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星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


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第18話 守護神

白熱した奔流が途切れた。


蓮の前に展開されたナノマシン防壁が崩壊し、赤熱した粒子となって空気中へ散っていく。


アーマーの警告表示が視界を埋めていた。


《外装損傷率12.4%》

《右腕部冷却能力低下》

《周辺温度上昇》

《環境ナノマシン制御競合を検出》


最後の表示を見て、蓮は眉をひそめた。


「……競合?」


『はい』


イザナミが即答する。


『対象が周辺環境ナノマシンに対して強い制御を行っています』


「そんなのは見れば分かる。俺が聞いてるのは、なんで俺の制御に割り込めるのかってことだ」


『不明です』


「最高管理者権限だぞ」


『対象のナノシステムは正常な権限体系から逸脱しています』


蓮は穢れた炎竜を見る。


二百メートルほど先。


赤黒い巨体が、濁った目でこちらを睨んでいる。


「……厄介だな」


『同意します』



炎竜が翼を広げた。


地面の砂や小石が浮き上がる。


局所的な重力場が変化し、数十トンはある巨体がゆっくりと浮かび上がった。


巨大な翼が一度だけ大きく羽ばたく。


次の瞬間、炎竜は猛烈な勢いで加速した。



「来るぞ!」



蓮が叫ぶ。


十二機の戦闘ドローンが一斉に散開した。


『攻撃許可を要求』


「許可する。ただし殺すな! 脚と翼を狙え!」


『了解』



ドローンが炎竜を取り囲む。


直後、高速度弾が一斉に放たれた。


乾いた発射音が連続する。


弾丸は炎竜の右前脚へ集中した。


皮膚が裂ける。


肉が弾け飛び、赤黒い血が宙へ散った。


さらに射撃。


ついには骨まで露出する。



「グァアアアアッ!」



炎竜が咆哮した。


リシェルが思わず身をすくめる。


「ちょっと! 殺さないんじゃなかったの!?」


「大丈夫だ」


「どこがよ!」


「見てろ」



炎竜の右前脚。


傷口が蠢いていた。


出血が急速に止まる。


千切れた筋肉の間から新しい組織が形成され、露出していた骨が覆われていく。


わずか数秒。


リシェルが目を見開いた。


「……嘘」


「普通の竜もあんな速度で治るのか?」


「そんなわけないでしょ。竜は傷の治りが早いけど、あんなの見たことない」


『組織修復率、八十七パーセント』


炎竜が地面へ降りる。


すでに右前脚へ体重をかけていた。



「早すぎる」


美冬が言った。


蓮も頷く。


「それに、あれだけの組織を再生するなら、どこかから材料とエネルギーを持ってこなきゃおかしい」


『周辺環境ナノマシンの急激な減少を確認』


イザナミが報告する。


『対象は自己修復に外部ナノマシンを利用しています』


美冬が炎竜を見る。


「つまり、周りにナノマシンがある限り……」


「治り続ける可能性がある」


蓮が答えた。


しばらく炎竜を見つめる。


「……こんな化け物を作れなんて命令した覚えはないぞ」


『正確には』


イザナミが答えた。


『最高管理者を含む当時のテラフォーミング計画評議会が、現地生態系の長期安定化に必要な自律型大型管理生物の設計および投入を承認しています』


蓮が黙った。


「……つまり?」


『大枠では、あなた方の命令です』


「いやいや、俺はこんな怪獣作れなんて言ってないぞ」


『当該生物群の投入承認記録を確認します』


一秒。


蓮の視界に古い記録が表示された。


《大型環境管理生物群 DRG系列》

《生態系上位種・環境監視・危険生物抑制》

《長期自律活動能力》

《高耐久性》

《環境ナノシステム連携》

《重力制御補助》


その下。


承認者一覧。


そして。


《天城 蓮》


電子署名。


蓮は数秒間、それを見ていた。


「……俺じゃねぇか」


美冬が横から覗く。


「蓮さんですね」


「俺だな」


『はい』


「いや、でも待て。この仕様書にブレスなんて書いてないぞ」


『危険生物抑制機能として高出力熱エネルギー投射能力が後期設計段階で追加されています』


「誰が許可した」


『包括的設計変更権限がテラフォーミング管理システムへ付与されています』


「……俺が?」


『最高管理者を含む評議会による承認です』


「結局俺じゃねぇか!」


リシェルが呆れた顔をする。


「あなた、自分で作らせておいて文句言ってるの?」


「数千年前の書類なんか覚えてるか!」


「数千年前って言っても、あなた寝てたんでしょ」


「そうなんだけどさ!」


美冬が小さく笑った。


