



「痛い痛い痛い!」



アルベルトの脚がばたつく。



「そこは本当に痛いぞ君!!」



重力操作。



ミミックを吹き飛ばす。



床へ転がる。



アルベルトも着地。



乱れた髪を直す。



服を整える。



口髭を整える。



周囲を見る。



誰もいない。



「……今のは忘れよう」



ミミックが立ち上がる。



「第二幕といこうか」



剣を構える。



ミミックが距離を取った。



「?」



さらに下がる。



「何をしている?」



前傾姿勢。



「……」



走り出した。



「なぜ助走を――」



ミミックの右脚が振り抜かれた。



腹へ直撃。



ドゴッ。



アルベルトが飛んだ。



壁へ激突。



瓦礫が落ちる。



沈黙。



ミミックが構える。



瓦礫が動く。



アルベルトが立ち上がった。



髪はぐちゃぐちゃ。



服は破れている。



口髭だけは。



無事。



「……宝箱が」



剣を拾う。



「蹴るな!!」



      ◇



五分後。



マッチョミミックは倒れていた。



アルベルトも肩で息をしている。



「はぁ……はぁ……」



剣を鞘へ戻す。



「なかなか……やるではないか」



ミミックを見る。



「だが」



口髭を整える。



「私の方が一枚上手だったようだね」



先へ進む。



角を曲がる。



止まる。



宝箱。



三つ。



「…………」



アルベルトはしばらく動かなかった。



右。



左。



中央。



「……」



剣を抜いた。



「全員そこから動くな」



宝箱は動かない。



「一つずつ確認する」



右。



普通。



中には回復薬。



「よし」



左。



剣で突く。



ガパッ。



普通の宝箱型ミミック。



「お前は知っている!」



即座に斬る。



撃破。



中央。



「……」



アルベルトは汗を拭った。



慎重に近づく。



石。



反応なし。



剣。



反応なし。



走査。



異常なし。



「よし」



開ける。



普通の宝箱。



中には美しい宝石。



アルベルトは安堵した。



「そうだ」



宝石を取る。



「宝箱とは、こうあるべきなのだよ」



背後。



倒したはずの左の宝箱。



その下から。



筋肉質な腕が。



にゅっ。



アルベルトは振り返った。



「……」



すくっ。



二体目が立った。



「お前もその種類なのか!!」



      ◇



さらに一時間後。



迷宮の奥。



アルベルトはボロボロだった。



片袖がない。



髪も乱れている。



頬に傷。



それでも。



歩いている。



「……少々」



息を整える。



「手応えが出てきたな」



その時。



叫び声。



「助けて!」



アルベルトの表情が変わった。



走る。



広い部屋。



若い探索者が四人。



魔物の群れに囲まれている。



一人は脚を負傷。



「アルベルトさん!?」



「下がりたまえ」



「でも!」



アルベルトが前へ出る。



「君たちは入口へ」



「一人じゃ無理です!」



アルベルトは振り返った。



笑う。



「心配はいらない」



口髭を整える。



「私がいる」



今度は。



誰も笑わなかった。



      ◇



火球。



重力。



剣。



アルベルトは一人で魔物の群れへ突っ込んだ。



「走れ!」



若者たちが負傷者を支えて逃げる。



一体。



二体。



三体。



アルベルトの身体にも傷が増える。



「アルベルトさん!」



「振り返るな!」



巨大な魔物が腕を振る。



受ける。



吹き飛ぶ。



立つ。



「女性を待たせる趣味はないのでね」



「ここ男しかいません!」



「細かいことは気にするな!」



若者たちが走る。



通路の向こうへ消えた。



アルベルトが確認する。



「……よし」



剣を構える。



魔物を見る。



「さて」



息を吐く。



「ここからは大人の時間だ」



      ◇



若い探索者たちは迷宮の入口へ到達した。



「アルベルトさんは!?」


「まだ中だ!」


「助けを呼ばないと!」



戻ろうとした。



その時。



迷宮の奥から。



何かが来た。



ぷるん。



スライム。



大きい。



妙に膨らんでいる。



「……」



全員が止まった。



スライムが。



ずる。



ずる。



入口まで来る。



そして。



身体を大きく揺らした。



べちゃっ。



何かを吐き出した。



アルベルトだった。



「アルベルトさん!!」



スライムは役目を終える。



ぷるん。



迷宮へ戻っていった。



      ◇