「責任取ってください、最高管理者」


「今まさに取ろうとしてるところだよ!」



その時。


炎竜が頭を低くした。


笑っている場合ではなかった。



「ニン……ゲン……」



蓮が前へ出る。


「まだ分かるのか」



炎竜の濁った瞳が蓮を追う。



「聞け! 俺たちはお前を殺したくない!」



炎竜が首を傾げた。



「コロス……」



「違う。殺さない」



「ニンゲン……コロス」



「だから逆だって」



炎竜の口元へ光が集まり始めた。



「……やっぱり話にならんな」



蓮が右手を上げる。



「全機、散開!」



白熱したブレスが放たれた。


十数メートル幅の灼熱の奔流が地上を薙ぐ。


ドローンが左右へ逃れる。


二機が間に合わなかった。


一機は直撃を受け、その場で機体の大部分が融解した。


もう一機は推進器を失い、回転しながら地面へ墜落する。



『戦闘ドローン二機喪失』


「さっきより威力上がってません?」


美冬が言った。


「俺もそう思う」



炎竜が空へ舞い上がる。


残った十機が追う。


蓮も重力制御を開始した。


身体が地面から浮き上がる。



「レン!」


リシェルが叫ぶ。


「そこで待ってろ!」


「待ってろって――」



蓮はすでに飛び出していた。



「本当に人の話を聞かないんだから!」




      ◇




高度百二十メートル。


炎竜が大きく旋回する。


蓮が追う。


普通なら、人間とドラゴンが空中で追いかけ合うなどあり得ない光景だった。


だが両者の飛行原理は、実のところよく似ている。


重力制御。


ドラゴンの巨大な翼は推進と姿勢制御を補助しているに過ぎない。


違うのは身体構造と、ナノマシンの使い方だった。



「イザナミ、周辺環境ナノの制御権を全部こっちへ寄越せ」


『実行します』



蓮を中心として制御領域が広がる。


大気。


土壌。


水分。


そこに存在する無数の環境ナノマシンが最高管理者の命令を受ける。


本来なら逆らえる存在はいない。



炎竜の身体が突然落下した。



「よし」



重力制御を奪った。


蓮はそう判断した。



ところが。


炎竜が空中で停止する。



《制御競合》



「……は?」



炎竜が蓮を見る。



《制御領域侵食》



蓮の表情が変わった。


自分の周囲へ集めたはずのナノマシンが、次々と別の命令を受け始めている。



「お前……」



炎竜が翼を広げた。



「俺から取ってるのか?」



『対象による制御権限への侵食を確認』


「それ、できちゃ駄目だろ!」



炎竜が咆哮する。


重力場が一瞬で変化した。



「うおっ!」



蓮の身体が横へ弾き飛ばされる。


空中で姿勢を立て直す。


だが、炎竜はすでに目前まで迫っていた。


巨大な前脚。


鋭い爪。


蓮は防壁を展開する。



激突。



轟音。



身体が地上へ叩き落とされた。


地面へ激突する寸前、蓮は重力制御で落下速度を殺す。


それでも完全には間に合わなかった。


地面へ激突。


数十メートル転がった。



「レン!」



リシェルが走り出す。


美冬が腕を掴んだ。



「行かない!」


「離して!」


「今行ったらあなたまで巻き込まれます!」


「でも!」


「蓮さんは生きてます!」



土煙の中。


蓮が起き上がる。



「……くそ」



アーマーの左肩が大きく凹んでいる。



《左肩部外装破損》

《肋骨部衝撃吸収限界超過》

《生体損傷軽微》



「これで軽微かよ……」



身体中が痛い。


それでも骨折はない。


ナノマシンがすでに損傷箇所の修復を始めている。



蓮は空を見る。


炎竜が旋回している。



「強いな」



素直な感想だった。


そして、その強さの一端を自分自身が承認していたという事実が、妙に腹立たしい。



「昔の俺、余計な書類に判子押しすぎだろ……」


『電子署名です』


「そういう問題じゃない」



炎竜が再び降下してくる。



「イザナミ」


『はい』


「こいつのナノマシンへ停止命令」


『すでに複数回実行しています』


「結果は?」


『無視されています』


「だよな」



蓮が立ち上がる。



「じゃあ物理的に止める」



十機のドローンが炎竜を包囲する。



「脚を潰す。飛行用のナノ制御を遮断。脳は傷つけるな」


『困難です』


「それでもやる」



蓮が右手を握る。


周囲の環境ナノマシンが集まる。


炎竜も同時に制御を始める。



二つの制御領域が正面から衝突した。



空気が歪んだ。



地面から小石が浮かび上がる。


一部は蓮へ。


一部は炎竜へ引かれていく。



「負けるかよ……!」



蓮が出力を上げる。



最高管理者権限。



本来なら、この惑星上に存在する環境ナノマシンは蓮の命令へ従う。



だが。



炎竜の周囲だけが従わない。



いや。



違う。



別の何かに従っている。



『対象の制御出力上昇』


「まだ上がるのか!」



炎竜が咆哮した。



衝撃。



蓮の制御領域が一気に押し返される。



「マジかよ……」



初めてだった。



ナノマシンの制御そのもので。



蓮が押し負けた。




      ◇




村では避難が続いていた。


リシェルは遠くの戦闘を見ながら、無意識に拳を握っていた。



自分にもナノマシンはある。



火を起こせる。


水を作れる。


小さな傷なら治癒を促すこともできる。



だが。



あれは違う。



蓮。


炎竜。



二者が操っているものは、自分たちエルフが「魔法」と呼んできたものとは規模そのものが違う。



「同じものなの……?」



リシェルが呟いた。



美冬が答える。



「基本的には」



「じゃあ、どうして私たちはあんなことできないの?」



「あなたたちのナノシステムには、かなり強い制限が設定されています」



「制限?」



「安全装置みたいなものです」



リシェルは自分の手を見る。



何千年。



エルフは魔法を使ってきた。



火。


水。


治癒。



それが世界の法則だと思っていた。



しかし蓮たちが現れてから、その常識は次々と壊れていく。



「もし……」



リシェルが呟く。



「その制限がなかったら?」



美冬は少し考えた。



「あなたたちでも、もっと高度な操作ができる可能性はあります」



その時だった。



リシェルの視界の端で何かが動いた。



村の西側。



岩山。



一瞬だけ。



人影。



「今……」



リシェルが振り向く。



誰もいない。



「どうしました?」


「誰かいた」



美冬のアーマーが周囲を走査する。



表示。



《生命反応検出》



だが。



次の瞬間。



消えた。



美冬が眉をひそめる。



「おかしい」



「何が?」



「スキャンから消えました」



「岩陰に隠れたんじゃないの?」


「その程度で、このセンサーからは消えません」



リシェルは岩山を見る。



何もいない。



だが。



確かに見た。



黒い外套。



尖った耳。



そして。



自分たちより、ずっと暗い肌。




      ◇




戦闘は続いていた。



蓮たちは炎竜を村から遠ざけることには成功していた。


しかし。



止められない。



「全機、右前脚集中!」



六機のドローンが一斉射撃。



炎竜の右前脚が再び破壊される。



巨体が傾く。



地面へ倒れた。



「今だ!」



蓮が地面へ手を向ける。



大量のナノマシンが土壌へ侵入する。



土。



岩石。



金属成分。



それらを急速に再構成し、巨大な拘束構造が形成されていく。



炎竜の四肢を包み込む。



胴体を固定。



翼を地面へ縫い止める。



炎竜が暴れる。



だが。



動けない。



「よし!」



美冬が叫ぶ。



蓮は油断しなかった。



「環境ナノを切り離せ!」



ドローンが妨害装置を展開。



炎竜周辺のナノマシン通信を遮断する。



竜が咆哮する。



それでも拘束は維持されている。



「いける」



蓮が近づく。



「このまま眠らせる」



『生体鎮静処置を準備』


「神経系を調べる。どこまで壊れてるのか確認するぞ」



十メートル。



炎竜が蓮を見る。



「ニン……ゲン……」



「悪いな」



蓮は言った。



「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくれ」



「イタイ……」



「分かってる」



「イタイ……」



「だから治せるか調べる」



蓮が手を伸ばす。



その瞬間。



炎竜の瞳が大きく開いた。



周囲の空気が変わった。



蓮の視界が真っ赤になる。



《未知ナノ制御波形》



「何だ?」



拘束していた地面に亀裂が走る。



「待て!」



炎竜の身体から凄まじい衝撃が放たれた。



土。



岩。



再構成された金属。



すべてが吹き飛ぶ。



ドローン三機が巻き込まれた。



一機が真っ二つになる。



蓮が防壁を展開する。



だが。



炎竜の尾が先だった。



「しま――」



直撃。



蓮が吹き飛ばされる。



百メートル近く。



地面へ激突。



転がる。



止まる。



「レン!」



炎竜が立ち上がる。



破壊された右前脚。



すでに再生が始まっている。