「アルベルトさん!」



若者たちが駆け寄る。



「生きてる!」



「当たり前だ、迷宮の中だぞ!」



「起こせ!」



アルベルトの目が開いた。



「……」



空。



雲。



若者たち。



「アルベルトさん!」



「皆……」



ゆっくり起き上がる。



「無事かね?」



「はい!」



四人いる。



全員。



生きている。



アルベルトは安心したように笑った。



「そうか」



口髭を整えようとする。



手が止まる。



口髭が。



少し曲がっていた。



「……」



慎重に直す。



「それは何よりだ」



若者が笑った。



「アルベルトさん、本当に格好よかったです!」



「当然だ」



「最後はスライムに運ばれてきましたけど」



「……」



「入口でポイって」



「そこまでは聞いていない」



      ◇



数日後。



人類居住区。



アルベルトは蓮の前にいた。



「それで?」


蓮が聞く。



「何がだね?」


「迷宮」


「悪くなかった」


「ボロボロだったって聞いたけど」


「冒険者に傷は勲章だよ」


「スライムに運ばれたって」


「誰から聞いた」


「有名になってる」


アルベルトの眉が動いた。



「……情報というものは恐ろしいな」



蓮は笑う。



「で、何か変なのいた?」


「変なの?」


「例えば……ミミックとか」


アルベルトの表情が消えた。



「……なぜミミックを聞く?」


「いや、なんとなく」


アルベルトが蓮へ近づく。



「宝箱に」


「うん」


「腕があった」


蓮の笑顔が消える。



「……」


「脚も」


「……」


「筋骨隆々の身体」


「……まさか」


アルベルトが眉をひそめる。



「何だ?」


蓮が恐る恐る聞く。



「頭の宝箱に……ギザギザの歯?」


アルベルトが固まった。



「なぜ知っている」



「……」



「蓮」



「いや」



「なぜ知っている?」



「ちょっと待って」



蓮が宙を見る。



「イザナミ」



『はい』



「北西の迷宮が参照した文化データを特定できる?」


『可能です』



「やめた方がいいんじゃないかね?」


アルベルトが言う。



蓮は嫌な予感しかしなかった。



『特定しました』



「……何?」


『蓮の個人保存領域に存在したゲームです』



アルベルトが蓮を見る。



蓮は目を逸らす。



「ゲームとは?」


「娯楽」


「娯楽?」


「昔、地球で遊んでた」



アルベルトが黙る。



「……」



「……」



「つまり」



アルベルトがゆっくり言う。



「あれは君たち人間の娯楽なのか?」



「違う」



「宝箱が人を噛むのが?」


「違う」



「蹴るのも?」


「違う!」



イザナミが続ける。



『なお、当該作品に対する蓮の累積プレイ時間は――』



「言うな」



『――』



「絶対言うな」



『了解しました』



アルベルトが目を細める。



「随分と遊んだようだね」


「昔の話だ」



「なるほど」



口髭を整える。



「君について少し理解が深まったよ」



「誤解だ」



「安心したまえ」



アルベルトが微笑む。



「誰にでも、人に知られたくない過去の一つや二つはある」



「そういうんじゃねえよ!」



      ◇



帰り際。



アルベルトが立ち止まった。



「蓮」


「ん?」


「一つ聞きたい」


「何?」


「私が倒した、あの筋肉質なミミック」


「ああ」


「かなり珍しい個体なのか?」



蓮がイザナミを見る。



『当該迷宮における出現率を算出します』



少し間。



『低確率です』



アルベルトの口元が上がった。



「そうか」



「何で嬉しそうなんだよ」


「希少な敵を倒したのであれば、それもまた冒険者の誉れだ」



「お前、酷い目に遭ったんじゃなかったの?」


「それとこれとは別だよ」



アルベルトは歩き出した。



「もう行かない方がいいぞ」



振り返らない。



片手だけ上げる。



「無論だ」



      ◇



二週間後。



早朝。



北西の迷宮。



まだ誰もいない入口に。



一人の男が立っていた。



長い耳。



肩までの髪。



整えられた口髭。



新品の装備。



アルベルトは迷宮を見つめる。



「さて」



口髭を整える。



「前回は少々、君を甘く見ていたようだ」



剣を抜く。



「だが同じ男に二度も同じ手が通じると思わないことだ」



迷宮へ入っていく。



しばらくして。



地下から。



微かに声が響いた。



「だから宝箱が蹴るなと言っているだろう!!」



入口の近くにいた鳥が。



驚いて飛び立った。



――第三十話 冒険者アルベルト 了

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