「コロス……」



炎竜が蓮を見る。



「ニンゲン……コロス……」



蓮は立とうとする。



だが身体が思うように動かない。



《脊椎保護機構作動》

《右脚部駆動補助異常》

《アーマー損傷率31%》



「……まずいな」



炎竜の口が開く。



光が集まる。



蓮は周囲のナノマシンを集めようとする。



だが。



足りない。



炎竜に奪われている。



『最高管理者、退避してください』


「動けりゃそうしてる」



『強制重力移動を実行します』


「間に合うか?」


一瞬の沈黙。



『困難です』


「だよな」



炎竜の口が白く輝く。



「レン!」



リシェルが走り出す。



美冬が止める。



間に合わない。



蓮が右腕を上げた。



「やるしかないか」



その時。



空気が鋭く鳴った。



一本の黒い矢のようなものが、猛烈な速度で飛来した。



狙いは。



炎竜ではない。



蓮。



「なっ!」



反射的に防壁を展開する。



激突。



黒い槍が弾かれ、地面へ突き刺さった。



「攻撃!?」



美冬が振り向く。



「別方向から攻撃!」



村の西側。



岩山。



その上に人影が立っていた。



一人ではない。



十人。



二十人。



黒い外套。



弓。



槍。



剣。



全員。



尖った耳。



リシェルが呆然と見る。



「……エルフ?」



似ている。



だが違う。



肌は暗い。



灰褐色。



黒褐色。



髪は白や銀の者が多い。



そして何より。



彼らの周囲で。



環境ナノマシンが動いていた。



リシェルにも分かった。



あまりにも濃い。



「何……これ……」



美冬のセンサーが警告を表示する。



《複数の高密度ナノ制御反応》



美冬の表情が変わった。



「この人たち……普通のエルフじゃない」



蓮もデータを見る。



一人一人の出力は自分や炎竜には及ばない。



しかし。



明らかに違う。



通常のエルフが行う生活魔法とは比較にならない。



彼らは環境ナノマシンへ直接干渉している。



「イザナミ。エルフの制限設定はどうなってる?」



『彼らのナノシステムには、通常のELF系統とは異なる構造が確認されます』



「何者だよ……」



その答えは。



本人たちから返ってきた。



岩山の中央。



長い銀髪の女が前へ出た。



年齢は分からない。



外見だけなら三十歳前後。



だが、その目には若者にはない年月の重みがあった。



女が蓮を指差す。



「貴様ら」



蓮が顔を上げる。



「……俺?」



女の声は怒りに震えていた。



「その御方から離れろ」



蓮は炎竜を見る。



それから女を見る。



「いや、待て。話を――」



女が手を上げる。



周囲の者たちが一斉に武器を構えた。



弓。



槍。



そして。



彼らの周囲でナノマシンが渦を巻き始める。



地面から複数の岩が浮かび上がった。



リシェルが息を呑む。



魔法。



そう見える。



だが。



違う。



自分たちが使っているものと、根本的には同じなのだ。



ただ。



規模が違いすぎる。



銀髪の女が叫んだ。



「我らが守護神に、それ以上傷をつけるな!」



蓮が目を見開く。



「守護神……?」



炎竜がゆっくりと顔を上げる。



黒いエルフたちを見る。



長い銀髪の女が一歩前へ出た。



その顔から怒りが消えた。



代わりに。



信じられないほど優しい表情になった。



「お帰りください」



炎竜が女を見る。



「我らは、ずっとお待ちしておりました」



女は胸へ手を当てる。



声が震えている。



怒りではない。



喜びだった。



長い間。



探し続けていたものを。



ようやく見つけた者の声。



「さあ」



女が微笑む。



「帰りましょう」



炎竜が首を傾げた。



濁った瞳が女を見つめる。



長い沈黙。



そして。



「……ダレ?」



女の笑顔が消えた。



「え……?」



炎竜の口元へ。



白い光が集まり始める。



蓮の警告表示が真紅に染まった。



《高エネルギー反応》



「おい!」



銀髪の女は動かない。



信じられないという顔で、守護神を見ている。



炎竜が口を開いた。



「シラナイ……」



白い光が強くなる。



蓮が叫んだ。



「逃げろ! そいつはもう、お前たちを覚えてない!」



――第十八話 守護神 了

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